マウル街道を2日ほど歩くと、
国境へと辿り着いた。

ここから先がマウル連邦となっていて、
貴族たちが大小の様々な領地を
治めているらしい。
タックの話によると、
第4の試練の洞窟のある国へ行けるゲートは、
その中でも比較的のどかな
オヒラという地域にあるとのことだ。

位置的にはマウルの首都から遠く離れた
高原にあり、
主要な産業は酪農。
国政上においての重要な施設もないため、
国内外を問わず重要度は低く見られている。


戦いに巻き込まれたくない僕たちにとっては、
好都合だけどね。
 

タック

アレス、シーラ。
お前たちは召使いって設定だ。
言葉や仕草に気をつけろよ?

アレス

うん、分かった。

タック

そこは
『かしこまりました、
タック様』だ!

アレス

あっ!

 
僕は気を取り直し、
咳払いをしてから落ち着いた様子で
タックに視線を向ける。
 

アレス

かしこまりました、タック様。

タック

そうそう、そんな感じでいい。
うまいじゃないか。

ビセット

ではアレス、
私は寒いので抱きついて
温めなさい。

アレス

えぇっ!?

 
ビセットさんはニタニタしながら
腕を左右に広げていた。

つまりあそこへ抱きつけってことだよね?
ホ、ホントにやらなきゃダメなのかな……。
 

タック

ビセット……
お前というヤツは……。

ミューリエ

今日は汗ばむくらいの陽気だぞ?
もし本当に寒いなら重ね着しろ。
それが嫌なら炎の魔法で
お前自身を燃やしてやる。

シーラ

ビセット様、最低ですっ!

 
みんな揃って冷たい視線を
ビセットさんへ向けていた。

特にシーラなんて
汚らわしいものを扱うかのように、
視線や態度に猛烈な拒否反応を示している。
 

ビセット

ちょっと皆さん、
冗談に決まってるじゃ
ないですかっ!
真に受けないでくださいよっ!

ビセット

いくら私でも分別はありますよぉ!

タック

ホントかぁ~?

シーラ

ビセット様の場合、
冗談なのか本気なのか
分かりません。

アレス

まぁまぁ、みんな。
ビセットさんは冗談だと
言ってるんだし、
許してあげようよ。

ビセット

わぁんっ! アレス様ぁっ!
私のことを分かってくれるのは、
あなただけですぅっ!

 
ビセットさんは涙を流しながら、
僕に抱きつこうとした。

するとすかさず間にシーラが立ち塞がり、
それを阻止する。
顔は笑っているけど、目は笑っていない。
それがむしろ、
普通に怒りをあらわにする時よりも
恐いんだけど……。
 

シーラ

……ビセット様。
どさくさに紛れてアレス様に
何をなさるおつもりですかぁ?

ビセット

う……。

シーラ

我慢の限界を超えたら、
例え召使いであっても
主人に反抗することが
あるんですよぉ?
お分かりですかぁ?

ビセット

すみません……。

 
すっかり反省し、
素直に頭を下げるビセットさん。
この時のシーラは、誰よりも怖かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





関所の手前には、
通行しようとする人の行列ができていた。
ここを守備するお役人の取り調べを受け、
問題がなければ通行が許されるらしい。

そこへ並び、
数時間が経過したところで
ようやく順番が回ってくる。


お役人の前に通された僕たちは、
まず膝をついて頭を下げた。
最初にそれぞれ名前を聞かれ、
そのあとに旅の目的や行き先などを
タックが答える。
もちろん、名前以外は全て嘘だけど。 

こういう時は頭の回転が速くて知識も豊富な
タックがすごく頼りになる。
  

守備隊長

――なるほど、
傭兵ということであれば
腕を見せてもらおう。
そうだな、貴様にしよう。

 
お役人はミューリエを指差した。

するとミューリエは静かに立ち上がって、
小さく会釈を返す。
 

守備隊長

貴様はどんな武器を使う?
それとも魔法使いか?

ミューリエ

私は剣を得意としている。

守備隊長

よし、ではクラウド。
手合わせをせよ。

衛兵

はっ!

 
横に控えていた衛兵の1人が
ミューリエと対峙し、
ロングソードを構えた。

体格はがっしりしていて、腕の筋肉も隆々。
かなり屈強そうだ。

それに対して見た目は細いミューリエ。
やや腰を落として右脚を前へ出し、
鞘に収まったままの剣の束を握って
半身に構える。
 

守備隊長

ほぅ? この構えは……。

 
お役人は眉をビクリと動かし、
小さな声を漏らした。
 

衛兵

どうした? 早く剣を抜け。

ミューリエ

これでよいのだ。
いつでもかかってこい。

ミューリエはニヤッと不適な笑みを浮かべた。

大丈夫なんだろうか?
このままだと斬りかかられた時に
対処が遅れそうなんだけど?
 

