二人は研究所を後にし、【セントラルタワー】へと向かう為に必要な物資、つまり異型の怪物と成り果てた元住民らに対抗しうる『武器』を手に入れるべく、最寄りの工具店へと向かった。
道中は彼らに遭遇する事もなく、無事に大型の工具店へと辿り着いた二人だったが、身支度が済む既の所で二人の会話を遮るかのようにして、何やら不気味な音が無人である筈の店内へと響き渡る。
それはいくつもの固い何かが床を擦っているような音と、つい先刻研究所裏で聴いた、腹の虫を大きくしたような何とも言えない不快な音だった。

店の奥から何かが近づいてきてるな……、暗くて見えないが間違いなく奴らだろう。

(リア、聴こえるか?
大きな音は立てないでくれ。)

(は、はい!)

(よし、ここから入り口までの道と場所は覚えてるか?)

(はい、大丈夫です!)

(そうか、俺も大丈夫だ。
じゃあ、俺が合図したらゆっくりと来た道を戻って、先に出口の確保を頼む。)

(でも、それだと……。)

(ああ、俺はあいつを何とかしてから行く。
大丈夫だ、何故かは分からないが割りと何とかなりそうな気がするんだ。)

(……分かりました。)

(ですが、気をつけて下さいね。)

(おう、サンキュー。)

(じゃあ、行くぞ!)

(はい!)

輝明の掛け声と共に、リアは姿勢を低く保った状態で物音がした側の反対へゆっくりと進んでいく。
輝明はそれを見送りながら様子を伺い、接近してくる何かがリアに気づいて居ない事を確認しつつ、リアが通路へと繋がる入り口に消えていくのを、息を殺してじっと見届けた。

よし、これでこっちに集中出来るな。

さてとまずは、じっくりと相手さんの姿形を拝ませて頂こうかねぇ……。

戦闘行為においてまず最初にすべき事、それは相手と自身との攻撃手段の差を把握する事に他ならない。
それは体格差、つまりリーチであり、獲物(武器)の種類、そして急所の位置を事前に良く確認する事こそが最も重要である。

そしてこの音……。

地面を削り取るかのような重く固い何かを引きずる音が、棚の外周をゆっくりと進んでいる。
輝明が棚の隙間からじっと影を見つめていると、丁度窓から差し込む月明かりの下へゆっくりとその音と影の主が進み、その異様な姿を露わにしていく。

まるで昆虫や甲殻類のように長く尖った手足に支えらるようにして人の形を保ったままの上半身が乗り、その下にある筈の下半身は幾つもの獣の牙を束ねたような、まるで地獄の針山の如き凶悪な尾が地面までだらりと伸びていた。

やっぱり、あいつか。

やっぱり、か……。

輝明はこちらに来てから感じていた幾つかの違和感についての結論が頭の中で固まりつつあり、内心で独り言ちた。

いかんいかん、ともあれ目の前の危険をまず何とかせんとな……。

さて、手持ちの武器に対してあの長いリーチは厄介だな。
それに今は動きが緩慢だが、咄嗟の挙動はかなり早い筈だ。

相手に気付かれていない事を今一度確認し、視線を自身に移す。
手元には先程調達したスコップと、腰には腰巻き型ホルダーに投擲用の千枚通しが数本とバールのようなもの、ポーチには手持ちライトとテグスや針金の束等が入っている。

先程の六角?レンチよりはだいぶ長さも攻撃力も増したが、このスコップじゃリーチで負けている。
かといってこの暗闇で投擲した所でちゃんと当てられる自信もない。

とすると何か他に使えそうなものは……。

お?

近くの棚を見渡すとそこにはさまざまな大きさの木材が陳列されているコーナーがあった。

長さは申し分ないが、流石にアレを武器には出来ないか。

ん?待てよそういえば……。

閃いた!!

木材コーナーの一番下の棚から、手頃な角材を静かに引き出すと、反対側の棚に跨るよう角材を差し込んだ。

ふう、思ったよりも重たかったが、何とか音を立てずに移動出来たな。
後は……。

輝明は化物の徘徊する反対側へと静かに移動し、開けた場所にある展示品コーナーに辿り着いた。

あった、これなら申し分ない。

しかし、流石にこれを持って音を立てずに移動するのは……。

お?このラック、キャスター付きか。
ラッキーだな、このまま押していけるか?

細心の注意を払い、音を立てないよう慎重にキャスターのストッパーを外すと、見た目では分からなかったが車輪にアシスト機能が付いているようで、ラックは中身を固定したまま静かに転がり始めた。

どういう原理かは知らないが、流石ハイテクな星。こりゃ楽でいいや。

お目当ての物をラックごと拝借した後、元居た角材コーナーの棚まで無事に運び終わると、先程設置した角材の前へとラックを設置した。

さてと、後は誘き寄せるだけだな。
勝負は一度切り、しっかりと決めてやるか。

輝明は勢い良くラックを角材側に蹴り倒すと、ラックの中身が勢い良く飛び出し角材の上へ放り出された。

よし、ドンピシャ!

