関所を抜けた僕たちは、
引き続きマウル街道を歩いていった。
そして2日ほどでマド村へ辿り着いた。

この村からオヒラの領内になるらしい。
 
村の中は冒険者や傭兵っぽい人たちが
たくさん歩いている。
その中には村を警備する人も
いるんだろうけど、
何か落ち着かないなぁ……。
 
 

アレス

ねぇ、タック。
村の中が
ちょっと不穏な空気だね?

タック

そうだな。
田舎でこの状況だと、
首都のマウルは
荒くれ者だらけかもな。

ビセット

アレス様、まだ明るいですが
今日の旅はここまでとしましょう。
野宿続きでお疲れでしょうから、
宿でお休みをしては
いかがかと……。

アレス

そうですねぇ……。
シーラはどう?

シーラ

……私は大丈夫です。
歩けます。

アレス

……っ?

 
シーラは笑顔でそう答えた。

でも僕にはそれが辛さを我慢して、
無理に笑っているようにしか見えなかった。
きっと遠慮して、
本当の気持ちを隠そうとしているんだと思う。

だって街道を歩いている時、
足が重たそうだったから。
呼吸だっていつもより乱れていたし。
僕はシーラのすぐ隣を歩いているから、
よく分かるんだ。
 
 

ミューリエ

それならもう少し先まで
歩いていくこととしよう。

アレス

待って、ミューリエ。
やっぱり今日は宿に泊まりたいな。
しっかり休息を取るのも
必要なんだよね?

ミューリエ

ははは、その通りだ。
よく覚えていたな。
では、今日はこの村の宿に
泊まることとしよう。

タック

んじゃ、
オイラが宿を探しに行ってくる。

アレス

タック、僕が行くよ。
それは召使いの役割だから。
雇っている側が
宿を探すなんて変だよ。

ビセット

それがいいかもしれません。
どこで誰が見ているか
分かりませんし。

タック

でも適材適所ってもんが
あるからなぁ……。

アレス

だったら一緒に行こうよ。
召使いを連れて
宿を探しているってことなら、
不自然な点もなくなるし。

タック

おっ、そうだな~♪
じゃ、一緒に行くか!

アレス

うんっ!
みんなはしばらく待っててね。

 
こうして僕とタックは宿を探しに、
村の中心部へ向かうことにした。

そしてみんなに背を向け、
歩き出そうかという時――
 
 

シーラ

あのっ! 私もお供しますっ!
私も召使いですから!

アレス

シーラ……。

 
シーラは僕の服を引っ張り、
ジッと見つめてくる。

……気持ちは嬉しいけど、彼女の体が心配だ。
だから僕はシーラの耳元に口を寄せ、
小声で囁く。
 
 

アレス

ここは僕に任せて、
シーラは休んでて。
体調、あまり良くないんでしょ?

シーラ

――っ!?
お気づきだったのですかっ?

アレス

ゴメンね、
まだ回復魔法がうまく扱えなくて。

アレス

その代わり、
今夜は回復薬を調合してあげる。
だからその材料も買ってくるよ。

シーラ

アレス様……。

シーラ

うぅ……ぐすっ……
嬉しいです……。

アレス

じゃ、行ってくるねっ!

 
シーラの頬に流れた涙を、
僕は親指で拭ってあげた。

そのあと、
彼女の頭を軽くポンポンと叩いてから、
タックとともに宿探しへ向かったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





その夜――
宿を無事に確保した僕らは、
酒場で夕食を採っていた。

周りには村人のほかに、
旅の途中の冒険者や傭兵、
国の兵士もたくさんいる。

聞こえてくる話は、
どこどこの砦で傭兵を募集しているだの、
どこどこの地域で近々戦いが起きそうだの、
誰々が誰々を倒したり倒されたり
といったものばかりだった。
 
 

アレス

こっちの大陸は
争いごとばかりだね。
会話を聞いていて、
すごく実感するよ。

ビセット

アレス様、
彼らとは
目を合わせないでください。
トラブルの元になりますので。

 
ビセットさんは周囲に気を配りながら、
僕に向かって囁いた。

いつもこういう真面目な態度なら
嬉しいんだけど……。
 
 

タック

ん? このチーズ、美味いな!
ワインにすごく合うしっ!

アレス

そうなの?

タック

アレスもチーズを食べてみろよ。

 
タックに勧められ、僕もチーズを一口。
 
 

アレス

ホントだっ! 美味しいっ!

