俺は伸びをして起き上がった。
あたりはすっかり暗くなり、星々が爛々と輝いている。
ん……うーん?
俺は伸びをして起き上がった。
あたりはすっかり暗くなり、星々が爛々と輝いている。
うわ、やっべー。もう夜じゃねぇかよ。
こりゃ親父に怒られっかもなー。
やけに強い風が吹く。この後天気でも崩れるのだろうか?
そう呑気なことを考えながら公園のベンチから立ちあがり、家路に着こうとしたとき、何か大きなものが落ちたような鈍い音が響いた。
2nd story:FLAME
この時俺は何も気にせずこの公園を立ち去ることもできたのだ。そうすればまた適当で無意味で、そして平和な人生を歩み続けたはずなのだ。だがこの時の俺は自分の興味本位と反射反応に従って鈍い音のした方へ歩み寄ってしまったのだ。
グ、グフ……ゲホゲホッ!!
そこには和服姿の男、いや俺より一つか二つ年上の少年が倒れていた。
それだけでも十分驚きなのだが、もっと驚くべきことにその少年の左手には赤黒い、まるで血液を固形に押し込めたような毒々しい色をした巨大な鎌が握られていたのだ。
お、おい!
大丈夫かよ!?
やめおけばいいのに、俺は余計なことを口走った。その少年はおおよそ尋常な人間には見えなかったが、それでもその咳き込む様子や、苦痛に表情を歪める姿は到底見過ごせるものではなかった。
だが、その少年の応答はあまりにも予想と違っていた。
き、君は僕が見えるのかい!?
見えるも何も……
逆に見えないってどういうことだよ?
透明人間か何かか?
トウメイニンゲン?
何を言っている?
まさかお前《神祇(ジンギ)》の人間か?
なんだよジンギって……。
なんか声掛け損だったか?
悪いけど、何もないんだったら俺はもう行くぜ?
そうだ。そもそも俺がこいつを気に掛ける義理がどこにあるっていうんだ。それに元来、俺は義理堅い人間でもない。
これ以上こいつと話しても何の得も得られないだろうし、さっさとここを立ち去っ……。
俺が踵を返して公園を出ようとした瞬間、再びあの強い風が吹き、俺は思わず腕を顔の前にかざした。
あーれー?
なんかさっきより一人増えてるなー?
風が吹き止むと同時に、頭上から明るい男の声がした。
見上げると時計塔の上に赤い装束のようなものを身に纏った男がにこにこと笑顔を浮かべながら俺と少年を見下ろしていた。
待て!
この人は《不浄》でも《祓火》でもない!
ここで争えばこの人に危険が及ぶ!
場所を移してはもらえないか?
いやー泣かせることを言うねー。
汚れた者の分際のくせにさー。
君みたいな汚れた存在がそんなこと言っても何も響かないしー、僕の知ったことじゃないんだよねー。
ニコニコとした表情のままそう吐き捨てたその男の目は確かに全く笑っていなかった。
まるで道に転がったゴミを見るような、つぶれた虫を見るような、そんな凍てついた軽蔑の視線。
そしておもむろにその男は右手を天に掲げるように挙げた。
すると男の掌に炎の球が燃え上がり、ゴオオオオッという音を立てて公園を照らした。
灯りを付けてくれたのか? などとという俺の甘ったれた考えなどつゆ知らず、男はそれを俺と少年の方へ投げ放ったのだ。
う、嘘だろ!!??
情けない声をあげて逃げ出した俺とは対照的に、重そうな体を無理やり起こした少年は鎌を構え、炎が数メートル先まで迫った瞬間、横薙ぎに振るった。
すると鎌から紫電が迸り、炎の球と激突した。両者が相殺され、代わりに公園の砂が派手に舞い上がり、砂煙が立ち込め、視界が奪われる。
そして次の瞬間、突然押し倒され、固い地面に叩きつけられる。
うわっ!!
つーかまーえた!
い、いや、俺本当に何も関係ないんですってば……。
だから離してくれると嬉しいなーなんて……。
いやいやーそう言われてもねー。
君を人質にとってーあの《不浄》をヤった方が早そうなんだもーん
ひ、卑怯な……。
砂煙が落ち着いて、視界が開けると、鎌を構えながらも苦虫を噛んだような顔をしている少年の姿があった。
卑怯も何もーこうやって僕たち《祓火》や君たち《不浄》は殺し殺されその生存競争を続けてきたわけでしょー?
人質の一人や二人取って当たり前でしょー?
ってあれー?
よく見たら君若いねー?
もしかしたら新しい《執行者》なのかなー。
そりゃ弱いし爪も甘い訳だよー。
これはこの代で《不浄》も終わりかなー?
……。
確かに僕は未熟だし弱い。病弱で臆病で甘ったれかもしれない……。
でも……。
愛するわが眷属を、愛する人を殺させるわけにはいかない!
なーにかっこよさげなこと言っちゃってんのさー?
僕そーいう真面目で臭いセリフ大嫌いなんだよねー!
そーいうの聞くと……燃やし尽くしたくなっちゃうんだよねー!
押し倒した俺を押さえつけたまま、再び男は右手を掲げ、炎の球を少年に投げつけた。
ボウッといううなりをあげながら飛んでくる火の玉を見ながら少年は何故か左手に握った鎌を自らの右肩にあてがった。
な、何を……!?
炎の球が少年を飲み込む直前、力いっぱい引かれた鎌が、少年の身体を大きく引き裂き、血しぶきが上がったのだった。