冠の力によって
雲の上を歩けるようになった僕たちは、
第4の試練の洞窟のある浮島へ向かっていた。

エレノアさんは自分の翼で
優雅に空を飛んでいる。


――僕にも翼があればいいのになぁ。

あんな風に自由に空を飛べたら、
きっと気持ちいいんだろうなぁ。
ちょっと羨ましい。
 
 

アレス

うわっと!

 
空を飛ぶエレノアさんに意識を向けていたら
転びそうになってしまった。

危ない危ない……。
 
 

ミューリエ

アレス、大丈夫か?

アレス

うん、今のところはなんとかね。
シーラは?

シーラ

最初は歩きにくかったですけど、
少し慣れてきました。

アレス

ねぇ、ミューリエ。
ちなみにだけど、
空を飛べる魔法ってないのかな?

ミューリエ

あるぞ。
しかも浮かぶだけなら
そんなに難しくはない。

シーラ

そうなんですか?

ミューリエ

ただ、空中を移動するなら
話は別だ。
魔法力の制御が難しい上に、
バランス感覚も必要になる。

ミューリエ

しかも浮遊系魔法は
リスクが高いしな。

アレス

え? どういうこと?

ミューリエ

空を飛んでいる時に
魔法力が尽きたり
封じられたりしたら
どうなると思う?

アレス

そっか、
落下しておしまい……か……。

ミューリエ

浮かぶという行為は
自然の摂理に逆らうもの。
ゆえにその摂理に抗う状態を
維持するには、
それ相応の力が必要になるのだ。

ミューリエ

エレノアのように
翼を持つ種族だって、
羽ばたく力や様々な努力が
あってこそ
空を飛ぶことが
できているわけだしな。

アレス

自然の力って強大なんだね。

ミューリエ

その通りだ。
自然の前では
人間も魔族も動植物も、
全てがちっぽけなもの。
ある意味、自然こそが
万物の神そのもの
なのかもしれん。

ミューリエ

言い換えれば、
自然の摂理を
ねじ曲げるということは
神に逆らうということ。
行き過ぎれば天罰を受ける……。

 
ミューリエはポツリと呟いた。
なぜかその瞳は悲しげで、
いつもの凛々しさは完全に消え失せている。

燃え尽きた線香の灰のように、
ちょっと触れただけで
脆く壊れてしまいそうな感じ。


――彼女には何か思うところが
あるのだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 

四苦八苦しつつも、
ようやく僕たちは浮島へ到着した。

そこにあったほこらの中に入ると、
目の前には地下へと続く階段が現れる。
 
 

アレス

この地下が試練の洞窟ですか?

エレノア

えぇ、そうよ。
まずは仲間と協力しながら
最深部まで到達して。

アレス

それも試練の1つという
ことですね?

エレノア

その通り。
そして最深部にある
試練を乗り越えたら
勇者の証を手に入れられるわ。

エレノア

ここには
今までの試練の洞窟のような
小細工はないわ。
アレス様に勇者としての力が
あるのか、
純粋にそれが試される。

 
確かにウェイディさんの時や
ビセットさんの時は、
その試練の内容に隠された意図があった。
一方、タックの時は召喚獣を
倒せばいいという単純明快なものだった。

つまり今回は
タックの時に近いタイプということか。
 
 

ミューリエ

なるほどな。
ここへ到達するまでに
アレスは勇者として様々な経験を
積んできている。

ミューリエ

もはや回りくどいことは
不要ということだな……。

エレノア

そういうこと。

エレノア

私はみんなに同行して、
勇者としてのアレス様の姿を
見させてもらうわ。

アレス

分かりました!

アレス

ミューリエ、シーラ。
試練の洞窟だからって気負わず、
普段と同じ感じで進んでいこう。

ミューリエ

承知した。

シーラ

はいっ、アレス様!

 
僕たちはゆっくりと階段を下りていった。

先頭はミューリエ、そこに僕とシーラが続く。
エレノアさんは
僕たちから少し離れた後方を歩き、
こちらの様子を眺めているようだ。

そして地下1階に着くと、
僕は懐から紙とペンを取り出して
マッピングを開始。
洞窟を進みつつ道を記録していく。
 
 

アレス

洞窟の中は広いみたいだけど、
構造はそんなに
複雑ではなさそうだ。
分かれ道もそんなにないし。

ミューリエ

っ!?

ミューリエ

アレス、気をつけろっ!
モンスターの気配がする!

 
不意にミューリエが足を止め、剣を構えた。
ミューリエの声に反応して、
シーラはすでに防御魔法を使う
準備を始めている。

僕もマッピングを中断し、辺りを警戒する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


やがて前方からモンスターが現れた。
邪悪な感じはしない一方、
大人しく通してくれそうな雰囲気もない。

……外見は手強そうだけど、
実際はどうなんだろう?