酒場のマスター

――気に入ってもらえて
嬉しいねぇ。

 
声のした方を振り向くと、
そこには料理を運んできた酒場のマスターが
立っていた。

マスターは手に持っていた料理のお皿を
テーブルの上に並べつつ、口を開く。
 
 

酒場のマスター

そのチーズはここから1日ほど
街道を歩いた場所にある、
牧場で作られたものだ。

酒場のマスター

俺もその味に惚れ込んでな、
何度も頼み込んで、
ようやく仕入れを
許してもらったんだ。

アレス

そうなんですかぁ。

ミューリエ

アレスよ、
オヒラの城下町への道すがら、
少し寄り道してみるか?

アレス

いいの?

ミューリエ

後学のためにも
寄って損はないだろう。
ただし、長居はできないがな。

タック

だな。オイラも賛成だ。
アレスには世界の色々なものを
見ておいてほしいしな。

ビセット

では寄ってみましょう。

酒場のマスター

ま、今は特に物騒な時期だ。
気をつけていけよ。

 
そう言うと、
マスターは店の奥へ戻っていった。

それと入れ替わるようにして、
傭兵たちがこちらに歩いてくる。
僕らのいるテーブルは出入口のすぐ隣だから、
食事を終えて宿にでも戻るのかもしれない。

僕は何気なくその傭兵たちの顔へ
視線を向けた。
すると――
 
 

アレス

えっ? こ、この人たちはっ!?

 
彼らの顔には見覚えがあった。
それに気付いた途端、
僕の心臓の鼓動は大きく脈動する。

すごく息苦しい……。
 
 

ミリー

なっ!?

ジフテル

ほぉ? これはこれは……。

ネネ

へぇ……。

 
彼らも僕のことに気付いたようだった。
そして同じテーブルについている
ミューリエたちを見回していく。

まさかこんな場所で
再会することになろうとは……。
 
 

ジフテル

ご無沙汰しております、
アレス様。

アレス

どうも……。

ジフテル

そちらが新しいお仲間ですか?
全員、あまり強そうには
見えませんね。
弱虫でヘタレの
あなたらしいパーティだ。

アレス

…………。

タック

んだと、テメェ!
失礼なヤツだ!

ミューリエ

アレス、知り合いなのか?

アレス

うん……。
詳しくはあとで話すよ。

ジフテル

まだ生きていたのですか?
よっぽど悪運が強いらしい。

ミリー

ジフテル、どうしますか?
コイツが生きていたら、
私たちのしたことがバレて
厄介なことになりかねません。

ネネ

こいつらまとめて殺っちゃうか?

ジフテル

そうですねぇ、
どうしましょうか?

アレス

ジフテルさん、
僕はあなたたちのしたことを
誰かに言いつけるようなことは
しません。

アレス

だから黙ってこの場から
去ってください。

ジフテル

へぇ、生意気な口を叩くように
なったのですね?
素晴らしい成長です。

ジフテル

――だが、それが気に入らない!
今度は私たちの手で確実に
キミの息の根を止めてあげます!

アレス

そんな……。

ジフテル

いいですねぇ、その悲しげな表情。
やはり弱虫アレス様は
そうでなくてはいけません。

ジフテル

村はずれの墓地で待っています。
1時間後にお越しください。

ミリー

ま・さ・かっ♪
逃げないですよねっ?

ミリー

もし逃げたら、
あちこちで『弱虫勇者』と吹聴して
回ってあげます。

ネネ

お仲間も一緒で構わないぜ。
こんな弱っちいガキだけ殺しても
面白くないからな。

タック

バカにすんなっ!
黙って聞いてりゃ、
いい気になりやがって!

シーラ

アレス様に対する悪口っ、
絶対に許しませんっ!

ビセット

……トラブルは
起こしたくありませんが、
さすがに私もカチンときました。

ミューリエ

1時間後、必ず行く。
首を洗って待っていろ。
貴様らこそ逃げるなよ?

アレス

みんな、やめてよっ!
僕はなんて言われてもいいんだ!
だから争うのは――

ミューリエ

アレス、
これはお前だけの問題ではない。
私の意思でもあるのだ。
こいつらをこのまま
放ってはおけん。

ミューリエ

安心しろ、殺したりはしない
少しお灸を据えてやるだけだ。

ジフテル

――ふふ、では後ほど。

 
ジフテルさんたちは酒場を出て行った。


偶然とはいえ彼らと再会したことで、
とんでもない事態になってしまった。
僕のせいでみんなが争うなんて嫌だよ……。

ジフテルさんたちが僕にしたことだって、
もうどうでもいいんだ。


――僕はどうすればいいんだろう?
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第56幕 仲間たちの狭間で

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