次に私が目を覚ますと、呆れ果てた速水が、私を眺めていたのだった。
私はソファーに横にしてもらっていた。
どうやら、そんなに時間は経過していない様子だった。

……あなたばかなの?
なぜ分かりきっていて、ゲームマスターに刃向かうの?

真澄

いてててて……

私は痺れる上半身を起こして、背もたれに寄りかかる。

真澄

ごめん速水、取り乱して
……私もよくわかんない
ただ……混乱していたの
感情的になったら負けなのに……
まったく、嫌になるよ……もぅ……

私がそう言うと、彼らは私を見て安堵したようだ。
どうやら、死んではいないという感じで。
取り乱した理由も、のちのち明かすとして。

あえて生かしてあるのは見せしめでしょうね
ルール違反がこれ以上出ないように、という……

真澄

まぁ……そうだろうね
流石に、ちょっと私も堪えたよ……

私が意識を取り戻したことで、どうやら昼間の話し合い――昼間の追放者を誰にするかを再開するようだ。
ゲームマスターが、彼女が起き上がるまで部屋から出ることは話し合いの放棄でルール違反で粛清すると脅してきたと聞く。
何が何でもルールで縛る――目的は成功したようだ。
でなければ、私は痛い目を見ただけで損をしたことになっていた。

さて……話し合い、再開しましょうか
住吉も回復したことだし……

私が気絶してる最中に、ゲームマスターが今日中に追放者を必ず出せというルールとあといくつか追加した、と彼女は言う。
ルールには従わないといけない。
これで、完全に私達は奴の支配下に下った。

そして……心して聞いて欲しいことがあるの

重い口調で、彼女は切り出した。
ああ、言いたいことはわかる。
戦況は……。

二日目にして、戦況はより混沌となったわ
……お陰様で、どうやってクリアするべきなのかも、わからなくなってきた

そう言って、彼女はテレビを指さす。
視線を移せば、何時の間にかリザルトが映っており、そこには昨晩の死亡者の三人が映っている。
死んでいるのは……速水の狙った3、16、そして……17。

くるくるとアニメのように動き出す画面。
まず、8のキャラに私こと殺人犯が飛び掛るが、何者かのシルエットもつ楯にはじかれ吹っ飛ばされた。
警備兵に守られたようだ。8は今ここにいるから、襲撃は失敗。
次に、3が銃乱射の速水に襲われ、蜂の巣にされて血達磨にされて倒れる。
狼が村長である15に襲いかかるが、突然番号が16にすり替わって、16が代わりに切り裂かれて死亡。
17のキャラがいそいそと動き出すと思うと、自らの首に縄をくくりつけて、その場でジャンプした。
そのまま着地することなく、虚空に吊り下げられて……死亡した。
これは……首吊りをしたという意味だろう。
あの動きからして、現物である部屋の死体を見た私の推測通り、奴は自殺したのだ。
このゲームはじめての、自殺者が出てきたということになる。
最期にそれぞれの役職が明かされる。
3は村人、16は狼、17はストーカーだった。

…………

速水は私の襲撃が失敗したことを見て、本当に小さく溜息をついた。
彼女の気苦労は何となく察した。
狼は私の言うとおりに本当に襲撃、挙句に失敗して自滅した。
しかも第三陣営のストーカーが自殺。
その死をキッカケに発動するはずのもう一人の死者が、出ていない。
そしてこいつの死をキッカケに、誰かが一人、無敵モードに入ってる、はずなのだ。
しかしそれは誰か、誰も分からない。
本人ですら、だ。
もしも、狼が守られていたら、一方の勝利条件が潰れる。
探偵でも同じだ。
成程、これは確かに混沌となっている。

真澄

これが、昨晩の内訳か……

画面に食い入るように見ている中、私は一人呟いた。
眉をハの字にしている文月が、いつのまにか私の近くに来ていた。
まるで護って欲しいかのように。
当然、文月は助ける。自分の決めたことだ。

俊介

……貴方というヒトは、全く懲りていないようですね……
一日にあきたらず、二日目まで誰かを身代わりにするとは……

怒りで声が震え、拳を強く握り締めている木島平が、眼鏡の奥で目を血走らせて、文月を睨む。
その声に呼応したのか、二名ほど彼女を睨む。
怯えたように、私にしがみつく文月。
こっちも、怯えで身体が震えている。
私は、丁度いいと判断した。
向こうから仕掛けてくるから、反撃してやるまでだ。

真澄

木島平、あんた狼か

俊介

!?

