──翌日。
昼休みになったので、
屋上に行きめぐりと昼飯を食っていると……。
──翌日。
昼休みになったので、
屋上に行きめぐりと昼飯を食っていると……。
クラスメイトの
『中林恒久(なかばやし つねひさ)』が
やって来た。
恒久と初めて会ったのは、高校1年生のときだ。
最初は友達の知り合いという程度で、
それほど仲が良いというわけでは無かった。
だが、2年生になり、同じクラスになってからは、
親友と呼べるほどに仲が良くなったのだ。
なんていうか、一緒に居ると落ち着くっていうか
楽な奴なんだよ。
何を隠そう、
俺にめぐりを紹介してくれたのがこいつなんだ。
いよっす!
オレも仲間に入~れて♪
なんだよお前、
一緒に食う奴いないの?
めぐりと俺との間に
わざとらしく割り込んで座った恒久に、
軽口を言ってやった。
そうなんだよ。
オレって嫌われ者だから、
クラスに居たら女子に
キモイって言われるし……
またこいつは……。
むかつくのでワザと無視していると、
優しいめぐりが恒久を相手にしてしまった。
面白くないよ、その冗談。
恒久くんが女子に嫌われてるのなんか、
見たこと無いよ
……そう。
めぐりが言う通り、ぶっちゃけ恒久はモテるのだ。
だから無視をしていたのに……。
めぐりの奴、わざわざ口に出すなよ。
嫌われてるのなんか、
見たこと無いってか……
恒久が、柄にも無く自嘲気味な笑みを浮かべた。
……ん? まさか。
恒久、お前……。
また彼女と別れただろ。
ほら、1年生の女子
どうしてわかったんだ?
ひょっとしてエスパー?
俺は呆れて声も出なかった。
だってついこの間の事だろ、付き合い始めたのって。
思い起こせば4日前……。
2年生の俺たちの間でも話題に上っていた
1年生の美少女が、
昼休みに恒久を呼び出したんだ。
当然、俺たちはその一部始終を見届けようと、
物陰からふたりの様子を覗いていた。
すると、その美少女はなんて言ったと思う?
『一目惚れしたので、付き合って下さい』だとさ。
今時一目惚れなんてする人種、
絶滅しないで生きていたんだな……。
いや、それよりも重要視すべき事は、
そんな鴨がネギをしょってきた状況で
どうして別れる事が出来る。
まあ、告白の理由が一目惚れだもんな。
恒久の性格がチャラすぎて、
思っていたイメージと違ったとか
そういう理由で振られたんだろ。
こいつ、顔と性格のギャップがかなりあるからな。
どうして別れちゃったの……?
めぐりが心配そうに恒久の顔を覗き込んだ。
あーこら、それ以上その男に近寄るな。
うーん、なんて言うかさ……。
オレには可愛すぎたんだよね、あの子。
黒髪でサラサラのストレートヘアで、
すっげー可愛い喋り方で、
恒久さん大好きオーラで溢れていて……
意味わかんねえよ。
別れる理由か、それ?
恒久が振られた、という線は消えたか。
……にしても、これってどう考えても
ノロケにしか聞こえないよな。
恒久は、たまに訳のわからん理由で
別れる事があるからなあ。
不思議な事に、女を泣かす事はまず無いっていう
器用な奴だけど。
いや、自分が可愛いってのを
わかってる女って、
ウザイんだよ
恒久の答えは、少し意外だった。
何故かっていうと、恒久が女の悪口、
しかも元カノの事を悪く言うなんて珍しいからだ。
確かに俺と知り合ったここ1年半と言う短期間だけで、
女をとっかえひっかえしていた鬼畜ではあるが、
別れるときは全部自分が悪者になるような奴だ。
だから、ほとんどの女子が別れた後でも、
恒久と友達として関係を続けているわけだが……。
…………
…………
俺とめぐりは何と声をかければ良いのかわからずに、
黙り込んでしまった。
……少しの間そうしていると、
沈黙を打ち破るかのように、
めぐりの携帯の着信音が鳴った。
すぐ様、めぐりは制服のポケットから
携帯を取り出すと、それを開いた。
メールが入ったのか?
画面を眺めた後に、返信を打っているみたいだ。
ごめん。
友子が呼んでるから、
教室に戻るね
本当にごめん、と手を合わせて
めぐりは駆け足で階段を下りて行った。
それに恒久は笑顔で手を振った後、溜息をついた。
オレが空気を悪くしたから、
行っちゃったのかな……
めぐりに限って、そんなわけないだろ。
お前の事、本気で心配してるぜ
さっすが彼氏!
めぐりの事なら、
なんでもお見通しってか?
