ライツが、フェリナへの一宿一飯の礼として、薪になる木を山のように切り出して戻ってきた。
 入浴を終えたリールとフェリナの二人が夕食を用意してくれていた。
 夕食を三人で囲んで食べる。

~♪

 一人じゃない食卓は随分久し振りなのか、フェリナはとても楽しそうにしていた。

 食後。
 フェリナは、オアシスで採れる植物をベースにしたお茶を振る舞った。身も心も温まるような、不思議な味わい。

夕食もこのお茶も、とても美味しい。ありがとうフェリナ

いいえ、どういたしまして

 お礼を言うリールに、フェリナはこくこくとお茶を飲みつつ、はにかみながら返事をする。

さっきは話が途中になってしまったけど、改めて訊いていいかしら。あなたが妖精を探しているという話

ああ。もしかしたら俺たちの任務の助けになるかも知れないからな。頼む

 ライツも気分で椅子に身体を落ち着けつつも、身を乗り出す。
 話を聞きたがる二人の様子に、フェリナは申し訳なさそうな表情を浮かべる。コップを置いてから、フェリナは話し始めた。

私は、お二人みたいに具体的な目的があって妖精を探しているわけではないんです。
ただ私は、小さい頃から毎日のように、母から妖精の話を聞かされて育ちました。『人間と妖精が手を取り合うことが、万物に幸福をもたらすのよ』と

 ゆっくりと鈴の音のような声で語るフェリナに、二人は耳を傾ける。

かつて、人間が妖精を悪事に使役しようとして戦争が起きたという話も聞きました。
そういう話を聞かされるたびに私は悲しくなって……。
だからいつか妖精と出会うことができたら、私は誰よりも最初に、誰よりも深く妖精と仲良くなりたいと思ったんです。
今でも、毎日……

 最初はうつむき気味に話していたフェリナが、いつしか宙を見たり、強い視線を二人へと向けたりしながら、熱く語る。

きっと、そういう日が来ると思うの。そしたら本当に、私も幸せになれるかもしれない……。
そう思うと、貧しくても大変でも、毎日頑張って生きていけるんです

 そこまで話して、少し間を置いてから。

私はだから、妖精を探しています。
……えへへ、お二人にはあんまり役に立ちそうにない話で、ごめんなさい

 ぺろっと舌を出し、フェリナは笑った。
 暖炉の薪がパチパチと音を立てながら燃える。彼女の小さな笑顔と黄金色の糸のような髪が、淡くオレンジに照らされていた。
 しばしフェリナを見つめていた二人だったが、やがてライツが口を開く。

そうか……。
確かに俺たちの目的とは関係ないかもしれないけども、いいんじゃないか。こんな時代だしな

ライツってば、『こんな時代だしな』って。なによそれ

 どこか投げやりにも聞こえるライツのコメントに、リールが苦言を呈すが。

こんな寒い時代だからこそ、さ。そうやって強く笑っていられるって、いいじゃないか

なるほどそういうこと。……ふふ、そうね

お前も眉間にシワを刻んでばかりいないで、たまにはフェリナを見習ったらどうだ?

ふうん、そんなこと言っちゃうんだ。
じゃあ、そのあんたの眉間に、この剣で傷を刻みつけてもいいんだけど? そしたらお揃いだし

 リールが手元のフルーレにそっと触れる。ライツは急に寒気を覚えた。
 猛犬のようなリールの表情を目にしながらも、フェリナは二人のやり取りの本質を見逃さない。

ふふっ、お二人はとっても仲が良いんですね。小さい頃からの仲なんですか?

残念ながら、ね

どういう意味だ……

言葉通り

……お互い様、だな

ふんだ

……ふーん。いいなあ

 言葉少なな会話で通じる二人に、フェリナは生きていた母との毎日を思い出す。
 今はそういう仲の人間がいないことへと思い至り、少しだけ胸の痛みを覚えた。
 曇りかけた表情を笑顔に戻しながら、フェリナは知りたかった質問を投げかける。

そんなお二人が任務で妖精を探している理由って、いったい?
あ、私なんかが聞いちゃいけないのかな……

はは。確かに極秘任務だから、本当はフェリナに話しちゃいけないんだろうけど。
まあこの際、いいよな?