真澄

それだけじゃない
今文月を睨んでる奴らはどの道黒の可能性があるね
あんた達、今日追放する候補にいれさせてもらうよ

私がそう言うと、戦慄したり硬直したりする面々。
速水が怪訝そうに私を見る。
黒いのは私達であって、彼らではない。

住吉、一体何言ってるの?

真澄

文月は、狼を殺した果報者だよ
村人に貢献したんだからね
なのに、なぜ詰られなければいけないの?
そんなことする奴、狼陣営だと判断してもおかしくないでしょ?

私が逆に睨みつけて言い返すと、彼らは気まずそうに表情を変えた。

あや

真澄……

真澄

頑張った、とは言えないけど……
ごめんね、こんな辛いことさせてしまって
あと、助けてくれてありがとう、文月

よしよし、と癖っ毛を撫でているとまた泣きそうな顔で私に抱きついてくる文月。
意外そうな表情で私と文月を見る面々。
一部では唖然としているし、速水に至ってはぽかんとしていた。
向き直り、怯む奴らに追撃をかける。

真澄

木島平……あんた、まさか嫌悪感だけで今、この状態で文月を罵ろうとしたの?

俊介

それは……

真澄

この際、あんたが狼だろうが何だろうが何でもいいよ
うん、理由もなんでもいい
だけどね、一個言わせてもらおうか

一呼吸おく。
私は息を有りっ丈吸い込んで、眉を釣り上げ、

真澄

私達は人殺しと詰る権利なんてこの場の誰にだってないんだよッ!!

思い切り怒鳴りつけた。
ビクッと竦み上がる文月を抱きしめて、私は続ける。

真澄

昨日から黙って聞いていれば!
どいつもこいつも人殺し人殺しうるさいな!
全員生きて帰る頃には人殺しだろうがッ!!

真澄

生き残るのはイコールで誰かを殺してるっ!
いい加減、気付け! 
私達全員が、同じ状況でいるんだ!
一人だけ見つけて罵れば気が済むの!?

真澄

昼間に追放する私達全員で人を殺すんだッ!
お前も、私もッ!! 
全員、人殺しだろうがッ!
何時までも自分だけが綺麗事を、正しくあろうとするな!!
見苦しいんだっ!! 
ぎゃあぎゃ騒ぐしかしないくせに!
殺せないそういう奴は、17みたいになるしかないんだよっ!!

私がありったけの呼吸で吐き出した嫌悪を、奴らにぶつける。
……あたりは、静まり返った。
私は、涙を浮かべながら叫ぶ。
やりたくなくても、やるしかない私達を演出する。
それは、演技である。
同時に、私達は全員人殺しだ。
それは紛れもない事実なのだから。

もういいわ……
住吉、分かったわ
あなたの言いたいことは

荒い息でまだ何か言おうとする、私を宥める速水。
クールを気取り、実は焦っているであろう彼女も村人を演じている。
だから、私に味方するのはおかしくない。

文月の経緯はどうであれ、狼を仕留めたのは幸運よ
村人には、責める理由がないわ
それを責めるのは逆の陣営と思うのが妥当ね

そう言い、じろりと彼を睨みつける速水。
……何か、彼女を庇ったら同時に流れができた。
9番、木島平及びそれに味方した連中の排除、という流れが。

俊介

ぼ、僕を疑うんですかっ!?