おちょくるなよ……
その時、俺は『どうしたんだよ落ち込んで?
いつもの恒久らしくないぞ』なんて、
くさいドラマのようなセリフで
励ましてやるべきだったんだろうか。
だけど、その時は……。
そんな薄っぺらな言葉を言えるような雰囲気じゃ
なかったんだ。
恒久の次の言葉を聞いて、
その判断が正しい事を知った。
このソフトもそろそろ飽きたな。
新しいのをダウンロードするか
……ソフト?
唐突に、ゲームの話でも始めたのかと思った。
話の脈絡の無さに俺が眉をしかめていると、
恒久は俺を見て微笑んだ。
ああ、もしかして平和って
ノンプレイヤーキャラなのかな?
てっきりアリス・テラスの会員だと思ってたよ
おい、さっきから何の話をしてんだよ。
ゲームの話なら初耳だぞ
そりゃ初耳だろうな。
いいよ、どうせアンインストールする世界だ。
全部話してやるよ
恒久が穏やかな口調で、
訳がわからない事を淡々と話している。
その様子は、
俺が知っている恒久とは明らかに違った……。
そんな俺の困惑をよそに、恒久は話を続けた。
ルイス・キャロルの小説
『不思議の国のアリス』は知ってるだろ?
普通の女の子が、
不思議な世界に迷い込む話。
そこから名前を拝借したのが、
今俺が参加しているアリス・テラスさ
アリス……テラス……?
なんなんだ、聞いたこともない名前だ……。
表向きは治験モニター……。
つまり臨床試験を装っているけど、
その実は違う。
人間は肉体を失っても、
脳と意識だけで永遠に生き続けられると
学説を唱える科学者達が、
人体実験をしているんだ。
被験者となる会員をネットで集めて、
法的な契約書を基に
一人一人に守秘義務を負わせる。
だから未だに世間には、
アリスの事は知れ渡っていない
俺が面食らった顔をしていると、
恒久はそれに気づいたのか話を一度中断した。
ははっ、
オレって説明が下手なんだよな
いや、下手とかそう言う問題じゃなくて……
ノイローゼにでもなったのかと思うくらい、
突拍子の無い話だった。
普段の恒久ならもっと明るくて、
面白い話しかしなくて、
理屈っぽい話は大嫌いなはずなのに……。
まるで、二重人格にでもなってしまったみたいだ。
普通の人間なら、この場から逃げ出すだろう。
そして恒久とは、
今後関わり合いにならないようにするのが、
利口なやり方だ。
だけど……。
そんな事くらいで、
友達である恒久を見捨ててもいいのか?
恒久にどう言おうかと思案していると、
タイミングを見計らったように始業のベルが鳴った。
丁度いい、このまま教室に戻ろう。
でも、恒久をこのままにしてもいいのだろうか……。
俺は恒久に向き直り、こう告げることにした。
いいぜ。
その話、続けろよ
恒久は、俺の友達だろ?
始業のチャイムが鳴っているのも気にせずに、
俺は恒久に続きを促した。
じゃあ、お言葉に甘えて……
恒久は表情一つ崩さず、
笑顔のまま話を続けた。
アリス・テラスは理屈は面倒だけど、
会員のオレ達がする事は簡単さ
ゴチャゴチャした機械を
脳に直接取り付けるだけで、
自分が生活する世界が
ゲーム感覚で選べる。
それこそゲームのようにたくさんソフトが
用意されていて、
それを脳波としてダウンロードするんだ
アクション物、戦争物、恋愛物……
どんなストーリーでも自由にね。
差し詰め今回俺がダウンロードした世界は、
学園ラブコメかな?
…………
恒久が語り続ける、
あまりに陳腐なSFストーリーのような話に、
俺はただ口を開けているしかなかった。
その世界がつまらなくなったら、
すぐにアンインストールして
別の世界をやり直せばいい。
たまに同じ世界を、
他の会員が共有してる事があるけどな
まあとにかく、まとめて言えば……
ソフトはオレ達が生きる世界。
ハードは組織の中枢って感じかな
なあ、恒久……
俺が口を挟もうと言葉を発したにもかかわらず、
恒久は愉快そうに語り続ける。
この間なんかさ、
ホラー物をダウンロードしたんだよ。
面白かったな。
猟奇殺人事件の犯人が、なんとオレなんだ。
人を斬ったり、
最後には顔面がグチャグチャになるまで
殴り続けたりしたんだけど、
……すっげー楽しかったぜ
恒久の表情が、醜悪なまでに歪んだ。
恒久のこんな顔……今まで見た事がない。
傑作なのが、死ぬ間際の無様な姿だよ。
死ぬ寸前まで、泣きながらオレに
助けを求めているんだ。
目なんかもう飛び出しちゃって、
そんな顔で生き続けてどうすんだよ?
