永久の棋士
《とこしえのプレイヤー》
後編







それでは、
相馬 レイジ様 対 ご主人様
の一局を初めさせていただきます。

まず、駒を配置していただきます。



ツェルエノールが盤面中央に

仕切り版を立てて言った。



相手の駒の配置を目隠しした状態で

ウォーリア・クイーン・キング以外の駒を

配置させるためだ。


俺は左から

ゴーレム
ナイト
クイーン
キング
ナイト
ビショップ

と並べる。




終わったぞ。

いつでもいいわ。

ほほぅ…
これは面白い。



ツェルエノールが仕切り版を取る。

お互いの駒の配置が明らかになる。



1/12の確率で鏡面配置になるのだから

あってもおかしくない。




だが、俺と由利はお互いに何かを感じ取る。

こんな些細な事でも

俺は嬉しくなってしまった。


…顔に出すな……

がまんがまん…。

このコインの花柄の面が出たら
ご主人様が先手、
数字の面が出たら挑戦者様の先手
とさせていただきます。


というと、ツェルエノールは

ピン、とコインを親指で弾きあげた。

テーブル上に落ちるコイン。

ご主人様が先手です。


8x8の盤面と違い

6×6の狭い盤面では

あっという間に肉薄する。


ウォーリアを2マス動かそうものなら

すぐに餌食だ。




………だが、

そう考えるのはウォーリアとナイトを

温存したい俺だけ。



…まずは一手目…。



由利はゴーレムの前のウォーリアを持つと

ずいっと2マス上げる。


それだけでもう俺のウォーリアの…

辰巳の目の前だ。

…ふふふ
さっそくお友達のピンチね。

どうなるのかしら?

くっ…


揺さぶる由利。

動揺する俺。



通常のチェスなら駒の重みから言って

ウォーリアで取っておけば、

ゴーレムで取り返された所で

ナイトで取れる。


正直アドバンテージだ。


…だが、俺のウォーリアとナイトはそんな安くない。


この状況ではこれが最善手だ。




俺は狙われているウォーリアを持ち

前へ一つ進める。

安っぽい挑発は無駄だ。

由利、あんたの番だ。

ふふふ…
いつまでその強がりが続くかしら?


続けて由利はクイーン前のウォーリアを

ひとつ上げる。


これも放っておくとさっき俺が動かした

ウォーリアが殺られる。


相手のウォーリアを取っても

クイーンで殺られる。

…辰巳の魂の一部が無くなるのだ。



俺は続けて狙われた辰巳を掴み

また1マス上げる。



その後も執拗に辰巳を攻め立てる由利。

かわす手筋しか打てない俺。


ウォーリアの1つや2つ
捨てるくらいの気概がないと
ただ負けるだけよ。




そして…

かわしきれなくなった。





ただし、陣形としては悪くない。

ウォーリアの犠牲に対して

ゴーレムを取ることが出来る。



仮に交換を嫌がればウォーリアを

犠牲にしないで済む。


俺はそう思い、辰巳の一部を捧げる覚悟で

ナイトを上げた。


すまん、辰巳。

取られちまったら…。

………ふふふふふふ……


由利が笑い出す。

やっとね・・・。

待ち望んていだわ、この時を!


由利は躊躇なく自身のウォーリアを

辰巳の駒に重ねる。

ぎゃあぁぁぁ!!!



辰巳の駒が断末魔の悲鳴を上げる。



ぐっ…!

たまらないわ、この悲鳴。

あなたの苦痛にゆがむ顔が
ずっ……と見たかった。


その目を塞ぐような光景と罪悪感で

俺は目眩と吐き気、激しい頭痛に襲われ

目の前が次第に真っ暗になっていくのを感じた。

































…助けて…






























…礼司さん…。

どうした?ユリ。

うちのお庭のお花が
綺麗に咲いたの。

おぉ、それは今度見に行かないとな。


















































































……どうしたのかしら?
手が止まっているわよ?

はっ…!


どうやら俺は意識が遠のいていたようだ。


幻覚か…


意識の奥底で見た情景。

二人の男女の会話。

あれはたしかに由利だった。



そして、助けを求める声。



…本当にただの幻覚か?




一方的な精神戦ではやられるだけ…。

お互い精神戦に持ち込むしか無い、と考えた俺は

由利を揺さぶりにかかる。



さっきの幻覚を頼りに。

助けを呼ぶ声を信じて。




…なぁ…
庭に咲いた花はなんて花だったんだ?


ナイトを由利のゴーレムの駒まで

上げながらかまをかける。


由利はぴくり、と反応する。

………。
何のことかしら?

庭先の花を愛でるような女性。
それがあんただろ?

…面白いことを言うのね。
数分前にあったばかりの初対面の貴方が。

あんたは…本当の神林 由利は
そんな性格じゃないはずだ。

勝負に徹した方がいいのではないかしら!?



語気を抑えつつもいささか興奮気味に

クイーンを動かす由利の手に力がこもる。




カツン!という強い音共に

俺の意識に再び何かが流れこむ。





































…もう疲れたの…
















































話ってなに?礼司さん。

すまない、ユリ。

…戦地へ赴くことになってしまった。

…え…





























































ふぅ、と由利がため息をつく。

…いちいち手が止まるのね。

どうにかならないものかしら?

………。
愛しの人は元気か?



俺は微笑みながら辰巳を一つ上げ

ビショップの道筋を開ける。



…!!!


