いやー、なるほどねえ……


 どうして、こいつらがこんな所に居るんだ……? 男三人で遊園地に来たと? ……いや、無いとは言わないが、これは。

 水希と手を繋いで、観覧車に向かおうとしていた所に現れた。これじゃあ、誰がどう見たって勘違いされてもおかしくはない。水希は強く、俺の手を振り解いた。

……唐田君、行きましょう

お、おう

そいつで良いの? 穂苅サン


 落合は水希を呼び止めるように、そう言った。否応無しに立ち止まった水希は、振り返ると落合を睨み付けた。

勘違いしないで頂きたいのだけど。クラス委員の仕事が無くなってしまったから、少し話していただけよ


 正確にはキャンセルなどではなく、元から存在しなかったのだが。……まあ、この場で杏月さんの陰謀について話しても仕方がない。

……まー、俺は何でも構わないけどね。……しかし意外だな、もう少し顔の良い奴が好みかと思っていたよ

ほっとけ!


 悪態をついたのか、冷やかしに来たのか。それきり、落合は俺達に背を向けて歩いて行った。……何しに来たんだ。

 落合がファミリーレストランで言っていた、『このままでは終わらねえ』ってのが、これか……? それにしては水希との仲を良くする雰囲気でもないし、どうにも奇妙な……。

 普通、恋愛を成就させようと思ったら仲良くしようと思うのが筋なんじゃないのか? ……今の俺のように。いや、俺は豚にならない為にやっているんだが。

……なんか、変な奴だったな。行こうぜ、水希

……


 声を掛けたが、水希は真っ青になっていた。固く拳を握り締めて、その場に震えている……一体、どうしたって言うんだ。

水希?


 再度呼び掛けると、今度は我に返ったかのように、勢い良く顔を上げた。

……そ、そうね。行きましょうか


 ○


 会話が無い。

 先程までの楽しい雰囲気は何処へやら、水希は俯いて黙り込んだままで、何も言わない。観覧車に乗ってからは、魂が抜けたかのように放心して窓の外を見詰めているだけだ。

……

……


 どうにも、気まずい……

 ……もう少し、『たかーい』とか、『街が小さいねー』みたいな話が出ても良いと思うんだけど。……先程の落合の登場が、それ程にショックだったのだろうか。

 何か変な事、言われたっけ……? いや、分からん。

やー、今日は楽しかったな! 今日もこれで終わりかと思うと、少し残念な気がするな!


 苦し紛れに、どうにか楽しい雰囲気を作ろうと俺はぼやいた。

…………そうね


 反応が薄い……!! が、反応したぞ……!!

 このタイミングを逃してはいけない、どうにか会話を続けなければ……!! 落合の事を引き合いに出さないようにして、何か話題を。

 話題……話題?

……


 思えば俺、水希と共通して話せる会話なんてクラス委員の事しか無かった。……学校の話は、先程の落合の事もあった手前、少し出し難い。

 どうしよう。

唐田君

おっ!? おう!!


 おお……!? まさか、水希の方から切り出してくるとは……

 しかし、水希はすっかり仏頂面のままだ。あまり、空気が良いとは言えない……

今日みたいな事は、これで終わりにしましょうね


 ――――えっ。


 俺の方を向いた水希は、先程までの少しはにかんだ笑顔など微塵も感じさせないような雰囲気だった。固く唇を閉じて、それ以上人を近寄らせないような、強烈なオーラを放っていた。

 ……スーパードライ。脳裏に、そんな言葉が過る。

今日は変な事になってしまったから仕方無いけど、本当はあまり、こういう事はしたくないから

……なんで?

迷惑だからよ


 関係を、修復された。

 折角壊れかけた壁を、固くセメントで閉ざしてしまった。……その時、気付いた。

 今の水希は、先程までの水希とは違うんだ。学校で出会うような、普段通りの水希。

 ……ついさっきまでは、俺とあんなに楽しそうに話していたのに。若しかしたら、このまま友達に戻れるかもしれない、なんて考えていたのに。

落合との事で、何かあったのか? 屋上の後、何かあったとか……

……どうしてそれを、唐田君が知ってるの?

!!


 げっ!!

 しまった!! つい、屋上の事を……水希は俺の顔をじっと見て、睨み付けている。……どうしよう。この状況から、どうやって弁解すれば……!?

 もう、屋上での事を見なかった、という事には出来ない。隠れて見ていた、なんてのは良くない。そんな事を話してしまったら、俺が水希の事を気に掛けていた事がバレてしまう。

 ストーカーだと思われる訳には行かないだろ……!!

