船がフェイ島を出航するまでの間と、
ソレイユ大陸へ移動する間の船の中で
僕は剣術や回復魔法などの鍛練を重ねた。

所詮は付け焼き刃かもしれないけど、
何もやらないよりはマシだから。

おかげで少しは剣の扱いに慣れたし、
かすり傷なら治せるくらいの回復魔法は
使えるようになった。
今はまだ実践では
ほとんど意味のない状態だけど、
これからも鍛錬を続けていけばいつかきっと
役に立つはずだ。


――そして今日、
船はソレイユ大陸にあるシルフィの港町に
到着した。
乗客や多くの荷物が次々に降り、
港は活気づいている。

入港直前、先んじて船にやってきた
港湾職員さんの話によると、
ここまで賑やかになるのは
すごく久しぶりだそうだ。

やはり外洋を渡る船は
かなり少なくなっているらしい。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

アレス

バラッタさん、
船に乗せていただき、
ありがとうございました。

バラッタ

俺の方こそ、
楽しい航海をさせてもらったぜ。
ありがとよ。

アレス

本当にお世話になりました。
色々な知識も
教えていただきましたし。

バラッタ

残念だぜ。
お前らが一緒に
船に乗っていてくれれば、
これからも安心して
航海できるんだけどな。

バラッタ

そうなりゃ、
ほかの船舶会社が運航できない分、
うちが海運業務を独占できて
大儲けだったのによ。
がはははははっ!

ミューリエ

お前なりの照れ隠しか?
素直に寂しいと言えばよいものを。

バラッタ

……ふふっ、それはどうだろうな?
お前らの想像に任せるさ。

バラッタ

すでにお前たちのこと、
港で話題になってるぜ。
勇者様ご一行の活躍で
船が無事に辿り着いたってな。

タック

乗客たちがシップキラーの件を
あちこちで話しているんだろうな。

ビセット

気をつけないといけませんね。
アレス様がソレイユ大陸に渡ったと
広く知れてしまったわけですから。

シーラ

魔族に知れ渡ったと
いうことですか?

ミューリエ

……いや、
魔族どもにはシャインを通じて
すでに情報が流れているだろう。

ミューリエ

今回の場合、厄介なのは人間だ。
時には魔族よりも人間の方が
恐ろしいこともある。

タック

確かに。
色々と裏のあるヤツが
近付いてきそうだ。
長居は無用だな。

バラッタ

んじゃ、俺は仕事に戻るぜ。
みんな元気でな。
また船に乗りたくなったら、
遠慮なくうちの船舶会社を
訪ねてくれ。
話は通しておく。

アレス

はい!
バラッタさんも
お身体にお気をつけて。
お酒はほどほどにしてくださいね!

バラッタ

ふっ、生意気なこと
言うようになりやがって。

バラッタ

いつかお前が大人になった時、
一緒に酒を呑もうな!

 
バラッタさんは僕の肩を力強く叩くと、
船長室の方へ歩いて行った。

僕たちは姿が見えなくなるまで見送ってから
その場を離れたのだった。
 

――バラッタさんとお酒を呑める日が
来るといいな。
そのためにも生きて、
世界を平和にしなくちゃ!
 
 

ミューリエ

さて、アレスよ。
今夜にもシルフィを
出発したいのだが?

アレス

うん、僕は構わないよ。
シーラは大丈夫? 疲れてない?

シーラ

はい、なんとか。

ミューリエ

では旅立ちの支度をしよう。
私は買い出しに行く。

アレス

あ、それなら僕も手伝うよ。

シーラ

私もお供しますっ!

ミューリエ

分かった。
タックとビセットは
色々と情報を集めてくれ。
夕方に町の出入口で落ち合おう。

タック

承知っ!

ビセット

えへへ、タック殿と2人っきりっ♪

タック

あっ!

タック

や、やっぱりオイラ、
1人で行ってこようかな……。

ビセット

そんなことを言わずにっ!
さぁ、参りましょう!!

タック

うげげっ!
オイラにくっつくな!

 
ビセットさんはタックの腕にしがみつき、
町の喧噪の中に消えた。

……少し不安はあるけど大丈夫だよね?
 
 

ミューリエ

では、我々も市場へ行くとしよう。
アレスには鍛錬をかねて
大量に荷物を持ってもらうぞ。

アレス

えっ……。

ミューリエ

男手はお前だけなのだから
当然だろう。
それともシーラに
持たせるつもりか?

