きっとこの場所から、出られる人は多くない。
狼の話し合いを傍受しながら、私はそう思った。
今夜は内通者は13番――速水を黒と伝えてきた。
きっと場を積極的に取り仕切る彼女の真偽を見るためだろう。
もう一人である私よりも優先したのは狙われたか狙われないか。
それだけの違いだと思う。
狼たちは、速水が黒だと知って喜んでいる。
ヒトの死よりも、自分たちの不利な状況を何とかできると。

現在、一日目夜でもう中身はグチャグチャだ。
狼は早くも焦り始めていて、確実に仕留められる相手を探してる。
村人は、絶望的な状況に打ちのめされている。
今、掌握をしているのは私達、他の役職持ちなのかもしれない。
狼は初夜に狩人のおかげで襲撃失敗、それよりも事故死で仲間一人が死亡とむしろ痛手を受けた。
運が良かったのが私が一人探偵を殺し、事故死で探偵が死んだ事。
それがなければ、不利になっていたのは狼なのだ。
探偵一人の存在が、村人達の希望を打ち消した。
それだけの話。

……やろうと思えば、初日でゲームをチェックメイトすることだって出来た。
簡単だ、消去法で一人一人、役職を上げていく。
自分のブレスレットのシンボルを見せて。
そうすれば、絶対に探偵を見つけ出して、そいつを投票、みんな生き残れる。
探偵全滅で、15人が生き残れる、最高のハッピーエンド。
そう、提案だって私はきっと出来た。
頭の良い速水も、気付いていただろう。

木島平も言っていた、探し出す方法とはつまりそれだ。
あの時私は否定したが、そうやれば問答無用に炙り出しは十分可能だった。
だが、それでは私の目的が果たされない。
盛り上がりどころか興ざめもいいところ。
それはつまらないだろうし私との契約に反する。

あの時、私の意見に賛同した速水の意図は分かる。
気付いていただろうに、なぜ……その手段をやらなかった?
答えはルールにある。
彼女が実践したように、自分からシンボルを見せるのは勝手だ。
ルールに違反はしない。
だが……それを、最速ゲームクリアのために全員で行えば?
それはとどのつまり、ゲームとして成り立たない、全員で行うルール違反だ。
ゲーム進行を妨げる行為として、監視されている私達は、全滅する。

……彼女は。
あの瞬間、否定を使い全滅を防いだのだ。
私は自分の為に人を殺すの利己的な理由で。
彼女は、あの時まではまだ主張通り「現実的に多い人とクリアを目指す」という理念で動いていた。
その理念通りに、やったんだろう。
では今はどうか?

今は……彼女もこちら側だ。
彼女も自分が生き残るのを優先させると言った。
そうしないと、生き残れない。
戦わなければ、死ぬのだ。
故に、私と同じで利己的になった。
一見すると分からない程度に。

その空元気なのか覚悟なのかが分からないのが続いて行くかは知ったことではないが、邪魔をするなら始末するまでだ。
私も、決めたんだ。
なんだっていい。
私が殺したいと思ったやつは殺す。
私が生かしたいと思ったやつは生かす。
そんだけのシンプルなやり方で、私は死ぬんだ。
私は私を殺したいから殺す。理由はそれだけで、他はない。

真澄

……それでいい……
私は、壊れた……狂った……

シンプルに行動するとき、人間は強くなれる。
そう、身をもって分かった。
今の私は恐れなどない。
結末は私の望み。
恐ることがないのは、迷いが生じなくなる。
……ふふっ、メンタルに関しては私は一番強いかも。
なんて自画自賛してると足元救われるので、油断はしない。

狼たちは私の予想通り、15――文月を狙うと、小田の奴が言い出した。
理由もだいたい想像通り。
あいつがいつ、村人に味方するか分かんないから、殺せるときに殺しておいたほうがいい。
今夜は確実に殺せる、と彼女は豪語する。
そりゃそうだ。普通に考えて説得力はある。
昼間アレだけチラ見して様子を見ていれば、そうも言い切れるだろう。
私が助言したとも知らずに。
いや、知ってるかもしれないけど。
それでも押し切りたい理由でもあるのか?
知ったことじゃない。

さぁ、文月はどうするのだろう。
しっかり狙われてる。
私の警告をしっかり聞いていれば助かる。
でも無視すればあいつは死ぬ。
どっちにしろ私は奴の味方じゃないが、一度肩入れしてあげたんだ。
頑張って欲しいとは少し思う。

