昨夜は良く眠れなかった。
体は疲れているのに、神経が尖っているみたいで、なかなか寝付けなかったのだ。
カバンを持って教室から出て行くクラスメイトの姿を眺め、さて帰ろうかと椅子を引きかけたとき、携帯が震えて控えめな着信音を響かせた。
まさか、こんな時間から帰るように催促かと苛立つ。
画面を確認するが、予想に反して表示されていたのは公衆電話の文字。
もしやと思い通話ボタンを押す。
昨夜は良く眠れなかった。
体は疲れているのに、神経が尖っているみたいで、なかなか寝付けなかったのだ。
カバンを持って教室から出て行くクラスメイトの姿を眺め、さて帰ろうかと椅子を引きかけたとき、携帯が震えて控えめな着信音を響かせた。
まさか、こんな時間から帰るように催促かと苛立つ。
画面を確認するが、予想に反して表示されていたのは公衆電話の文字。
もしやと思い通話ボタンを押す。
はい。
あ!ホントにお兄ちゃんだ!
思ったとおり、電話口からは明るい声。浩輔のものだ。
緊急時に備えて貰ったであろう通話手段を、こんなところで使用してしまっていいのだろうか。
遼は手短に話を終わらせようと、続きを急いだ。
どうした?
今どこにいるの?
学校の電話使ってるんだ。
ね、今日も公園来てくれる?僕、待ってるから。
今日も?
遼自身、また彼を一人にはしたくないと考えていたが、浩輔の方からお誘いを頂けるとは思っていなかった。
驚き、返事の遅れたことを勘違いした浩輔は、おそるおそる声をかける。
……だめ?
今にも泣きそうな言い方に、遼は焦って今から学校を出ることを伝えた。
電話向こうの雰囲気が明るくなったことが伝わり、ほっと息をつく。公園を待ち合わせ場所にして、二人は電話を切った。
公衆電話の番号も登録できたらと遼は文字を眺めるが、仕方ない。
席を立ち、廊下を出たところで捕まった。
教師でも面倒だが、彼女はもっと面倒だ。
遼は掴まれた腕をふり、手を払う。
わ!冷たいんだー!
……急いでんの。
足を速めて廊下を行くが、それに合わせてカンナもついてくる。走れば切り離せるだろうが、それもアホらしい。
とりあえず今は、浩輔を待たせるわけには行かない。歩みを止めることなく、遼は進んでいく。
カンナも負けてはいない。
小走りに隣につき、つかず離れずの距離を保って追う。
どこかで諦めるだろうと高をくくっていたが、靴を履き替え、校門を出ても後を追ってくるので、さすがに無視をできなくなった。
リュックを揺らす彼女に、遼は顔を向けずに話しかける。
何でついてくんだよ。
そんなに急いで、どこに行くのかなって。
まだ夕飯には早いでしょ?
……。
からかってる?
ちょっと。
笑うカンナに、遼はさらに足を速くする。
後方から、「ちょっと待ってよー」と懇願が飛ぶ。
息を荒くして追いつく彼女に、何がそこまで駆り立てるのかと疑問になるが、このまま話をしても同じことの繰り返しだろうと、質問をやめた。
代わりに、遼がこれからのことを話してやる。そうすれば、大人しく自宅に帰るに違いない。
話を真っ直ぐに聞こうとしないカンナにもわかるように、遼は順を追って話した。
昨日、夜に出会ったときのことから、浩輔の話まで。今から、その男の子に会いに行くことも全て。
彼女にしては、茶々をいれずに真剣に聞いているようで、眉間にシワを寄せて遼の声に耳を傾けている。
これからのことも話して、もうこれ以上はついて来ることをオススメしないぞと、ちらりと視線をやる。
が、彼女は目を輝かせて、今度は遼のカバンを掴む。
私も行きたい!
……帰れよ。
何でー!?
遊ぶ人が増えたら、きっと浩輔くんも喜ぶよ!
まあ、それは言えてるかもしれないけど。
ならそうしよー!
どこの公園?あ、この道曲がったとこのやつかな?
そうと決まれば一直線。カンナは遼の前に立って先を行く。
思った通りにはいかない人生に嫌気がさすが、そうも言っていられない。今度は、遼がカンナに続く形で公園へ向かった。
園内では前回と同じように、小さい子達が追いかけっこをしたり、隅の方で話に花を咲かせていたりと急がしそうだ。
その中に、まだ浩輔の姿はなかったので、遼は入り口近くのベンチに座った。隣に、カンナも腰をおろす。
疲れたー、と足を投げ出した彼女は本当に女の子なのだろうかと、遼はカバンから本を取り出しながら片眉を上げる。
パラパラとページを捲りはじめたところで、カンナから待ったの声。
ちょっと!私がいるんだから、一緒に話そうよー。
これが女子か、と遼は頭を抱える。
……何を話すんだよ。
遼くんの家のこととか。
ぴん、と空気が張った。
それは紛れもなくカンナのせいだが、遼の表情が強張ったことも理由の一つだ。
彼女はこれまで内側に潜り込んでまで話を続けるようなタイプではなかった。
しかし、この瞬間は、土足で遼の中を踏んで歩いていく。身構えていなかった彼は、何を言うでもなくカンナを見つめる。
一切のおふざけはない。
目を逸らさずにいるカンナの後ろから、誰かが遼を呼ぶ。
遼兄ちゃーん!
カンナが振り返り、呪縛から放たれた遼も、そちらへ視線を移す。
夕方の太陽に照らされる、浩輔の色素の薄い髪がキラキラと光る。同じく、笑顔も最高のものだったが、カンナの姿に気がつくと、一瞬にして引っ込んだ。
遼が立ち上がり、浩輔の前にしゃがんでカンナを示す。
今日は一緒にアイツも来たんだ。
もし嫌じゃなかったら、一緒に遊んでくれる?
首をかしげると、浩輔は背伸びをして遼の背後を窺う。
カンナは小さく手を振って緊張を解そうとしているが、当の本人は両手を胸の前に合わせ、もじもじと指を動かす。
遼に顔を寄せると、ひそひそ話で次を繋いだ。
あれ、遼兄ちゃんの友達?
うーん……。
友達、といえば友達かな?
曖昧な答えだったが、浩輔には十分だった。
カンナが遼の友達だとわかると、嬉しげに手を叩く。
遼兄ちゃんの友達なら、良い人だね!
言って、ベンチに座ったままのカンナに走り寄る。
唐突の歓迎ムードにおたおたしつつも、彼女は慣れたように浩輔を迎えた。
自己紹介を始める浩輔の横顔を見て、彼が楽しいのなら構わないかと、遼は地面に付いてしまった制服をはらった。
風はなく、砂煙はその場に留まった。