やってらんねぇぜ……。

突如、そう呟いていた人がいた。
思惟に耽ていた私が見ると、中年男性が頭をかきながら途方に暮れている。

……堂賀さん……
それどういう意味かしら?

私が問うと、彼――堂賀という男性は忌々しそうに言う。

堂賀

あ゛ぁー……クソッタレ……
こんな手間ァかかるゲームなんてよォ……

堂賀

こんなの、聞いてねえぜ……
人殺しだぁ? 冗談じゃねえ……

黒いシャツのこの中年はハッキリ言って印象が悪い。
私が知っている限り、タバコの体臭する大人はろくな人がいない。
この人も身に付けている衣服がかなりタバコ臭い。
吐き出す息は言うまでもない。
それに確か、この人は自分の意思で参加してる人だ。
なのに、聞いてない? 内容を?
……でも、おかしい話でもないか。
願いが叶う、とだけ漠然と伝わるゲームらしいし、詳細は明かされていない。
なら知らなくても違和感はない。
だけど、そんなものちょっと想像すれば分かるでしょう?
ハイリターンにはハイリスク。そんなのすぐに想像できる。
世の中美味しい話は、そうそう転がっていない。
あるとすればだいたい詐欺。
だがこの人は本気で頭を抱えている……。
それぐらいも考えつかなった人、ということか。
楽観的だったか、あるいは何も考えてなかったか。
どの道似たようなものか。

堂賀

殺し合いだぁ?
そんなンやってらんねぇぜ……
悪ぃな、お前さんら
俺も部屋に戻らぁ
むざむざ死にたくねえからなぁ

彼もボリボリも頭をかいて行ってしまった。
……あの人の場合は多分、深く考えてなさそうだ。
露骨に目立つのは、狙われると思うけど、経験上。
でも私にはどうにもできない。
ほっとけばいい。

それよりも、もっと大切なことがある。
あの志田奈々――ゲームマスター代理の少女のことだ。
あの子、やはりどこかで見たことがある気がする。
ここまで重なると単なる偶然では片付けるには出来すぎている。

彼女は――私の知っている人にとてもよく似ている。
顔も、髪色も違う。無論、名前もだ。
完全に赤の他人だ。
普通に考えて有り得ない。
私の気のせいだと想いたいのに。

でも……。
あの声、あの仕草。あの言動。
私の知っている彼女と本当に良く似ている。
それにお姉さんだという人の名前も。
『阿澄』……か。
珍しい名前でもないし、偶然かもしれない。
でも姿は、声が、あの子にそっくりだった。
あのお姉さんの姿も、最初見たときには驚いた。
あの子が……また私の前に現れたかと思った。
でも違う。あの子は……確かに……。

あや

凛……あの人……
やっぱり似てるよね……?
気のせいじゃないよね……?

言わなくてもわかってる、あや
大丈夫、私もわかってるから

一年前。
一年前のあの日。燃え盛る地獄を見た。
実は同じ学校の生徒だった私、速水凛と後輩の二年生、文月あやはあの出来事を乗り越え、心に傷を抱えたまま、日常を過ごしていた。
この罪を誰が裁いてくれるのだろう。
この罪は何時まで抱えてなくちゃいけないんだろう。
私とあやは、ずっと終わりの見えない苦しみを抱いている。
それまでのことを忘れるかのように、私達は仲良くなった。
元々、私は決して友達の多いほうではない。
いつも一言余計で、相手を傷つけ周りから煙たがれる孤独な奴と。
あやは臆病で小心者の友達が少ないタイプ。
お互いそんなだし、彼女は誰かが一緒にいると落ち着くと言うので私があやのお姉さん代わりをしながら、一緒に過ごしてきた。

居なくなった、あの人の代わりを務めるように。
一度、あの人は狼からあやを助けて、護った。
そして私に協力もしていた。
裏切る要素も素振りは、ゲーム中一度も見せなかった。
だから私は心を許してしまい……最後に盛大に裏切られて逆上した。
その結果逆襲され、太腿に傷跡まで負った。
立場を利用すれば私も、あやも、殺せるはずだったのに、何の気紛れかあやを護り、私に手を貸し、最期までしっかりと盛り上がりに徹した。
あの人は言っていた。
勝手で助けたからには勝手を貫く、と。
そこに、言葉通り嘘はなかった。
あの人は裏切り者で、人殺し。
でも私だって、人殺しだ。
人のことは、責められない。
それに、ちょっと考えを転換すれば、あの人は全てを知っていた上でこちらを上手く動かしていた黒幕であるくせに、私とあやに関しては、まるで殺したくないような態度を最期に取っていた。

――罪悪感、かな……。

あの時言った言葉は、きっと本心だ。
あの人は、私とあやにだけは、罪悪感を感じていたんだと思う。
だから、私達の脱出に手を貸し、ゲーム終了させるために……。

自己犠牲は……決して美談じゃない。
そんなものが正当化されるのは空想だけだ。
現実では、自分を滅ぼして護った、残された人たちの傷跡を抉るだけの行為に過ぎない。
偽善で、独善で、それでも善だといっても所詮は偽物で、独りのものだ。
痛いだけ、苦しいだけ、悲しいだけ。
私達のコトなんて何も考えていない、自分への陶酔。
……そんなことされて生き残って、忘れろなんて……出来る訳ないじゃない。
私達は、強くなんてない。あやも、私も、弱いのに。
忘れてしまえれば楽だったけど……一年経過した今でも、私はよく彼女との最期を夢に観る。
あの、瞬間を鮮烈に思い出せる。

