――覚悟を決める。
そう、速水は私に言った。
その目は確かに『覚悟』と取れる濁りを宿している。
言うとおり、彼女はもう腹をくくったのだろう。
自分で思い込む程度には、だけど。
でも。
それは、本物の『覚悟』じゃない。
覚悟を決めるっていうのは、自分の信念の元に、迷いなく突き進むことだ。
『進むを知りて退くを知らず』。
一言で言うならそういうこと。
猪の如く、見つけたら一直線。
自分の前にあるものは何だろうが跳ね飛ばす強さがなければ、きっと成し遂げることはできない。
それが『覚悟』。

真澄

速水……
やっぱあんた、『覚悟』できてないよ

速水は、そうじゃない。
私は心の中で、目の前で腐った空気を出す速水に語りかける。

真澄

日常を生きていただけの普通の人が、人殺してまで生き残るって決めてもね
あんたは迷って、後悔して、必ず苦しむよ
あの時、人を殺さなければよかったって
自分が死ねば良かったって
……人殺しの咎に、堪え切れなくなる

だって、そうだろう?
言い換えれば、これは戦争だ。
私達は、戦争をしているのだ。
暴力行為ではなく、言葉と知略を使って殺し合う、それがこのゲーム。
油断していれば、誰かに殺されてしまう。
気が緩めば、次の瞬間には屍になる。
タダでさえ、彼女は『覚悟』をした、と言葉に出している。
その通りに行動しようとするだろう。
それこそ、誰を殺そうがもう気にしなくもなるだろう。
……一時は。

だけど……。
人間、パッと思いついた事を言葉に出した程度で、本当に後腐れなく行動できるか、迷わず突き進めるか、開き直ることはできるかと言われれば。
多くの人間は、多分出来ないだろう。
私のように、ずっと一つのコトを硬く誓ってでもいない限りは。
だって、人を殺すとは。
究極の、奪うという行為そのもの。
彼女は既に一人、殺している。
二度と、取り返しのつかないこと。
その負い目が、心のどこかに絶対にあると思う。
今は隠れているけれど、いつか顔を出すのではないかと懸念がある。
彼女は、責任を、本当に負えるのか?
立ち止まらずに、最後まで行けるのだろうか?
自分を正当化して、誤魔化しているだけじゃないのか?
そこが、私と彼女の違い。

真澄

私は最初から生きるつもりなんてないからいいけど

罪悪感ってのは、時間が経てば経つだけどんどん膨れ上がる。
頭の良い速水のことだ。
ふとした瞬間、酔いが覚めるように我に帰り、自分は何をしているんだろうと自責の念に囚われる可能性がある。
いくらでも方法があったんじゃないかとか、もっとマシな選択肢があったんじゃないかって、思うようになる気がする。

まぁ、それも私の気のしすぎた結果ならいい。
私は速水のこと、そこまで知らない。
知ろうとも思わない。どうなろうが、私には関係ない。
私だって、この時点でもう黒を半分裏切ってる。
ああ、いや。違った。
最初から全員を裏切ってる。
生き残るつもりなど毛頭ないから。

――滅びの願いの私と、生存の願いの速水。
殺すことに関して言えば、私の方が遥かに強いのは当たり前だった。
私は、裏切り者。
死にたい私は、あらゆる行動をとっても最終的には死ぬから関係ないと思える。
……思える、と考えたい。
ここで私も、彼女のことを大上段で考えているが、自分の弱さを棚上げしていることに気づく。

真澄

はぁ……
人のこと、言えないか……

私だって、さっき迷った。
15番――文月の一件で、立ち止まったじゃないか。
それで挙句に彼女に黒のことを教えている。
そう。
結局私も悪人には成りきれない半端な覚悟しか持ってなかった。
速水のこと、言えたもんじゃない。
『覚悟』はあるけど、みてしまった事に関して無関心では居られなかった。
助け舟、出してしまった。

私は自分勝手には振る舞える。
だがこの戦争において、他者に慈悲をだすなんてことをしている時点で、人の事をどうこう思えるような人間じゃない。
甘いのは……どっちもどっちか。

