俄に騒がしくなっていた談話室前。
みんな、怯えていたり目を背けていたり、呆然としていたり、悲鳴を上げている。
俄に騒がしくなっていた談話室前。
みんな、怯えていたり目を背けていたり、呆然としていたり、悲鳴を上げている。
べそをかく文月を引っ張ってきながら私もその中に混じる。
近づくたび、彼女は行ってはダメ、と縋るが私にだって現状を見る権利ぐらいあるはずだ。
大体察してはいるけれど、私は入口に立つ速水に声をかけた。
おはよう速水
……大体察してるけど、死人?
それにはニュアンス的に私は何もしてない、と伝えると振り返った彼女はゆっくりと左右に首を振った。
彼女も動いていない、つまりは狼か……。
惨たらしい……
どうして、ゲームマスターはこう、猟奇的な事を好むの?
彼女はただ、そう辛そうに言うだけだった。
……談話室の中にあるのか、それが……
屯っている彼らの前に割り込み、文月に外に待つように指示し、私はその光景を見た。
そこには、何とも猟奇的な光景が広がっていた。
私は丁度二日前、この光景に似たのを見ている。
……20と同じ、首チョンパか……
私が見たもの。
談話室の中にある丸いテーブルの上に、切り落とされた人間の首が鎮座している光景だった。
苦悶の表情を浮かべたまま、口の端から一筋血を流し、テーブルを真っ赤に染めたその物体の顔が、こっちをむいている。
周囲には綺麗に血痕などがないことから、上手く運んだんだろう。
三日連続で自室で、というのは芸がないからとうとうこんな公共の場所にまで持ってきてくれたようだあの野郎。
はぁ……
私は、誰も入ろうとしない室内に足を踏み入れた。
このままじゃ、話し合いもできたもんじゃない。
確かにグロい、グロいが……私は二度目だ。
そこまでビビる程腰抜けじゃない。
多少怪しまれるだろうが……。
ふん、どうせもう終盤だ、関係ない。
す、住吉……?
な、何する気ですか先輩……?
他の連中が私の動向を見つめている。
その視線を背に受けながら、私は歩を進める。
そして振り返って、彼らに言った。
あんた達、全員こっち見ちゃダメだよ
文月、聞こえてるね!?
あんたは特にダメ!!
私がいいって言うまでこっちくるな!
聞こえたら返事!!
私が大声で彼らの後ろにいる、文月に言う。
わかったよ!
文月の返事が聞こえたので、私はテーブルに近づく。
私のやろうとしていることを気付いて、速水が声をかけた。
……みんな、目を閉じて……あと耳を塞いで
彼女、汚いことを全部一人で請け負うつもりみたいだから……
えっ?
トラウマなんて、植え付けられたくないでしょう?
……なら、言うことを聞きなさい湯野……
……わかりました……
彼女、私のフォローに回ってくれたみたいだった。
流石に速水の言うことをみんなしっかり聞く。
視覚と聴覚を遮断して、情報源を断ってくれる。
ありがたい。
流石に、私とてこの行動には若干の嫌悪がある。
でもこの中でこれを出来るのは私だけだ。
どうせ昼間話し合いしないとあいつもでしゃばって死人が増えるだけだ。
仕方ないのだ、と割り切ることにした。
私は人間の頭が鎮座するテーブルに近づいた。
そのまま後頭部を鷲掴みにして、持ち上げる。
切り口から滴る紅い雫。
なるべく下を見ないようにしつつ、それを何処に捨ててこようか迷う。
いや、生ゴミでいいんだよねこれ?
人間のリアル生首ですけど……。
ダストシュートとかあったっけ?
どの道死体処理の方法なんて知らない私。
すると、室内に何時の間にか設置されていた、鮮血滴る生ゴミ専用と書かれたゴミ箱を発見。
奴が設置したに違いない。
嫌がらせにこうしてここに頭部を設置、室内に入れず困惑している私たちを見て楽しんでいるんだろう。
悪趣味にも程がある。
元、人間だったもの。現在、生ゴミ。
私達のゲームを邪魔をして、このままではルール違反で全員死ぬ。
昼間には必ず、この部屋で話し合いをしないといけない。
でもこいつのせいでそれができない。それは困る。
グロいなぁ……
なんか、今にも喋り出しそう……
まあ、昨日までは喋ってたんだけど
意外にも私、生首持っても平気だった。
不謹慎なことも考えられる余裕もある。
このまま投擲とかできそう、しないけど。
流石に現実に人間の生首持ち上げてぶらついてるとか、かなりサイコなイメージになる。
私は早々、その大きな生ゴミを、ゴミ箱の蓋を開けて、投げ込んだ……というか、ぶち込んだ。
重たい生首は、ごとんと鈍い音を立ててゴミ箱の底へ。
すぐに私は蓋を閉めた。
人間だった頃は人権あったんだろうが、死人には人権もへったくれもない。雑だろうが気持ち悪いので視覚的にも嗅覚的にも塞いでおくのが賢明な判断であろう。
生首を放り込んだはいい。
だが、困ったことが増えてしまった。
床に血痕が残ってしまった。しかも点々と。
だって、ねえ……?