って感じでさ。
だから、一思いに頭を
かち割ってやったけどな
何を言っているんだ、コイツ?
俺は、恒久が今まで話していた言葉を
頭の中で何度も復唱し、
それを理解しようとして、咀嚼(そしゃく)した。
つまり……今の恒久は何かに
強いストレスを感じていて、
自分の人生をゲームのように消せると
思い込んでいるんだ。
だとすると……。
俺は、一つの結論に辿り着いた。
恒久、待てよ……。
『別の世界をやり直す』って、
お前まさか死ぬ気か?
額に汗を浮かべた俺を見て、恒久はふき出した。
ぷっ、あはははは……!
最高だよ、お前!
それからしばらくの間、
屋上に響き渡るほどの声で、
恒久は狂ったように笑い続けた。
俺はどうする事も出来なくて、
ただ黙ってそれを見ていた。
一通り笑い転げた恒久は、
よほど愉快だったらしく
目尻に浮かんだ涙を指で拭ってこう言った。
……オレの話、
何も聞いてなかったみたいだな
敢えて言うなら、死ぬのは平和の方だろ?
会員じゃないのなら、
お前はアリス・テラスに作られた
架空の人間、
つまり『ノンプレイヤーキャラ』なんだから
恒久は完全におかしくなっている。
どうしてだ?
どうしてこうなる前に、
俺に相談してくれ無かったんだよ。
俺たち親友だろ?
恒久の一番近くにいる友達が俺だったんだから、
どうして俺も気づいてやれなかったんだ。
俺は、恒久を心の底から可哀想だと思った。
そんな俺の心中を見て取ったのか、
さっきまで笑っていたと思った恒久は俺を指差し、
今度は罵声を浴びせ始めた。
大体なあ、お前が一番
気に食わなかったんだよ!
めぐりはこのソフトのメインヒロインだ。
せっかくオレが女にモテるっていう設定に
してもらったのに、
お前みたいな雑魚にめぐりを
横取りされるとは思わなかったよ!
俺は驚いた。
そうか。
恒久が1年生の女子に告白された4日前といえば、
その晩に俺とめぐりがよりを戻した日だ……。
一致するじゃないか。
恒久……。
お前もめぐりが好きだったのか?
でも、めぐりを俺に紹介したのは
お前だったよな?
ああ、確かに紹介したよ。
『見せびらかす』為にな
……はっ?
理解できないといった俺の様子を、
恒久が見下すように笑った。
みんなが憧れる女の子の方が、
メインヒロインとしての価値が上がるだろ?
それをなんだ。
オレの予定に無い勝手な行動で、
ふたりがくっつくなんて
フラグを立て直して別れさせたけど、
オレが他の女の子を攻略している隙に、
またふたりは元通り恋人同士かよ。
やってらんないな
……恒久が、こんな奴だとは思わなかった。
ショックなのは恒久もめぐりが好きだったという事と、
俺が恨まれていたという事もそうだが……。
それよりも恒久が女の子を、
美少女ゲームのキャラクターと勘違いしている事だ。
恒久と一緒に居ると、
俺はいつも引き立て役みたいになっていた。
それでも、俺が恒久と友達を続けていたのは
恒久の優しさに惹かれていたからだ。
バカみたいな話ばっかりして、笑い合うのだって楽しかった。
彼女をとっかえひっかえしている割には、
一人一人を本当に大切にしている所も好きだった。
そうだ。
俺は、恒久の人間性が好きだったんだ。
──ふたりの間に、長い沈黙の時が流れていた。
恒久をこうまでしたストレスの原因が俺だとするなら、
俺には責任を取る必要がある。
……わかったよ、恒久。
俺はめぐりと別れる
めぐりを失う事は辛いが、
恒久が元の明るく人間らしい性格に戻るなら
それ以上の事は無い。
しかし俺の苦渋の決断をも、
恒久はあっさりと踏みにじった。
今更そんな事してどうするんだよ。
だから、この世界はアンインストール
するって何度も言ってるだろ
……まったく、とんだ誤算だよ。
メインヒロインのめぐりを
落とすくらいだから、
てっきり平和も
アリス・テラスの会員かと思ったのに……
……もうこれ以上、話を続けても無駄だ。
まだ恒久が何かを喋り続けていたが、
俺はそれを最後まで聞かずに屋上を後にした。
階段を下り、
廊下を歩いてもまだ、
恒久の笑い声が耳を離れない。
あの、狂ったような笑い声が。
その日は午後の授業にも出る気が無くて、
学校を早退した。