中でも、濃厚なのは言い出しっぺ。
焦る木島平。
そりゃそうだろう。
彼は黒じゃないし、狼でもない。完全に村人の陣営だ。
なのに、懐疑的な目で見られる。

俊介

し、失礼なっ!!
僕はただ、よくも懲りずにそんなことを出来たものだな、ということを言いたかっただけで……

言い訳は見苦しいわよ、木島平
……自らしっぽを出すなんて、今回の狼は馬鹿なのね
自滅はするわ、ルール違反で勝手に死ぬわ……
馬鹿すぎて、本当に呆れてしまう……

ちょっと速水、本音が出てる。
狼に対して無能の烙印を押したいの分かるけど、今ここでそれはまずいって。
ほら、小田とかがタダでさえ追い詰められているのに、分かってる仲間に非難されてるの理解して頭を抱えているじゃないの。
慌てて話題を変える私。

真澄

迂闊だったね、木島平……
狼はきっと、誰であろうがそういうんだ
狼なら、仕方ないんだよ……
少しは、苦しまずに済む……

村人は、元々六人。狼は四人。
そのうち、文月の身代わりで一人と、速水に殺されたのが一人。
狼は悲惨なことに、自滅と自爆で半滅。
残り、4人と二人。
あとは、ストーカーは死亡、探偵は全滅寸前、かなり厄介なことになっている。
加えて今日誰か追放しないと、全員ルール違反で死ぬ。
ならば、疑わしきは罰せよ、だ。
こいつを、追放するべきである。
村人陣営だったとしても、だ。

俊介

聞いてください、僕は狼ではありませんっ!
僕は狩人ですっ!! 信じてくださいっ!

疑われて、今にも投票されそうな空気の中、とうとう木島平は自分の役職を明かした。
だが、それをどうやって証明する?

どうやって証明するのよ?
単なる言い逃れにしか聞こえないわ

速水は知っている。
シンボルを自分で明かすのは問題ない。
だが、ほかの人がそれを知っているのか?
説明されていないルール外ルールを、誰が?
この危機迫る状況で、判断できるのか?

俊介

それはっ……!?

彼もシンボルを見せたほうが早いと思ったのだろう。
一瞬、迷ったように動きが止まる。
だが、そこから先は進めない。怖いのだ。
成功すればいいが、失敗すれば、どの道死ぬ。
ルールに反するかもしれない。
迷う。迷ってる間に、彼らは迫り来る。
どうする、どうする。彼は判断を迫られている。
いい、そのまま、判断をミスしてしまえ。
あの速水の一言が効いている証拠だ。

――ゲームマスターは、すべてのルールを明かしたわけでなさそうよ

効果覿面だった。
多分何気無く発したんだろうが、速水は立派に仕事をこなしている。
これはいい流れだ。
誰かを殺さなければいけないなら、疑わしい奴を狙うべきだ。

優作

ま、待ってくれ!
彼のいうことは本当かもしれないぞ!?
何でみんなして追放しようとしてるんだ!?

予測通りというか、門崎がストップをかけようとする。
湯野かこいつが邪魔をすると、確実に踏んでいた。
だから、私はこいつを――

海音

じゃ、邪魔……しないでっ……!

だが、声を荒らげたのは……小田だった。
彼女は、ビクビクしながら、門崎に微妙に大きくないが尖った意思の声で、攻撃した。

海音

こ、ここで躊躇ったら……みんな、今日で死んじゃうんだよ……!?
門崎先輩は、責任取れるんですか……!?

優作

それは……他に方法が……

反論の建前を探す門崎。
視線がさ迷う瞬間を狙って、彼女は思い切り叫ぶ。

海音

もう気休めの希望を与えるのはやめてよっ!

