俺と蒼さんの足音だけが響く廊下。
保健室に出てから一度も喋っていない。
部活動をしてる連中達は後片付けを始めている時間だ。
夜まであるとこは夜までやるんだろうけども。
渡り廊下に出て、一号館に入る。
一号館はこの学校では一番古くボロい。ここのすぐ外で友達とキャッチボールをしていたら球が外れてちょっと当たっただけで窓が割れていた事がある。
ここ
彼女は一つの教室で立ち止まった。
中からはワイワイと楽しそうな声が聞こえている。一部ふざけているのだろうかどたどたという走り音も聞こえていた。
何だこりゃ? 部活か何かか? でも一号館で部活なんて聞いたこと無いし……
ほら、入って
彼女が扉を開き、俺が続いていく。
教室の中には、五人の男女がいた。 ほとんどがこの学校の制服で、全員こっちを見てポカンとしていた。俺も多分鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているだろう。
やがて一人のキザっぽい男が喋り出した。
あるぇ? ナントカちゃーん、そんな地味ぃな奴連れて来てどうしちゃったのん?
そんな事言わないであげなよっ! 折角なんとかが彼氏連れて来たんだからさ!
オレンジ色に染めた髪が特徴の女の子が言う。……いや俺は彼氏じゃなくて……まあでも付き合いたいけど……
彼氏じゃないよ
あぅ……あの、冗談は終わりにしましょ……う?
気弱そうな三つ編みの眼鏡の子が話を切った。
で、で、あなた誰なの?
オレンジ色の子が興味津々で此方に顔を寄せてくる。……ち、近い。
彼はさっき私達が救った人
へー! まあまあイケてんじゃん!
そこからキザとオレンジによる俺の顔についての批評が始まってしまった。
何でここに連れて来られたかまだ聞いていないのに……
あ、さっきの患者さんじゃないですかぁ
貴方は確かさっきの……
はい。さっきの保健委員です。 今きたばっかりでちょっと状況分かんないんですけどぉ……
いや、分からないのは俺の方だよと自分で突っ込む。
あら、貴方は……
と一人の背の高い女性が話しかけてきた。
制服が違う。隣駅近くにある私立学校の制服の様だ。
すると彼女は俺に手を伸ばし、
やだ、ほっぺぷにぷに
……と頬をぷにぷにと摘んできた。
やめて下さいと言うと大人しくやめてくれたから良かった。
静かに!
と何かをたたくような音がした方向を振り返ると、そこには黒髪ロングでキツそうな眼をしている女の子が教卓の前にいた。
なんとか、あとそこの地味男ちょっと来い
怖いオーラを全開にしながら彼女は言う。
というかなんとかって誰だ? と思ったら蒼さんの事だった。何故なんとかなんだ? まあこれは後で聞いておこう。
まずなんとかに質問する。こいつは誰だ
怖い女の子は俺を指差してそう言う。蒼さんは少しの迷いも無くスラスラと喋り出した。
私、今日当番だったから図書室に行ってたの。帰ろうとしたら床に原稿用紙が落ちてて何だと思ったらそれは彼が書いた私が主人公の小説だったの
ざわ、と周りが騒ぐ。
これ公開処刑じゃ!?
私気持ち悪いって思ったんだけどね
____気持ち悪い。
その言葉のナイフは俺の内臓に深く深くめり込んでいった。
……気持ち悪い、か。
俺も確かにされたらそう思う。される事は無いだろうけど。
さらに蒼さんの話は続く。
そしたら彼が原稿用紙取りに来他のか戻ってきたからこの小説の蒼って子は私なの? って聞いたら逃げられちゃって、そこであいつらに取りられちゃったみたい
あいつらとか気になる単語が出たが俺の心は完全に気持ち悪いって言葉で埋め尽くされていた。
戦いが終わった後保健室に運んで十分くらいで目が覚めたんだけど、私達が戦っていたのを覚えていたの
珍しいわね。まあ私も同じだったけど
久々だねぇ、記憶が残ってるヤツなんて
私も同じだった……記憶が残る?
この人達もそうだったのか?
そしてあの世界に入ってしまったら普通記憶は残らないのだろうか?
じゃあ次に貴方にも質問するわ
怖い人は俺の方に眼を向ける。 やっぱり怖い。
あの変な世界で起こった事を聞かせてくれる? 本当かどうか、夢じゃないか確かめる為に
なんかこれまでの会話の内容が (蒼さんの以外) よく分からないし納得出来ないことも多いけど、この人だけは怒らせてはいけないと思い何も聞かずに話した。
大体合ってるようね……
と怖い人はくるりと逆方向を向いて考え始めた。再びこちらを向いたので何か聞いてくると思ったがまたくるりと向こうを向いた。どーゆー仕草だ。
ねー、この子仲間に入れちゃおうよ!
賛成するわ。 ほっぺぷにぷにだしね
あの……こういう事は
えぇーみんな賛成派ァ? こーんな地味なヤツ入れちゃっていいのー?
そうですよぉ。 女の子をストーカーするなんて女の子の敵です!
いやストーカーじゃない……けどそんな感じの事をしていたものだから反論し辛い。
意見は半々のようね、どうしましょう
怖い女の子は腕を組んで考えている。
すると今まで寝ていたのだろうか机の群れの中からむくりと一つの人物が起き上がってきた。
……派手に足を机にぶつけている。そそっかしい人物のようだ。
いてて……
ふん、ここはゆーりの出番だね
ちょっとわがままそうで幼い顔にツインテール、そしてゆーりと名乗る女の子。
こんな時はゆーりがこの子を査定してあげるよっ
そう言うとゆーりさん? は俺のそばに近づき……
刃物を取り出した。
あぁそうだねぇ、それがいーね
ちょちょっ、良くないよぉ、止めさせてー
ふっふ……いいからゆーりにその体を差し出しなさぁい!
い、嫌です!
ゆーりはニヤリと笑い、襲いかかってきた。
俺はヒャッと横に避ける。危ねえ!
だがもう次の攻撃は用意されているようで。
もう終わりだ!
はい、止め
突然、その声が響くと、ゆーりはピタリと止まって大人しくなった。他の人たちも同じように黙る。
また一人の人物が教室に入ってきた。
一般世間ではイケメンと呼ばれるような顔で、だが少し女っぽい感じもする。この人もまた私立学校の制服だ。
足元には黒猫が一匹。
始めまして、君
そして俺に向かって一言。 奥深い声だ。男としては少し高めかもしれない。
そしてようこそ
何だか今まで会った人達より優しそうだ。
オーラがもう優しい。この人達が黙るのも分かるかもしれない。
そして男は優しい口調で__
僕達の名も無き部活へ
……と、また通常ではありえない言い回しをした。
ここにいる人達はみんな変わってるのかもしれない。