家に帰ってすぐさま自室に行き、通学鞄を置く。
そこから電子辞書と筆箱と……あれ?

原稿用紙が……無い。

先輩にSNSアプリでメッセージを送る。紙忘れたみたいです、と。

五分後に返事が来た。だが、先輩も病院を予約していたことを忘れていたらしく、もう帰ってしまったという。

あれが彼女に見られたら……マズい!

俺は鞄を逆さに空っぽにしてすぐさま駆け出した。鍵をかけるのは忘れていない。

はっ、はぁっ、ぜぇ、はぁ……

なんとか十分以内に学校に着けた。
久々に本気で走ったので息切れが止まらない。

……今のすっきりした頭で考えてみれば彼女は俺とは他人で、あの原稿用紙も他人のものなのだから勝手に見るはずが無いような気がしてきた。

そうだよな……普通は

少し安心し、ゆっくりと図書室へ向かう事にした。

図書室に着き、扉を開けようとする……が。
何か、嫌な予感がする。相変わらず中から音も何も……

いや、本をめくる音がする。それも大きい物の。
彼女はいるのだ。 ……何を読んでいるのだろうか。

あえて最悪の場合は考えずに開いた。

あっ

机の上に彼女は座っていた。

その繊細な手には__

原稿用紙が握られていた。

そ……それ……

沈黙の中、やっと発した言葉。
自分でも情けない声だ。

彼女

もしかしてこれ、キミの?

無表情で問う、水色の彼女。
だが声は出会った時と同じようにはきはきとしている。

……嘘はつけないし、ついても仕方ない状況だった。
さっきいたのは俺と先輩だけで……
そうだ、嘘をつこう。先輩の物って言っておこう。
でももしかしたら彼女は先輩と同じクラスで返しておくねって言われるのも……

……仕方が無い。 彼女が普通の感覚で生きてるなら、ヒロインのモデルはバレないだろう。たぶん。

はい、俺の物……です

彼女は俺から眼を離してまた原稿用紙を見た。
その眼は……小説に入りきっている様だった。本の虫の部長と同じような眼をしている。

ふと顔を上げると、さっきの様にまた質問をしてきた。

彼女

この蒼って子……わたしなの?

……鋭い、とても。
蒼というのがヒロインの名前で。

立ちすくみ、目を伏せてしまった。

けれども破られる事は無い沈黙。
顔をほんの少し上げ見るとずっとこっちを捕らえて離さない。

もう、言うしかないのか。

気が付いたら俺はそこから逃げ出していた。

あ……あぁあああっ

あぁ…あ

叫びたかったのに上手く叫べなくて、はやく家に帰って枕ん中に顔を埋めたくなった。

……蒼のモデルが彼女という事が……本人にバレた。

最悪だ。


こんなのなら……もう


死んでも……構わない。


……あれ、なんで俺は

こんな平凡人間らしからぬ

ネガティブな考えを

しているんだ……?


失恋しただけで死にたくなる……?

そんな俺はこの世にいないはずなのに


いや、もう

どうでもいいか

彼女

考えるのをやめちゃ駄目!


……え?

何かを殴るような音と、あの声。

ふいと顔を上げ、眼に映ったのは__


……現実では在り得ない生物と戦っている、彼女の姿だった。

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