それは切実な叫びだった。
思わず黙る門崎。そしてまわり。
小田は門崎に向かって捲し立てる。

海音

これだけの人が死んでるのに、何でまだそんなこと言えるの!?
さっき、住吉さんが言った! 
そんなの、ただの問題の先延ばしでしょ!?
解決なんてしないんでしょ! 違うの!?
どの道、みんな人を殺さなきゃいけない!!
そうしなきゃゲームマスターに殺されるんだ!!
ルール違反であんなことする人が、躊躇うと思うの!?
そんなの嫌だもん!
あたしはこの人を追放して助かりたい!!
何だろうがいいよ、なんだって!!

優作

小田……

大人しかった小田の攻撃に、言葉を失う門崎。
そこに、更に、彼女も裏切った。

愛衣

ごめんなさい……門崎先輩
わたしも……そんなこと、言える状況じゃないのことは、理解しました

優作

湯野!?

愛衣

そうだったんですよね……
これは、ドラマでもなければ物語でもない、ただの……殺し合い

愛衣

進むべき選択肢なんて、自分で見つけられるわけじゃない
だから……わたしも、進む……

幾分か冷静になった、彼女も小田と同じ判断をした。
彼の考えに賛同していた他のメンツは、湯野に合わせて、投票をすると言い出した。

愛衣

したくないなら、門崎先輩は……投票しなくていいですよ
その代わり、どうなろうが責任は先輩自身ですから

かなり冷たい反応だ。
でも、正しいのは湯野だ。
したくないならしなければいい。
その代わり、最悪死ぬのは奴だ。
私たちには関係ない。
小田のやつ、夜がダメなら昼間で勝負に出たらしい。
まあ、乗っからせてもらおう。
本格的に追い詰められた木島平。
ヒスを起こして何か喚くが、保身の為に私が指定した連中も彼を差し出した。
俺達は、違うんだという証明の証に。

俊介

何でですか!?
なぜそれだけの事で僕がこうなるんです!?
僕は無実だ!! 何もしていない!! 

分からない、と彼は周りに問う。
答えは、簡単だった。

この不安定な状況で、周りを刺激したあなたが悪いのよ!

愛衣

先輩は……信じられないから……

和樹

悪いな、俺は何も言わない
ただ、流れに合わせる
そんだけだ

海音

怖い人は、いなくなっちゃえばいいんだ!

四面楚歌。
門崎の制止を振り切る私達は、もう止まらない。
リアルな脅しに、最早ブレーキはないのかもしれない。
自分の生命がかかったとき、人は本性が出るという。
正にその通り。彼らは身代わりに、あいつを殺そうとしている。
数の暴力という絶対的な結果で。

あや

真澄……

真澄

いいよ、投票して

文月は私に意見を乞う。
私が言うと、彼女は迷いなく彼を指名して、投票した。
彼は、私に命の恩人を殺すのかと怒鳴りつけたれた。
怯える文月を軽く抱き寄せると、私は真顔で返す。

真澄

あんたが狩人、それが事実としてだけど
あんたが初夜私を助けてくれたんだとしても、それは善意からじゃないよね?

俊介

なにっ!?

真澄

あんたは私を疑っていたんだ
私が狼じゃないかって
あれは、私を護ったんじゃない
それは結果論だ

木島平の真意は知らない。
だが私は裏切るに値する詭弁を言う。

真澄

狼だとすれば、自分が死ねば巻き込める
それを承知の上で、あんたは自分の生命を勝負に出した
私が狼だと思ったあんたはわね
結果として私は無実を半分証明されたけど、あの時あんたはそう判断した
じゃなきゃ、私を庇う理由がない

俊介

何を言っているんですか!?
僕にそんなつもりは

真澄

あとになれば、どうだって言えるよ
だけど私は、あんたを信じない
事実だろうがなんだろうが、どうでもいいよ
兎に角、人柱になってもらうから

裏切り者、と彼に罵られる。
裏切り? 
いつから私はあいつの味方になった?
下らない。
私は誰の味方でもないんだから。

投票は過半数を達した。
これで完了。棄権は門崎だけ。
昼間の追放が、喚き散らす木島平を無視して、行われるのだった。

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