翌朝、マド村を出た僕たちは
酒場で出されたチーズを作っているという
牧場に立ち寄ることにした。
牧場は街道のすぐ横にあり、
牛や羊が放牧されている。
柵にはモンスターや猛獣除けの護符が
一定の間隔で貼ってあって、
家畜が襲われないよう対策を施していた。
――でもあの魔法道具って
結構高価なんだよね。
しかも一定の期間が過ぎると
効果が切れちゃうし。
僕の故郷の村でも使っている人がいたけど、
『値段が高すぎる』って
いつも愚痴ってたもんなぁ。
翌朝、マド村を出た僕たちは
酒場で出されたチーズを作っているという
牧場に立ち寄ることにした。
牧場は街道のすぐ横にあり、
牛や羊が放牧されている。
柵にはモンスターや猛獣除けの護符が
一定の間隔で貼ってあって、
家畜が襲われないよう対策を施していた。
――でもあの魔法道具って
結構高価なんだよね。
しかも一定の期間が過ぎると
効果が切れちゃうし。
僕の故郷の村でも使っている人がいたけど、
『値段が高すぎる』って
いつも愚痴ってたもんなぁ。
よし、建物の方へ行ってみよう。
うん、そうだね。
僕たちは牧場の敷地内に入り、
人が生活しているらしき建物の方へ
道を歩いていった。
すると家畜小屋の所で、
掃除をしているおじいさんを発見。
横では若いお兄さん2人が
家畜の糞の処理をしている。
こんにちは~。
僕が声をかけるとその人たちは手を止め、
こちらへ振り向いた。
そしてお兄さんの1人が歩み寄ってくる。
どなたでしょうか?
僕はアレスと言います。
旅をしている者です。
マド村の酒場で食べたチーズが、
すごく美味しくて感動したんです。
作っているのがこちらの牧場だと
聞いたので、
見学させてもらえないかなぁと。
そうですか。
ですがそれはご遠慮いただきたい。
我々も忙しいので。
――キーサス、
よいではないですか。
キリヤさん……。
掃除をしていたおじいさんが、
こちらへ歩み寄りながら
キーサスさんへ声をかけた。
一緒にもう1人のお兄さんもやってくる。
ここに住んでいるのは、
この3人だけなのかな?
初めまして。
私は牧場主のキリヤと申します。
わざわざ遠いところをようこそ。
ん? キリヤのおっちゃん、
オイラとどこかで
会ったことないか?
さぁ、どうでしたかな?
私もトシですから、
記憶がどうも不安でして。
ははははは。
キリヤさんは自分の頭を撫でながら
高笑いした。
それに対してタックは首を傾げつつ、
どこか腑に落ちないといった顔をしている。
――実際のところ、どうなんだろう?
タックは400年も生きているわけで、
出会った人の数だって相当多いに違いない。
つまり記憶違いや気のせいだって
充分にあり得る。
とはいえ、キリヤさんの態度にも
違和感があるような……。
カノン、
この方々にチーズ作りを
見せてあげなさい。
よろしいのですかっ!?
こんなどこの馬の骨とも
分からぬ――
お客さまに失礼ですよ、
カノンさん。
っ!? し、失礼いたしましたっ!
皆さん、
せっかくですから今日は牧場に
お泊まりになってはいかがですか?
よいのか?
はい、大したもてなしは
できませんが。
ありがとうございます。
キリヤ様。
こうして僕たちはチーズ作りを
見学させてもらえることになった。
カノンさんに先導され、
母屋の方へ歩いていく。
その中にある工房部屋でチーズを
作っているらしい。
ちなみに牧場ではバターやヨーグルトのほか
ソーセージやハムといった肉の加工品、
養蜂もしているから
蜂蜜も作っているんだって。
ん?
今、物置小屋の影で
何かが動いたような気がした。
――いや、気のせいなんかじゃない。
今は収まったけど、
その場所に生えている草が
わずかに動いていた。
なんとなく生物の気配も感じ取れるし。
つまり誰かが
僕たちのことを監視しているということだ。
ただ、正体が分からない以上、
気付いていない振りをしていた方がいい。
へたに刺激して襲って来られても困るし。
僕は前を歩くミューリエの横へ移動し、
小声で話しかける。
ねぇ、ミューリエ。
そのまま顔を動かさず聞いて。
どうした?
ミューリエは何事も起きていないように
振る舞ってくれている。
物置小屋の影から
誰かが僕たちを
監視していたみたい。
そのようだな。
ミューリエは気付いていたの?
まぁな。
今もコソコソ
ついてきているようだ。
邪悪な気配は感じられないが、
警戒だけはしておけ。
うん。
みんなは気付いているかな?
タックとビセットは
気付いているだろう。
ただ、シーラはどうか分からん。
アレスから伝えておけ。
分かった。
僕は自然に歩くスピードを落とし、
後ろからついてきている
シーラと並ぶ位置で歩く。
そして内容を小声で伝えると、
シーラは無言のまま静かに頷いた。
――まさにその時!
きゃっ!
不意に後ろから可愛い声がした。
僕は足を止め、思わず振り向いてしまう。
するとそこには――
うぅ……。
――幼い女の子が前のめりに転んでいた。
彼女はゆっくりと起き上がるものの、
瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
よく見てみると、
手と膝を擦りむき、血が滲んでいて痛々しい。
白いワンピースの服も土まみれだ。
大丈夫っ?
ひっ!
僕が駆け寄ると、
女の子は体をビクッと振るわせた。
こちらを見上げる瞳は潤み、
表情が強ばっている。
僕たちが見知らぬ人間だから、
怯えているのかな?
だとすると、怖がらせないように接しないと。
そのためには、まず笑顔笑顔っ!
傷口を見せてくれるかな?
…………。
女の子はビクビクしつつも
素直に従ってくれた。
――うん、これくらいの怪我なら、
今の僕にも治せる。
そう判断した僕は、
自分の手を擦りむいた女の子の膝にかざした。
そしてシーラに習った回復魔法を使う。
偉大なる大地の神よ、
その優しき力で
傷を癒したまえ……。
傷口は徐々に塞がっていった。
それとともに苦痛に歪んでいた女の子の顔も
穏やかに緩んでいく。
こうして僕は擦りむいた膝を治すことに成功。
同じ要領で手の怪我も治してあげたのだった。
――僕の回復魔法が初めて役に立って、
すごく嬉しい。
ふぅっ!
もう痛くないよね?
あ……あの……
ぁ……っ……。
っ!
女の子は顔や耳が真っ赤。
何も告げずにどこかへ走っていってしまった。
照れ屋さんなのかな?
するとその直後、
カノンさんが僕に歩み寄ってくる。
アレスさん、
レビィの怪我を治していただき、
ありがとうございました。
あの子は人見知りが激しいので、
照れくさくて
逃げてしまったのでしょう。
どうか気分を害さないでください。
あの子、
レビィちゃんっていうんですか?
はい。キリヤさんのお孫さんです。
国内がゴタゴタしているので、
こちらに避難してきて
いるわけでして。
そうだったんですかぁ。
なるほど、
私たちの様子をうかがっていたのは
あの子だったのですね。
皆さんに警戒させてしまい、
申し訳がありません。
ですが、どうかご安心ください。
危害を加えようとする者など
ここにはおりませんので。
――その後、
僕たちはチーズ作りを見学させてもらった。
僕の村でもチーズを作っている人はいたけど、
それとはやり方が全然違っていて
ビックリした。
色々なやり方があるのだと
勉強になったよ……。
次回へ続く……。