 そう言いながら、リールを見遣る。

ほんっと、ライツって軽いわね。よく騎士団長やってるわ。
……いいんじゃない? フェリナが理由を知って悪用するなんてあり得ないし

 あきれ顔で、ライツへと返す。

ん、だよな

 ライツがそう言ってから、二人は少しだけ真剣な表情になる。椅子をフェリナへと寄せて距離を縮めた。
 小声で続ける。

この話は、アルサスに広めてしまってはよろしくない事情がある。だから、誰にも言わないで欲しい。いいな?

 顔を近づけながら、ライツがフェリナに念を押す。フェリナは無言でうんうんと頷いた。

俺たちは、妖精を見つけて城へ連れていく任務を受けている。わかりやすく言えば捕獲ってところだ

捕獲!? そんな、どうして……

 フェリナが息を呑む。

妖精がどういう人なのか、人ですらないのか、俺たちにはわからない。目的は……少々残酷な話で悪いが、妖精の血が必要なんだ

妖精の……血……

 フェリナの表情が曇る。
 妖精の話を嬉々として語っていた彼女がこういう反応をするのは想像できたため、ライツは顔を苦渋に歪めつつも、続けた。

フェリナはこういう伝承を知らないか?
「妖精の生き血はあらゆる病気を治す」という、言い伝えだ。
そんな非現実的な話、眉唾ものなんだろうが……今、アルサスは、そんな与太話にまですがらなければならない状況にあるんだ

それは、一体?

アルサス王家の唯一の跡継ぎ、フローラ姫。彼女は……フローラは、不治の病を患っている。王宮の医者でも治せないらしい

そんな! フローラ姫様が……

 フェリナもフローラの名前は知っていた。
 アルサス一美しい少女と謳われ、ずっと雲の上の存在だと思っていた。
 その人物の名が突然飛び出し、フェリナは話の重みを感じ始める。

だから、俺たちは姫の病を治すため、妖精を見つけて連れ帰り、その生き血を姫に飲ませることを極秘任務として受けているんだ

 改めて言葉にしてみれば、ライツは自分でも夢物語だなと感じた。なにせ、伝承にしか登場しない妖精を生け捕りにして、その血をフローラに飲ませるというのである。
 仮に妖精がいたとしても、本当に血が病に効くのか知れたものではない。
 それでも、フローラはアルサスの未来の希望であり、それ以上にライツにとって、幼い頃からの大切な友人だった。それはリールにとっても変わらない。

 だから二人は、おとぎ話を体現するような任務だろうと、たとえ残忍な行動を強いられる可能性があろうと――賭けるしかなかった。

 だがフェリナにとっては違った。理屈としては理解できても、その感情は言うことをきかなかった。

事情はわかりました……。
でも! いくらフローラ姫様のためだからって、妖精にそんなことをするためにだなんて!

 フェリナは椅子から立ち上がり、少し高くなった目線とともに二人へ言い放った。

ライツさん、リールさん。お二人は、妖精を殺すんですか? 殺しちゃうんですか?

 その表情は、怒り半分悲しみ半分。涙がわずかに浮かんでいた。

…………

 リールが辛そうに顔を伏せる。
 ライツはそんなリールを横目で見た後、フェリナへと向き直り。落ち着いた声色で言った。

ああ。そうせざるを得ないならば

 そのライツの目と声から、フェリナは彼の意思の固さを知る。

そんな、そんなことって……。ひどいよ、かわいそうだよ……

 フェリナは再び椅子に座り、がっくりとうなだれた。はらりと金髪が流れ落ちて、その表情を隠す。

 すっかり元気を失ったようなフェリナを見て、ライツとリールは黙るしかなかった。
 お互いに顔を見合わせる。

あんた、なんとかしなさいよ

俺が!? ……ったく

 ライツは大きく聞こえるように溜息をつき、どう言えばいいものかと数秒思案してから、おもむろに口を開いた。

そんなにがっかりしないでくれ、フェリナ。あくまで、殺さねばならないときは、だ。そんなの最後の手段でしかない

 ゆっくりとフェリナが顔をあげる。
 ライツは努めて明るい口調を保ちつつ、更に続けた。

もしかしたら、ほんの一滴の血で病気が治っちまうかも知れないじゃないか。な?
だったら妖精を城下町へ連れていってさ、万病に苦しむじーさんもばーさんにも分けてやって、みんな無病息災、幸せ万歳だ。妖精も感謝される!

