地図上のオアシス記号を片っ端から巡ること数日。
 とある記号に向かっては干からびたオアシスにうなだれて地図に×をつけ、次の記号に向かってはモンスターの歓迎を受けて必死で撃退して、肩で息をしながらまた地図に×を。

 極寒、乾燥、砂まみれの悪環境の中でどうにかテントを張って野宿すること数夜。

 遂には、人生で一度お目にかかれるかどうかと言われる超大型レアモンスター、サンドワームにまで遭遇。
 ライツもリールも顔面蒼白の命からがらで、山が蠢(うごめ)いているかのような怪物から逃げ切って、走って走って、転んで、走って……。

 砂漠での食料調達はほぼ不可能、持参した携行食も残量半分を割り、そろそろ帰路を考慮せねばまずいところで――

 二人は初めて、生きていると言えるオアシスに辿り着いていた。
 ちなみにここは地図上に表示がなく、偶然見つかったものだった。

なんだか夢みたいね、このオアシス

 リールが、子ども時代以来久し振りに、少女然とした顔をしている。それくらい、そのオアシスは驚くべき状態だった。

全くだ。オアシスが本当に存在しただけでも驚きだってのに。まさかこれ……お湯なのか?

 二人の眼前にはそれなりの広さをもった林と、何故かほんのりと湯気のあがる湯溜まりがあった。

まるで話に聞く、南方の国にあるという灼熱の砂漠のオアシスみたいだな

でもあっちを見てよ、ライツ。あそこは……凍ってる

なんだって?

 リールの指差す方を見てみると、遠く林を隔てた先に凍った水面が見えた。

……この湯溜まり付近だけ異常気象、なわけないよな。今日は、雪こそ降ってないが、普通に寒いぞ

そうよね。これってまさか、お湯が湧き出ている……温泉なのかしら。んしょっと

 リールが手を水面へポチャリとつけてみる。
 確かに温かかった。

なんなんだろうね、この場所

 そのときだった。

 誰もいないはずなのに、林を掻き分ける音がした。

モンスターか!?

 ライツが背中の剣の柄に手をかけ、身構える。
 だが木々の間から出てきたのは獣ではなく。

…………

 金髪の――

…………あ

 半裸の、少女だった。
 大きめの浴布を肩から引っかけていたが、その身を覆うにはあまりに頼りない面積。
 ライツと少女の目がしっかりお互いを認め、たっぷり数秒間は見つめ合った後。

えっと、あー……

 ライツが、剣を取ろうとした手と両眼を泳がせながら、何やら声を出そうとしたが――

なに見てんのよバカ! ばかライツ!!

ぬぶぐぉっ!?

 リールが拳を振るった。
 ライツの口が右頬側から大きくひしゃげ、彼の巨体が斜め後方へと吹き飛ばされた。

ふしゅうううう……

 ライツが立っていた場所には、いきり立ったリールが左腕を振り抜いたポーズで、鼻息荒く目を剥いていた。

えっとー……こ、こんにちは?

 半裸の少女が、とりあえず身体の前面に浴布をあてつつ、失神した騎士と憤怒の女騎士へ歩み寄り、挨拶をした。

 オアシスの畔。
 林の中に、小さな丸太小屋が建っていた。
 遠方からは林に阻まれて見えないが、近づいてみれば周囲の木が伐採されており、薪を割るための斧や切り株がある。小さな菜園もあった。

すみません、お待たせしちゃいました! えっと、小さい家ですけど……どうぞ中へ!

 手早く湯浴みを済ませた金髪の少女が、ライツとリールを丸太小屋の中へと招いた。どうやらこの少女はここで一人、暮らしているらしい。

 本人が『小さい』という丸太小屋の中は、かつては数人の家族が住んでいたと思われる広さがあった。
 木製のテーブルと数脚の椅子、大きい本棚にはたくさんの書籍、しっかり拵えられた暖炉。書き物用の机の上には写真立てがあり、少女と一緒に母親と思われる金髪の女性が写った写真が収められていた。

なんだか悪いな、世話になってしまって。俺はライツ。こいつはリールだ

こいつってなによもう……。えっと、よろしくね。実は私達、アルサス騎士団の一員なの。ライツが団長で、私が副団長のリール

うわ、うわあ、騎士団の方だったんだ! それも団長と副団長……。こんなみすぼらしい家に入ってもらってよかったのかな、えっと、あの……

ふふ、素敵なおうちじゃない。緊張しなくていいからね。あなたのお名前は?

