甘粕くん。お弁当を作ってきてあげたよ。

ありがとう。僕、女子にお弁当を作ってもらうなんて初めてだよ。

残さず全部食べてね。朝早く起きてがんばったから。

辛島さんの気持ちを噛み締めるようにして食べるよ。

　アッバース！

どうしたの？

か、辛い！　めちゃくちゃ辛い！

もしかして辛いの苦手だったの？

実は僕、甘党なんだ。辛いのは……たぶん味の中で一番苦手なんだ。

わたしは辛党なんだよ。

そうなんだ。味覚が正反対なんだね。

ところでわたしが作ってきたお弁当はどうなるのかしら？

え？　どう、と言われても。

甘粕くんが食べなかったら、余ったお弁当はどこにいくのかな？

ど、どこだろう？

まさかわたしが自分で作ったお弁当を自分で食べなきゃいけないわけじゃないよね？

流石にそういうわけじゃないと思う。

かといってお弁当を残して残飯として捨てるというわけでもないよね？

それもできれば避けたいものだね。

じゃあ、どうするの？　具体的に。

た、食べるよ。僕が。食べます。

ありがとう。優しいのね。

僕は辛島さんには甘いんだ。なにせ甘党だからね。

わたしは甘粕くんには辛いけどね。

ジュース買ってきてあげたよ。

ありがとう。ちょうど何か飲みたいと思っていたんだ。

はい、ジンジャーエール。

　サッファーフ！　辛い！

ジンジャーは生姜だからね。

それにしても辛い。僕が知ってるジンジャーエールより遥かに！　これ、本当にジンジャーエール？

新商品の『ジンジャーエールカナリドライ』ってやつ。生姜分が３０パーセント増量された、期間限定品らしいの。

辛すぎるよ。口の中だけじゃなく、喉から胃にかけて辛い液体が伝わっていくがわかるよ。

がんばって飲み干して。エールを送ってあげるから。

たぶんそのエールと、ジンジャーエールのエールは違うと思うんだ。

がんばれ、がんばれ。

いや、だから応援されても……。

がんばれ。がんばれ、がんばれ、がんばれ。がんばってええ。

わ、わかった。がんばるってみるよ、僕。

もっともっとがんばれ。

ううううう。か、辛い。辛いよおお。

……甘粕くんの、困った顔、好き。

おい、辛島！

あら？　わたしと甘粕くんが付き合うきっけを作ってくれたクラスメイトのＡさんじゃない。

めっちゃ説明口調ね。あと、私の名前は中橋だし。全然イニシャルＡじゃないし！

そうそう。クラスメイトのＮさん。

喧嘩売ってる？

そうでもないわ。

あ、そう。ところで質問があるんだけど。

どうぞなんなりと。

なんで甘粕くんに辛く当たるの？　かわいそうじゃんか！

うん、そうだね。かわいそうだね。

自覚があるのか。なんか余計に酷くない？

無自覚な方がわたしとしては罪深いと思うのよね。

ふうん。まあ、あんたのポリシーについては興味ないからどうでもいいよ。

それよりさ、一応、あんたと甘粕くんの仲を取り持ってあげたのって私だったじゃん？　立場上、甘粕くんが嫌がっているのを見るのは嫌なんだよね。それなりに長い友達だしさ。

