ミューリエとシャインは対峙しながら、
お互いに息を切らせていた。
両者とも小さな傷はあるものの、
目立った一撃は受けていないみたい。
ミューリエとシャインは対峙しながら、
お互いに息を切らせていた。
両者とも小さな傷はあるものの、
目立った一撃は受けていないみたい。
はぁっ、はぁっ……。
はぁっ……はぁっ……
さ、さすがね……。
正直、ここまで苦戦するなんて
思ってなかったわ。
見くびられたものだな。
まさかこんなにも
力を残していたとはね……。
今からでも遅くないわ、
私たちの側につきなさいよ。
きっと魔王ノーサス様は
歓迎してくれるわよ?
魔王ノーサス?
それが魔王の名前なのか?
フッ、相変わらず性格が悪いな。
私がその選択をするはずがないと、
分かっているくせに。
あそこにいる勇者や人間どもの命を
保障するという条件をつけても
いいわよ?
っ!?
シャインが僕たちの方を振り向き、
小さく息を呑んだ。
なぜ人数が減っているのっ!?
どこへ行ったッ?
――あれは転移の魔方陣!
くそっ、ヤツらの中に
転移魔法の使い手がいたなんて!
……フッ、そのようだな。
転移魔法は古代魔法の1つ。
使える人間は滅多にいないゆえ、
貴様が想定していなかったのも
無理はない。
だが、あそこにいるレインは
魔術師ルーンの末裔。
家に代々伝わっていても
不思議ではなかろう。
魔術師ルーンの末裔っ!?
厄介な連中ばかり集まりやがって!
忌々しいっ!!
……でも、
戦力の減った今こそ逆に好機!
せめて勇者だけでも
葬ってあげるわっ!
シャインは大鎌を振り上げ、
高速で低空飛行しながら僕へ向かってきた。
それを見てミューリエは慌てて
追いかけてくるけど、
到底間に合いそうにない。
マズイ!
このままじゃやられるっ!
僕は咄嗟に剣を抜いて構えた。
未だに剣術は使えないけど、
このまま丸腰で立っているよりはマシだから。
なんとしても直撃だけは避けないと。
でもそんな未熟な僕の実力を
見抜いているのか、
シャインは激しく上下左右に動いて
揺さぶりをかけてくる。
これじゃ、
どこから攻撃してくるのか分からない!
きゃはははっ!
死んじゃえー!!
いつの間にかシャインは
僕の目の前に迫っていた。
そして大鎌を振り下ろしてくる。
きらめく刃がどんどん迫ってきて――
もうダメだっ!
僕は目を瞑り、死を覚悟する!
――ガキィイイイイィーン!
えっ?
これはっ!?
――ぐぐぐっ!
シャインの一撃は僕の眼前で防がれていた。
その刃を受け止めたのは、
なんとレインさんっ!
その手には光り輝く剣が握られている。
でやぁああああぁーっ!
ぐぎゃああああぁっ!
大鎌を弾いたレインさんは、
間髪を入れずに光る剣を振りかざした。
その一撃はシャインの体を突き抜ける。
ぐっ……き……さま……
それは……
魔法剣(オーラブレード)!
えぇ、そうよ。
魔法力で作った剣――
私は今まで旅をしながら、
これで魔族どもを葬ってきたの。
奥の手は
最後まで取っておくものよ。
ニヤリと微笑むレインさん。
そこへミューリエが追いついてきて、
僕たちを庇うように前へ立つ。
怪我はないか、アレス?
うん、レインさんのおかげでね。
すごいな、レイン。
魔法剣を使えるとは
思わなかったぞ!
でもこれを使うために、
普段から色々と
制約はあるんだけどね。
そうか、
お前が武器を持たなかったのは
これのせいか。
えぇ、金属製の武器は
持っているだけで
魔法に影響を与えちゃうし、
普段から普通の武器を
使っていると
魔法剣を制御する時に
感覚が掴めなくなるから。
それだけデリケートで扱いが難しい
魔法なのよね、これ。
すごいっ!
こんなの、初めて見たよっ!
魔法剣も転移魔法と同様に
古代魔法の1つだ。
しかもこの魔法は生まれ持った
素質も必要。
誰にでも扱えるものではない。
ミューリエだって
すごいと思うけど?
魔法剣士は性質の相反する
剣と魔法を
同時に扱えるわけだからね。
素質がないとなれないもの。
ぐ……ぐぐぐ……。
シャインは傷口を手で押さえながら、
苦痛に顔を歪ませていた。
足はふらつき、
立っているのもやっとの様子だ。
彼女はこちらを睨み付け、
唇をワナワナさせる。
不意を衝かれたとはいえ、
人間なんかにっ!
人間なんかにぃいいいいぃっ!
