俺は何時ものように渡り廊下の壁に寄りかかりながらパンをむさ食っていた。
俺は何時ものように渡り廊下の壁に寄りかかりながらパンをむさ食っていた。
見下ろした所には中庭。
男子達はふざけて追いかけっこをし、女子達はベンチに座ったりシートをひいたりして弁当を食べている。
その中に俺の好きな人が居た。
名前は知らないし学年やクラスすら知らない。
けれど何時もベンチで友達と弁当を食べている。
俺があの人を見つけたのは、つい一ヶ月前の事だった。
部活の後輩達と廊下でばったり会い、昼飯に誘われたので、中庭に行って雑談しながらパンを食べていた。
俺はつい雑談に夢中になってしまい、パンの袋を落としてしまった。
そこでたまたま通り過ぎようとしていた君が拾ってくれたんだ。
ゴミはゴミ箱にね
指通りが良そうな髪、長い三つ編みの先にある黄色いリボン、口角が微妙上げっている桃色の唇、黒く、この世の全てを見透かしていそうな眼、そして私は生きている、と主張するような声質。
俺は君に出会ったんだ。
自分でもくだらないきっかけだろうけど、一目惚れしてしまったんだ。
すぐに彼女にお礼を言ったが、誰かと待ち合わせをしているのかすぐにどこか行ってしまった。
暫く、ボーッとしていた。
後輩は俺が喋らなくなってわたわたしていた。
次の日から中庭がよく見える渡り廊下で昼食を食うことにした。
中庭で食事してまた何か落として彼女の手を煩わせるのは悪いし、何よりも遠くで見た方が彼女の全身が見える。
俺はこれで満足だった。 声が聞けないのだけは少し残念だが。
昼休みの終わり五分前を告げるチャイムが鳴り、みんないそいそと教室へ向かって行っている。
俺もパンの袋をクシャッと丸めてポケットに入れ、室内へ入った。
放課後の事。 今日は文芸部は無い。本でも読んでから帰ろうか…
そんなわけで図書室へ向かう事にした。
おーい、晃くん!
そんな時、俺を呼ぶ女の子の声がした。
さっと振り向くと文芸部の先輩だった。
せ、先輩! そんな大きい声出したら迷惑ですよ
そんな事より図書館行くの?
私もご一緒していい?
小説書きたいの!
ああ、文化祭に出すやつですか
俺達の部の文化祭の出し物は小説。一人一冊分書かなければならない。
これを文化祭で売るのだが、年によって売れ方はまちまちらしい。
それじゃ、行こっか
吹奏楽部が所々で練習している廊下を進む。
隣の先輩は小説のストーリーを嬉しそうに語っている。
この先輩は恋愛ものを書いている。
一方俺はあの水色の彼女がヒロインの物語を書いている。主人公と共に契約を交わし、共に世界を滅ぼそうとしている敵と戦うというストーリーだ。
彼女には悪いが、好きで好きでどうしようもない時にいつの間にか書いていたのだから仕方がない。俺はその時恋をしたという事実に酔っていたのだから。
最終的にどうするかはまだ考えていない。俺はとにかく書いていって最後に何回も何回も読んで手直ししていくタイプだから、もう一回読むのは時間がかかるだろう。
実際去年も最後の最後で改変しまくって締切がギリギリだったし。
図書室に入ってみると、俺達以外はあまり人がいなかった。
先輩と向かい合って座り、電子辞書と原稿用紙と筆箱を出して書き始めた。
なかなか筆が乗ってこない。
……やっぱりあの伏線、いらなかったな。
なんとなく、本当になんとなく貸し出しのカウンターの方を見た。
彼女がいた。
そこに座っていた。
私はここにいないと言うかのような存在感だ。
なんだか、恥ずかしくなった。
……先輩、すいません。病院予約してたの忘れてたので帰らせて貰います
先輩は大変じゃん、急いで! と声を掛けてくれた。
荷物を掻き集めてさっさと図書室を出た。
頭がボーッとしていた。沸騰していた。
もし彼女に彼女がヒロインの小説を書いていることがバレたら。
気持ち悪がられるに違いなかった。