ちょっと、あんなもんは触りたくないから切り口押さえるとかしたくない。
ってよく見れば私の手も真っ赤だった!
手のひらを返すと、真っ赤っか。汚い赤一色。
あの頭、後頭部に傷あったの!?
気付かなかったよ!?
血達磨でもなかったし頭!!
しかも凄い鉄臭い!!
うわぁ……
掌からダラダラと他人の血を流す私。
この血、大丈夫だよね? ビョーキとかないよね?
心疾患患ってる身としては、心配になる。
……ねぇ、もう少しマシなやり方ないの?
どうするか困っていた私に、一人だけ咎めるように小声で話しかけてきた速水。
こいつ、立ち直るの早いなぁ……。
顔にでた私に、彼女は静かにため息をついていう。
私、初日で20の死体見てるからね
一度見ておけば嫌でも耐性つくわよ
この異常な空間にも
でも触れなかったじゃない
結局私がやるしかなかったんだよ、もう……
ちょっと、トイレ行って洗ってくる
ゲームマスターが説明するだろうから、状況はいいとして
……取り敢えず掃除しようよ
血腥いし、床汚れたし……
換気と掃除、これ急務
ダメな人もいるだろうけど、掃除
最悪、私たちでやるしかなさそうね
適応力半端ないね速水……
私も20の死体とか見てて腹をくくっているから、まだ吐き気とか我慢出来るけど……
だから、慣れただけよ
身体が勝手に……必要だから
ぶつぶつと文句を言いながら、私は一度繋がっているトイレに向かい血を拭う。
彼女は生首でビビってしまった彼らに部屋の外に出るように指示して、ドアを閉めて施錠したようだ。
これで……簡単な密室が出来上がった。
戻ってくる頃には、嫌気さしている速水が、私にどっからか持ってくたバケツを手渡しながら、ぼやいた。
これでハッキリしたわ
狼は極めつけのバカだったみたいね……
自爆、自滅を繰り返した結果、残り一人じゃない
どうしてこう、折角の有利な流れを断ち切ってくれるのかしら
渡されたバケツに水を入れて持って帰ってきた私。
フラフラしながら、床に置いた。
っていうか、何で病人の私にこんなことさせてるんだろう速水。
これ、遠まわしの雑な処理へのクレーム?
他にどうしろっていうの。
生首捨てる仕事したのに。
また真っ赤になりたいの?
こっちは血塗れになるんだからね
水汲みくらいはして欲しいわ
雑巾を探してきておいたのか、バケツにぶち込み絞る。
床を拭きながら彼女はソファーに身を投げた私に言う。
気を使ってくれてどーも
で、どうする速水?
ラストだよ、両方
探偵狙う? それとも狼殺す?
いい加減、バカ狼には見限りをつけたわ
味方することもないだろうし、勝てればどっちでもいいわよ
バカな連中には私は一切手加減しない
結局、頑張ったのは私達と内通者だけで、あいつら何もしてないし
最後の最後まで誰も仕留めてないとか、狼やる気あるんかね……
揃いも揃って無能の役たたずだった
それだけよ
むしろゲーム通り、狼を見つけて殺る?
