噴水のように噴き出す赤黒い少年の血液が、雨のごとく降り注ぐ。そして次の瞬間――。
 なんと地面に滴った赤い雫が、巨大な棘のような形へと変形したのだ。

鞍馬 閏

死、死ぬ!

3rd story:PROCURATOR

 思わず目を閉じて痛みが貫くのを身体を硬直させて待つ俺だったが、予想していたような痛みは訪れない。もしかしてあまりに即死だったから痛みもなくお陀仏してしまったということなのだろうか。
 だとすればこの目を開ければ白い翼を生やした裸のセクシーな天使様がいらっしゃったりするんだろうか?
 それはそれで非常に好ましいというかむしろそっちの方が嬉しいのだが……。
 そんな淡い期待を抱きつつ、しかし恐る恐る目を開いた。

鞍馬 閏

ぐ……ぐふ……

 目を見開くと脇腹と肩の二か所に血液の棘が突き刺さり、苦しそうにしながら顔を歪めている男が見えた。そして少年の方に目を移す。

……。

少年は何も言わず、瞼を下して、ただ膝立ちで硬直していた。
いや、もっと細かく描写すべきかもしれない。

彼の身体の一部は……。

祓われるのを覚悟で決死の特攻作戦かー。
ほんと最後までムカつくねー。

「祓われる」
 男がどういう意味でそんな言葉を放ったのか俺には分からないが、しかしながら、黙したままの少年の身体は煙のように気化して消えゆこうとしていた。
 推測するならば、「祓われる」とはあの少年においては「死」を意味するのかもしれない。

 そんなことを思いながらその光景を呆然としながら眺めていると、少年の手に握られた赤黒い鎌が液体へと融解したかと思うと、その二次元的な空間からは信じられないことだが、地面に広がったその赤黒い液体から人間の形をした何かが、現れのだ。

春……様……

 液体の中から現れたその人間の形をした何か、あるいはその美人としか形容しがたいその少女は、表情に乏しいながら、明らかな絶望と悲しみを含んだ声で少年に問いかけた。

嫌で……ございます。
春様以外をお慕い申し上げるなど、この紫にはできかねることございます。
どうか……どうか……。

……。

 もはや身体の右下半分は完全に消滅し、左手と頭、そして胴の一部分しか残っていない少年は目を閉じたまま、声を出さぬまま、しかしゆっくりと首を横に振った。

分かり……ました……。
春様の魂が生き続けるのなら……。

おい、不浄の女!
いつまでメロドラマやってんだよー!
おめーもすぐに燃やし殺してやるからさー!
さっさとこっち向けってんだよー!

 男はいらいらとした口調でその少女に叫んだ。
 すると少女はすくっと立って、左手を横に伸ばす。少女の影がゆっくりと立ち上がり、そして黒い鎌の形を成し、少女の左手に収まる。
 もう肩と頭しか残っていない少年ならまだしも、少女のその小さな身体で、あの大鎌を扱えるとはどうしても思えなかったが、少女はさも当然のように大鎌を構えた。

あーやだやだ。
《影打(カゲウチ)》でどうにかなると思ってるのか知らないけどさー、そーいう無駄な努力みたいなのもほんと吐きそうになるくらいムカつくからやめてくんないかなー?

 男が不平を垂れたのと同時に、少年の身体が完全に消滅した。そして涙が一筋だけ頬を伝った少女の持つ鎌に元々少年だった煙がまとわりついたようにも見えたが、男はそれを気にする風でもなく、馬乗りになっていた俺から離れて立ち上がる。

じゃあとりあえず……死のうか?

 先ほどより大きな炎が男の手に灯る。
 拘束を解かれた俺は逃げることもできたのに、何かが俺を縛り付けているような感覚に襲われ、動くことができなかった。
 そして、少女が男ではなく、俺を凝視していることに気づく。一方の男はそんなことに気づいていないのか、ニタニタとした笑いを浮かべ、炎を投げるモーションに入り、そしてその大きな火の玉を少女の方へ放った。

 真っ直ぐに飛んでいった火の玉を少女は思いのほか軽やかな動きでかわし、男の方へ駆けだした。
 後方では轟音とともに公園の遊具が火の玉に焼かれている。
 男は一発目の火の玉が避けられることなど予想していたのか、もう二つ目の炎を灯していた。

 しかし。

 確かに、もし少女が男の方へ直進していたなら、もう避けられる距離ではなかっただろう。
 だが、少女は、男の方へ走っていたと思っていた少女は、俺の方へ進んでいた。
 それは予想外だ、とでも言いたげな顔を浮かべた男の横を通り過ぎた少女は俺のすぐそばまで詰め寄ると、あろうことか鎌を振りあげたのだ。

鞍馬 閏

え……?

 思わず気の抜けた声を出した動けない俺に、その真っ黒な鎌が打ち下ろされるのを俺は恐怖に震えながら見つめることしかできなかった。

 気づくとそこは見知らぬ空間だった。
 古めかしい様式のテーブルが中央におかれ、そこに並べられた椅子に俺は座っていた。
 いや、テーブルについているのは俺だけじゃなかった。

鞍馬 閏

あ、あんたは……。

やぁ。

 先ほどまで死にかけていたあの少年が何事もなかったように、それこそ文字通り五体満足で座っていた。

鞍馬 閏

お前さっき死んだはずじゃあ……。
てかそれ以前にここはどこなんだ?

確かに僕の身体はもう完全に祓われてしまったから、そういうのも仕方ないかな。
でも今君が見ているのは、正確には思念体、分かりやすく言えば魂、ってやつだよ。
で、この場所も分かりやすく言うなら精神世界ってやつなのかな。君の心の中。
人間の世界の文化でも出てくるって聞くんだけど、君も知っているかな?

 こいつ一体どんな精神状態でこんなバカげたことを言っているいるんだろうか?
 さっきまでの凄惨な状況からこんな呑気な返しが返ってくるなんて予想だにしていないかったので、何も言い返せず、ただ茫然とすることしかできなかった。

あれ?
僕何か変なこと言ったかな?

鞍馬 閏

あ、あったりめーだ!
意味わかんねぇこというんじゃねぇよ。

まぁまぁ、そんなにかっかしないでよ。
これからは一蓮托生なんだから。

鞍馬 閏

一蓮托生?

そうそう。
これからは君の精神世界で生きることにしたんだ。

鞍馬 閏

ああ、そうですか、じゃあこれからよろしくお願いします……

鞍馬 閏

なんていう訳ねぇだろうが!

仕方ないだろう?
さっきも言った通り僕の身体は祓われちゃったんだから。

で、重ねてお願いしたいんだけど、執行者である僕が死んでしまうと、帝以外に戦える者がいなくなってしまう。そうなると非常にまずい。戦力の大きな損失は《祓火(フツカ)》たちに付け入る隙を与えてしまうからね?
だから君になって欲しいんだよ。

鞍馬 閏

なって欲しいって……何に?

うーん、前例がないことだろうから、正式な名前じゃないけど、強いて言うなら、執行者の代行して不浄を守る者だから……。

代行者かな。

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