由利が怒りと悲しみと安堵が混ざったような

表情を浮かべる。


次の瞬間には、力の篭った手で

キングを一つ前に上げる。


知ったような口を!!!




































…だって、全然会えないもの…



騙されたんだ…、きっと。










































……うぅ……



















相馬 礼司
明治二十七年 十二月二十四日
享年 二十才












…う…うう…

礼司さぁぁぁん!!!!

















……





































次はどんな挑発をしてくれるのか
楽しみね…。

…死んじまって悪かったな…ユリ。

…ずいぶんと待たせちまって…。

…え…

…何でそんな…



由利は突然ボロボロと涙を流し始めた。




なぜこんな事を言ったのか

俺にも分からなかった。



ただ、心の奥底から沸き上がる何かが

言わせていた。

…何でそんなこと言うの!?

























一体どれだけの犠牲を出してしまったのかしら…

考える気にもならない…
















どうです?
取引いたしませんか?

…………

私にあなたの魂を頂けませんか?

…………

貴方がこの条件を飲むのであれば
もう一度、会うことができますよ。

…………

会うまではいささか退屈な
世界かも知れませんがね。
…ククク…。

……礼司さんに…
…もう…一度…?
















































由利は涙が止まらなかった。

にも関わらず指し続けた。


………

無理するな、ユリ。

お願い、最後までやらせて…
………お願い、礼司さん…


さっきまでとは打って変わり

弱々しい手つきでナイトを動かす。

クイーンの道筋が空きチェックがかかる。

その打ち手は諦めた者の手筋ではない。




だが、次の手番。

それは俺がずっと待ち望んでいた形だった。




キングとゴーレムを動かさず、

ずっと耐えていた。


…キャスリング。


俺はゴーレムをキングの横へ付け、

キングはゴーレムを支点に反対のマスへ移動する。



チェックされた状態を俺は回避し、

逆にゴーレムは由利のキングにチェックする。











勝敗は決した。




…負け…たわ…。



由利が力なく言う。

だが、何かから開放されたような

安堵感を由利から感じた。



次の瞬間、由利の体が傾き

椅子から崩れ落ちはじめる。


ユリ!


とっさに気づいた俺は飛び寄り

肩を抱き支える。


大丈夫か、

ユリ…。

……あぁ…やっぱり礼司さんだったんだぁ。


由利は俺の袖口を

震えながらグッと掴み、続けた。



その時、俺は全て思い出した。

生まれ変わる前の記憶を。



神林 由利は俺の婚約者だ。



会った時からずっと感じてた。


俺は由利を抱きしめずに入られなかった。

由利の肩は小刻みに震えていた。

…なんで…こんな真似を?

あなたに…また会えるかもしれない…。
ただそれだけを考えて…。


その一言に心が震えた。

死んだ俺に会うために。

会える保証もないのに。

あらゆるものを敵に回してまで。


レイジ…礼司さん。

私…こんな女になってしまって
ごめんなさい。

…それなのに…。

…もう…もういい。
何も言うな…。

…ありがとう。
こんな私を愛してくれて…。
こんな私を思い出してくれて…。

…さて、そろそろ時間です。


ツェルエノールが割り込んでくる。

どういうことだ?
俺が勝ったんだから、
もちろん由利は俺のものだよな?

ええ、その通りです。
相馬レイジ様の物です。

ただし、大前提のルールを守った上で。

礼司さん…。
私はもうあなたの物。
ずっと…ずっと…。

今すぐいただけないのは残念ですが
いずれお二人共々頂きますよ、
新しいご主人様。








俺の腕の中で由利の体が淡い光を放ちだす。











そして、彼女は駒になった。






* * *








俺は新たなゲームマスターとなった。

マスターとなった俺は

マスター用の説明書が読めるようになっていた。


* * *



・マスターは全ての挑戦をうけ、全てのゲームに全力であたらなくてはならない。

・マスターは挑戦者に対してマスター側のルールを伝えてはならない。

・マスターは少なくとも3日に1度、ゲームを実施しなくてはならない。

・マスターが上記を怠った場合、
 関わった全ての魂は悪魔に引き渡される。
 その上で、マスターは引き続きマスターを続け無くてはならない。

・マスターが負けた場合、挑戦者は新しくマスターとなる。
 前マスターの魂は悪魔に奪われる。
 その魂の扱い方は全て悪魔に委ねられる。

・マスターが変わった場合、前マスターが関わった魂は新しいマスターに引き継がれる。

・挑戦者は基本的に悪魔が斡旋するが、
 マスターが自ら探しても良い。



* * *





俺は由利が集めた大量の駒を好きに使って良い、と

ツェルエノールから渡された。



破壊されれば魂は悪魔のものになる。

ツェルエノールは

なるべくたくさん壊してくれると嬉しいです、

と笑いながら俺に告げた。



* * *




その日から、俺の時間は止まった。


俺は暇さえあれば俺のクイーンを愛でている。

3日に1度、欲に溺れたヤツが

挑戦者として目の前に現れる。



ご主人様、本日の挑戦者です。

勝負願おう。

よぉ。

次の相手はあんたか?


盤面にはクイーンを除く駒が

設置されている。



俺は盤の脇のクイーンの髪を指でかき上げ

くちづけをした後に盤面に置く。

俺は俺のクイーンを護り続ける。

俺の命が尽きない限り。

俺の正気が続く限り。

俺は負けない。

さぁ、始めようか。












《終》

永久の棋士《とこしえのプレイヤー》後編

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