僕たちは神殿を出て、
みんなのところへ戻った。
そしてビセットさんには
試練の説明をしてもらう。

それをみんなは、
一様に真剣な表情をしながら聞いている。
 
 

ビセット

――というわけなのです。

アレス

だからね、
この試練には
みんなの協力が必要なんだ。
お願いできるかな?

ミューリエ

もちろんだ。
私でよければ
いくらでも協力するぞ!

タック

オイラだってアレスのためなら
なんでもするぞ!

シーラ

あのっ!
私なんかでよければ、ぜひ!

レイン

しょうがないわね。
あたしの力を貸してあげるわよ。

バラッタ

俺が選ばれることはないと思うが、
もし力を貸せっていうなら
別に構わないぜ。

アレス

みんな……。

アレス

ありがとうっ!

ビセット

あの、アレス様……。

 
恐る恐るといった感じで、
ビセットさんが眉を曇らせつつ
服を引っ張ってきた。

そのあと僕の耳元で、
ほかのみんなに聞こえないように囁く。
 
 

ビセット

まさかこのまま試練を受ける
おつもりなのですか?
彼らの会話、
お忘れではないでしょう?

 
ビセットさんは心配そうに僕を見つめていた。

そうだよね、不安に思うのは当然だよね。
ただ、
今回の件で大きな問題を抱えているのは
みんなじゃなくて――


 

 
僕自身なんだ……。
 
 

 
だからこそ、
そのことについて
この場で話しておかないといけない。
 
 

アレス

分かってます。
このまま試練を受ける気は
ありません。

ビセット

ですよね……。

アレス

――あのね、みんなに話がある。

タック

どうした、あらたまっちゃって。
遠慮せずに言えよ~☆

アレス

今の状態で試練を受けたら
きっと失敗すると思うんだ。
だって心を1つにすることは
できないだろうから。

ミューリエ

アレスよ、なぜそう思う?
ここにいる私たち全員、
心を通じ合っているではないか。

 
ミューリエから問いかけられて、
僕はこの先の話をするのを
少し躊躇ってしまった。
だってもしこれを話したら、
今の関係が
崩れてしまうかもしれないから……。


でも、話をしなければこの先へは進めない!
 
 

アレス

僕はみんなのことを信じていた。
その気持ちはずっと変わらないと
思っていた。
でも違ったんだって分かったんだ。

ミューリエ

っ?

ビセット

そう、
あなたがたは
アレス様のいないところで
コソコソ悪口を――

アレス

それは違いますっ!

ビセット

えっ!?

アレス

実は――

 
僕は水晶玉で見たみんなの姿について
話をした。


反応は様々――

ミューリエやレインさんは
ビセットさんを睨み付け、
シーラは首を横に振りながら泣きそうな顔で
僕を見つめている。

タックやバラッタさんは
特に大きな反応を見せない。
 
 

アレス

あんなの、嘘に決まってる。
すぐにそう確信した。
だって僕は一緒に旅をしてきて、
みんながどんな人間なのか
誰よりも分かってるから。

アレス

それにみんなが
どう思っていようと、
僕自身はみんなのことを
大切な仲間だと思っていたし。

シーラ

アレス様……。

アレス

それなのにっ、
そのはずだったのにっ!
僕はあの映像を見た瞬間、
その心が
揺らいでしまっていたんだ!

アレス

一瞬だけど、
みんなに対して疑いの心を
持ってしまった……。

アレス

だからこんな心の弱い僕が
試練を受けても
失敗するだけなんじゃ
ないかって……。
そう……思って……。

アレス

みんな……ごめん……
ごめんね……
う……ぅ……うわぁああああぁん!

 
我慢しきれず、僕は号泣してしまった。
涙が止まらない。

みんなを信じていたはずなのに、
その想いは強いと確信していたのに、
ちょっと揺さぶられただけで
あのザマなんだもの。


僕の心はまだまだ弱くて脆い。
自分が情けなくて嫌いになる……。
 
 

ミューリエ

――ビセット、貴様ぁっ!
なぜこんなことをしたっ?
事と次第によっては容赦せんぞっ!

ビセット

うぐ……。

 
ミューリエは剣を抜き、
ビセットさんの喉元に
切っ先を突きつけていた。
今にも刺し殺さんばかりの勢いだ。

こんなに怒っているミューリエの姿、
初めて見る。
デリンと戦った時より
感情は激しいかもしれない。

レインさんも何かの魔法を唱えようと
構えている。
 
 

アレス

ミューリエもレインさんも待って!
ビセットさんは悪くない!

ミューリエ

いや、
お前がそう思っていたとしても、
私自身の心は収まらん!
いかなる理由があろうと、
アレスに苦痛を与えるなど
許せん!

レイン

そうねっ!
アレスの心を傷付けたことは
間違いないんだから!

アレス

2人とも、
ビセットさんを許してあげて。
お願いだよっ!

