神殿に案内された僕は、
台座に置かれている宝玉の前に立った。
見た感じは普通の水晶玉みたいだけど……。
神殿に案内された僕は、
台座に置かれている宝玉の前に立った。
見た感じは普通の水晶玉みたいだけど……。
では、勇者様。
その宝玉に手を載せてください。
もしあなたが
勇者の末裔でないのなら、
灰となって風に消えます。
よろしいですね?
はい。
ビセットさんに促され、僕は一歩前に出た。
そして宝玉へ手を伸ばしていく。
もし僕が勇者の末裔でなければ、
ここで命は尽きる。
大丈夫だと分かってはいるけど、
やっぱり緊張する。
ゴクリ……。
手や額に汗が滲んできた。
心臓の鼓動や呼吸も少しだけ速くなる。
僕はしっかりと宝玉を見つめながら、
意を決してその上に手を載せる!
…………。
何も……起きないみたい……。
良かったぁ!
なんか一気に緊張がほぐれて、
どっと疲れたような感じがする。
はぁ……灰にならなくて良かった……。
これであなたは間違いなく
勇者の末裔だと証明されました。
あらためて申し上げます。
アレス様、
よくぞこの地に
いらっしゃいました。
やっとあなたに
あの話をすることができます。
あの話?
はい。
これはこれから受けていただく
勇者の試練にもかかわることです。
ですからアレス様が
勇者の末裔だと
明らかになったあと、
お1人でいる時にお話ししようと
思っておりました。
そのため、
ほかの者を遠ざけたわけです。
あ、そっか。
宝玉に手を触れるだけなら、
誰かがいても
問題ないわけですもんね。
その通りです。
……まぁ、
2人っきりになりたかったのは、
個人的な願望も
含まれてますけどね。
いぃっ!?
――あっ!
いやっ、そのぉ……あははははっ!
じょ、冗談ですよ、冗談っ!
えぇ、単なる冗談ですよぉ♪
ビセットさんはカラカラと笑いながら、
僕の肩を軽く叩いた。
……ホ、ホントに冗談なのかなぁ?
思わず口に出た本音を、
慌てて笑って誤魔化したようにしか
見えなかったけど……。
そ、それでお話しとは何ですか?
僕がそう問いかけると、
ビセットさんは真面目な顔になった。
そして小さく咳払いをして仕切り直す。
アレス様は
一緒に旅をしている者たちを
信用しておいでですか?
えっ?
一緒に旅をしている者とは、
ミューリエたちのことですか?
はい。
アレス様とともにここへやってきた
タック殿やバラッタ殿、
それとその他3名のことです。
もちろんですよ。
みんな僕の大切な仲間です。
……アレス様はあの者たちの
素性までご存じなのですか?
えっ?
審判者であるタック殿は別として、
ほかの者たちの生まれや育ちを、
把握していらっしゃいますか?
全てというわけではありませんが、
ある程度は……。
それは公式な証明と
言いましょうか、
客観的な証拠に
基づいたものですか?
本人が述べたことを
鵜呑みにしているだけなのでは
ありませんか?
そ、それは……。
僕は何も言い返せなかった。
確かにビセットさんの言う通りだったから。
シーラはウェンディさんという第三者から
身分を知らされているけど、
それだって詳しい過去は知らない。
バラッタさんについても
町の人たちから話を聞いているとはいえ、
船長として今までどんなことを
してきた人なのかは聞いていない。
ミューリエやレインさんに至っては、
本人が話していることを信じているだけだ。
もしかしたら、
アレス様の命を狙っていたり、
腹に一物があったりして
近付いて来ているのかも
しれませんよ?
ま、まさか……。
こんなことは
言いたくありませんが、
タック殿だって裏では
アレス様に対して
不満を持っているかもしれません。
簡単に人を信用してはいけません。
その性格は長所にも短所にも
なり得ることです。
それならなるべく
リスクの少ない方を
選択すべきです。
それってどういうことですか?
疑いの目を持って接し、
心の奥底では
決して気を許さないこと。
それが重要だと思います。
でもっ、
みんなは僕と
旅をしてくれています。
助けられたことも何度もあります。
それは間違いのないことです!
その裏に何の思惑もないと
言い切れますか?
建前かもしれないじゃないですか?
そんなことはありませんっ!
僕はみんなを信じています!
きっとみんなも
同じ気持ちのはずです!
僕はちょっとムキになって叫んでしまった。
だってビセットさんの言うことに
どうしても我慢ができなかったから……。
僕たちはお互いに思いやって旅をしてきた。
それが感じ取れる経験や出来事が
たくさんあった。
あれが嘘だったなんて、絶対に信じられない。
それに、例えその裏に何かがあったとしても、
助け合って一緒に旅をしてきたというのは
疑いようのない事実なんだ!
みんながどう思っていても、
僕はみんなを
仲間だと思っています!
