くっ……

 俺は久々に冷や汗をかいた。危なかった。



 続けてまた一発、その後に四発、立て続けに銃声が響いた。

 もちろん銃弾は、俺めがけて飛んでくる。俺は慌てて通路を挟み、目の前のドレスクローゼットにとびこんだ。

 俺が突っ込んだとこにあったドレスは、銃弾によって、無残な姿になっていた。



 俺は背中の後ろにはさんでいる銃を取り出し、かまえた。

 銃弾が飛んできたであろう方向めがけて、一発、威嚇としてうちこむ。

 ちっ、と舌打ちの音がし、もう一度俺の近くに銃弾。俺は横に転がる。銃に弾をこめる音。

 そして少しの沈黙の後、ドレスの中から人影が現れた。



 月明かりに照らされる、赤い衣装を身にまとった美女。
 さっきまであいつは、俺と共にいたはずなのに。



 まるっきり違う表情だった。

 あのかわいらしい表情は、跡形もなく消えていた。ギラリと、彼女の持つ銃口が俺に向かって輝いている。

 その後ろには、強い瞳。口元はうっすらと笑っている。

どうもすみません、先輩

 心なしか、さっきより声が低いような気がする。コツコツと彼女は近づいてくる。高鳴る心臓の音が、耳の奥で響く。

 しかし俺はあくまで平静を装い、にやりと笑い返した。

どうした、急に宝がほしくなっちゃったのか?

 俺の質問に対し、彼女はふんと鼻で笑う。

あのぐらいの宝石なんて、家に行けば山ほどありますよ。今度ひとつあげましょうか?

君の家に行って選んでいいのかな? 

んー、そうやって遠まわしに男を誘うのは、どうかな

変な風に解釈する男性は好みじゃないです

あらぁ、そりゃぁまいったな。俺、結構お前みたいなやつ、好みだけど

それはどうも、ありがとうございます

 そのセリフと同時に、彼女は止まった。

 俺との距離、一メートルもない。銃口がゆっくりと、俺の額に触れる。

 ひやりとした。

では、好みの女に殺されてくださいね

……スパイか?

いいえ、あんな組織に興味はありません。狙いは貴方だけですよ

……

分かりますか? 私は貴方を殺すよう、依頼された殺し屋です

 だれがこんな美人に依頼しやがったんだ。

 俺は過去の記憶をひっぱりだす。しかし、その中から依頼人を探すのには無理があった。

 俺は恨まれるようなこと、たくさんやってきたからな。殺しとか、盗みとか。

 カチリ、と銃が不吉な音を出す。

この仕事が終わったら、宝石たくさん買えますよ

そらぁよかった。せいぜい高い宝石ちゃらちゃらつけて、男をたぶらかすこったな

ご心配なく、その予定ですから


 彼女は右端の唇だけにっと吊り上げて、俺を見据えた。


 俺はそんな彼女の目を見つめながら、いろいろと考えていた。本当に、いろいろと。


 彼女は以外にもお喋りで、また一人で話し始めた。

しかし貴方もお間抜けですね。

どうして私が弾を詰め替えている間に私を撃たなかったのですか? どうして銃をかまえつづけなかったのですか? 

……まぁ、理由は簡単ですけど。

貴方は私を殺せないから。

しかし悪いのは貴方ではないです。貴方の主人が悪い。

貴方のご主人が、妙な命令するからいけないんですよ


 最後の一言が、俺を現実に引き戻した。




 それだけは、許せねぇ。




 俺は彼女をきっとにらんだ。少しだけ彼女はひるんだが、相変わらず銃口は俺の額にあたったままだ。

取り消せ……

はい?

俺の前で、俺の主人を侮辱するな!! 

それだけはゆるさねぇ!!

よろしい。それでこそ我が部下だ

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