水中都市から脱出した翌日――

宿屋のベッドの上で目を覚ました僕は、
ゆっくりと起き上がった。
窓から差し込む朝日が眩しい。

あのあと、
僕はミューリエやシーラに泣きながら事情を
話したんだと思う。
でも詳しくは覚えていない。

きっとその内容は、
彼女たちからタックたちにも
伝えられただろう。


ちなみにタックやビセットさん、
バラッタさんは地上に戻ってすぐ、
島民や船の乗客たちの避難誘導を
していたらしい。

水中都市水没による大波は規模が小さくて、
人的にも物的にも
目立った被害は出なかったみたいだけど……。


――でも僕はかけがえのない仲間を、
レインさんを失ってしまった。

こんな想いはもうしたくない。
みんなにもさせたくない。
だから一刻も早く世界を平和にするんだ。

そのためにも僕はもう泣いていられない。
顔を上げて、前へ進まないと!

そうじゃなかったら、
天国に行ったレインさんに怒られちゃうもん。
強く生きて、
僕がみんなを支えなきゃいけない。


だって僕は勇者なんだから!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 

 
 
 
僕が寝室を出ると、
共用スペースにはバラッタさん以外の全員が
揃っていた。
ちなみにバラッタさんは
船で寝泊まりしているから、
ここにいなくても不思議はない。

みんなは心配そうに僕を見つめてくる。
 
 

アレス

おはよう!

 
僕は元気よく声を張り上げた。
でもこれは空元気なんかじゃない。

なぜだか、
本当に気分はスッキリしているんだ。
 
 

シーラ

アレス様……。

ミューリエ

アレス、大丈夫なのか?

アレス

うん、僕はもう何ともないよ。
みんな、心配をかけてゴメンね。

ビセット

いえ、
どうかお気になさらずに……。

アレス

タック、ゴメンね。
レインさんを
見殺しにしちゃって……。

タック

……あいつは不測の事態が
起きることも
覚悟していただろうさ。
オイラはそんな気がする。

タック

アレス、これからもこういうことが
起きるかもしれない。
だけど――

アレス

その先は言わなくても分かってる。

タック

えっ……?

アレス

レインさんは僕の心の中に
いつもいる。
だから彼女に叱られないように、
顔を上げて、前を向いて進む!
何が起きても、
僕は立ち止まらないよ!

タック

アレス……。

タック

へへっ、ちょっと安心したぞ。
出会った時と比べて、
随分と強くなったな!

アレス

いや、僕は弱い。今も昔も。
だから必死にならなきゃ
ダメなんだ。
だからみんなの力が必要なんだ。

アレス

その代わり
僕のこのちっぽけな力は全部、
みんなのために使う!

ミューリエ

アレス、よくぞ言ったっ!

アレス

シルフィの港町に着いたら、
今までよりも急いで歩こう。
僕、辛くても頑張るから。

ミューリエ

分かった。では、そうしよう。

アレス

タック、第4の試練の洞窟は
どの辺りにあるの?

タック

シルフィから1週間くらい
歩いた場所だ。
そこにゲートがあって、
第4の試練の洞窟のある国へ
行ける。

アレス

これからも道案内、よろしくね!

タック

任せておけっ!

アレス

ビセットさん、
この島に教会はありますか?

ビセット

えぇ、もちろん。

アレス

あとで案内してください。
レインさんや
倒したモンスターたちのために
お祈りを捧げたいんです。

ビセット

承知しました。

アレス

ミューリエにもお願いがある。
船が出航する日まで
僕に剣を教えてほしい。

ミューリエ

お前、まだそんなことを――

アレス

違うんだ。
敵を倒すための剣じゃない。
自分の身を守るための剣だよ。

ビセット

なるほど、
受けの技を身につけたいのですね?
アレス様は
やっぱり受けですよねっ!
はぁっ、はぁっ!

アレス

っ?

 
ビセットさんはニヤニヤしながら
僕を見ていた。

どうしたんだろう?
僕、何か変なことを言ったかな?
 
 

タック

……アレス、
ビセットのバカは
気にしなくていい。
勝手に妄想させときゃいい。

ミューリエ

分かった。
そういうことなら教えてやろう。
ただし、私の修行は厳しいぞ?

アレス

分かってる。
すでに死ぬほど走らされてるし。

アレス

シーラにもお願いがあるんだ。

シーラ

私にもですかっ!?

アレス

初歩的なヤツでもいいから、
回復魔法を教えてほしいんだ。

シーラ

でも、それなら私が……。

アレス

もしシーラに何かがあったら、
その時は僕が
シーラを助けたいんだ。

シーラ

アレス様……。

シーラ

嬉しいですっ! ぐすんっ!

 
シーラはなぜか泣いてしまった。
な、なんでっ?

でもすぐに指で涙を拭い、
僕に笑顔を向けてくる。
 
 

シーラ

分かりました。
私にできることなら協力します!

アレス

タックからはモンスターや
魔法についての知識を学びたい。

タック

あのなぁ、
詰め込みすぎても良くないぞ?
剣術に回復魔法、
その上に知識の勉強となったら
アレスはいつ寝るんだ?

アレス

だから合間にでも少しずつ……。

タック

ダメだ!
お前が倒れちまったら
元も子もない!

タック

……でも、
ミューリエやシーラの
都合がつかない時は
教えてやってもいい。

アレス

うん、それでいいよ!
ありがとうっ!

 
その時、ビセットさんがすぐ横まで
近寄ってきて、
僕の服を軽く引っ張った。

そしてニッコリと微笑みながら
こちらを見つめている。

なんだろ、寒気を感じるんだけど……。
 
 

ビセット

アレス様、アレス様っ!
私もアレス様に格闘術を
手取り足取り教えて差し上げ――

アレス

あ……でも……
まずは剣術から
身につけたいですし……。

ミューリエ

安心しろ、ビセットよ。
基礎的な体さばきは
私が教えておく。

タック

こいつに任せるのは、
色々な意味で心配だしな……。

シーラ

ビセット様、
アレス様に何かしたら
許しませんから!

ビセット

うぐ……皆さんヒドイ……。

ビセット

でも、こういう冷たい扱いを
受けるのも、
ちょっと気持ちいいですねぇ……。
はぁ……はぁ……。

タック

やれやれ……。

 
こうして僕は決意を新たに、
第4の試練の洞窟へ向けて進むのだった。


――レインさん、見ていてね。

僕は今まで以上に頑張って、
ご先祖様にも負けない立派な勇者に
なってみせるから!
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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