速水は確か……3を襲撃、私は8を襲撃したはず。
これで貫通すれば、また二人死ぬ。
どんな死にかたするか、ちょっと見に行こうかな。
でも生きていて見られたらやばいかもしれない。
……まあいいや。
明日の朝になれば、きっとわかる。

真澄

明日の朝、どーなってるかなぁ……

自覚があった。
私は朝が、楽しみだった。
誰が死んで、誰が生き残ってるか。
あいつは生きているか、死んでるか。
早く見たい。悪くないかもしれない、このゲーム。
私はもう完全にこの状況を楽しみ出した。
狂った。壊れた。歪んだ。捻じれた。
ゼンブゼンブドウデモイイヤ!
楽しみながら望みが叶うなんて悪くないよね。
そりゃ、昨日の夜みたいに戸惑ったり焦ったりするかもしれないけど。
もう私は迷わない!!
私は死ぬの怖くないんだ。
この状況では、好き勝手できる。
まあどうせ最期だ。
折角だから楽しんだ者勝ちな気もする。

一日だ。
朝、昼間、夜。
たったこれだけで、人は変わる。
私は……最低な奴として今ここにいる。
ゲームマスターともさっき連絡を取った。
いい感じにこっち側に来たねぇ、なんて笑われながら言われた。
こっち側か。こっち側?
私、あの最低野郎と思っていた相手と同類になっちゃったんだろうか?

真澄

まぁいいか

あいつと私は共犯者で、ゲームの盛り上がりさえすればいい。
どうせもうどうでもいいんだ。
細かいことは考えない。必要ない。
進むを知りて退くを知らず。それを行こうじゃないか。
今夜は、もう眠ろう。
やたら、疲れた気がするから……。

真澄

おやすみ……

私は、朝が待ち遠しくなりながら、眠りについた。

真澄

……

朝、私は目を覚ました。
悪くない目覚めだ。スッキリしてる。
時刻はまだ6時前。
うん、そろそろ動こう。
さっさと薬を飲み込んで、部屋を出た。

真澄

うわっ

――何が起きた。
ドアを開けた瞬間、凄い煙。
一個飛ばしの部屋……16の部屋から、半開きのドアから黒い煙が出てる。
しかも妙に生臭いっていうか、焦げ臭い。
……まさか西郷の奴、焼け死んだか?

廊下に出た私は、差足抜け足忍び足で16の部屋に侵入しようとして……諦めた。
凄まじい臭気で、部屋に入ることすらできない。ドア越しの部屋の中は真っ黒だった。
ススと……生焼けの嫌なニオイがして、入る気も失せる。
臭すぎるってのもあるけどグロいだろうし、モザイク処理でもしてほしい。

真澄

派手に死んだわねぇ……
でも火事にしないあたり、キッチリしてるというか鮮やかというか……

昨日は爆死が二人に斬殺、今度は焼死か。
手際良すぎる。
殺しのレパートリーどんだけあるんだゲームマスター。
こりゃ西郷、確実に死んでるだろう。
助かる方法を逆に知りたい。
唖然としている私は、そこでもう一つの部屋の扉が空いているのを見た。
……文月の部屋だ。

真澄

……?

あれ、16死んでるなら文月は助かったはず。
なのになんであいてる?
私は疑問を感じて文月の部屋に足を運んだ。

あや

ひっ!?

真澄

なんだ……無事じゃない
驚かせないでよもう……

文月はいた。生きていた。
私とは違うデザインの室内にあるシングルベッド。
その脇で、頭を抱えてガタガタ震えていた。
私が入ったことに気付いて短く悲鳴を上げていた。

あや

ま、真澄……?

その侵入者が私であると分かると、顔を上げた。
その顔は……涙いっぱいに溜まっていた。
今すぐ泣き出しそうな弱々しい顔だった。

真澄

……よく指示通りにしてくれたね、ありがと
文月、無事でなにより

私はなるべく怖くしないように表情を取り繕いつつ、そう言う。
彼女は、安心したのか緊張の糸が切れたのか……突然声を出して泣き出した。

私は声が漏れてはまずいと一旦なだめて、慌てて扉をしめて鍵をかける。
戻るともう、本格的に大泣きだった。

あや

――うあああぁぁあぁ……っ

真澄

よしよしっ、怖かったね
いいわ、もう泣いていいから……

相手を求めるように抱きついてきた彼女の頭を撫でつつ、私は優しく言う。
私の胸を借りて、大泣きする文月。
この涙は……知りながら人を殺したことによる罪悪感か、知っている私への安心感からなのかは分からない。

あや

ぐずっ……うあああああああっ!!