 頑張り過ぎて、妙に軽い口調と内容になってしまう。
 フェリナはそんなライツを睨んでいたが、

ふふっ、そんな都合のいい話あるんですか。もう、ライツさんは

 ぷくっと頬を膨らませ、ぶすっとした口調で、笑み混じりに言い返すのだった。
 持ち前の元気が戻ったように見える。

お、おう……

 一方のライツは、無理した上にフェリナから言い返され、次の言葉が出てこない。
 リールはその様子を見て、後は自分の番かなと思ったのか、話のバトンを奪い取るようにして話し始めた。

ふふ、ライツの言ったことはあんまりだとしてもね。
私たちは無闇に妖精を殺したりしないし、傷つけるつもりもないわ。ただ、本当に奇蹟の力を持っているなら、フローラのためにその力を貸してほしいだけ。
……友達を助けたい。それだけなのよ

 最後の一言はどこか遠くを見遣りながら。リールは優しく告げた。
 ライツもそっと頷く。

ライツさん、リールさん……

 その様子に、フェリナは気持ちが落ち着いていくのを感じる。
 と、冷静になってきた頭で、リールの最後の言葉の違和感に気付いた。

あれ? 今、リールさん……姫様のことを『友達』って言いました? あれ?

 きょとんとした顔で問うフェリナに対して、リールはしまったと言いたげに苦笑する。

あちゃー、私、今、そう言っちゃったっけ?

はい、確かに

言った言った。はっきり聞こえた

 横でやはり苦笑を浮かべながらぶつぶつ言ってるライツを無視しつつ、リールがフェリナに説明を始めた。

しょうがない。
ええっと、私たちは騎士団でフローラはお姫様。いわゆる主従の間柄だけどね。
実は私たちが騎士団に入るずっと前から、私たちは友達だったの。……主に、このばかライツのせいでね

 リールの視線がライツへと流れる。いささか冷たい。

俺かよ!?

 思わぬ話の振られ方をして、ライツが声のあげる。しかしこのような反応は、得てして否定を意味しない。

どういうことです?

要するにね。ライツは小さい頃から、女の子にだらしがなかったのよ

……なんか、わかります

なぜそうなる……。
フェリナも悪い男を見るような目はやめてくれないか、つまり……

 それからライツとリールが語ったのは、二人とフローラの幼き日々だった。

 しばらく昔の、とある昼下がり。
 物心ついたフローラが城の外に興味を持ち、こっそり城を抜け出して迷子になっていたところで、偶然ライツが通りかかって城まで送り届けてあげたのが、彼らの出会い。

 それからフローラは、付き人の目を盗んでは何度も城を抜け出し、城下町を見物したり、ライツと遊んだりした。いつの間にかリールも友達になっていた。

 一国の姫であるフローラは、気軽にライツやリールの家を訪れ、二人の両親を心臓が止まるほど驚かせた。
 アルサス内の至る場所をまわり、遊び、探検した。
 ライツたちは普段の毎日の話を、フローラは王宮の話をして聞かせ、互いで互いを羨んだ。

 一度だけ、将来のための練習とフローラが言い出して、結婚式のまねごとのようなことまでした。
 キスの練習がメインディッシュだったが、ライツが暴れるほど恥ずかしがって、フローラとリールがライツを無理矢理押さえつけて強行に及んだ。結局二人とも途中から恥ずかしくなり、くちびるに一瞬、それも半分触れるような形でしか実行できなかった。
 今では、三人にとって最大級の黒歴史である。

 だが、幼い姫のそんな日々がいつまでも許されるわけがなかった。
 当時の騎士団に見つかってしまい、三人は激しく怒られてしまう。
 しかしフローラは、その頃から物腰柔らかく、同時にしたたかだった。なんと逆に、騎士団を言いくるめてしまう。

騎士団ならば、街で遊ぶ私を守るのも、仕事でしょう!
街のこどもたちがのびのびと過ごせないような環境を、騎士団に守られた平和だと言えて?