だから言っただろう?
人間をなめてかかると
痛い目に遭うとな。
くそっ……
今回は退いてやるっ!
シャインは光に包まれ、その場から消えた。
そっか、高度な転移魔法になると
あんな感じで魔方陣を使わず瞬時に
移動ができるわけか……。
逃げたか……。
だが、あの傷では
しばらく襲って来られないだろう。
ミューリエはふぅっと息をつき、
剣を鞘に収めた。
レインさんも魔法剣を消し、
その場にへたり込む。
どうやら最大のピンチは脱したみたい。
これであとは僕たちも
転移魔法で避難するだけだね。
じゃ、ミューリエを地上へ送るわ。
魔方陣に載って。
承知した。
レインさんが魔法を唱えると、
魔方陣に載ったミューリエの姿が
目の前から消えた。
――よし、次は僕の番だ。
水中都市の結界も今の状態なら
僕が避難したとしても
しばらくは大丈夫だと思う。
レインさんが避難するくらいの時間は
ありそうだ。
じゃ、今度は僕が
魔方陣に載りますね?
……うん。
アレス、元気でね。
何を言ってるんですか。
またすぐに会えますよ。
水中都市の結界も
しばらく持ちそうですし。
…………。
それがね、
もう魔法力がないのよ……。
転移魔法1回分しか
残ってないみたい。
えっ?
想定外に魔法剣を
使っちゃったから。
あれ、魔法力を食うのよね……。
もともと魔法容量も
ギリギリだったし。
そんな……。
でもね、あたしは満足してる。
だってアレスを守れたんだから。
そ……んな……。
こんなの……嘘……だよね……?
せっかくシャインを退けたっていうのに!
僕の……せいだ……。
えっ?
僕にもっと戦う力があればっ!
ごめんっ! ごめんなさいっ!!
ううん、それは違うわ。
アレスの戦う力というのは、
あなたの優しさと仲間たち。
一緒に旅をしてきた
あたしたち自身が
アレスの戦う力そのものなのよ。
モンスターと意思疎通ができる力は
そんな優しいアレスだからこそ、
神様が与えてくれたものだと思う。
嫌だよっ! こんなのっ!
仲間は僕の戦う力とか、
そういうものじゃない!
仲間は仲間だよ!
僕の大切な宝物なんだ!
アレス……。
アレスっ!
あ……。
不意に僕はレインさんに抱きしめられた。
温かくて柔らかくて、いい匂いがする。
でも……少し体が震えている……。
あたしだって死ぬのは怖いわよ。
でもね、勇者様のため――
いえ、アレスのためなら
納得はできる。
僕から離れたレインさんは
涙で頬を濡らしながら
穏やかな笑みを浮かべていた。
なんで……そんな風に笑えるの……?
だってこのままだと、
自分が死んじゃうんだよ?
僕なんか気にしなければ、
命が助かるんだよ?
あたしこそ、ごめんね。
本当はもっとアレスのそばにいて、
守ってあげたかったのに。
短い間だったけど、アリガトね。
そんな悲しいこと……
言わないでよ……。
それにさ、タックと約束したから。
命に代えても
アレスを送り届けるって。
僕はどうなってもいいよっ!
レインさんが生きてよっ!
……アレス、
あたしの分まで生きてね。
それと、
みんなによろしく伝えて。
あっ!
僕はレインさんに体を押され、
後ろによろけた。
その足下にあったのは転移の魔方陣!
――嫌だっ、こんな別れ方っ!
僕はバランスを崩しながらも
必死に手を伸ばした。
でもその手はレインさんに届かない。
虚しく空を掴むだけで、何も感触がない。
ほんの僅かな十数センチが……
果てしなく遠い……。
……さよなら。
その言葉が耳に届いた直後、
目の前は光に包まれた。
あまりの眩しさに思わず目を瞑り、
その上を腕で覆う。
この時になって僕はようやく、
自分が涙を流していることに気がついた。
それは結界の亀裂から止め処なくあふれ出す
海水と同じような感じだった……。
あ……。
――再び目を開けると、
そこはフェイ島の海岸だった。
涼しげな潮風が、濡れた頬に当たって冷たい。
見回してみると、
横にはミューリエとシーラの姿がある。
どうした、アレス?
なぜ泣いておるのだ?
アレス様?
う……うぅ……。
うわぁあああああああぁん!
僕は地面に膝を落とし、
四つん這いになってひたすら泣いた。
とにかく泣いた。
鼻水とかヨダレとか、
もう色々と零れていてワケが分からない。
泣くのが恥ずかしいとか、
そんなのどうでもいい。
悲しいんだから涙が出て当然じゃないかっ!
何が悪いんだっ?
レインさん……レインさんッ!!
次回へ続く……。