―ポードビダの街・某酒場―

ポードビダの酒場は他の街の酒場と異なる点がある。

それは、人材派遣の場としての一面を持たないということと、朝早い段階で営業を開始するということだ。

人材派遣の場としてのカウンターが無いのは、わりと規模が大きなギルドがいくつも駐在しているからだ。

わざわざ酒場に登録する二度手間をするよりかは、直接ギルドに行った方が良いのだ。


朝早くからやっているのにも理由がある。

ポートビダは港町だ。

港町は当然のように海に面しており、船があり漁師がいる。

獲れる魚によって生活リズムを変えている彼らは、必ずしも朝に起きて夜に寝るわけではない。

夜に海に出て行って、翌日の早朝に帰ってくることも多い。

夜から朝にかけて獲った魚を商人に渡し、仕事の全行程を終わらせると、彼らは酒と、それらを豪快に飲める場所を欲する。

そんな彼らのニーズに応えるべく、ポートビダの酒場は一日中、看板を上げていることが多い。

パッフ

で、ですから、我が身がいてもおかしくは無い筈です……

心の中で「自分はサボっているわけではない」と自己弁護に勤しむパッフ。

屈強な海の男や、昼間から呑んだくれている男に混じっていると、その金の髪も合わさってとても目立っていた。

肩身を狭くして座っている椅子は向かい側に壁を設置している。

一人席のカウンターだ。

そこでパッフは、カウンターに備え付けられたメニューを見ていた。

パッフ

アルコールの度数が低いもの……。
それでいて出来る限り甘いもの……。

店主

嬢ちゃん……

パッフ

は、はい!!

店主

何飲むのか決まったのかい?

パッフ

ええっと、ではミルクを!

店主

……。
いわれりゃ出すがよ。
それなら酒場でなくてもいいんじゃねぇか?

パッフ

確かにこれで七杯目……。
酒類も頼めず七敗目……。

パッフ

ですが!
馬鹿にされないためにも、ここで酒類に慣れなければなりません!!

パッフ

とはいえ、何を頼めばいいんでしょう……

パッフ

ゼリィ殿は、「とりあえず生中!」と毎度言っていますが……

パッフ

「生中」とは何のことでしょう……。
多分、「生ムギール」のことなのでしょうが。

一応、散開する前に自分に課せられた使命は終わった。

集合場所からも、船着き場からもそれほど遠くない宿を見つけることが出来た。

何日止まるか分からないので、一日から最大一ヶ月泊まれ、出来る限り安値で、しかし最低限の設備が備わった宿を見つけることが出来た。

これは自分しか出来ない仕事だろう。

ゼリィ殿は、ともかく飯と酒に自信がある宿を探します。その結果割高の宿を選ぶに決まっています

シュー殿は設備とサービス重視でやたらと高い宿を探しますからね……。

勇者殿は……。

美少女が世話をしてくれればとやかくは言わん。
美少女であれば侍らすぞ

パッフ

あー、そんなこと言いそうですね……

だから、自分が宿探しを率先した選んだ。

同じく受け持った、船の公開状況なども宿主に聞けば、大体が分かる。

加えていくつかの海運の会社に足を運び現状を聞いてみたところ――

パッフ

海路に問題なし――。
いつでも出発でますね。

パッフ

ただ、『口笛石』と『木馬の商人』の情報次第ですが――

パッフ

あんな危険なもの、野放しには出来ません

パッフ

いつから、あんなものが出るようになったのでしょう……?

気になるのはそれだけではなかった。

海運の船乗りたちは確かに、「海路に問題は無い」と言っていた。

しかし、こうも告げていた。

パッフ

「最近、魔物が活発化している」ですか。

パッフ

気を引き締めばなりません。

店主

……嬢ちゃん

パッフ

は、はい!

店主

コップ空っぽだが、またミルクかい?

パッフ

……

パッフ

ええい!!
騎士は退かぬ。元騎士も退くものですか!

パッフ

とりあえず生中です!!

店主

八杯目にしてとりあえずも何もないだろ

パッフ

……

パッフ

これが生中……。
正式名称『生ムギール』

パッフ

……

パッフ

ええい、ままよ!!

パッフ

……

パッフ

……

パッフ

!?

店主

おいおい嬢ちゃん……。
顔色真っ青だけど大丈夫かい?

パッフ

……

店主

無理だったら、吐いてもいいんだぜ?

パッフ

……

店主

なに?
飲む気か?

パッフ

……

パッフ

……

パッフ

っ!!??

パッフ

ゴクっ

パッフ

ぷはああ!!

