【第二話】
『遭遇』

いたたた・・・



左右田は何度も打ち付けた尻を摩りながら視線を上へ向けると、船橋がゆっくり階段を降りて来ていた。

大丈夫か?

あっ。はい。丈夫です。体育会系ですから・・・ってか、地下に部屋があったんですね

妙だと感じた時点で予想できたろうにねぇ



船橋がサラリと返答すると、左右田はバツが悪そうに頭を何度か掻いた。どうやら、本当に予想できていなかった様である。

でも、コレ・・・船橋さん。秘密結社って感じですかね?

他に良いたとえの言葉はなかったのか?



ここは地下であるが辺りに電気がしっかりと通っていて、暗い印象はなく普通の部屋となんら変わらない明るさ。その事で、隠れ場所という意味合いは少なく頻繁に人間が出入りする場所という印象が強かった。
周りには謎の機械が複数あり、機械のほかに視線に入るのはホルマリン漬けの様な巨大な試験管だった。

中には見た事もない巨大な虫が入っている。
船橋は近くにあった資料の様なものを手に取り眺めながら言う。

実験室とか研究室の類いだろうな

そうです!船橋さん!俺、それが言いたかったんです



そんな左右田のコメントはスルーして、船橋は更に言葉を続けた。

つまり上の部屋でおきた事件の被害者は研究員かもしれんな・・・バラバラだったが、かなりの人数だ。いったい何の研究をしてたんだ?

本当でーーー



左右田の手にネットリとした感触が伝わった。ゆっくりと視線を指先に向けると思わず叫んでしまった。

―――腕ぇぇ!?



机の上には血溜まりがあり、無造作に腕だけが置かれていた。
左右田の様子を見て、すぐに船橋が駆けつける。

これは・・・



船橋は考えた。
上と違って地下は荒らされていない。ましてや血痕すら見当たらない。
しかし、腕が一本ココにあるのは?
腕を持ち運んだ?いや、そんな必要はない。
ではココで腕を切断した?・・・そんな必要もないだろう・・・。
船橋はもう一度先程の資料に視線を落とした―――…ARM…『腕』。

船橋さん!誰か逃げました!



左右田の声が地下に響いた。
文字どおり怒涛の勢いで、左右田が向かう先には扉がありそこから誰かが逃げた様だ。
船橋も後を追う様に走る。

左右田!相手はアンノウン、またはグリムの可能性がある銃の準備を

えっ?マジっすか・・・



左右田は走りながら銃を懐から取り出した。

辺りには明かりが少なく薄暗い坑道の様だった。足場も悪く、苔なども生えていて、余り使わない道である事が伺えた。
しかし、そんな足場の中でも左右田の足は速く、自ら体育会系というだけはあった。一方、船橋は転ばない様に走るのがやっとで、左右田との距離はみるみる離れた。

左右田の視界には逃げた者の姿を捉えた。

待て!なぜ逃げる



前を走る者は問いかけには答えない。
二人の距離が縮まる。
見えるのは後ろ姿だけであるが、左手にはアタッシュケースを持ち、羽織っているコートは血だらけで、どこか生気を感じない。

お前!怪我してるのか!?治療してやるから、立ち止まれ!



言葉が通じたのか声が届いたのか、逃げる者は立ち止まった。しかし、それは立ち止まったというよりも、行き止まりの為の立ち往生。
左右田はその状況を理解し、銃は構えずゆっくりと近付く。

こっちへ来い。言葉、分かるんだろ?



その問いかけにも返事は無い。
だが、逃げていた者は動きを見せた。目の前の岩の壁に右手を当て―――叫ぶ。

スティング・アァァーム!



言葉と同時に身体の芯に岩の崩れる重い音が響き、逃げていた者の目の前にあった壁は脆く崩れ、外の光が差し込んだ。

左右田!伏せろ!



銃声が坑道に響く。
遅れて来た船橋が直ぐに状況を理解し発砲した。
しかし―――銃弾は何かに弾かれた。

なんだ・・・あれは・・・腕が・・・



身を伏せていた左右田の目には、逃げていた者の右腕が幾重にも重なって見えた。

やはり、グリムか



船橋は続けて数度発砲した―――が、銃弾は幾重にも重なり見える腕に弾かれる。
逃げていた者は右手を前にかざした。重なる腕はリボルバーの様に回転していた。
そして、掌を開くと辺り一面に煙が充満し一気に視界を塞がれてしまった。
船橋と左右田が、やっとの思いで坑道から抜けると当然の様にあの者の姿はなくなっていた。

船橋さん大丈夫ですか?

あぁ。お前は大丈夫か?

はい。丈夫です体育会系なんで。それより、忍者みたいにドロンと消えましたね

『ドロン』ってなんだよ。まぁ…逃げられたって事には変わりないか

すみません。俺が撃たなかったから

いや、あの状況で見境なく無闇に発砲するバカじゃないだけで上出来だ



そう言って、船橋は左右田の頭をガシガシなでた。

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