#お見舞い
#お見舞い
辛島さんが風邪を引いて学校を欠席した。
こんにちは。具合、大丈夫?
いらっしゃい。コホコホ。
これ、昨日と今日のプリントとノートのコピーだから。
ありがとう。ねえ、部屋に上がっていかない。
え、大丈夫なの?
昨日よりはだいぶよくなってきたと思うから。コホッ。
でも、無理はしない方がいいと思う。
今、家に誰もいなくて寂しいの。甘粕くんに……傍にいてもらいたのよ。
……わ、わかりました。慎みながら、上がらせていただきます。
あ、そうだ。これ、一応お見舞いの品なんだけど……。
ありがとう。大事にするね。
いや、食べ物だから大事にされても困るっていうか。あと、先に断っておくけどケーキなんだ。
え? 甘いもの?
できるだけ甘さ控えめのやつを選んだつもりなんだ。
どうしてケーキ? 辛くないじゃない。
そりゃあ、辛島さんが風邪だからだよ。どんなに辛いものが好きだからって、体が弱ってる時はダメだよ。甘いものでエネルギーを補給しないと。
……って、中橋さんにアドバイスされたから。
……あの女め。
あの女 →
それでもわたし、やっぱり甘いのは食べたくない。代わりに甘粕くんが食べてくれない?
でもこれは辛島さんへのお見舞い品なんだけど。
食べて。甘粕くんが美味しそうに食べる顔が、今のわたしにとって何よりの栄養になるはずだから。
そ、そう? そこまで言うなら、いただきます。
……どう?
うん、美味しい。やっぱり甘みは最高のスイーツだね。
わたしもちょっと元気出てきた。
そうだ。わたしもおやつがあったんだ。そこの棚を見てもらえる? 袋菓子があったはずなの。
……えーと……これ?
ありがとう。それ。
……ハバネロチップス!? ちょ、ダメだよ。こんな辛そうなやつ!
大丈夫。もうずいぶんよくなってきたし。好きなものを食べるのが一番の体調回復になるから。
いやいや、ダメだって。ノー・モア・辛いもの!
やっぱりダメかあ……。わかった。あきらめるわ。
でもね、近くに好物のお菓子があると思うと、気になりすぎて体に悪い気がするの。
じゃあ見えないところにしまっておくよ。
ダメ。どこかにあるって思ってることが負担になるの。食べたくて食べたくて震えそうになるの。
じゃあ、どうしたらいい?
甘粕くんが今、目の前で食べきってくれるしかないんじゃないかなあ。
そう言うと思ったよ!
想いが以心伝心だね。ということでよろしく。
アッ・ラシード!
#目隠し
甘粕くん。お菓子食べる?
何の?
ハバネロチップス。
ちょ。それって、この前食べさせられたやつだよね? 絶対に食べないから。
残念。意外とハマったりはしなかったのね。仕方がないからわたし一人で食べることにするわ。
辛みってのは味覚じゃなくて、痛覚っていう説もあるらしいんだ。
ふうん。わたしにとってはどんな味にも優先する味覚だけどね。カリカリ。
ところで甘粕くん。わたしたちでカップルだよね?
え? な、何を急に!? ま、まあ、確かに、そういうものですけど。
わたし、憧れているカップルのシチュエーションがあるの。
なに?
後ろから恋人の目を手で覆って『だーれだ?』って聞くやつ。
ああ、漫画やドラマで時おり見かけるやつだね。
あれを体験してみたいんだ。甘粕くん、やってくれる?
え、今から? 僕だってわかってるのに、やるの?
それでもやってみたいのよ。シチュエーションそれ自体に憧れてるのよ。
わかった。それじゃあ……準備いい?
いいよ。来て。
だーれだ?
うーんと、藤原くん?
誰?
じゃあ直井くん?
だから誰?
それなら増川くんかな?
だから誰なんだよ、それ!?
冗談よ、冗談。わかってるから。甘粕くん、だよね?