じ、実は偶然屋上に行く用があってさ

用って?

た、煙草、吸いに……

……入学式の屋上で、煙草を吸おうとしていたの? ……あなた、何考えてるの?

…………

嘘ね


 ぐうの音も出ない。

 やばい。……水希が怒っている。普段からスーパードライで取り付く島もないような態度ではあるけれど、こんなにはっきりと敵意を向けられた事は片手で数える程度しかない。

 しかし、水希が何か変な事をするかもしれないから見張っていました、とは、さすがに言えない。

……それで、屋上で偶然私と落合先輩を見付けたの? ……会話は聞いていたの?

き、聞いてねえよ!! でも、何かあったのかもしれないと思うじゃねえか!!

何かって何?

…………キスするとか?


 顔に血が昇って行くのが、自分でも分かった。

…………それも嘘ね。本当は、聞いていたんでしょう


 苦しい良い訳であることは、自分が一番よく分かっている。

 ……ちくしょう。やっぱり、打算的に関係を縮めようなんて無理があったのか……? でも、こうでもしないと水希に特定の台詞を言わせるなんて無理だ。このままじゃ、本当に俺の身が危険なのに……!!


 いや。それ以前に。……俺は、多分心の何処かで、水希が前と同じように心を開いてくれれば嬉しいと思っていた。

 今日一日で、少しだけ前に戻ったような気がしていたんだ。


 もういっその事、水希に事情を話して、直接言って貰うか?

 ……こんなに怒っている状況で? ……どうやって。

 俺のポカのせいか? ……でも、落合と出会った後の水希はやっぱり変だ。

 どうにかして、救済を。

 …………どうやって。

私、唐田君の事、嫌いだわ


 喉元に釘を打ち付けられたような、そんな気がした。

すぐ殴り合いの喧嘩になるところも、ナンパで軽い所も嫌い

だっ……殴り合いはともかく、誰がナンパだよ!!

今日だって、誰でも良かったんでしょ!? 暇が潰せれば、誰でも!!


 まずい……まずいまずいまずい!!

 この展開はまずい!! 場合によっちゃ、台詞がどうこう以前に、もう人間関係が改善しない可能性まである……!! どうして、こんな事になってしまったんだ!?

 それ以前に、何で水希はこんなに怒っているんだ。

 水希はすっかり怒り心頭だ。このままで遊園地を終える訳には行かない……!! 今日を過ぎたら、実質日曜日の明日なんてゴミみたいなもんだ!!

ごめん!! 屋上の事、見てたのは謝る!! でも、別に俺はお前と喧嘩したくて遊園地に来た訳じゃ……

ヤンキー様は良いわね。ちょっと引っ掛けて、デートでもさせて貰えれば良いって?
屋上に煙草を吸いに来たら、たまたま振られた現場を見付けたから?

てめっ……!! 何言ってるか分かんねえだろうが!!


 目を、見開いた。

……


 水希は泣いていた。……それがどういう意味を持っているのか、一体どうしてこんなにも水希は錯乱しているのか、俺にはさっぱり分からなかったけれど。

 とにかく、水希が泣いていた。こんなに文句を言われているのに、どういう訳か、俺は水希に対して、何も反応できなかった。

 多分、訳が分からなさ過ぎるのだ。

 水希は咄嗟に涙を零した自分の顔を隠そうとして、扉に手を――――…………

 …………え? …………扉?

お疲れ様でーす


 そうか、もう地上!? 水希は開かれた扉から逃げるように飛び出し、走り出した!!

おい、ちょっ…………!! 水希!!


 慌てて、俺も観覧車を出る。水希が向かう先は……まずい、出入口の方だ!! 俺も慌てて水希を追い掛ける、しかし距離は一向に縮まらない……いや、引き離されているのか!?

 どうして普段とろくさい癖に、こういう時だけ鬼のように速いんだよ!!

 ……いや、俺が遅いのか? 何だか身体が妙に重たいような……

待てって!! 水希!!


 どうにか叫ぶと、水希は俺の方を向いた。……涙ながらに、俺を全力で睨み付ける。

 そして、水希は言った。

あの金髪男女と、好きにやれば良いじゃない!!











 空白。









 あまりの衝撃に、俺の頭は真っ白になってしまった。水希の姿は出入口の人混みに隠れてしまい、そのまま――――…………見えなくなってしまった。





 …………この、

 ……………………この、


大馬鹿女があああぁぁぁ――――――――!!


 一体、何を気にしているのかと思えば!! 水希が節々で見せていた違和感の正体が、こんな事かよ!!

 あいつは男女なんかじゃないっ!!