衛兵

では、遠慮なくいかせてもらうぞ!
うぉおおあああああぁっ!

 
衛兵はミューリエに駆け寄り、
ロングソードで一撃を加えようとする。

でも次の瞬間、
激しく金属のぶつかる音がすると同時に
そのロングソードは弾かれて宙を舞っていた。

あまりの速さに、
何が起きたのか僕には分からない。

気がついた時にはミューリエは剣を握っていて、
その切っ先は衛兵の喉元で止まっていた。
衛兵は目を丸くし、
焦りと恐怖が入り交じったような
表情をしている。
 

守備隊長

それまでだ。
女剣士、見事な居合いであった。

ミューリエ

フッ、お褒めにあずかり光栄だ……。

守備隊長

クラウドよ、下がれ。

衛兵

は、はい……。

 
衛兵は未だ放心状態のまま、元の位置に戻った。

何が起きたのか僕にはよく分からないけど、
ミューリエが相手を打ち負かしたことだけは
確かみたいだ。
あの一瞬に何が起きたのか、
あとでミューリエに聞いてみようっと。


その後、タックは弓を、
ビセットさんは格闘術を披露した。
2人ともお役人に力を認められ、
僕たちは晴れて関所の通過が認められる。
 

守備隊長

それだけの腕があれば貴様ら全員、
すぐに雇い主が現れるであろうな。
どうだ、この関所で働かぬか?
賃金は弾むぞ?

ビセット

いえ、
私たちは最前線で武功を上げ、
さらに上を目指しておりますので。

守備隊長

……なるほどな。
確かに貴様らなら
それも可能かもしれん。
では、さっさと行くがよい。

アレス

良かったぁ、
やっと通れるよぉ……。

 
僕はホッとしながら、
お役人の前から去ろうとした。

でも、その時――!
 

守備隊長

む? 待て、貴様。
召使いの小僧、貴様だ!

 
お役人の方を振り向くと、
鬼のような形相をして僕を指差していた。

途端に僕の前には衛兵が立ち塞がる。
 

アレス

ぼ、僕ですかっ?

守備隊長

なぜ剣を腰に差している?
召使いには必要なかろう?

アレス

えっ?
あの、それは……。

タック

お役人様っ!
あれは護身用ですっ!
あははははっ!

守備隊長

護身用なら
ショートソードでも良いはずだが?

タック

旅の途中では弱いヤツが
山賊などから
真っ先に狙われますので、
ハッタリのために普通の剣を
持たせているのですっ!

守備隊長

どうも怪しいな。
小僧、剣を抜いて構えてみよ。

アレス

えっ?

守備隊長

さっさと構えぬかっ!

アレス

はいぃっ!

 
僕は夢中で剣を抜いて構えた。
いつもミューリエに注意されている
構え方なんか
すっかり頭の中から吹き飛んでいて、
剣を持ったままへっぴり腰で
立っているだけの状態。

腕も震えているし、
どこを見ていいか分からず視線も定まらない。
そのまま少しの間が空いたあと、
お役人はおもむろに口を開く。
 

守備隊長

……なるほどな。
お前たちが
嘘をついていないことは分かった。

アレス

へっ?

 
僕は恐る恐るお役人に視線を向けた。
お役人はどことなく
ニヤニヤしているようにも見える。

何がどうなっているのだろう?
 

守備隊長

他国のスパイかと怪しんだが、
その構え方は素人そのもの。
演技でできるものではない。

守備隊長

体つきも動きも
何かの訓練を
受けている者のようには
見えんしな。

タック

そ、そうでしょう、
そうでしょう!
コイツ、真面目な性格で
雑用は見事にこなすんですが、
戦いだけは全くダメなんです!

タック

あははははっ!

 
タックは咄嗟に作り笑いを浮かべ、
その場を取り繕おうとしていた。

お役人や衛兵たちもクスクス笑っている。
 

ビセット

ぷっ!

ミューリエ

やれやれ……。

シーラ

っっ!

 
ビセットさんは
思わず吹き出しそうになっていた。
頬をピクピクさせ、
必死に笑いを堪えているのが分かる。

ミューリエは深いため息をつき、
心境は複雑そうだ。
そりゃ、そうだよね。
あれだけ剣術の稽古をしてくれているのに、
いざとなったら僕はこのザマなんだもん……。

シーラは少しムッとしてお役人を睨んでいる。
怒ってくれているみたい。

――ありがとう、シーラ。
 

守備隊長

引き留めて悪かったな。
行ってよいぞ。

タック

ありがたき幸せ~☆
ほら、アレス。
さっさと行くぞ!

アレス

は、はいぃ……。

 
僕はお役人に深く頭を下げると、
タックに背中を押されながら走って
関所の建物を出たのだった。


怪我の功名にはなったけど、
この結果は素直に喜べないなぁ……
くすんっ……。
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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