――私達はもう、誰も人殺しと謗ることは赦されない。
追放者、木島平を決定してすぐ、乱暴に談話室に扉が開かれた。
そこから入ってきたのは……全身を黒っぽい服装の屈強な人物が数名。
スキンヘッドでグラサン、黒いスーツに黒い革靴という出で立ち。
彼らは確か。

真澄

初日に薬を届けてくれた人達か……

思い出した。
私の薬を最初に届けてくれた人達だ。
彼らは逃げようとする木島平を、無理やり羽交い締めにして、持ち上げる。
それでも暴れる彼の抵抗を無視して、部屋から立ち去ろうとしていく。
よく見れば、これみよがしと銃で武装しているのが見える。
成程、ああやって隙を見て逃げ出そうとする意思も削ぐ気か。
にやり、と一人の私を見た横顔が北叟笑んだ気がした。
よくやってくれた……そんな感じで。

真澄

そっちも頑張ってね

私はこっそり激励しておく。
彼らも気付いて、不敵に笑った。

彼らに担がれて藻掻く木島平。
血走った目で私達を睨みつけて、唾をとばして叫ぶ。
それは、追放者という被害者の、恨みと憎しみの怨嗟だった。

――この人殺し共めぇっ!!

他の連中はその光景に耳を塞ぎ、目を逸らしている。
糾弾する被害者という人柱の嘆きから、自分を守るために。

真澄

私達に疑われる、あんたが悪いのよ
ぎゃあぎゃあ喚かないで早く死ね
……ねぇ、早く連れていってよ
みんなが堪えられなくなるでしょう?

私だけが、真っ向からその言葉に反撃し、彼らに言う。
正当化するためには、誰か一人でも平然としていると楽になる。
いざというとき、そいつのせいにすればいいから。
その役、私がやる。盛り上がりにもなるだろうから。

私は最後に小さく笑うと、彼らは顎を僅かに引いて、まだ喚き暴れる木島平を連れて、部屋を出ていった。

……………………

怖い顔で、私を睨んでいる……速水その人。
やっぱり文月と仲が良さそうなのが気に入らないようだ。
そりゃそうだ。狼は自滅、ストーカーは自殺、ようやく出せた追放者に散々ごねられている。
不機嫌にもなろう。

真澄

何、速水?

……いいえ、何でもないわ

あえて惚けてみると、目を逃がす。
私に何か不信感を抱いたのかもしれない。
彼が文字通り、追放された後。
不自然な沈黙が場を支配する。
みな、罪悪感を感じているのだろうか。
仕方ない、では割り切れない。
自分が生きるために他者を追い出したという負い目。
でも、それよりも問題があることを忘れてはいけない。

真澄

それより……困ったことになったね

ぼそっと、私はそんな中、独り言を言う。

真澄

17の自殺によって誰か既に一人、クリア条件を満たしてる奴がいるんだよね……
本当に厄介なのは、そいつなんじゃないかな……

……あえて言わなかったことを
この状況で言えたことじゃないでしょう……

私の独り言に、たっぷりのため息を乗せて、彼女は言い返した。
私達は、罪悪感に浸る時間は、許されない。

真澄

後悔は後で出来るでしょ、苦しむことだって
現実から目を逸らして死んだら意味ない
何もできなくなるよ、速水

……あなた、切り替えが早いのね……
羨ましいわ、その前向きさが……

真澄

ご生憎様、問題の先延ばしは得意なのよ
それよりも、今の状況纏めよう?

ストーカーの存在が、私達に絶望と希望を撒き散らす。
誰が無敵モードに入ってるのか、確かめる方法もないからみんなが不安になる。
それはわかるが……言わないことが救いであるとは、限らないから。

真澄

残された狼は二人、探偵は一人、村人は四人
勝利条件に関係あるのはこれ
こいつらの誰かを追放するか殺すかで終わる
私達は助かるのよね

あや

まだ……誰か、殺さなきゃいけないんだね……

真澄

何度も言わなせないで、文月
殺さずに、クリアなんて、出来ないのよ
もう既に、私達は……人殺しだから

私がいうと、彼ら悲痛な面持ちになった。
当然だ、罪悪感に塩を塗るようなマネをした。
絶望に甘んじることなど、私がさせない。
彼らは全力で殺し合わなければならない。
このゲームは殺し合い、殺さなければ、生き残れない。
私はそれを助長させ、最期に殺されたい。
その為なら、何でもする。

……

その態度に懐疑的な目で私を見ている速水。
やっぱり疑われてるな……味方のはずなのに。
まあ、いいか。ここで袂を分けるというのなら。
その時は……最悪の敵として、彼女を殺すだけなのだ。
速水は、ふと表情を戻して、みんな疲れただろうから今日は解散しようと告げて、自分はさっさと出ていったしまった。
三三五五、窶れた彼らを尻目に、私も一緒に行くと言う文月を連れて部屋に戻った。

一体何のつもりなの、住吉っ!!