大丈夫。わたしは甘粕くんとの仲に満足しているから。本当に酷いことはしないわ。

だったらどうして甘粕くんをいじめるようなことをするわけよ？

わたし、甘粕くんが辛そうにしているところを見るのが好きなんだ。

エスか、あんた？

簡単に言えばそういうことになるかな。甘粕くんが辛いのが苦手なのは知ってる。知ってるからこそ、我慢してがんばってくれる姿や表情に興奮するのよ。

エスで変態か！

どうせ甘粕くんはエムなんだから、わたしがエスで、ちょうどいいと思うんだよね。

いや、それはどうかな。あんた、甘粕くんと付き合ってまだ１週間も経ってないじゃんか。

中学から甘粕くんと同じ学校だったＮさんなら知ってるんでしょ？　甘粕くんがエムか、エスか。

そんなの自分で確かめろ、この変態！

……まあ、甘粕くんはまず間違いなくエムだろうけど。

　ハックショイ！！

僕、女の子と一緒に映画館に来るの、初めてだよ。

ふうん。そうなんだ。わたしはそうでもないかな。

え？　辛島さんって、こういうの初めてじゃないの？

残念だけど、初めてじゃないわ。

え？　そ、そうなんだ……。

何を凹んでいるの？　女なんだから、女友達と映画に来るくらい、不思議なことじゃないでしょ？

あ、そういう意味だったんだね。

ちなみに男の人とも映画に来たこともあるから。

ええっ？　か、辛島さんて、もしかしてこれまで付き合ったことのある男が何人もいるの？

お父さんと。

あー、そういうこと。

……なんて言うと思った？　嘘。もっと年の近い男の人よ。

この話の流れだと、お兄さんかな？

中学の時の、部活の先輩。

……マ、マジで？

マジよ。

……そ、そうなんだ。

まあ、お兄さんのことなんだけどね。中学の時、部活が同じテニス部だったのよ。

……ああ。やっぱりそういうオチだったんだ。

からかうの、とても楽しい。

……ヤバイ。せっかく初デートで見た映画だったのに、つまらなかった！

甘粕くん。今の映画、どうだった？

……え、えーとね。

内容はつまらなかった。だけどせっかく辛島さんとの初めてのデートだったんだ。つまらない思い出にしたくはない。よし、ここは……。

悪くなかったと思うよ。主演俳優も演技をがんばっていたし、ストーリーは大味ながら、ダイナミックな展開だったと思う。ＣＧも乱発せずに使いどころを絞っていて良かったんじゃないかな。

甘口だね、甘粕くん。というか、ちょっと甘すぎない？

そ、そうかな？

わたしはぶっちゃけ、つまらなかった。途中から白目を剥いてたよ。白目。こんなクソみたいな映画、よくも公開できたなって感じ。憤懣やるかたないよ。

辛島さんは辛口批評だね。

当然だよ。せっかくの初デートなのに、こんなつまんない映画を見ちゃったなんて気分が悪いよ。できることなら返金してもらいたいくらい。

ま、まあ、ツッコミどころは多かったけど、いいところもないわけじゃなかったと思うんだよね。

そんなことない。間違いなく最低だったよ。この監督の作品は二度と見ないって決めたから！

あーあ、困ったな。すっかり気分を害しちゃってる。

……でも、考えようによっては、僕とのデートをそれほどまでに大事に思ってくれてるってことかもしれない。これはこれで悪い気はしないな。

ホントに許せない！　後で本格的な批判レビューを書いて、ＳＮＳに連投して、監督の目に止まるところまで拡散してやるんだから！

……あ、マジ切れだ、これ。

映画を見たら、ちょっとだけ何か食べたくなったね。

あ、そこでソフトクリームが売ってるよ。

いいね。あ、でも、辛島さんは甘党だけど大丈夫？

メニューに『わさびソフト』ってのがあるから、わたしはそれを頼むわ。

じゃあ僕はレインボースペシャルミックスソフトで。

流石は甘党ね。わさび以外、全部入りのやつだ。

　マフディー！

え、何？

美味しい！　甘い！　僕は生きてる！

良かったね。あ、わたしのわさびソフトがきたわ。

……うっ！？

辛島さん、どうしたの？　まさか、辛すぎたんじゃ？

……嘘。わたしのソフト、甘すぎ。

わさびソフトなのに？　もしかして店員が別のと間違えたんじゃ。抹茶ソフトとか。

ううん。そういうわけじゃないと思う。一応、わさびの味はするから。

……でも、わたしにとってはこんなの全然辛さのうちに入らない。甘さの方が強い。ダメ。食べられない。

え？　じゃあ、どうしようか。返してくる？

甘粕くん。代わりに食べて。

え？　僕が？

一口なめちゃったけど、辛さよりも甘さの方が強いもの。甘粕くんの方がきっと美味しく食べられるよ。

……そ、そうかな？

………………

……ん？　なにか妙に辛島さんの視線を感じるな。

……間接、キス、だね。

　…………ッ！

た、確かにその通りだ！　どうして僕は気付かなかったんだ！？　これは辛島さんのなめたソフトクリームなんだ！

……甘粕くん。食べて。

い、いいの！？　本当に！？

……早く。溶けてしまうわ。

わかった！　僕は、食べる！

　ハーディー！　やっぱり辛いぃいいい！

……やっぱり甘粕くんに辛いものを食べさせるのって、楽しいなあ。