……そうですか。
では、アレス様のいないところで
あの者たちが
どんな会話をしているのか
見てみましょうか。
そう言って、
ビセットさんは懐から水晶玉を取り出した。
それを僕の前に掲げると、
水晶玉の中には先ほどまで
お茶を飲んでいた部屋が映し出される。
さらに耳を澄ませてみると、
会話も聞こえてくる。
もう、遅いわねぇ。
アレスったら
何をやってるのかしら?
アレスは出会った時から
ノロマだったからな。
その上、心も弱い。
灰になる恐怖に怯え、
宝玉に触れるのを
躊躇っているのだろう。
あーあ。
さっさと旅が終わらないかな~。
オイラ、故郷に帰りたいよ。
だったらアレスを殺しちゃえば?
今度モンスターと戦う時、
手元が狂った振りをして
アイツを攻撃してあげても
いいわよ?
それだと例え偽装できたとしても、
オイラたちが
世間から責められちまう。
なんで
守りきれなかったのかってな。
後世にまで
悪名を残したくないだろ?
確かにそうねぇ……。
だったらさ、
シーラがなんとかしなさいよ。
私に何をしろというのです?
あんたさぁ、
少しはアレスのことが
好きなんでしょ?
旅をやめて
故郷でひっそり暮らそうとか
誘いなさいよ。
勘違いしないでください。
私は好意がある振りを
しているだけです。
勇者の家系に
私の一族の血を残せと、
村長から命令されて
仕方なくやっているんです。
生け贄みたいなものですよ。
でももし
勇者の子どもさえできれば、
私の家族は
一生遊んで暮らせることを
村長から保証されていますけど。
がっはっは!
お前ら、みんなヒデェな。
そういうお前も
勇者を船に乗せたという実績が
ほしかっただけだろう?
まぁな。
そうなれば
船舶会社の評判が上がるからな。
酒を買うカネを
バリトンに
せびりやすくなるってもんだ。
……ぅ……ぁ……。
僕は胸が締め付けられるような感じがして、
痛くなってきた。
うまく呼吸ができなくて、なんだか息苦しい。
っていうか……なんか……自然に涙が……。
…………。
っ?
突然、水晶玉の映像が消えた。
ビセットさんに視線を向けると、
彼は悲しげな瞳で僕を見つめている。
なんと酷いヤツらでしょう。
見るに堪えません。
アレス様、
どうかお気を
落とさないでください。
…………。
ははは……
だい……じょうぶ……ですよ……。
でも試練を受ける前に、
ヤツらの本性がハッキリして
良かったです。
っ?
それはどういう意味ですか?
私の試練を乗り越えるには
アレス様以外に
2人の協力者が必要です。
その全員の心が
1つにならない場合、
反動で命を落とす危険性も
ありますから。
アレス様、
確実に信頼できる仲間を探してから
あらためて試練をお受けなさいませ。
このままでは
確実に失敗してしまいます。
そっか、試練に関係があるというのは
そういう意味だったのか。
――確かに今のままじゃダメかもしれない。
なぜなら今の僕は心が揺らいでいるから。
ビセットさん、
試練の詳しい内容を
教えてもらってもいいですか?
試練の水晶というアイテムが
あります。
それをアレス様と
協力者2人で触れ、
世界を守りたいと
念じていただきます。
3人の心が1つになった時、
水晶の中に封じられている
勇者の冠が手に入るそうです。
それこそが
私が授ける勇者の証となります。
ただし、
誰かの心に
少しでも揺らぎがあると、
反動でアレス様の精神は深刻な
ダメージを負ってしまいます。
ビセットさんの声は暗く沈んでいた。
かなり危険な試練なんだろうなと想像できる。
確かに心を合わせるのって、
簡単そうですごく難しいことだもんね……。
確認なんですけど、
それってダメージを受けるのは
僕だけですか?
はい。ですから協力者には
メリットもデメリットも
ありません。
適当に試練に臨んでも
その人物には
問題が起きないわけです。
なるほど、
失敗をした責任は僕だけが負うのか……。
だから心の奥底から僕のために
全力を尽くしてくれる相手じゃないと
うまくいかないんだね。
それは真に信用できる人を選ばないと、
僕自身のリスクが
大きくなるって意味でもある。
――うん、ビセットさんの説明を聞いて
僕の心は決まった。
ビセットさん、
試練の説明をもう一度
みんなの前でしてもらえますか?
え?
えぇ、それは構いませんが……。
どうなさるおつもりなんです?
僕の想いをみんなに伝えます。
結果、今のメンバーでの旅が
終わってしまうかもしれません。
でも後悔はしたくないから……。
分かりました。
では、そのようにいたしましょう。
ビセットさんはやや戸惑いつつも、
同意してくれた。
もしかしたら、これは僕の旅に重大な影響を
及ぼすことになるかもしれない。
まさに僕にとって大きな試練になるかも……。
次回へ続く!