私は毎朝日記をつけています。
私は毎朝日記をつけています。
決して昨日書き忘れたわけではありません。今日これから起こる一日の出来事をを書き記しておくのです。そして私は日記の通りに行動し、日記の通りの一日を過ごすのです。全ては私と、愛する彼の命を助けるために……
夏休みの最終日、私はトラックの事故に巻き込まれて命を落としました。どうしてあそこにいたのかよく覚えていません。ですが、その事故に巻き込まれて私は命を落としたのです。ところが、変な言葉を話すワンちゃんが私のところにこの日記帳を持ってきてこう言うのです。
この日記帳がな、こんなこと言うとるで
男の引きこもり日記を書かされたんじゃ浮かばれねぇ。俺の中に女の子の華やかな日常をびっしり書いてくれるってんなら、ぼ、俺の命と引き換えに命を助けてやってもいいぜ
と。私は半信半疑でした。でも、どうせ無くなってしまった命です。縋れるものなら頼りにしたい。
そのワンちゃんはこうも言っていました。
歴史を変えてまうと世界の『因果律』っちゅうのが崩れて世界が崩壊してまう。せやから自分が体験したとおりの歴史をなぞって行動するんや
私は昨日までの私がしてきた通りに世界を再現してやらなければなりません。そうすれば命を救ってもらえる。そういう約束でした。
ただ、私は一つだけ気がかりがありました。
もしも、もしももう一度あの夏休みをやり直せるのなら。
あの日、あの時、彼に言った言葉を変えられるなら。
私はもっと素直に、ありのままの言葉で彼に思いを伝えることが出来るでしょうか?
私は真っ赤な表紙の日記帳の一ページ目を開きます。すると表紙の裏側の隅に小さくボールペンの掠れた文字で何かが書き付けてありました。
桐原夏生。
夏生? これは夏生の日記帳? ではまさか
どうして気がつかなかったのでしょうか? 自分を呼ぶ一人称で言葉を詰まらせるような人なんて私の知る限り一人しかいません。他でもない私が愛する彼の癖だったはずなのに。
私はその瞬間に昨日のことを全て思い出しました。今から四〇日後、私が家から遠い交差点に一人で立っていたことも、そこで何をしたのかも、私が最期に聞いた彼の答えも。
私は助け出さなくてはいけません。私の命も、彼の命も、二人分。あの運命の日が訪れるその日までにどちらの命も落とさない方法を考えなくてはいけません。
……夏生
私の夏休みの宿題、日記帳のページはまだまだ残っています。