店主

おー、良く飲んだな。

パッフ

何という苦さ……。
それに、口の中で弾けました……。
炭酸ガスが入っているならそう言って下さい!

店主

……あんた、酒場をなんだと思ってるんだ?

オヤジ、酒くれ。
とりあえず生中だ

店主

あいよ

パッフ

とりあえず生中……呪詛の言葉よりも忌々しい


どうしたんだ?

パッフ

い、いえなんでも

店主

ほらよ

ああ、すまねぇ。
ふうー、疲れた

店主

へっ、そんな汗かいてどうしたんだよ

それがよ、『ベンハのコロッセオ』に魔物の群れが出ちまってよ

俺んちかなり離れてるのに怖くなって逃げちまった。

パッフ

何ですと!!

なにぃ!!

パッフ

!?

何が出た!!
そこらへんの魔物じゃねぇだろうな!!

ちげぇ、ユニコーンだって話だ!!

ユニコーン?

おい!
どんくらい強いんだ?

メレン

おかしいですね。ユニコーンはそんなに気性の荒い魔獣でしたけ?

どんくらいの魔物か聞いてんだ!!
答えろっつってんだ!

メレン

急かさないでください

メレン

そですね〜。ここら辺の魔物の四十倍くらい強いですかね?

つーことは評価も四十倍だな!
行くぜ!!

つっても、ギルドがもう出てるんじゃねぇかな

うるせ!
あんな奴らに任せておけるか!!

俺様に任せておけばいいんだ!!
なんたって、俺様は勇者様だからな!!

行くぞ!!

メレン

リョーカイなのですよ

パッフ

あの方も勇者でしたか……

パッフ

お付きの人は妖精種……でしょうか

パッフ

っと、こうしていられません

パッフ

店主、勘定はここに!!














―ベンハのコロッセオ―

スフレ

あっはっはっは!
もう止まりませんわ♪

コロッセオに舞う、一人の女性がいた。

露出の高い服は、あくまでも外見を重視した気品のあるドレスであり、戦闘用ではない。

魔物の一撃を食らえば、確実に致命傷となってしまうものだ。

だが、彼女は構わない。

身軽な身を空中に預けるように、跳ねながら敵の攻撃を避けていく。

右手に持つのは、刀身が非常に幅広いナイフだ。

それを逆手に持って敵を斬りつけていく。

刃の動きはで撫でるような仕草だ。

しかし、刀身が反り返っている刃は、魔物の屈強な肉体をいとも簡単に裂いていく。

吹き出す返り血に頬が濡れても、彼女は止まらなかった。

スフレ

んもう、ユニコーンさんたら逃げてばっかりですのっ

スフレ

ま、いいですの♪
他のを狩るだけですわ!

彼女は歓喜する。

一番最初に出て来たユニコーンこそ、辺りを駆けまわっており、その速さから近づけないが、他にも魔物はたくさんいる。

近くにいる魔物から相手をしていけばいいだけの話だ。

ゼリィ

このやろー!
レースをうやむやにしやがって!!
一着はどの馬だったんだよ!!!

ソートク

フンっ

ナイフを持った令嬢から少し離れたところで、魔物の大群をあしらっている二人がいた。

一人は、背負う大斧をあえて使わず、手斧を玩具のように振り回す剣闘士。

一人は、黙って手にした剣で魔物を斬っている勇者だった。

騎手

た、助けてくれ!!

ゼリィ

おらぁ!!

ゼリィ

おいあんた、騎手だな!!
どの馬が一着だった!?

騎手

わ、分かんねぇよ……

スフレ

みんな速かったですのよ!!
誰が一番だなんて些細な問題ですわ♪

ゼリィ

ばっか、こっちは怒られるくらいの額賭けてんだぞ

スフレ

うふふ、面白い人たちですわ

スフレ

それに結構腕も立つみたいですの

ゼリィ

そりゃ、こっちのセリフだぜ

ゼリィ

まぁ、魔物に向けるべき殺気を人に向けたのはよろしくはねぇだろうけど……

ゼリィ

おうソートク、あの嬢ちゃんやるじゃねぇか!

ソートク

……

ゼリィ

どうした、ソートク?

ソートク

……

ゼリィ

どうしたんだ?

ソートク

ヴァルキリー、話がある

ゼリィ

な、なんだよ?

ソートク

あまり、こういうことは口に出すべきことじゃないと分かっているつもりだが、言わせてくれ

ゼリィ

お、おう……

ソートク

ヴァルキリー……

ソートク

俺達の仲間から抜けないか?

――……

34、 パッフ とりあえず生中に挑む

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