……はい。当たりです。
あー、楽しかった。
………………
……ねえ、今度は辛島さんが僕にやってもらえるかな?
あ、気になっちゃった? いいよ。やってあげる。背中を向けて。
はい。お願いします。
だーれだ?
ムクタフィー!
ええっ? どうしたの?
目が、目がああぁあああああ!
あー、ごめん。ハバネロチップスを食べた手で目に触っちゃったんだね。事故よ、事故。
#3色ゲーム
昨日はごめんね。お詫びに今日は甘いお菓子持ってきてたよ。駄菓子の3色ガムだよ。
ありがとう。ガムなら大歓迎だよ。ちょうど小腹も空いていたんだ。
はい、どうぞ。アーンして。
あー……ちょっと待って。
どうしたの? 食べさせてもらうのが恥ずかしいの? 照れるの? 大丈夫。誰も見ていないから。
恥ずかしいってのもあるけど、もしかしてそのガム、当たりがあるやつじゃない?
当たり?
もう一個もらえる『当たり』じゃなくて、罰ゲーム的な意味合いでの『当たり』。
流石は甘粕くん。察しがいいね。そう、3つのうち1つがショッキングブラックペッパー味なんだ。
それは困るよ。何度も言ってるけど、僕、辛いのは本当にダメなんだ。ああ、味を聞いただけで身も心も辛い……。
だけど3つのうち2つは甘いんだよ? 甘粕くんの大好きな大好きな甘々なやつ。
3つ全部食べたら、絶対に辛いのに当たるじゃないか。
そうだ。それならゲームにしてみない? 交互に食べていくの。それならフェアだし、上手くいけばお互いに好きな味を楽しめるんじゃない?
うーん。まあ、それならいいかな。
決まりだね。それじゃ、甘粕くんが先に食べて。次はわたし。それからまた甘粕くんの順番で。
うん、わかった。
じゃあ早速1つ目を選んでね。
……さて、どれにしよう。
左から青、黄、赤の3色あるけど……たぶん色は味と関係ないだろう。赤が辛かったら安直すぎるし。
ええい。考えていても始まらないから、適当にこれだ!
僕は真ん中の青いガムを思い切り口の中で噛み砕いた。
………………ッ!?
当たっちゃった?
……甘い! なんて甘いんだ。とってもスウィーティー! シュガー!
なーんだ。辛くなかったのか。ちょっとがっかりね。
いや、僕が辛いのを当てていたら、残りは全部甘いのだから、次に辛島さんも困ることになっていたんだよ?
そっか。お互いのためによかったんだね。
それじゃあ次、辛島さんの番。
オッケー。じゃあ早速いっちゃうからね。わたしは甘粕くんほどには迷わないから。
ポン、と辛島さんはガムを口に放り込み、もごもごと口を動かす。
おおっと!? これは!
甘いやつ!?
おいしい!
……ホッ。
辛島さんが美味しいって言ったってことは、辛ガムだったんだろうな。これで残るは甘ガムのみ。ギャンブル性はなくなった!
じゃあ、最後の1つは僕がもらうね。
どうぞ。ご賞味ください。
ムッタキー!!!
ゴホゴホゴホゴホゴホッ!
ひっかった、ひっかかった。アハハハハ!
ど、どうして? 当たりはもう出たはずじゃ……?
ペロッ。
辛島さんが出した舌をの上には
噛まれていないガムが乗っていた。
……ええと、つまり辛島さんは辛ガムを引いたフリをしていたってこと?
そういうことだね。ご名答!
酷い。騙された。貶められた!
どうしても甘粕くんの困った顔が見たくて。ごめんね。
いつも酷いよ。辛島さん。僕にとって辛いものは本当に大変なのに。
ごめんね。じゃあ、これで許してくれる?
辛島さんは僕に顔を近づけ、舌の上のガムを口移しにしてきた。
………………。
おいしい?
……うん。とても……甘くて美味しい……です。
つづく