水中都市の中は物音もせず、
静まりかえっていた。
人の気配すらも感じられない――
と思っていた矢先、
前方の建物の前に
誰かが立っているのが見えてくる。
どうやら僕たちのことを待っていたようで、
視線を真っ直ぐこちらへ向けている。
水中都市の中は物音もせず、
静まりかえっていた。
人の気配すらも感じられない――
と思っていた矢先、
前方の建物の前に
誰かが立っているのが見えてくる。
どうやら僕たちのことを待っていたようで、
視線を真っ直ぐこちらへ向けている。
ようこそ、水中都市メーリンへ。
私はこの町を管理している
ビセットと申します。
また、勇者の試練の審判者も
務めております。
初めまして。僕はアレスです。
勇者の試練を受けるため、
ここへ来ました。
左様ですか。
一緒にいる皆様はお仲間ですか?
はい!
僕のかけがえのない仲間です!
へぇ~。
ビセットさんはニヤリと頬を緩め、
値踏みするようにみんなを眺めた。
――なぜかこの人の表情には
得も言われぬ怪しい雰囲気が漂っていて、
ちょっと取っつきにくい。
なんというか、
何を考えているのか分からない感じ。
ただ、敵意は感じられないから、
大丈夫だとは思うんだけど……。
オイラはタック。
お前と同じ審判者の1人だ。
それは感じ取れるよな?
えぇ、まぁ……。
私は審判者の役割を
先代から引き継いで
数年ですので、
あなたは先輩ということに
なりますね。
そんなことより、
タック殿は可愛いですねぇ。
勇者様も悪くないですけど、
私の好みのタイプはあなたですぅ。
エヘ……エヘヘヘヘ……。
うげっ!
気色悪い目つきで
オイラを見るなよ!
またまたぁ!
心にもないことを
言っちゃってっ♪
ビセットさんは地面を滑るように、
音もなく素速いスピードで
タックに歩み寄った。
そして息のかかるくらいの距離まで近寄ると
腰をかがめ、
タックの全身を下から上へ
舐めるように眺める。
うわぁっ! 近い近いっ!
寄るなっ、こっちへ来るなっ!
身の危険を感じたのか、
すかさずタックは後ろへステップして離れ、
僕の後ろへ身を隠した。
ビセットさんは少し残念がってるみたい……。
でもその直後、
視線の先にいたバラッタさんの存在に気付き、
瞳を輝かせる。
あら?
そちらのダンディなおじさまは
どなたです?
それは俺のことか?
俺は船長をしている
バラッタだが……。
ワイルドな感じが最高っ♪
この渋さは
若い人には出せないですよねぇ!
はぁっ……はぁっ……。
ビセットさんはうっとりとした目で、
バラッタさんの体つきを観察し始めた。
興奮しているのか、呼吸は大きく乱れている。
お、おいおい、
なんなんだよコイツはっ!?
あははっ!
みんなタジタジね。
えっと、あたしはレ――
あ、ほかの方々には
興味ありません。
ビセットさんはレインさんの自己紹介を
途中で遮り、冷たくあしらった。
そのまま不機嫌そうに頬を膨らませ、
ぷいっと外方を向いてしまう。
すると途端にレインさんは
頭から湯気を上げる。
ちょっと何よ、その態度!
失礼しちゃうわねっ!
まぁまぁレインさん……。
僕が間に入り、
なんとかレインさんをなだめた。
そのあとミューリエとシーラも
ビセットさんへ自己紹介をする。
終始、
彼は退屈そうな顔をしていたけどね……。
ビセットさん、
この町にはほかに
誰もいないのですか?
はい。
ここは我が一族にとっての聖地。
ゆえに普段は、
管理者である私しか立ち入りを
許されておりません。
皆はフェイ島で暮らしております。
そうなんですか……。
立ち話もなんですので、
こちらへどうぞ。
お茶でもお淹れしましょう。
僕たちは石造りの建物内へ案内され、
そこのリビングでお茶をごちそうになった。
そして一息ついたところで、
ビセットさんは僕に向かって口を開く。
アレス様、
私が担当する試練の洞窟とは、
この水中都市そのものを指します。
試練の内容ですが、
それを話す前に
あなたが本当に勇者の末裔なのかを
確認させていただきます。
それは構いませんが、
どうすればよいのですか?
神殿に『勇者の宝玉』というものが
あります。
勇者の末裔以外がそれに触れると、
肉体は灰となって
消えてしまうのです。
今まで欲に目のくらんだ数多の者たちが
それを奪おうとして宝玉に触れ、
命を失ったそうです。
宝玉の台座には分かりやすく
警告文が書かれて
いるんですけどね。
みんなそれを無視して
触るみたいです。
なんと愚かな……。
嘆かわしいことだ……。
もしかして、
神殿に隠されている財宝ってのは、
その宝玉のことなのか?
そうかもしれませんね。
あるいはその灰になった者が
持っていた
金貨や宝石のこととか。
持ち主は消えても、
持ち物は残りますから。
それらは1か所に集めて
保管してあります。
もしアレス様が
勇者の試練を乗り越えられた場合、
少しであればお持ちいただいても
構いません。
……あくまでも、
乗り越えられればの話ですけどね。
ビセットさんは薄笑いを浮かべ、
含みのある言い方で呟いた。
そしてどこか蔑んだような瞳で
僕以外のみんなをゆっくりと見回す。
何か思うところでもあるのだろうか……?
アレス様には
その宝玉に触れていただきます。
よろしいですね?
分かりました。
おい、大丈夫なのか?
万が一ってことはないのかよ?
大丈夫だって。
アレスが勇者の血を
ひいていることは
オイラが保証するよ~☆
そういえば、
タック様だけでなくウェンディ様も
アレス様が勇者の末裔であると
気配で感じ取っていましたよね?
ビセット様にはそういった能力が
ないのですか?
いえ、
そういうわけではないのです。
私にもその能力はありますし、
タック殿が審判者であることも
分かります。
オイラにも
ビセットが審判者であることは
感じ取れる。
では、なぜ?
その者が勇者の血を
ひいているかは、
審判者には感覚的に分かります。
ただ、世代を重ねていくと
その感覚が失われたり
変異したりする可能性も
あります。
なるほどな。
だから客観的に判断できる手段も
用意されているってワケか。
その通りです。
さすがダンディな御方は
察しがいい。
俺がダンディかどうかは
分からねぇし、
それと察しがいいのには、
何の関連性もないと思うがな……。
では、ビセットさん。
そこへ案内していただけますか?
分かりました。
アレス様以外の皆様は
しばらくここでお待ちください。
こうして僕はビセットさんと2人で
神殿へ向かうことになった。
ちょっと緊張するなぁ。色々な意味で……。
次回へ続く!