―ベンハのコロッセオ―

潮騒止まないポートビダの西街区の奥の界隈。

元々その地区は貧困街と言われていた。

連なる店もいかがわしいものが多く治安も悪い。

だから長年険地帯とされ、真っ当な人間がおおよそ寄り付こうとはしなかった。

ギルドと連合軍ですら関与しない、無法地帯と化していた。


しかし、そんな西街区に巨万の富を投資してあるものを設立した者がいた。

それは別に、『西街区に活気を取り戻したい』とか『ポートビダの街から膿を取り除きたい』などといった、より良いまちづくりのために行ったわけではない。


ただ単に土地を確保する際に、西街区のアウトローな者たちから土地を買うのがもっとも楽だったからだ。

商人の街であるポートビダに店を構える商人たちは、頑なに土地を譲ろうとしない。

大金を用意して譲り受けたとしても、その後利権がどうとか言ってきて、こちらの利益にあやかろうとしてくる。

それに比べて大金をはたいてしまえば、あと腐れなくどこかへと言ってしまうアウトローが所有する土地を確保した方が、長期的に見て損をしないだろうと踏んだのだ。

こうして、西街区を少し進んだところに競馬場『ベンハのコロッセオ』が設立された。



元来、馬と人は切っても切れない関係にある。国軍も連合軍も、その移動手段に馬を採用している。

戦の時はともかく遠征中もずっと傍にいる馬は、何かと勝負事に用いられてきた。

支給される最新鋭の武器の獲得権、夕飯のおかず一品を賭けた勝負。

緊急時以外、武器を手にすることを禁止されている兵たちにとって、どれだけ馬を速く走らせることが出来るかが優劣を決定する手段であったし、それを観戦することが兵たちの楽しみになっていた。


だから、ヘキサポリス全土に競馬が娯楽として受け入れられるのは至極当然のことである。

ゼリィ

何より、連なる駿馬が奏でる蹄の音!
風を切る勇姿!
どれをとっても競馬を嫌う理由にはならねぇ!

ソートク

その理屈に異の唱えようがないが、人が操る馬で私腹を肥やすシステムは素直に首肯できるものではないな

ゼリィ

そりゃソートクは自分で馬を駆れるからだろ?

スフレ

キャー!お馬さんが走ってますわー!

ゼリィ

これが普通の反応だぜ?

スフレ

あら?ワタクシはお馬さんに乗れますわよ?

スフレ

ただ、『深緑の大地』の田舎者の娯楽というのに興味があっただけですわ

スフレ

なかなか侮れませんわね! 心躍りますわ!!

スフレ

賭けなくても見られるというのは予想外でしたわ。ワタクシ、ここがとっても気に入りましたの!

ソートク

美少女は見るからにお嬢様で裕福そうだが、賭け事に金を使うことを良しとしないのか?

ソートク

こういう場では財布のひもが緩くなるものだと思っていたが……

スフレ

あら?
それは偏見ですわ

スフレ

ワタクシは確かにお金持ちのお嬢様ですし、お金が大好きですの

スフレ

だからこそ、不確かなものにお金は払いたくありませんの♪

ソートク

その意見には賛成だな

ゼリィ

ここじゃ少数意見だぜ?

ゼリィ

お前さんらの言う通り、見返りの金は不確かかも知んねぇけど……

ゼリィ

確かな興奮は得られるぜ

ゼリィ

今日一番のレースだ!!
グーレードワンだぜ!!

ゼリィ

パーパパパーパパパーデデデデッ!
パパパパーデデデデッ!
パッパラーチャー――

ソートク

どうしたヴァルキリー?

ゼリィ

いやぁ、グレードワンのファンファーレは、オレからしたら国歌の伴奏だぜ

ゼリィ

見とけよ、お嬢さん。
熱気もテンションも先程までとは段違いだぜ

スフレ

何でもいいですわ!!
楽しければいいですの!!

ソートク

ちなみにヴァルキリー……。
いくら賭けた?

ゼリィ

……

ソートク

……

ゼリィ

……

ソートク

まさか馬の購入費全部注ぎ込んだのか……

ゼリィ

……

ゼリィ

パーパパパー――

ソートク

鳴っていないぞ、ファンファーレは?

ゼリィ

だ、大丈夫だって。
勝てばいいんだから

ソートク

やれやれ……

ゼリィ

馬単で買ったからなぁ……。
勝てば大きいからいいんだよ

ゼリィ

ナリタブライアンが一着、ビワハヤヒデが二着なら文句なしだ!!

騎手

さあ、各馬スタート体制が完了しました

ゼリィ

ほれ、始まるから見てろって!!

ソートク

……

スフレ

始まりますわ!
始まりますわよ!!