もしタックがいれば、
特徴とか弱点とか
教えてくれたんだろうけどなぁ。
 
 

ミューリエ

アレス、戦闘は私に任せろ。
お前は後ろを警戒していてくれ。
いざという時は任せる。

アレス

分かった。
でも倒すのはいいけど――

ミューリエ

トドメは刺すなというのだろう?

アレス

うんっ!

ミューリエ

承知したっ!
追い払うだけにしておくっ!

アレス

シーラはミューリエに防御魔法を。
そのあとは怪我に備えて
いつでも回復魔法を使えるように
しておいてもらえる?

シーラ

お任せくださいっ!

 
僕たちはそれぞれ行動を開始した。

ミューリエとシーラが
モンスターと対峙している間に
僕はエレノアさんに駆け寄る。
 
 

アレス

エレノアさん、
シーラのそばに移動してください。
後ろから別のモンスターが
襲ってくるかもしれませんから。

エレノア

別に気にしなくていいわよ。
私、ここにいるモンスターなら
1人で対処できるし。

アレス

何が起きるか
分からないじゃないですか!
油断大敵です!

エレノア

あっ……。

 
渋るエレノアさんの手を引き、
有無を言わさずシーラの隣まで連れていった。

そうやって後方に誰もいない状態にしてから、
僕は警戒を続ける。
 
 

ミューリエ

てやぁあああぁっ!

 
 












――結果、戦闘は
ミューリエの圧勝に終わった。

また、誰も怪我をすることなく
モンスターを退けることができたのだった。

うん、さすがミューリエ!
今回も剣技が冴え渡っていて
芸術的な美しさだっ!!
 
 

ミューリエ

ふぅっ……。

アレス

ミューリエ、シーラ。
お疲れ様。

ミューリエ

この程度、問題ない。

シーラ

アレス様もお疲れ様でした。

アレス

じゃ、戦闘も終わったし
探索を再開しよう!
エレノアさんは、
後ろからついてきてくださいね。

エレノア

……えぇ。

 

その後も僕たちは
何度かモンスターと遭遇しつつ、
洞窟を進んでいった。

中には魔法を使ってくるヤツや
状態異常攻撃をしてくるヤツなんかも
いたけど、
みんなで力を合わせたおかげで
難なく退けることができた。


――そんな感じで探索していき、
ついに僕たちは
洞窟の最深部のフロアへと到達する!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

アレス

エレノアさん、
ここが最深部ですね?

エレノア

そうよ。
あそこの石版の前まで進んで。

 
最深部のフロアは
高い天井になっている広い空間で、
一番奥には巨大な石碑が置かれていた。
さらにその横の床には、
1本の剣が突き刺さっている。

言われるままに石版の前まで移動してみると、
そこには見たこともない
文字のようなものが書いてあることに気付く。
 
 

アレス

なんて書いてあるのかな?

シーラ

私も初めて見る文字です。

ミューリエ

……古代文字の一種だな。
内容までは分からんが。

エレノア

これは警告文よ。要約すると、
『勇者以外の者がこの剣に触れたら
体が塩になって死にます』って
書いてあるわ。

アレス

えぇっ!?

ミューリエ

剣とは、床に刺さっているヤツか。

エレノア

そうよ。

シーラ

でも読めない文字で
書いてあるのなら、
警告文の意味がないのでは……?

エレノア

これは翼人族なら読める文字なの。
だから問題ないわ。

シーラ

そういうことでしたか。
それなら納得です。
翼人族以外でここに来る人なんて
滅多にいないですものね。

エレノア

あ、それと石版には
ほかにも注意書きがあるの。

アレス

それは?

エレノア

『我に世界を変えられる力を示せ。
勇者候補であっても、
その力なき者が
剣に触れれば塩になる』とも
書いてあるわ。

アレス

いぃっ!?

ミューリエ

世界を変えられる力とは?

エレノア

それは千差万別。
剣技かもしれないし魔法かもしれない。
あるいは仲間かもしれないわ。
世界を変えられる力だと思うものを
剣に触れながら示せばいいのよ。

ミューリエ

ふむ……。

アレス

世界を変えられる力……か……。

エレノア

ここの試練はその剣に触れること。
挑戦するかどうかは
アレス様次第よ。

シーラ

アレス様……。

ミューリエ

どうする、アレス?

 
――もう心は決まっている。

ここまで来て何もしないなんて選択は
あり得ない。
だって僕は勇者になって
世界を平和にするためにここに来たんだから。
 

あとは世界を変えられる力が何であって、
どう示すかだ。

といっても、僕の持っている力といえば
様々な生物と意思疎通ができる力しかない。
剣も魔法も大して使えないんだから……。

一方、あの力は世界を変えられる力に
なりえるだろう。
 
 

アレス

でも、あの力だけで
世界は変えられるのだろうか?

アレス

いや、無理だ。
だとすると――

 
僕は1つの結論を導き出した。

その答えが正しいかは分からないけど、
それをぶつけるしかない!
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第64幕 世界を変えられる力を示せ!

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