真澄

いいわ、文月が生きていてくれれば……
今はそれだけで……十分よ……

あや

ごわがった……
こわかったよっ、ますみぃ……

彼女はなにか、泣きながら私に説明しようとしている。
私は、泣き止むまで無理には聞かないと言うが、文月は涙声で説明を始める。
要点をまとめる。
……どうやら、昨日の昼間の帰り際、隣の部屋の西郷に脅されたらしい。
半信半疑だった私の警告を、この時はまだするつもりはなかったらしい。
だが、西郷は文月をこう脅した。

お前の態度が気に入らない。
お前は今夜、ここで死ぬ。
俺達が、お前を絶対に殺す。
と。

真澄

馬鹿だ西郷っ!!

思わず突っ込んだ。
なに「自分が狼ですぅ」なカミングアウトしてるんだ!?
そりゃ身代わりにされる。
折角の小田の貫通目論見が台無しだ!
しかも昨日の夜そのこと言わなかった。
ってことは、事前にフラグ立ててたのか!?
あいつ馬鹿だ!! マジで馬鹿だ!!
死亡フラグ回収してる!! 自分で!!

で、そのこともあって、私の黒だという警告を思い出し、迷わず奴を身代わりにしていたらしい。
……西郷、あんた馬鹿だよ……。
私は今日の死人に呆れて思う。

折角の読みを脅しというアホらしい方法で無効化しただなんて、誰が思うよ。
このゲーム理解してなかった故のプレイミス。
で、反撃されてこのざまだ。
お前はどこの芸人か……。しかも自滅。
もう笑えない。狼、余計にピンチじゃん。
このゲームの狼はバカ勢揃いのようだ。
小田、苦労するわねこれは……。
私は思わず同情した。

あや

ありがとう……真澄
危険なことしてまで、あやのとこ助けれくれて……

やがて、一通り泣き止んだ文月は、私の胸元から顔を上げてそう言う。
身長の関係で、私の方が少し大きい。上目遣いになる。

真澄

ねっ?
あいつ、黒だったでしょう?

あや

うんっ……
真澄、知ってたんだね
あいつが、あや狙ってくるってこと

彼女はすっかり信頼し切った視線で、私に問うてくる。

あや

真澄……探偵なんでしょ?
だから知ってたんだよね?
あいつのこと

……まあこうなるよね。
私はルールの埒外で知ってただけで、探偵ではない。
むしろ真逆の人殺しだ。
でもそれを知らない文月は当然私がラストの探偵だと勘違いする。
それは当然だ。

真澄

ん……

私は否定とも肯定ともとれる曖昧な態度で誤魔化した。

あや

あやは言わないよ、真澄のこと
助けれくれた恩人だもん
真澄を犠牲にしたくないから、黙ってる
誰にもこのこと、言わない
でも!
その代わり、真澄の言うことは絶対聞く!

肯定と取ったんだろう。
彼女は私に抱きついたまま、そう宣言した。

真澄

なんか……照れくさいなぁ……
当然のことしただけなのに

単純にまだ覚悟できてなかった私がやったことだ。
この状況を楽しめる今でも、ちょっとこそばゆい。
文月が生きていた。
それを知ったとき、素直にホッとしたのも事実だ。
……この子ぐらいなら、助けてもいいかな?
ふと思う。この子、味方してあげようかな。
盛り上がりには支障ない。
私には、得はないが、損もない。
絶対に信用するというこの少女がいれば、かなり有利になるんじゃないか?

速水には、昨日の時点でも言っているから、違和感もないだろうし。
助けられるんじゃないだろうか?
一度自分の勝手で助けた生命だ、私が護ってもなんの問題もない。
そう思うことにした。

あや

ん~
ありがと真澄、ありがとぉ……

真澄

ちょ、なにして……

あや

ん~……

何か、スリスリ頬ずりされてるんだけど……。
懐かれたのかな、心開かれたのかな……。
よくわかんないけど、甘えられてる。なぜか。
どうでもいいか……でも意外にも甘えん坊だったのか?
あんなぶっきらぼうが?
それもどうでもいいか。
仕方ない、助けてみよう。

真澄

……

二日目、朝。
私は『15番村長』こと、文月あやという絶対的な味方を手に入れた。

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