砂場で泥団子を作って、誰が一番大きく綺麗にできるか競争したり、ブランコに乗ってどれだけ高く漕げるか試したり、滑り台を立ちながら滑れるようになりたいと奮闘したり。
久しぶりに無益なことをしているな、という気分に遼はなった。

そうは言っても、いつも当てもなくフラフラしているので利益などないのだが、家から逃げることは義務になりつつある。
今日のように、何も考えずに遊ぶことはとても久しぶりだったのだ。

バランスを取りながら滑り台を降りてくる浩輔の背中を押すように、五時を知らせるメロディーが響いた。
寂しげな音楽は空に吸い込まれていき、浩輔はまだ遊びたい気持ちをグッと我慢している。

カンナがスーッと滑り台を滑って、浩輔の前に顔を突き出す。
出会ったばかりの二人は、一緒に行動すればするほど仲が深まっているようで、遼は少し羨ましくなった。

ね、浩輔くん。
アイス食べたくない?

食べたい!
アイス食べられるの?

うんうん!
あそこの駄菓子屋さんでなら、奢ってあげる。

やったー!

はしゃいで、そのまま走って行ってしまうのかと思いきや、くるりと方向転換して浩輔は遼の手を握った。

小さい手はすっぽりと遼の手の中に入ってしまうのに、引っ張る力は強い。

遼兄ちゃん、早く行こう!
アイス買ってくれるって!

目を見て話す浩輔に、遼は柔らかな笑顔で頷いて

そりゃいいね。
一週間ぶん買ってもらおうか。

ちょいちょーい!
遼くんは自腹だよ!

カンナの必死のお願いを無視して、遼は浩輔と共に駄菓子屋の中へ入っていった。

店内には小さなお婆さんが一人で店番をしているだけ。
レジの近くの隅の方に冷凍ケースが置かれていた。中にはアイスが半分、もう半分にはすもも漬やこんにゃくゼリー、梅やチョコレート系のお菓子が並んでいる。

三人はケースの前に立ち、いの一番に手を出したのはカンナ。
里もなかを手にして、先に支払いを済ませる。

懐かしい並びのアイスは、浩輔の目には珍しく映るのだろう。スーパーなんかに売っているようなアイスは少なく、昔懐かしいものばかりだ。
遼の両親世代、祖父母世代から愛され続けているアイスは、どれも外れがない。
視線をいったりきたりとさせる浩輔に、焦らなくていいからと遼は頭を撫でた。

小さな頭が素早く振り返り、目をまんまるにして尋ねる。

遼兄ちゃんはどれにするの?

俺はいいから。
浩輔の好きなの選びなよ。

再び軽く二回頭を叩くと、浩輔は眉間に深いシワを刻んでアイスとにらめっこし始める。

あまりにも真剣な顔に、遼は思わず口元を緩めた。
名探偵ばりの悩む姿を見つめ、ようやっと一つを取り出した浩輔は、小首を傾げて遼にアイスを見せた。

これ、何で棒が二つついてるの?

差し出されたのは持ち手が二つついた、ダブルソーダ。
ちょうど真ん中に割れ目がついていて、二本に割って食べることが出来る。
遼も小学生のころ、友人と半分にして食べるか、一人一個ずつ買うか議論したことがあったと思い出した。

説明すると、しばらく考えた後カンナが行ってしまった後を追う。遼はその背中を見送り、先に店外へと出た。
橙色から紺色へと変わる綺麗なコントラストを眺めていると、背後からギュッと抱きつかれる。

大きさ的には浩輔だ。

お帰り、早かったね。

突撃してきた浩輔の背中を押して前に出すと、大輪の笑顔を咲かせて遼に向ける。

お兄ちゃん!これ!

ん?

渡されたものは、先ほどのダブルソーダの片割れ。
歪な形で割れたそれを遼は受け取った。

でも、これは浩輔が買ってもらったものだろ?

でも、遼兄ちゃんと半分こするつもりでこれにしたんだよ。
だから、こっちはあげる。

そっか。

ニコニコと嬉しそうにする彼を悲しませる必要もない。遼はありがたく申し出を受け入れ、浩輔の前に座ってアイスを立たせた。

それじゃあ、ありがたく貰うよ。
ありがとう。

ううん。
二人で食べると、いつもより美味しいでしょ?

……

うんうん、いい話だねー。

お姉ちゃん!

駄菓子屋のお婆さんと話していたのだろう。遼の後方から現れたカンナにお礼を言いに、浩輔は遼の前を通り過ぎていく。

けれど、遼は動けなかった。
浩輔の笑顔が、まだ目の前にあるようだった。

家でご飯を食べなくなったのはいつからだったか。
ファストフードやコンビニで簡単に済ませられるようになったのはありがたいと思っていたが、本当にそうだっただろうか。
一人、窓側の席で、公園のベンチで夕飯を食べながら、自分は何を思っていたのだったか。

深津家で、ご飯を一緒にして安心していたのは、果たして浩輔だけだっただろうか。

遼は指先に冷たい感覚を覚えてハッとした。
隣では浩輔が「あーあ」と楽しげに笑っている。
慌てて、考えを追い払うように振るう遼の指先を、変わらない、明るい笑顔で浩輔が握ってくれる。
そっと、同じアイスの棒を付き合わせ、高い声が届く。

一緒に帰ろう!
遼兄ちゃん!

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