と。
 騎士団は苦笑で姫のわがままに応じることにした。
 ときには叱り、ときにはなだめ……いつしか、ライツとリールも騎士団と会話を交わすようになった。

 歳月が過ぎるうちに、ライツとリールはなし崩し的に騎士団の一員になっていた。
 そして、姫の相手をしつつ己の研鑽も重ねているうちに、騎士団長になってしまったのである。ちなみに、『姫様わがまま解決隊長』の二つ名も背負っている。

へええ……お姫様や騎士様たちとそうやって出会っていったんですねえ。なんかいいなあ

 フェリナはどこか、夢見る少女のような面持ち。

まったくよ。平凡で取り柄なしで一般人だったばかライツが、偶然フローラと出会っちゃったせいで、今はこんななんだから

 リールは少しきつい口調。

言い過ぎだ。さすがの俺も傷つく……

いいのよ。平凡で取り柄なしで朴念仁のあほライツが、絶世の美少女とお近づきになっちゃってるんだから

う、ぐ……

 リールの言葉のトゲが増す。ライツは唸るだけ。

もしかして姫様って……ライツさんのこと、好きだったりするんじゃないですか?

 純真無垢な少女は、ときに空気を読めないがために火に油を注いだり、場を凍てつかせたりする。
 ライツは、リールの何かの温度が急上昇するのを感じて顔をこわばらせた。

まー、そーゆー噂もあるけどー。
ライツさん、どうなのかなーそのへん。
ねえ?

 案の定、リールの妙な口調による詰問が始まった。

は、初耳だな。
フローラからそんな話は一言も……

フローラが自分でそうそう言うわけないでしょ!
でもさ、でもさ。去年の夏のフローラの旅行でも、護衛としてなーぜーかー、団長だけ連れていかれたよね?
他にも数え切れないくらい、わがまま解決の詳細不明な事案があったと思うんだけど……

うぐぐ……

 ライツが固まった。
 なおもしばらく、リールの尋問が続いた。

 フェリナは、そんな二人を眺めながら。
 久し振りに訪れた夜の団欒(だんらん)を心から楽しんでいた。
 いつも暖炉を囲める家族や親しい人がいないことを寂しく思い出しながら。
 そして、ライツとフローラの話を聞き続けるうちに、なんとも不思議で不愉快な感覚を、ライツに対して覚えながら。

ふ、わあぁ……

 やがて視界がオレンジにぼやけ、二人の会話を遠くに聞きながら、フェリナはまどろみの中へと落ちていった。

あーらら。フェリナ、寝ちゃった

みたいだな。……っと、椅子で寝ちゃよくないな。寝室は二階か?

そうみたいね。運んであげなさいよ

俺が?

そ。優しくお姫様だっこで

要求多いな……

 ライツはやれやれと立ち上がり、フェリナをそっと抱き上げる。
 かなり深く寝入っているようで、

ん……

 と、微かにうめいただけだった。

たぶん、フェリナは日常的にバンバン魔法を使っているから、長時間の深い睡眠が必要なのよ。それにしても、穏やかな寝顔ね

 リールは、ライツに抱かれた少女の寝顔を見てから、ライツに先んじて二階に上がり、寝室のドアを開けてやった。

 既に整えてあったベッドにフェリナを寝かせて布団をかけてから、二人は再び階下に戻る。
 暖炉に薪を追加してから、ライツは窓から外を眺めた。

 夜。いつの間にか、ちらちらと雪が舞っていた。
 オアシスの木々も寒々と縮こまっているかのようだ。

雪と砂漠と、オアシスか。
……もしかして、ここが探していた白銀のオアシス? ははっ、まさかな

 ライツが、さりげなくつぶやく。
 食器を片付け始めているリールには聞こえなかった。

 ほどなく。
 ライツとリールは、暖炉の側に腰を落ち着けて適当に毛布を羽織り、眠りに落ちた。

ふけゆく夜の会話

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