時は夕暮れに差し掛かり、ヒューク砂漠のざらざら乾いた大地がオレンジ色に染まる。
ほんのわずかな風でオアシスの木々が微かに揺れるのが、丸太小屋の窓から見えた。
時は夕暮れに差し掛かり、ヒューク砂漠のざらざら乾いた大地がオレンジ色に染まる。
ほんのわずかな風でオアシスの木々が微かに揺れるのが、丸太小屋の窓から見えた。
ライツさんもリールさんも、今日はぜひ泊まっていってください!
……人がこの家に来ることなんて、滅多にないですし。もっと、お話ししたいです
お、おお。そりゃあ助かるな
もう、「助かるな」、じゃないでしょ。もっとちゃんとお礼を言わなきゃ。
ありがとね、フェリナ
ライツとリールにとって、まともに夜を越せそうな初めての場所である。こんな時間からまた砂漠へ繰り出してもろくなことはない。二人はフェリナの言葉に甘えることにした。
フェリナが、温かい香草の飲み物を淹れ直してくる。
自分の家と思って、くつろいでくださいね。……あ、でも騎士団の方なら、もっとずっといいお家に住んでますよね
んー、そうでもないぞ。なんせ俺達は貧乏騎士団だからな
そうそう。王様に文句言うつもりじゃないけどさ、住まいは古いし、お給金は必要最低限だから生活カッツカツ
あははっ、大変なんですね!
三人の空気は、すっかりくつろいだものになっていた。
二人の砂漠の旅の話を聞くと、フェリナは食料を提供したいと言い、二人の拒絶の言葉を受け付けなかった。
更にフェリナは、リールに湯浴みをしてくることを勧める。
何日も砂漠でそんな風に歩きまわってただなんて……。
リールさん、まだ陽は落ちてませんから、オアシスで汗を流してきてください!
それはとても魅力的な提案ね。ぜひ、そうさせてもらおっと!
ああ、行ってこい
ライツはここから一歩も動かないでね。もし、オアシスの傍にいたら刺すから☆
なにも言っていないだろう……
あはははっ……。
それじゃ、着替えとかもお貸しできるものがありますから、好きなの使ってくださいね。えっと、こちらに……
ライツがやれやれと肩をすくめるのを尻目に、フェリナとリールが丸太小屋の一室から出ていった。
ふう。
やっとまともにくつろげる気がする……
ライツは冷え始める気温を感じて暖炉に薪をくべた。よく手入れされている暖炉はすぐに暖かな炎を上げ始める。
着ている鎧をガシャガシャと外し、身軽になった身体をだらしなく椅子に預ける。
室内を改めて見回してみると、高価なものは何一つなく、フェリナが質素な生活をしていることが見て取れた。
一方で、見事な木製日用品や工芸品が置かれていて、加工に使えそうな使い込まれた小刀等が目に入った。
この品々……もしかして全部、あのフェリナの手作りなんだろうか?
木彫りの像をなんとなく手に取っていたところに、フェリナが戻ってきた。
ただいまです!
お、もう戻りか。リールは?
まだお湯の中だと思いますよ。お湯が冷めてたので、私がぼぅっと魔法で沸かしたら、「ふわぁ~、いいお湯加減!」って、リールさん、すごくいい笑顔になってました
なるほど……。本当に、魔法で、か
はい。……ほら
フェリナが、人差し指を立ててその先に小さな炎を揺らめかせた。
ライツはただ驚くだけだったが、魔法に詳しい者なら、火を無詠唱で即座に発生させる彼女の技量に腰を抜かすだろう。
魔法もだけど、この辺の木彫りの飾りとか食器とか。全部、フェリナの手製か?
あ、わかりました?
……ちょっと恥ずかしいな。えっと、そうです。そういうのを作って時々お城の市場で、物々交換とかしてます
恥ずかしいことないって。こりゃよくできてる……売れるだろうなあ。
一体どこでこういうのを覚えたんだ?
これも母に教わりました。
小さい頃はただナイフで加工するだけだったんですけど……母が死んじゃってからは私一人で生きていかなきゃいけないので、もっと良い物作れないかなあと思っていろいろ考えたんです。
そこで思いついたのが、魔法を加工に使う方法です。例えば……
フェリナが右手に小刀を、左手に製作途中と思われる木材を持って、おもむろに構える。
数秒もせず、小刀が淡い光をまとった。ライツにも見覚えのある光の色。
これは……強化の魔法?
そうです! これで切れ味を上げると、サクサク加工できます。
もっと大きい木材から切り出す時は、風の魔法でずばーっと斬ったりしますけどね。あ、もちろん外でやります、危ないので
フェリナは話ながら、器用に手を動かし続ける。
ライツが近づいて観察すると、木材の切断面の色合いが目まぐるしく変わっているようだった。
俺の目の錯覚か? なんか、木材の切り口がしっとり濡れたり、乾燥したりしているように見えるんだが……
あ、隠し技まで見えちゃいました? ライツさん目がいいですね。
どういう風に切りたいか、削りたいかによって、材料に水分を加えたり減らしたりもしてます。状態によって加工のしやすさが変わるので!
……唯一の弱点は、魔法を使い過ぎると眠くなっちゃうってことです。だからたくさんはなかなか作れないんですよ。しょんぼりです
木材はみるみる形を変えていき、素朴ながら品の良いレリーフの入った置き物となっていた。
私はこのオアシスの恩恵で生きてます。豊かな水と植物、木々……。
城下町まで行ってもお金がなくて美味しいものはなかなか食べられないし、おしゃれとかしてみたいですけどよくわからないですし……でも、毎日こんな風に、割と楽しみながら暮らしています
にっこり笑うフェリナの笑顔は、寒冷の大地アルスではなかなか目にすることのできない、とても眩しいものだった。
…………
ライツは何もせずに一宿一飯の世話になってしまうことに対する引け目がどんどん増していく。
何かできることはないかと考え、一つ思いついた。
なあ、フェリナ。薪や木材も全部自分で作ってるんだよな?
ほぇ、薪や木材? そうですね。オアシスの木を切り出してきて使っています。斧や魔法で。大きいし重いし、実は材料を作るのが一番大変なんですけど……なに、か?
フェリナが言いながら、斧を振り回すジェスチャーをしてみせる。小さい体と斧の組み合わせを想像しただけで、ライツは苦笑がこみ上げた。
ははっ、まったく……。よし
ライツが椅子から立ち上がり、壁に立てかけていたバスタードソードを手に取った。
あれ、どうしました?
宿代にもならないかも知れないけどさ。
よかったら、ひと仕事させてくれよ。木の切り出しとか薪割りとかさ
えっ……いいんですかっ!
フェリナが身を乗り出し、目を輝かせる。
ああ、もちろんだ。扉を出て、右の林でいいのかな?
はい、右の林が近いのでオススメで……あ、いや、今は……
言いかけて、フェリナはしばし言い淀んで、
ちょっと遠いけど、左の方の林がオススメです!
ん、それはなぜ?
右の林の先には、リールさんがいるからです
……なるほど、承知
ライツはガクガクと頷いてから、「すぐ戻るから」と言い置き、外へと向かうのだった。
もちろん、丸太小屋から出て左にある林へ。
ほどなくして、 夜の帳(とばり)が降りてきた。