―ベンハのコロッセオ―
―ベンハのコロッセオ―
ベンハのコロッセオは中央に天然の芝生を敷き詰めた、緑が映える場所であった。
しかし今はユニコーンが放つ雷撃によって、また魔物が駆る魔獣の足や連合軍の跨がる馬の蹄によって抉れていた。
木々も倒れ、観客席の石柱も砕けている。
そして、本来競走馬が鼻先の差で勝敗を分かつ激走をする場は、戦場と化していた。
魔物の群れと人とがぶつかり合い、命を削り合っている。
あのユニコーンを倒せ!
アイツが一番危険だ!!
魔獣の中でも、特に希少種!!
ユニコーンの毛皮は高く売れるぜ!!
死ねぇ!人間どもがぁ!
魔物は、数と力に物を言わせてなだれ込むように殺到してくる。
牛頭の振り上げたハンマーが連合軍の騎士を頭蓋ごと打ち砕く。
背中ががら空きなんだよ!
その牛頭にギルドメンバーの一人が飛びかかり、一息に手にした短刀を突き立てた。
魔物を一匹倒したが、それを誇ることはしない。
ギルドのメンバーはあくまで金目的のために動く者が多いからだ。
お?
こんなところに――
魔物を殺すよりも、金になるものが近くにあれば、そちらを優先する。
へへっ、こいつぁ良い落しモンだぜ
やべっ――!!
現に、逃げた観客が落とした財布や装飾品などを拾おうとしたギルドのメンバーがいた。
しかし、それが隙を見せる形となり命取りになった。
無防備な背中を魔物の剣が刺し貫いた。
そして彼を殺した魔物に連合軍の槍が殺到する。
武器の波が押し寄せる。
一瞬の気の緩みも許されない殺害の応酬。
豪勢なコロッセオは魔物と人が命を賭けて争う戦場となっていた。
だが――
お前が非処女だからだ!
はぁっ!?
だが、ゼリィにとってそんなことはどうだって良かった。
唐突に仲間から外れるように告げられたと思ったら、その理由が非処女であるからと言われたのだ。
ななな、何言ってんだよ!
美少女じゃないからパーティから外れろって言われたのかと思った……
まあ、それで外れろって理由もおかしいが……
正直、自分の外見的美しさは皆無だと思う。
それを頭ごなしに否定してくれたのは嬉しいが、そんなことを忘れるくらいに衝撃的だった。
スフレとか言ったか、あのお嬢様の美少女は
彼女の衝撃告白に耳を疑った。
ここに医務室があれば耳鼻を診てもらおうと駆け込む程にな
そんなにか……
ヴァルキリー。
お前は処女ではない、非処女
非処女……。
神妙な顔して呟く言葉じゃねぇよ……
それは俺が目指すハーレムという野望には要らぬもの――
美少女の貞操は尊く、純潔を守り通す女性こそ美少女。
なにも俺は、まぐわった経験のある女性を軽視しているわけではない。
愛があって行ったのであればそれは、尊ぶべきことだ。
だからヴァルキリーの経験した過去を尋ねることもしないし、軽蔑することも無い
ただ、俺の野望にはな――
……
他人の唾液の付いたケーキは食べられないってか……
……
……
参ったな……
ソートクという人間がここまで変態だったとは……
今時、処女を信仰している男がどれほどいるだろうか……
すまんなヴァルキリー。
分かってくれ
ただ、それ以上に参ったな……
オレ、処女なんだよなぁ……
援軍に来てやったぞ!!
ユニコーンはどこだぁ!!
四十倍の価値!! 俺の偏差値!!
なんか色々来たなー……
ま、どうでもいい
問題はオレが非処女ではないということだ。
唾液なんかついてねぇケーキだ。
しかもどちらかと言うとケーキじゃなくて焦げたパンくずに近い……
スフレとかいうお嬢様風の女性に見栄を張ったことを激しく後悔する。
あの場で「処女です」と言ってしまえば、何故だかよくわからないが、スフレに馬鹿にされそうな気がしたのだ。
一期一会。もう二度と会わないような相手だからこそ見栄を張ってしまった。
それがまさか、こんな事態になろうとは。
男に股開いたことなんかねぇよ……
てか、下手したら男に裸を見られたこともねぇし、手を繋がれたこともねぇ!!
ってそれは女としてはどうなんだ?
まぁ、オレだし仕方ねぇか……
ゼリィは、今まで自分が女であることを意識して生きていなかったことを自覚する。
今思い出せば幼少期から戦闘に明け暮れていた。
同世代の女の子たちが両手に摘んだ花を綺麗だと見せびらかせ合っている頃、自分は自信の身長の何倍もあって体重の何十倍もある大斧を持てたことを喜んでいた。
よくよく考えればマトモな幼少期を過ごしていない。
ガサツな性格も昔からで、自分に言い寄ってくる男は皆無であった。
目の前の勇者ソートクは、それでも愛すると言ったのだが、既にそんなことはゼリィの頭の中から抜け落ちている。
さてどうやって、誤解を解いたものか……
いまはそのことで頭が一杯だった。
この誤解を解かないことには、パーティには戻れない。
身体は魔物と戦闘を繰り広げながらも、頭は違う。
どうやったら処女だと分からせることが出来る?
脳はその打開策でフル稼働している。
一番簡単なのは「オレは処女だ」と言ってしまうのが早い。
だが、相手はソートクだからな、言ったところで証拠を提示できなければ意味ねぇ……
どうしたヴァルキリー?
今は魔物に集中した方が良いぞ?