 女男なんだよおおおおおおおお!!



 ○

…………おしまいだ


 おしまい。ザ・エンド。それ即ち、物語を終える行為。

 エピローグである。

ね、ねえ。ちょっと、元気出してよ


 終焉とは何か? それは、ある一つの物語が終わるという事を意味する。この場合、俺の人間としての人生が終わり、新たに豚としての人生……豚生が……スタートする事になるのだ。

 ベッドに転がったままで、俺は死んだように放心していた。それでも、目から涙は零れ落ちる。杏月さんが心配して家まで来てくれたは良いものの、既に展開はどうしようもない。

 このまま日曜日を迎えれば、俺は豚になる。飛べない豚は……それはもういいや。

まだ、明日一日があるんでしょ? めげる事無いじゃない

じゃあ、明日一日でどうやって水希に台詞を言わせましょうか

そ、それは……これから私も一緒に考えるから、ねっ?


 普段ちゃらんぽらんな杏月さんにここまで言わせるとは、俺も落ちたものである。

 でも、今回ばっかりは本当にもう、どうしようもない。水希は俺と連絡を取る気は無いみたいで、あれから杏月さんが連絡をしても繋がる気配を見せないし。……多分、杏月さんに対しても怒っているんだろう。

 家に行ったって、会話が出来るとは思えない。……既に俺は、終わったのだ。

……あんた、なんか顔赤くない? 大丈夫?

いやー。ショックのせいなのかどうなのか、風邪引いたみたいでして

ほんと運が悪い奴ね、あんたも……

とにかく、晩御飯を食べましょう。今日は杏月たん、奢っちゃうぞー!

……手料理じゃないんすね

文句言うな!!


 杏月さんに、尻を叩かれた。……瞬間、杏月さんの顔が真っ青に……なんだ?

……えっ? どうしたんすか、杏月さ……


 そして杏月さんは、俺のズボンに手を掛けた。

ギャー!!

ちょ、何やって……幾ら彼氏が出来ないからって、幼気な青少年に手を出さないでくださいよ!! 俺の貞操がー!!

誰が幼気な青少年だ!! 良いから黙って剥かれなさい!!


 為す術もなく、トランクスまで一気に降ろされてしまった。

 しかし、杏月さんは真っ青になったまま、俺の尻を凝視している……え? ……何? 俺、何かした?

 不気味な沈黙。……俺は身体を起こして、自身の尻へと目を向け――――…………

!?


 なんか ちょびっと 生えてる

ふぎゃあああああ――――――――!!

うごおおおおぉぉぉぉぁぁ――――――――!!

ちょ、ちょっと!! 落ち着きなさい、龍之介!!


 何で!? ついに、豚の尻尾が俺に…………神様、俺は何かしましたか!? どうしてこんな仕打ちを俺にあああぁぁぁ――――――――!!

 杏月さんと二人、尻を出したまま、ベッドの上で悶える俺。これだけだと若干やらしい雰囲気だが、断じてそんな事はない。

 俺の人生、終わった。人知れず、それが決定した瞬間だった。

も、もうダメだぁ……。俺はこのまま、一生豚として過ごす事になるんだぁ……

龍之介!! しっかりしなさい、龍之介!!

杏月さんっ!! 俺まだ、人間やめたくねえっすよぉ!! どうして俺だけがこんな事にいいい――――――――!!

落ち着けって言ってんだろうが!!


 殴られた。

 杏月さんの殴りで、我に返る俺。……しまった。危機的状況とは言え、杏月さんに命乞いをするような勢いで迫ってしまった……杏月さんは肩で息をしながら、乱れた服を直した。

 俺も泣きながら、ズボンを元に戻した。

まだ、明日一日あるじゃない。今から作戦を考えるのよ。……そもそも、手紙に本当に効力があったとして、豚になってから二度と元に戻らないなんて、どこにも書いてないでしょ?

元に、戻るんですか?


 正座をする杏月さんに釣られて、俺も正座を組んで向かい合った。

正直、戻らないかもしれない

マジちょっと年の功役に立てよ――――――――!!

でも!! でもでも!! ……あんたには、やることがまだ残ってるわ!!


 何時になく真面目な杏月さん。俺は泣くのをやめ、ようやく杏月さんの言葉に耳を傾けた。

 俺が静止した事を確認して、杏月さんは咳払いをひとつ。年甲斐もなく男を誘いまくったあざとい服装を微塵も感じさせないような真剣さで、俺に人差し指を向けると、杏月さんは言った。

明日、あんたはうちの神社にお参りをしなさい







 って結局神頼みかよおおぉぉぉ――――――――!!

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