真澄

ふぅん……
あんたでも怒鳴るんだね、速水

うるさいっ!!
あなた、狼を追い詰めるようなことをしたわね!?

予想していたが、部屋に戻った私を出待ちしていたのだろう。
隠れていた速水に強襲され、部屋の中に侵入された。
暴力行為ではないためルール違反にはならないがかなり危ない気がする。
彼女はお冠だから、多分気付いていない。

説明なさいっ!!
何で……何で裏切るような真似をしたの!?
それにさっきのあの態度も何!!
なぜ分かりきっていてゲームマスターに歯向かったの!?
なぜ文月があなたに心を開いているの!?
全部、全部納得のいく説明をしなさいっ!!

今にも掴みかかろうとしてくる彼女をスルーして、私は薬を用意して飲み込む。
流石にそれは沸騰した頭でも邪魔をするのはまずいと分かっているのであろう、速水はずっと睨みつけながら待っていた。

一段落をつけて、私は彼女に言う。

真澄

さっきの態度は……ごめん
ゲームマスターのことは、取り乱した以外に理由はないのよ

――どういう意味?

真澄

…………仕方ない、か
順を追って説明する
ちょっと落ち着きなよ

そう。
私の昼間の態度。歯向かった一件。
アレは、ゲームマスターとの約束しか理由はない。
……でも。
説明するには、良い口実があったのも事実だった。
私はもう、それを乗り越えている。克服済みだ。
でもこれ、利用するにはちょうどいいし。
きっと奴も、知った上で持ちかけたに違いない。
これを誰かに打ち明けるまいと思っていたが。
……私の過去を、速水に少し語ることにした。
嘗て、私を散々苦しめた、この忌まわしい過去を。

私は、ベッドの腰掛け、徐ろに口を開いた。

真澄

二度と話すまいと思っていたことだけど……
私さ、双子の姉貴がいたんだよ

……お姉さん?

真澄

そ、姉貴
名前は住吉阿澄(すみよしあすみ)
私と同い年の姉貴なの

……それで?

突然の私の話も動じずに、彼女は乱暴に隣に座って、先を促す。
こういう時、チャチャを入れない彼女が有難かった。
あんまり、話すの嫌だし……。
それに、私が人の死に動じない理由も明かすことになるから。
自分が常に死を望んでいること以外にも、理由はある。
それが、姉貴の存在だった。

真澄

阿澄……私のバカ姉貴さ
過去に首吊りしたことがあるんだよ

えっ?

察してくれたのかと思ったが、驚いている速水。
もしかして……わからなかったか。
それは悪いことをした。
姉貴は実際、首を吊ったことがあった。
病院帰りの私が、自分の部屋に戻ろうとした時に、不自然に開いているドアに気づいて、中を見たら……。
あいつは、首を吊ってプラプラ揺れていたのだ。

真澄

姉貴の奴、突然だったんだ
突然ある日、首を吊ってた
自分の部屋で

……どうして……?

普通そう思う。
姉貴は私とは違う。
社交性が高く、人に好かれて健康体だし、頭も良いし、運動も万能。
しかも何かと才能もあるらしく、何をやらさせても期待以上の結果を出していた。
一言なら、神童。
神様が才能の塊として産み落とした存在。

どこの二次元だと思うようなそんな姉貴。
さぞかし妹の私は自慢できるかと思うだろう。
……そんなわけないじゃないか。

真澄

姉貴は私にとっては自慢じゃなった
悪魔だったんだよ、本物の悪魔

姉貴は、私の事を好いてくれていた。
でも私は姉貴が大嫌いだった。
当たり前だ。
私と同じ顔、同じ声、同じ姿の姉貴が学校でちやほやされている一方で、私はずっと病院暮らしのカゴノトリ。
見せびらかせすように見舞いに来ては自慢話を繰り返す。
そんな奴の、どこを好きになれる?