……

――もし。あの人が、彼女ならば。
もう一度出会えたら。一発、ぶん殴ってやりたい。
自己犠牲の本当の犠牲者として、彼女の顔を殴る。
そして……今度こそ、彼女を……。
ここは超常現象が起きる館だと志田は言っていた。
事実、私は既に超常現象の類を見ているから、それは間違いない。
願いが叶う……それこそ超常現象でもない限りは不可能だろうし、余程突拍子もないことでもなければ、大体なんでもありなのだろう。

あや……私、あの人の部屋を訪ねてくる
貴方も部屋に戻りなさい

あや

えっ……?
でも……平気なの?

もういいわ
この場に留まっても得るものはあや一人じゃないでしょ?
私の方も平気よ、ちょっと確かめに行くだけ

あの時とは違うんだ。進んで仕切る必要もない。
私とあやも、早々にここを切り上げることにした。
それに……特殊能力とやらを使えば、私はなんとでもなる。
私は情報戦に有利な能力を引いている。
どうせまたルール以外のこともあるんだろうし。
特殊能力はアクテイブタイムなる時間以外使えないとは言ってないようだし部屋から出たらすぐに試す。
あやのもこっそり見せてもらった。
これも多分役に立つだろうし、私とあやは一緒に動く。
それは言うまでもない。

武田さんが他のメンツが自己紹介しているがいいのか、と聞いてくる。
私はじゃあ、と立ち去る前にあやと一緒に全員の名前と番号を把握しておいた。
どうやら番号は到着した順番のようだ。
私は7、あやは8。
そしてあの人は12。
何か、ここに参加した目的まで話だそうとする人がいたので、私は踵を返した。

武田

おい、速水の嬢ちゃん
まだ話は終わっねぇぞ?

……ごめんなさい
私達も、混乱してて頭がいっぱいなの
少し戻って、整理したいから休ませてもらいたいの
これ以上情報を提示されても入りきらないわ

武田さんはお人好しすぎると思う。
建前を出し丁寧にお断りを入れて、私達は部屋を後にする。
あの部屋は、あの時の談話室によく似ていて、長時間いると気が狂いそう。
全部アレに直結して私を苦しめる。
人の事を気にしすぎていると懐に飛び込まれて、グサリと殺られてしまう。
あの人は「いい人」のようだが、それがここでは逆手に取られて利用される。
正直者が馬鹿を見る。
ここはそんな場所で、戦場であるのだから。

奈々

これで初夜に狙われるフラグは立った、と……
姉貴、一緒に動くっていって巻き込まれても知らないからね?
私はどうせ死なないけどいいけどさ
姉貴は死ぬんだから

阿澄

わかってるよ、奈々ちゃん
私、そこまで馬鹿じゃないよ
……でも、折角こっちに帰ってきたんだから
少しくらい、居なかった期間を埋めたいと思うのは、お姉ちゃんの我侭かな?

奈々

100%我侭だよっ
ゲームマスターといい、あんたといい……
なんでこう、私の事を振り回すわけ?

阿澄

そ、そんなことないよっ!
それは、誤解だって何度言えばいいの?

奈々

今はいいよ? 
同じ条件、同じ生き方が出来るから
でも姉貴、あんたは人の気持ちを考えない
相手がどう思ってるか察しない
だから私ともすれ違うし喧嘩もする
元、双子の妹である私とすらだよ?
それどうよ? 色々な意味で

阿澄

うぅ……ごめんなさい……

奈々

だからさ……謝るのはいいってば
アレだって、私の方がどう考えても悪人だし
狂ってるの、私の方じゃん
姉貴はまだイイよ、うんまだマシ

阿澄

でも奈々ちゃんが狂う原因を作ったの……
完璧、私だよね……
私の空気読めない、察しないせいだよね?

奈々

それは否定しないけどね
あんたの欠点、いい加減直さないと
新しい身体で社会でられないよ?
またすれ違って二の舞はお互い嫌でしょ
一応また双子でやり直しする予定なんだから
姉貴、私の気持ち察するぐらいにはなろ?

阿澄

……そうだねっ!

奈々

私は姉貴の影でいいんだよ
もう、どうだっていいんだ
所詮私は、私にしかなれないしね
それにあの子達殺してまで、楽しむ気もない
お互い、一度はやっちまったこの生命
今度は無駄にしないようにしようね、姉貴

阿澄

んっ?
あの子達って……さっきの速水さんって人?

奈々

そう……
速水凛と、文月あや……
あの二人は、私の……
ううん、何でもない

阿澄

…………

阿澄

よくわかんないけど……
何か思ってることがあるなら、ちゃんと謝るんだよ?
お姉ちゃんだって、ちゃんと謝れたんだもの
奈々ちゃんだって謝れる

阿澄

なんたって、お姉ちゃんの自慢の妹だからね!

奈々

そのプレッシャーが重たいんだよ……
姉貴ほど私はコミュ力あるわけじゃないからっ!
元双子なのにここまで性格何で違うのか……

阿澄

私は表で奈々ちゃんは裏だからじゃない?

奈々

おい、さり気無く私の存在ディスるな!

阿澄

あははははっ

奈々

ったく……

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