は、はい。フェリナといいます。フェリナ・イーストウインドです

へえ、いい名前だな

確かに。よろしくね、フェリナ。ところであなた、どうしてあんなところで、その……裸になってたの?

ほぇ? それは、いつものことで。私一人で湯浴みしてるから、別に誰もいないし……

だからって無防備すぎるよ! 女の子なんだからもうちょっと気をつけたがいいわ。大体、ライツは男なんだから、もっと……

男の人だと、なにかまずいんです?

 首を傾げるフェリナ。リールの言いたいことが今ひとつ伝わっていないようで、フェリナのその様子にリールは頭を抱える。
 ライツは、居心地の悪い話題が続きそうな空気だったため、方向転換を試みる。

ところで、あの水というか湯……あれは温泉なのか?

いいえ、あれはもともと水でした。というか凍ってたんですけど、私が溶かしてお湯にしましたっ

溶かすって……どうやって?

私、魔法が得意なんです。だからあの辺をまとめて溶かして加工して、湯浴みしやすいようにしました

 フェリナが、ささやかに起伏のある胸を張る。自慢げな顔。その頬は湯上がり肌でまだほんのり桜色。

 ライツとリールはと言えば、あんぐりと口を開けて数秒間硬直した後、揃って驚きの声をあげる。

魔法だって!?

魔法ですって!?

ん? ……魔法が、どうかしました?

 対してフェリナは、また首をかしげる。

いや、こんな子どもなのに魔法を使えるのかってびっくりしたんだ

むう、子どもじゃないですよ! もう十四歳なんだから

そ、それもかなり驚きだ……

ばかライツは黙ってて!

 ライツがフェリナの体型をそれとなく横目で見ながらつぶやくや否や、リールが彼を横へ押しやる。

う……

 ライツを遠ざけたところで、リールがフェリナへ質問を続ける。

えっとね、フェリナ。私達の常識だと、魔法はしっかりした教育を受けて訓練を積んで、それでやっとまともに使えるものなの。私も一応使えるけれど、騎士団のトレーニングのおかげね

そうなんですか。私は小さい頃から、なんとなく使えてました。基礎の基礎は、物心ついた頃にお母さんに習ったんですけど

 フェリナが写真立てをそっと見つめる。
 幼いフェリナを抱き締めて微笑む金髪の女性。ライツとリールも、過去の風景を切り抜いた一枚にしばらく見入った。

フェリナの家って、魔法の才能がある血筋なのかな? そういうの、ライツは聞いたことある?

いいや。大体俺は、魔法なんてからっきしダメだしな

あーはいはい、そうだったわね

 なぜか偉そうに言い張るライツを見て、リールはがっかりする。

得意下手があるんだから、もっと極端に才能がある人がいたって不自然はないだろう。あるいは、もっと別の……
例えば、フェリナが妖精だったりしてな、ははは。伝承では、妖精って存在はあらゆる魔法を使いこなしたらしいじゃないか

…………!!

リール、どうした? ……あっ、そうか

 思わぬところから、今回の任務の目的へ話が巡ってくる。

ねえ、フェリナ。あなた、妖精について何か知らない? というか、もしかしたらなんだけど……あなたが妖精と関係あったりしないかな?

ん、と……

 フェリナが、しばし神妙な顔つきになる。

実は俺達は極秘任務で、ヒューク砂漠のオアシスにいるという伝説の妖精を探しに来たんだ。もし何か知ってるなら教えて欲しい

 うつむき考える姿勢のフェリナへ、ライツがゆっくりと、少し優しい口調で語りかけてみた。
 程なくして、フェリナが顔を上げた。

ええっと、実は私……

 ライツとリールが固唾を呑んでフェリナの次の言葉を待つ。
 だが、飛び出してきた言葉は意外なものだった。

実は私も……私も、妖精を探しているんです

えっ?

……そ、そうなんだ

 ライツとリールが再び二人揃った表情になり、わずかに落胆の混じりの、驚きの声をあげるのだった。

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