真澄

私の持ってないものを全部持ってる姉貴なんて、死ねばいいとずっと思ってた
姉貴もそれを知ってた
私も何度も言ってたし
死ねばいいんだクソ姉貴……ってさ

そんな姉妹の衝突を繰り返し、私が退院出来るようになり、学校に通うようになった頃だ。
突然、姉貴は首を吊った。

その場に遺書が残っていて、広げてみて驚いた。
姉貴がこんなことした理由が、どうやら私に嫌われたことが堪えたらしかったから。
何年も壁を隔てて暮らしていた私と一緒に生きたかったけど、もう無理っぽいから諦めて死ぬことにした、と。
最期になるけど、こんな馬鹿な姉でごめんなさい、と書かれていた。

真澄

さっきのは、あの時のこと思い出したのよ
私、あの時首吊った事大笑いしたからさ
腹を抱えて大爆笑したんだよ、その場で

はぁっ!?

やっぱり驚かれたか。
まあ、そうだろうと思う。
普通、姉貴が首吊ってるのに笑う奴がどこにいる。
私はもうその頃、姉貴なんて空気と同然扱いでまったく無視していた。
姉貴は熱心に私に話しかけてきたけど、全部無反応。
それが、ある日突然、首を吊ってくれやがった。
堪え切れずに自殺をしてくれた、と。

真澄

純粋に嬉しかったんだよね、あの時は
ああ、これで憎たらしい奴が消えたって
ざまあみろ、って大笑い
そのまんま放置して笑い疲れて寝ちゃったの

…………あなたは……

真澄

で、そっからは予想つくでしょ?
大騒ぎになるよね当然
私は家族とも仲悪いんだけど、それが原因なんだよね

姉貴は結局死んだ。
私が気付いたときに助けてればまだ間に合ったらしい。
つまり、私が放置したせいだという。
あの時ほど家族に恨まれたことはない。
自慢の姉貴を殺したということで、私は一時期本気で家族に殺されそうになったこともある。

その頃の私は、後悔していた。
あの時、姉貴を笑わずに助けていれば。
そうすればきっと……。
今も後悔しているから、あの時のゲームマスターの態度に過去の自分が重なって、取り乱した。
速水に伝えるのはここまで。
これで納得してもらえるだろう。

――チガウケドネ?
――ゼンブウソダヨ

今じゃ後悔なんてしない。
笑ったことに、微塵の後悔もない。
だってあいつは、私にとってはイヤミの塊だったんだ。
憎んでいたと言っていい。恨んでいたと言っていい。
そんな奴が自分で死んでくれて清々している。
……真実はこうだ。
17の部屋を訪れた私は……そこでも大爆笑をしていたのだ。
姉貴の事を思い出してしまった。
奴の遺書には、人を殺したくないから自殺すると書いてあって……護る相手もそこに記されていた。
あまりの滑稽さに、腹を抱えて大笑いした。
死体を目の前に、私はしばらく笑い苦しんだ。
姉貴を思い出した。
あんな風に、堪えきれなくなった人間は、こうなると思うと笑えた。
その同類に、私は入ると思うと何だか笑いたくなった。
衝動だろうか。本能だろうか? それもどうでもいい。
その遺書は私が隠した。
他に知られると興ざめだから、私だけ数字を確認して後は17の部屋のトイレに流してしまった。

だから……誰が既に救われているか、私は知っている。

……そう、それが理由なのね

私の言葉に、速水は頷いていた。

真澄

だから、取り乱しただけだって言ったでしょ

真澄

もう、私は狂ってるよ?
この状況を楽しんでいるかもしれないほど、ぶっ壊れかけてる
でもさ……喜んで人を殺してなんていない
私、生きるために人を殺しているんだもの
人の死を笑えるほど……イカレてないよ

そう……
私達は、生き残るために人を殺してる……

なら、あの純粋に楽しんでるあいつとは違うわね
ごめんなさい
そんなことあったなんて知らなくて

真澄

いいよ、もう誰にも言わないつもりだったし
速水には説明しておかないと

どうやら、あの一件はこれでよさそうだ。
危ない危ない。
まあ、本当のことなんて言わないけどね?
速水、信頼と……信用は違うんだよ?
そのへん、分けとかないと……痛み目みるからね。

私は心の中で彼女にそう伝え、もう一つのすれ違いを解消するために口を開いた。

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