私はこの激情を狼に向けたいんだけど
言うなれば殺意ね
私達は言外に今此処で死んでやがった大馬鹿野郎が狼だと知っている。
そりゃ夜に殺しのメインを務めたテロリストと殺人犯だ。
その二人が動かないのに死人が出るのは自滅以外にはありえない。
裏切られたのは私たちの方だ。
こっちの努力を知りながら、奴らは全てを台無しにした。
殺意が膨れ上がっても、おかしくない。
私達が場を掌握している。
殺ろうと思えば、狼だって殺せる。
……そう、殺せるのだ。黒が、黒を。
そうだね……
うん、私も賛成
殺そうか、ラストの狼
今までの恨みも憎しみも怒りも全部込めて
私も賛同する。
探偵でもどっちでもいいけど、黒が黒を狙う。
そっちの方が盛り上がりの貢献にはむいている。
何より――私がそうしたかった。
小田に初夜でいきなり狙われているせいか、殺意が知らぬ間に加熱していたようだった。
そこで殺してくれれば感謝したんだが、失敗してるし翌日にもしつこく狙おうとした。
それが腹が立つので、殺す。
予想していたのだけれど、きっとラストの狼は10――小田ね
そこで、私は初めて速水にラストの狼が小田であると知ったふうな顔をした。
最初から知っていたが。
小田?
小田って……あの大人しそうな地味メガネ?
なんであいつ?
あいつ素人じゃないの?
……あ、素人だからか……
あの子は素人であると言うけど、どうだかね
それはいいとして
彼女は推理の根拠となる説明を雑巾がけしながら言う。
私はね、最初の態度からある程度、他の人たちの役職を予測してみたの
人間、パニックになると本性が出る
押し付けられた役職が態度に出ると思ったのよ
言動を観察しながら、何がそれに当てはまるか、自分なりに纏めて可能な限りメモを取った
それがあの恐怖のメモ。
私が見て、竦み上がった天才的な読みの数々。
本人が語ると、重みが違う。
それ以前に、盗み見た役職もあったから、かなり参考になったわ
予想通り、役職は態度に出たわ
村人は呆然としたり方法を探したり、あるいは味方を探そうとしたりしていた
だって彼らは無力だから、誰かと群れないと戦えない
狼は誰が確実に狙えるか、怖い目をして周囲を見回していた
特殊な役職も似たようなものよ
護れる相手を探していたり、庇える相手を探していたりする
自分で動ける役職は、大体態度でそういう風に出る
成程。
確かに動ける連中は情報戦で絞り込む為、観察を行うだろう。
それを見ていた、というのか。
まとめあげるのをやったのはそれが楽そうだから、と彼女は語る。
読みにくかったのは第三陣営――村長とストーカー
動き方が言動に出ないでしょう?
動き方が特殊で、昼間に情報を明かすとは限らない
一番警戒していたのはこの二つだったけど……いきなりバレちゃったし
初日でいきなり村長がバレて、その時点で狼は襲撃失敗挙句に一人自滅。
これでもう、あとはストーカーだけ……と思ったら翌日自殺。
読み合いというよりは、ただ単純に本人のメンタルが強く関係している気がした。
最大の幸運は、住吉の役職が私と同系色であったこと
そして私がそれを見ていたこと
頼もしい味方ができたことだったわ
私の態度はただ自棄を起こしているだけで、逆にそうされると読みにくかったという。
私の場合、死にかけだった背景もあり、どの意味でヤケクソになっているか予想しにくかったと速水は私に言った。
盗み見していたことは本当に幸運だった。
それは、同感。
速水とは、私は戦いたくない。
どうしても、勝てる気がしない。
話がずれたわね
私は、死んだ狼全員と、小田が話し込んでいるところを私は二度、目撃したわ
一度目は初日の昼間、ここから立ち去る時に隅っこで集まっていたこと
あのメンツでね
二度目は、一人目が死んだ一日目の早朝の廊下
今日死んだ彼と西郷と共に話しているところを見たわ
今思えば、自滅した仲間を確認しに行った、というところね
こっそりドアを開けて確認したから間違いないわ
これはもう確定でしょ?
ラストの狼は彼女よ
なんて運の良い少女だ、と思う。
天才的な読みだけじゃない。
すごい幸運にも恵まれている。
……敵無しとは、こういう奴のことを言うんだ。
天運とでもいうのかもしれない。
そりゃ、間違いない
……小田は狼だ
よし、今日の昼間に追い出そう
そっか。
今日は、ラストの日なんだ。
三日目、残りは11人。
もう、既に狼が透けている。
こっちは、完全に場を支配している。
彼女と私が導けば、小田は言い逃れ出来ずに、きっと追放されて、これでオシマイ。
10人生き残れる、現実味のあるハッピーエンド。
これで、悪夢は終われる。
みんな、許される。
地獄から、解き放たれる。
これで、エピローグ。
彼女は、これで終われるんだとどこか安堵した様子で、今日ですべての決着をつけると言った。
……もう、無理かな……
……なら最期に……
本物の狼、見つけてもらおっか
ねぇ、速水?