シーラ

いえ、いいんです。
私もお手伝いします。

ミューリエ

シーラよ、
こういう時は
遠慮なく頼ってしまえ。
アレスだってお前にいいところを
見せたいはずだからな。

アレス

もうっ、ミューリエったらぁ!

ミューリエ

はははははっ!

シーラ

…………。

シーラ

……はい。
では、アレス様に
お任せすることにします。

ミューリエ

…………。

ミューリエ

よし、買い出しに行くぞ。

 
こうして僕たちは市場へ向かい、
水や保存食、
冒険に必要な道具などを買い込んだ。

船に乗っている時は
それらを持ち運ぶ必要がなくて楽だったけど、
陸路は自分たちで運ばなければならないから
大変だ。

シャポリに着く前までは
そうやって旅をしていたはずなのに、
すごく久しぶりだから
その感覚を忘れてたなぁ。

ちなみにシルフィはシャポリより町の規模が
少し小さいけど、活気は負けてなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



そして買い物をしているうちに夕方になり、
僕たちは町の出入り口でタックたちと合流した。
 
 

ミューリエ

全員揃ったようだな。
では荷物を分散して
持つこととしよう。

 
僕たちは買ってきたものを
いくつかの皮袋に分けて入れていった。

個人の袋には雑にモノを詰めてもいいけど、
みんなで使うものを入れる袋は
考えて入れないと誰かが使う時に不便だ。

この作業は僕やタックが得意なんだよね。
ミューリエやシーラはなぜか少し苦手みたい。

その作業を各自やっていると、
シーラが手を動かしながら口を開く。
 
 

シーラ

ところで、タック様。
町ではどんな情報が
集まったのですか?

タック

良くない話ばかりだな。
こっちの大陸は
魔族連中による被害が
大きいらしい。
あちこちで頻繁に戦いが起きてる。

ミューリエ

ふむ……。

タック

普段は比較的安全な街道でさえも、
山賊や夜盗がよく出て危険らしい。

ビセット

各地のご領主も警備の兵士を
配置してはいるようですが、
主戦力は魔族との戦いに
注いでいるので
手が回らないようですね。

タック

だからどこも傭兵が
引く手数多みたいだな。
最悪なのは、
この混乱に乗じて他国の領地を狙う
バカ国王もいるってことだ。

シーラ

そんなことをしている余裕なんて
ないというのに……。

タック

困ったことに
第4の試練の洞窟へ繋がるゲートは
そういうバカな国王の治める
マウルという国内にあるんだ。

タック

今、マウルは隣国のフォードと
緊張状態が高まっているらしい。
だからもし、
領内で少しでも怪しい動きをすると
問答無用で牢屋にぶち込まれて
『コレ』だ。

 
タックは手で首を切るジェスチャーをした。

途端に僕は背筋が寒くなり、
思わず唾を飲み込む。
 
 

ミューリエ

なるほど、
それならアレスが勇者であることは
隠した方がいいな。
軍事的に利用されるかもしれん。

シーラ

どういうことですか?

ミューリエ

御旗として祭り上げられる
可能性がある。

アレス

僕、そんなの嫌だよ。
意味もなくたくさんの命を奪う
片棒を担がされるなんて……。

ミューリエ

では今後、私たちは
旅の傭兵一行ということにしよう。

ビセット

その方がいいですね。
傭兵ということにしておけば、
むしろ今の情勢下では
動きやすそうですし。

アレス

でも、僕やシーラはどう考えても
傭兵には見えないよ?

タック

大丈夫だ。
アレスとシーラはオイラたちの
召使いということに
しておけばいい。

アレス

なるほど……。
さすがタック。

ビセット

では、そのようにいたしましょう。

ビセット

召使いということは、
アレス様は私の言うことを
なんでも聞かなければ
ならないのです。
はぁっ……はぁっ……
では、早速――

アレス

なっ!?

シーラ

――ビセット様!
アレス様に対する悪ふざけは
おやめくださいっ!

ビセット

うぐっ!
す……すみません……。

タック

やーい、ビセット。
怒られてやんの~♪

ミューリエ

やれやれ、緊張感のない連中だ。

アレス

ははは……。

 
僕たちは荷造りを終えると、
マウルに向かって街道を歩き出した。
ミューリエとタックが前を歩き、
その後ろに僕とシーラ、
最後尾はビセットさんだ。


確か山賊が出るかもしれないんだよね……。
いつどこから襲ってくるか分からないから、
今までの陸路の旅よりも神経を使う。

もし相手がモンスターなら僕の力で
退けられるけど、
人間相手にはそうはいかないからなぁ。
無事に辿り着ければいいんだけど……。
 
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

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