破滅を願う所以か、私はどんな行動をしても許される気がしていたが、それは違う。
それでは、意味がない。
見ただろう。
あの爆散した肉片の数々を。
あんな死にかたは嫌だと思ったのは誰だ?
汚い死に様を晒したくないと思ったのは、私だ。

真澄

私も……もうちょっとしっかりやろうか

ゲームマスターとは、対等な位置にいると私は思うが、あっちがそうだと考えてないかもしれないのに、何を考えていたのだろう。
このゲームは……殺るか、殺られるか、それだけなのだ。
陣営なんて、最後には関係ない。
死人に口なし、私は黙してクチナシ。
良い機会だった。
私も、もう一度自分の中で想いを固める。
私の『覚悟』を。

真澄

オーケー、住吉真澄……
もう一度、確認するわよ?
死ぬために、白黒関係なしに殺すのね?
それで、間違いはないね?
なら……『覚悟』を決めるの
そして決して忘れないようにしなさい
私……最初から誰の味方でもない
引っかき回して死ぬためにいることを

自分に言い聞かせる。
決めた。
私だからこそ出来ることをする。
私は盛り上がりのためにいて、死ぬことが最後の目標。
それが手段であり、目的。
黒をすべて知っているなら、黒も殺そう。
全部、私の知ったことじゃない。
盛り上がればなんだっていい。
一度した肩入れも盛り上がりになればそれでいい。
この場が混乱すればもっといい。
私が、全部滅茶苦茶にしてやるよ。

真澄

共犯者……だからね

速水のことを考えるのはやめた。
こいつだって、必要なら……殺せばいいだろう?
――ソウダ、ワタシハ……
私は最後には死ぬ。
自分が満足すればいい。
上等だ、全然構わない。
私は……共犯者なんだから!
そう考えた時だった。
その瞬間、私の中で、悪魔が生まれたのを私は感じた。

悪魔は産声を上げると同時に、私の魂に囁く。
最低になれ、最悪になれ、最凶になれ。

オマエモ、カクゴヲキメロ!

真澄

はっ、ははははははっ……!
あはははははははっ!!

ちょっ……どうしたの?
突然笑い出して……

コワレタ。
ワタシガ、コワレタ。
アクマガイウ、オマエハコワレルベキダ、ト。
シンプルニ、カンガエロ。
ワタシガシタイコトハ、ナンダ?
ワタシノオモウカクゴトハ、ナンダ?
ソレガコタエダ、スミヨシマスミ。

真澄

んーん……何でもない
気にしないで、いいよ
何かもう、色々楽しくなって来ちゃってさ

た、楽しく……!?
ちょっと、住吉あなた大丈夫?

真澄

いやいや、大丈夫なわけないでしょ
私おかしくなっちゃったんだろうね本格的に
もう頭がオーバーヒートしちゃった!
ぶっ壊れちゃいました、私!

……

ゴチャゴチャ考えていたから頭がこんがらがる。
私も、悪魔の囁きに導かれて覚醒した。
何だ、余計な考え削ぎ落せばこんなにも簡単だったじゃないか。
私は私のやりたいようにすればいいんだ!

ヒトが壊れるってこんな感覚だったんだ。
意外と……悪くない。
この何とも言えない高揚した気分、むしろ最高だ。
うん、そうだ。人間、シンプルに、単純に考えるべきなのだ。
私、死にたい。役目、共犯者。目的、盛り上げること。
ならこの三つの通りに動けばいい。余計なことは一切不要!
芝居して、夜に殺して、昼に騙して、最期に死ぬ。
それだけで良い!! 

真澄

お互い、死なないように頑張ろうね、速水
そういえば、重要なこと忘れてたけど
私、狼の動きに関して思ったことあるんだ
言っていい?

えっ……!?
なに、そんなことがあるなら早く言ってよ!

真澄

いやぁ、ごめんごめん
ちょっと色々考えてて、私も人のこと言えないなぁとか自己嫌悪してたから忘れてた!

……

住吉、やっぱり壊れてる……
よかった、彼女が同じ陣営の味方で……

この爽快な頭なら、全員殺せる気がする!
まあそれはいいとして。
話し合いを始めよう。
あくまで私は、生きたがりの黒陣営の一人なのだ。
ハイテンションになりすぎて、足元すくわれないように気をつけながら、彼女との秘密の会合を続けていく。

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