その音に反応したのか、化物は物音のしたこちら側へと上半身だけを不気味な角度で振り向かせた。

仕込みは上々だ、さぁ、いつでも来い!!

ポーチから取り出したライトを車のパッシングのように点滅させ、振り向かせた化物目掛けて照射し、更に挑発をする事でありったけのヘイトを稼ぐ。

こっちだ、走って来い!!

化物は輝明の執拗な挑発にまんまと刺激されたのか、はたまた久しぶりの獲物を見つけて興奮したのか、一目散に輝明の居る棚の通路へと物凄い勢いで駆け寄っていった。
大型の蜘蛛のように鋭く伸びた脚を機械的なリズムで素早く交互に地面へと突き立て、引き摺る尾は一心不乱に地面を掻き、まるで戦車が全速力で近づいでくるかのような圧迫感さえ感じる程にその不快な音は勢いを増して行く。

そうだ、それでいい……。
後はタイミング次第だ。

棚の通路へと完全に侵入し、獲物を視認出来る距離まで近づいた事で臨戦体制になったのか、引き摺っていた尾を蜂のように前へと突き出し、足取りは更に勢いを増して一気に距離を詰めてくる。

ようし、そうだ。
そのまま突っ込んで来い!!

化物が輝明まであと十数歩と差し迫ったその瞬間。

今だ!!!!!

輝明が強く足元を踏みつけると、設置されていた角材の部分から勢い良く跳ね上がるようにして鋭く光る長物が現れ、その先端が化物の上半身の高さに固定される。
圧倒的スピードで輝明に向かって突進していた化物は、速度を落とす事無くそのままの勢いで輝明の目の前に突然現れたそれに自らの上半身を衝突させた。

そう、輝明が仕掛けた罠は即席の拒馬槍である。

くっ!!

尾の棘を掻い潜り、その先端は綺麗に化物の上半身へと滑り込みその体を貫いた。
その瞬間、衝撃に耐えるようにして輝明は脚に力を入れて踏ん張ると、化物の体がよりくの字へと折れ曲がり、土台となっていた角材に尾が刺さると、かち上げるようにして輝明ごと吹き飛ばす。

うおお!?

大きく後方へと投げ出された輝明は、尻もちをつく形で着地すると、直ぐ様上体を起こして化物の方へ向き直した。

どうだ!?

手持ちのライトで現場を照らすと、地面には化物のものと思しき血液が広がり、その中心には串刺しにされた状態のまま横たわる化物の姿が見える。
ピクリとも動かない所を見ると、どうやら先程の一撃で見事活動停止へと追いやれたようだ。

成功だな。
即席のトラップと作戦だったが、相手が突進してくるだけの知能しか持ちあわせていなくて、本当に良かった。

ゆっくりと立ち上がり、化物の方へと近づいて再度確認を行う。

念の為だ、頭を切り離しておこう。

両手でスコップを構えると、首部分へ思い切り振り下ろし胴体と頭を乖離させた。
ゾンビ物等であれば、頭部を潰すのが常套手段と言われているが、実際はスコップ等を用いた場合、固い頭部を叩き潰すのには相当な力が必要であり、先端部分を突き立てた所で丸い頭蓋相手では切っ先が滑る為上手くはいかない。
スレッジハンマー等であればそれも可能だが、戦闘手段としてはよほどの筋力が無い限り万人にとって不向きなのは間違いない。

ふう、これで一安心だ。
相手が化物とはいえ、何とも最悪な感触だよ。

しかし、このハルバート?は結局何の為のものだったのだろうか……。
ん……。

輝明は先程からどうも長物の正体が気になって仕方ない様子で、もう一度ライトで照らして良く見ると、丁度石突き部分にタグが括りつけられていた事に気付く。
タグに書かれている文章は、翻訳機能のお陰かすんなりと意味が伝わってきた。

『最高にカッコイイ!!ハイパー木こり斧!!』

……んな馬鹿なッ!!

……まあいい、この事は忘れよう。

兎に角、目的は果たした事だし、リアと合流してさっさとここを離れるのが懸命だな。

やっこさん、悪く思わないでくれよ。

輝明は先程倒した化物に手を合わせてから出口へ行く途中で布切れを拾い、スコップを綺麗に拭きながらリアとの合流を急ぐのであった。

もしかして、実はあの斧もラックみたいにハイテクの塊で、何がどうなるのかは理解出来ないが、ギュイーン!!とかヒュゴォ!!フワァ…とかジョジャキィン!!とかいって楽々丸太が切れたりするの、か……?

それはそれでちょっと見てみたい!!

この壊れた世界を壊すのはアナタ ~3話~

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