騎手

ゲートが開いた!
各馬一斉にスタートします!!

ゼリィ

いけぇ!!

スフレ

キャー!
先程のレースより速いですわ!!

騎手

さぁ、まずは一番セントライトが出る。先頭はセントライト。シンザンも出てきた。これは激しい先頭争い。二馬身離れてナリタブライアン。その後ろをミスターシービーが追いかける

ゼリィ

いけぇ!!
まがれぇええ!!

スフレ

キャー!!
キャー!!

ソートク

……

ソートク

分からん……

ソートク

自分で手綱を操り駆け巡る方が楽しいと思うのだが――

騎手

大欅を抜けるとビワハヤヒデが五番手に上がってきた。ナリタブライアンは三番手であります。ベンハのコロッセオに開く、貴方の夢は、八番ナリタブライアンか、一番セントライトか、私はディープインパクトです

ゼリィ

追い上げぇええ!!

ゼリィ

かーっ、たまんねぇな!!

ソートク

……

ソートク

まぁ、ヴァルキリーの至福の時であれば、俺がとやかく言う権利は無いな。

ソートク

賭け事には勝ってもらわねば困るが……

スフレ

ふふふ。
どうしましたの?

ソートク

いやなに、美少女が熱く応援している姿を見れて良かった

ソートク

馬も騎手も、本懐だと思ってな

スフレ

あら♪
美少女とは、ワタクシと、剣闘士さんどちらのことですの?

ソートク

さてな

スフレ

まっ、イヂワルですこと

スフレ

でも、「どちらも」と言わないあたり及第点ですわね。
女性は一緒くたにされることを嫌いますから。

ゼリィ

いけぇ!!

スフレ

ということは、お二人は付き合ってはいませんの?

ソートク

どうだろうな。
勇者とそれに侍ってもらっている仲間、という関係だと思っている。

スフレ

ふぅん……

スフレ

ということは、男女の関係は済ました仲ですの?

ソートク

なんのことだ?

スフレ

んもう、ホントは知っているくせに……

スフレ

こういう時は、相手に聞いてしまうのが一番ですわ

スフレ

ねぇ剣闘士さん

ゼリィ

なんだよ、今いいところなんだからさ――

スフレ

こちらの男性は、『とこ上手』でしたの?

ゼリィ

……

ゼリィ

はぁっ!!??

ゼリィ

ななな何聞いてんだよ?

スフレ

あら、思ったより可愛い反応

スフレ

いえ、旅の仲間なのですから、そういったことはしているものと思ってましてけど……

スフレ

ひょっとして剣闘士さん……そういった経験がありませんの?

ゼリィ

ばっ!!??

ゼリィ

ばばば馬鹿にすんじゃねぇ!!

ゼリィ

ああああるよ!
オレにだってそのくらい!!

スフレ

あら、そうですの♪

ソートク


何を騒いでいるんだ

スフレ

いえいえ、こちらの剣闘士さん、どうやら処女ではないようで

ゼリィ

ばっかオメェ言うんじゃねぇ――

騎手

ああーっとこれは!!

ゼリィ

しまった!
レースどうな――

ゼリィ

っておいおい

ソートク

どうした!!

スフレ

あら、あれは……

スフレ

魔物ですのね

ゼリィ

雷系のユニコーンだ!!

ソートク

それだけでは無いみたいだぞ

ゼリィ

ちっ、最近どうも魔物が多いぜ

騎手

会場の皆さん!!
速やかに避難してください!
ああーっとユニコーンが躍り出る。大欅を薙ぎ倒してなお暴れる。続くそのほかの魔物。まるでユニーコーンを追いかけているようだ

ソートク

あの実況者、プロだな……

ソートク

ヴァルキリー!!

ゼリィ

わかってらい!!

ソートク

美少女も早くここから――

スフレ

ふふふ♪

ソートク

美少女……?

スフレ

美少女という呼ばれ方も、お嬢様という呼ばれ方も心地よいものですわ

スフレ

ですが、ワタクシにも名前がありますの――

スフレ

ワタクシはスフレ=ラル・ド・エルク

スフレ

趣味はお馬さんの駆けっこ観戦と――

スフレ

魔物退治ですわ♪

ゼリィ

行っちまった……

ソートク

あの身のこなし。
只者ではない

ソートク

続くぞゼリィ!!

ゼリィ

合点――!!

反り返った幅広のナイフを片手に飛び出した、一人のお嬢様。

黒きドレスが観客席を飛び回り、魔物のいるレース場へと踊り出る。

それに続き、剣を持った勇者と手斧を携えた女剣士が、魔物と対峙した。

――……

33、 ソートク 競馬の理解に苦心する

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