なぁ、ソートク……誤解が生じてるんだ
誤解……?
非処女ではない。
つまり処――
だぁーもう!
その先は言わなくていいから!!
なんかやけにこっぱずかしい!
だが、何をもってそれを信じろと?
ヴァルキリーの言は信じるに値するが……。
証拠が無ければ俺も信じれない
まあ、お前さんならそう言うだろうと思ったよ……
だから参ってるんだよなぁ……
どこですのよ?ウチの勇者は……
っは!!
メレン殿っ、まずは目の前の魔物を倒すことに集中した方が――
ってゼリィ殿!?
んあ?
来てたのかパッフ
!?
勇者殿もいらしてたんですか?
!?
そんな事よりパッフ。
そちらの妖精族の美少女は!?
ああ、こちらは妖精族のメレン殿です
よろしくですのよ
よかったですのよ。
まだ生きていて……
お初にお目にかかる、妖精種の美少女よ。
俺はソートク。故あって勇者をしている
妖精族 戦闘妖精種のメレンですのよ
……
?
例えば、お前が人間だとしても、俺はお前を妖精と呼ぶだろう――
その可憐さ、まさに人離れした美しさよ!
およ?
どうだ美少女の妖精よ!
俺と共に行かんか!?
出会って二秒で旅に誘う勇者がいますか!?
ここにな……
とりあえず、魔物を倒しますよ!!
援軍もかなりの人数が来たようだな。
もう、この騒ぎも収まる頃合いか
ですが油断はなさらぬように
……
ゼリィ殿?
どうしたのですか
あー……、考え事
後にしないと命に関わりますよ
死ねぇ!!
させません!!
答えなさい!
お前たちは魔王軍のどこの部隊か!?
行っちまったよ
でも後に出来るような問題でもねぇんだよ
どうやって処女だと証明するか……
ほう。お前も勇者の仲間であったか
そうですのよ。
偏差値52の勇者に出会えて光栄ですのよ
ウチの勇者は39ですのよ……。
もう何年も勇者やってるのに
して、その勇者は?
ここにいる筈なのですのよ
待ちやがれってんだ!!
ユニコーン!!
……アレですのよ
勇ましいではないか。
あの勇猛さ、俺には欠けている
その勇猛さが今回ばかりはマズいですのよ……
どういうことだ?
それはこの身から説明を
なんでも、ユニコーン種は角や毛皮が高く売れることから乱獲されており、今は絶滅危惧種にあるとのこと
魔物なのにか?
いや、あれは知能が人間以下だから魔獣か
魔獣ですけど、本来は人を襲うことはしない魔獣ですのよ?
そも、人間界『ヘキサポリス』でも生息している数少ない『便益魔獣』ですのよ
他大陸では神格化している村もあるそうです
あのユニコーンが……
ではどうして……?
今、魔物にどこの軍かと聞いたところ、野盗の集まりだそうです。
テトラロブリでユニコーンを乱獲していたところ、『ヘキサポリス』に来てしまったようで……
それに乗じてきたわけか
何にしても、闇雲に殺すのは良くないですのよ
止めてくるのですのよ!
我らも止めに行きましょう
相分かった!!
どうすっかなぁ……。
こいつらとの旅、辞めたくねぇもんな
ゼリィ殿も早くっ!!
じっとしてな家畜!!
今すぐ殺して楽にしてやる!!
ぐぁっ、あぶねえ!!
勇者サマっ!
待つのですのよ!!
おお、いいところに来た使い魔!!
さっさとあいつを殺せ!!
使い魔って……
ちょっと言い過ぎですのよっ!
うっせ!
とにかくあいつは偏差値を上げるためでなく、皮や角が金になる!
てめぇにも利があるぜ!
絶滅寸前ですのよ!?
お金好きでも、妖精族がやっていいことではないですのよ!!
おわっ!
およっ!!
大丈夫ですかメレン殿!?
あれでは近づけんな
実際に見せるか……。
いやぁ無理だろうな。
ゼリィ殿!
呆けてないでください
ええい、埒が明かねぇ!!
俺がぶっ殺してやらぁ!!
いやだから――
うるせぇ、役立たず!!
……
ほぅ……ですのよ
このままではユニコーンが暴走してしまいますっ
何とかして止めなければ!?
ああもう、うるせぇな!
ユニコーンより、オレの処女証明のが大事だっての――
!?
ユニコーン……
ソートク
どうした?
これからもよろしくな
クソっ近づけ――
?
邪魔だ!!
ぐあっ――!!
四氣――!!
『一 刀 両 断』
雷撃を――
裂いた――
ユニコーン!!
よぅし、落ち着け!!
ユ、ユニコーンに乗った――
どうだソートク!!
ユニコーンに乗ってやったぜ!!
?
ユニコーンが背を許す女の条件!!
知らないわけじゃねぇだろ!?
てか、恥ずかしいから察せ!!
!!??
ヴァルキリー……
お前は俺の野望に相応しい!!
おうよ!!
そりゃそうさ!
ユニコーンてのは――
処女しか乗せねぇからな!!
え?
どういうことです?
分からないのか?
ヴァルキリーは、紛うことなき処――
察したんなら、黙ってろよ!!
ほんのりと赤面しながらも。
ゼリィは手斧を勢いよくソートクにブン投げた。
回転する手斧の柄がビンタのようにソートクの頬に直撃した。
錐揉み回転しながら吹き飛ぶソートク。
ゼリィは思う。
あのような変態的勇者であるが、まだまだ旅を続けられると、ユニコーンに乗ったまま安心するのであった。
――……