ライツが突然呼び出されたのは、いつもアルサス騎士団長に対して正式に命令や通達がなされる玉座の間……ではなく、もう少しフランクなシーンで使われる城内の応接間だった。
 この部屋にライツが呼び出されるのは、非公式な依頼の時。即ち、フローラ姫の個人的なお願いのケースだった。

久し振り、ライツ。貴方が騎士団長になってから早一年。隊の調子はどうかしら?

相変わらずですよ。
隣国との戦争なんて全然なくて、たまに街中まで入ってきたモンスターを退治する程度の日々です。
気候は三月なのに寒いまま、今年も異常気象。経済も冷え切ったまま。正直いい状況ではないですね

ふふふ、貴方自身も相変わらず。
国の姫に向かって遠慮ない物言いね

 応接間の上座に着席しているのが、この国の姫君フローラ・エルシモ・フィ・アルサス。
 陽光を照り返す髪の毛は長くストレートに伸ばされ、少しカールがかっている。ささやかにのぞく額が彼女の様子に幼さを残している。ほっそりした身体が薄い水色のシルクドレスに包まれていた。

そりゃあ、姫とは付き合い長いですから

でも、昔のように話してはくれなくなりました。距離を置いているでしょう?
子どもの頃のように、フローラと呼んでくれていいのに

なかなか難しい注文です。人前で昔のようなやり取りを見せたら穏やかじゃないことになってしまいますよ

 ライツとフローラは幼いある日、城下町の外れで出会い、友達になった。城を抜け出したフローラが迷子になってしまい、そこをライツが見つけたのである。
 今から十二年前のこと。それ以来、お忍びの恋ならぬ、お忍びの友情が今に至っている。と、少なくともライツは考えている。

でも……今は誰もいないわよ?

 フローラが、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
 アルス一と言われる可憐な微笑。並の男ならこれだけで骨抜きにされてしまうが、ライツはフローラがこの笑顔をした時にろくでもない話が飛び出すことを知っているため、苦笑いを返す。

誰もいなくてもダメです。もう子どもじゃないんですから。
さあ、さっさと今日の面倒事を教えてください。どこどこの出店のアレが食べたいとか、そういうのはもう勘弁ですよ?

あら、つれないこと

 抑揚をつけた口調で、わざとらしく残念そうな表情を浮かべるフローラ。
 だがすぐに真面目な表情になる。それは、執務に就く普段の姫君の顔とは違い、真にライツを頼るような瞳をしていた。ライツが滅多に見たことのない様子。
 だからライツは、姿勢を正して話を聞く意思を姫へと向ける。

ありがとう。今日貴方を呼んだのは他でもない、この任務を受けて欲しいの

 フローラが、巻いて置かれていた羊皮紙を広げ、ライツへと渡した。

これは……妖精捕獲の、密命?

ええ。私のお遊びでも、私個人の命令でもないわ。
……父上母上も連名での、騎士団長への正式な密命

 記載された内容は、アルスに言い伝えられる妖精を秘密裡に捕獲して持ち帰れ、というものだった。

眉唾ものの生き物を連れてこいと、国王陛下らが正式に?
その意味は、もしかして……

 ライツがフローラの顔をじっと見つめ、ほんの一瞬、彼女の胸部に視線をやった。
 形のいい胸には、しかしどこか頼りなげで儚い雰囲気がたゆたう。
 フローラがその胸にそっと手を当てながら言葉を継いだ。

察しがいいわね。
ご存知の通り、私は胸の病を患っていて……宮廷医の見立てでは、もう回復の見込みがないらしいの。余命がどれだけか、それは誰にもわからないけれども

そんな……

 フローラはどこか悲しい表情を浮かべつつも、やはり笑顔だった。
 幼い頃からフローラが病弱だったことをライツは知っていたが、命という単語を伴って病状の話を聞かされるのは、初めてだ。

そんな顔をしないで、ライツ。大丈夫!
そこで私は、私たちは、いーっぱい考えたの! それで、その結論が、

自分に……秘密裡に、妖精を探せと

そう。跡継ぎのいないこの国で私にもしものことがあったら一大事。
だからと言って、伝説にまですがるなんてみっともない。それも、どんな生き物なのか、存在するかもわからないけれども……他の生き物の血を奪おうとする話だもの

 フローラが、一呼吸の間を置いてから続けた。

貴方しか、頼れる人がいないの

…………

 ライツが、そのボサボサした短髪をがしがしとかきむしり、腕を組んで、まだ少年のあどけなさが残る顔をしかめて。
 それからゆっくりとフローラの顔を見つめる。

……お願い、ライツ

……わかったよ、フローラ

 二つ返事だった。

――――……

 それからライツは、個人修行という名目でく騎士団をしばらく留守にする手続きをした。
 それを耳にしたリールが怪しみ、ライツを私室で締め上げた結果が、先程の会話である。

もうっ、ライツも、フローラも、いっつもいっつも私を困らせるんだから

 ライツの部屋から出たリールが、肩をいからせながら廊下をズンズン歩いていく。

 ライツとフローラ、そしてリールの三人が、小さい頃の仲良し三人組だった。いつもフローラが面倒事を持ち込み、ライツが引き受け、リールがサポートをする。
 年を追うごとに、リールはカリカリといつも怒っている立ち位置になっていた。おそらく本人は、不本意ながら。

おー、怖……

 カツカツと遠ざかるリールの足音をドアの向こうに聞きながら、ライツはつぶやいた。

これじゃ、無事に帰ってきてもリールがタダじゃ済ませてくれないな

 ライツは、やれやれと肩をすくめるのだった。

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