ミューリエ

う……。

ミューリエ

そ、そんな悲しげな瞳で
私を見るな。
私はアレスのその目に
弱いのだ……。

アレス

ミューリエ……。

ミューリエ

わ、分かった。
だからその目はやめろ……。

 
ミューリエは当惑しながら剣を降ろすと、
視線を僕から逸らして深いため息をついた。

一方、レインさんも構えるのをやめ、
薄笑いを浮かべつつ肩をすくめる。
 
 

レイン

当事者のアレスに
そこまで言われたら
矛を収めざるを得ないわね。
まったく、
あんたは本当に甘いんだから。

アレス

レインさん……。

シーラ

アレス様、
どうかご自分を
責めないでください。

アレス

シーラ……。

シーラ

そうやって正直に気持ちを
話してくれるアレス様に
私はむしろ好感を持ちました。

バラッタ

なぁ、アレスよ。
人間ってのは
完璧にはできちゃいない。
時に迷うことや揺らぐこともある。

バラッタ

大切なのはその先だ。
そこでどう感じ、学ぶか。
お前はきちんと成長している。
それでいいんだよ。

バラッタ

それに不完全だからこそ
成長する余地がある。
違うか?

アレス

みんな……。

 
本当に幸せだ。

僕のことを想ってくれる仲間が
こんなにもたくさんいるんだから……。
 
 

タック

……よう、ビセット。
そろそろネタばらしをしても
いいんじゃないのか?

ビセット

ふぅ、そのようですね。

ビセット

アレス様、
申し訳がありませんでした。

 
急にビセットさんは僕に向かって
深々と頭を下げた。
そのまま十数秒ほど静止してから
ゆっくりと顔を上げる。
 
 

ビセット

あなたのおっしゃるように、
あの水晶玉の映像は
私の作り上げた虚像です。

ビセット

あれでお仲間の皆様に対する
気持ちを見させていただきました。
つまりそれも
試練の一環だとお考えください。

ビセット

驚きました。
まさか、
虚像だとすぐに気付くとは。
よほど皆様との絆が
お強いのですね。

アレス

はい。
でもみんなが僕に対する不満を
全く持っていないとも
思っていません。

ビセット

ほぉ?

アレス

小さな不満はあって当然です。
だって人間ですから。
ただ、
もしそれが膨れあがったとしたら
その時は全員が
隠さず話をしてくれると思います。

アレス

シーラは想いを口にしないように
見えますけど、
大事なことは
きちんと言う性格です。
言わない優しさと言う優しさ。
その両方を
バランスよく持った子だと
思ってます。

シーラ

アレス様……。

アレス

ミューリエやタックは、
何かあったら絶対に言いますよ。
ただ、すぐに言うわけじゃなくて、
タイミングを心得てる感じです。

ミューリエ

アレス……。

タック

さすがアレスだな。

アレス

レインさんは
思ったことがあったら
すぐに口に出しますもんね?

レイン

なんですってぇ~!

アレス

わっ、ごめんなさいっ!

 
レインさんが振り上げた拳に対し、
咄嗟に僕は両腕で頭を抱えて防御した。

でもその拳が振り下ろされることはなかった。
程なくレインさんはフッと口元を緩めて、
僕の額を指で軽く突いてくる。
 
 

レイン

……ふふっ。
ちゃんと私のこと、
分かってくれてるじゃない。

アレス

てはは……。

アレス

バラッタさんは
諭してくれるというか、
ハッキリとは言わないけど
ヒントはくれますよね。
それで自分で気付け――みたいな。

バラッタ

はっはっは! そう見えるか?
だが、アレスがそう思ったんなら
そうなんだろう!

アレス

ほら、そんな感じですよ。
ズバリの答えは
あまり言いませんよね?

バラッタ

ふふ、そうかもなっ!

 
バラッタさんは僕の肩を強く叩いた。
ちょっと痛いけど、
そこに親しみを感じるから嫌な気はしない。
 

そんな僕たちの様子を見ていた
ビセットさんは、
小さく息をついて爽やかな笑みを浮かべた。
 
 

ビセット

……なるほど。
皆様なら試練を乗り越えるのは
確実かもしれませんね。

ビセット

では、アレス様。
水晶のところへ行きましょうか。

アレス

えっ?
これで試練は
終わりじゃないんですか?

ビセット

勇者の冠を手に入れない限り、
試練は終わりではありません。
真に仲間と
心を1つにできた時こそ、
私はアレス様を勇者と認めます。

ミューリエ

勇者の宝玉の時といい、
意外に律儀というか、
頭が固いヤツだな。

アレス

分かりました。
それじゃビセットさん、
水晶のところへ案内してください。

ビセット

では、協力者の2人を
お決めください。

アレス

…………。

 
僕はひとりずつ全員の顔を見ていった。
みんなちょっとだけ緊張しているみたい。

でも実はすでに誰を選ぶか決めてあるんだ。


僕は――
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第47幕 不完全だからこそ

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