アレス

あ……。


気がつくと、僕はベッドに寝かされていた。
上半身を起こして周りを見回してみると、
どうやらここは船室のようだった。


確か僕は海に落ちたような気が……。

でもここに寝かされているということは、
誰かが助けてくれたんだろうな。

シップキラーはどうなったのだろう?
 
 
 
 

シーラ

……っ!?

 
不意にドアが開き、
シーラが部屋に入ってきた。
そして僕の顔を見るなり息を呑み、
持っていた金属製の桶とタオルを床に落とす。

桶の中には水が入っていたらしく、
大きな衝撃音とともにそれが床に零れた。
 
 

シーラ

アレス様っ!
アレス様ぁ!!

アレス

うわっと……。

 
シーラは桶も零れた水も放り出し、
僕に駆け寄って強く抱きしめてきた。

そのまま激しくしゃくり上げる。
 
 

シーラ

うわぁあああああぁん。

アレス

シーラ……。

 
 
 
 
 

ミューリエ

どうしたっ?

 
シーラの声が聞こえたのか、
ミューリエたちが走って部屋にやってきた。

僕の顔を見るなり、みんな目を丸くする。
 
 

ミューリエ

アレス!
気がついたかっ!

タック

バカ野郎!
オイラに無理するなって
言っておいて、
アレスこそ無理すんなよぉっ!

レイン

アレス、
無事で良かった……。

 
みんな涙を浮かべつつも、
僕に笑顔を向けてくれる。

また心配をかけちゃったな。
でも僕だって見ているだけは
嫌だったから……。
 
 

アレス

ミューリエ、
シップキラーはどうなったの?

ミューリエ

あやつなら今、
この船と併走して泳いでいるぞ?
おかげであれ以来、
モンスターは現れていない。

アレス

どういうこと?

ミューリエ

どうやらアレスの力が届いて、
敵意をなくしたようだ。
海に落ちたお前を引き上げたのも、
シップキラーだ。

ミューリエ

今や心強い用心棒といった
ところだ。
バラッタはアレスの力について
聞いて、驚いていたぞ。

アレス

そっか……。
それじゃ、あとで甲板に出て、
シップキラーに
御礼を言っておかないとね。

タック

それにしてもさすがだな、アレス。
お前の力は
あれだけのモンスターにも
通用するようになってるんだぜ?

アレス

そうだね。
これならまた
みんなの役に立てるね。

 
僕がそう言った直後、みんなの表情が曇った。

そして顔を見合わせたあと、
一様に小さく頷き合ってから僕を見つめる。
 
 

ミューリエ

そのことなんだが……。

タック

みんなで話し合ったんだけどな、
アレスはしばらくあの力を
使わないでほしい。

アレス

えっ?

タック

アンデッド騒ぎの時も
アレスは倒れただろ?
あの時は2日間、
意識が戻らなかった。
今回はどれくらいだったと思う?

 
タックは深刻そうな顔をしていた。
つまり2日以上、
僕は眠り続けていたんだろうな。
 
 

アレス

3日くらいかな?

タック

……1週間だ。
もうすぐフェイ島に着くぞ。

アレス

えぇっ!? そんなにっ!?

レイン

あたし、
あの力がそんなにアレスの体に
負担がかかるものだって
知らなかった。
西方街道の時は
何ともなかったみたいだしさ……。

シーラ

私の回復魔法だって、
全然効かなかったんですよっ?

シーラ

もしそのまま死んじゃってたら……
私は……私はっ!

ミューリエ

今後、戦いは私たちに任せろ。
幸い、旅に加わってくれたレインは
大きな戦力になることが分かった。
船の上以外ならタックも役に立つ。

タック

なぁ、アレス。
実はオイラ、
今回のことで気がつ――

ミューリエ

タック!

 
タックが何か話そうとしているのを
ミューリエは強い口調で制止させた。

するとタックは眉をつり上げて
ミューリエを睨み付けたあと、
苦虫をかみつぶしたような顔をして口を噤む。


……今、言いかけたのって、
もしかしたら
何か重大なことなんじゃないの?
 
 

アレス

タック、教えて。
それが僕に関わることなら
知っておきたい。

タック

…………。

タック

……ミューリエ、オイラは話すぞ?
これはアレスの命に関わることだ。

ミューリエ

……っ……。

タック

実はな、
あの力はお前の命を
削るみたいなんだ。

アレス

なっ!?

タック

力を行使する相手が強力なほど、
その影響は大きいらしい。
オイラは今回の戦いのあと、
アレスの生命力が
減っていることに気がついたんだ。

タック

だからこそ、
オイラたちは今後、
アレスに力を使わせないって
話し合って決めたのさ。

 
あの力が……
僕の命を……削っている……っ?
 
 

レイン

力を使い続けたら、
魔王を倒すどころか
その前に死んじゃうわよ……。

レイン

だからさ、
戦いはあたしに
任せておきなさいよ。
見たでしょ、あたしの魔法。

アレス

でも、レインさんも無理をして
魔法を連発していましたよね?
あの行為も
命を削るって聞きました。

レイン

っ!? ……知ってたの!?

アレス

クレアさんが
教えてくれました……。

ミューリエ

っ? なんだと?
あいつが……。

 
ミューリエは小さく舌打ちをすると、
眉を曇らせながら唇を強く噛んだ。
 
 

レイン

で、でもさ、
あ、あのくらいはなんともないの!
あたしは大丈夫だからっ!

アレス

僕の目には
レインさんが辛そうに見えました。

レイン

う……。

アレス

僕はレインさんだけに
負担をかけたくなかったから、
力を使って
なんとか切り抜けようと……。

レイン

アレス……。

シーラ

でもっ!
それでアレス様が死んじゃったら、
元も子もないじゃないですかっ!

アレス

シーラ……。

 
シーラは本気で怒っているみたいだった。
つまりそれだけ
心配をかけちゃったってことだろう。

レビー村でのタックに対しても
そうだったけど、本当に申し訳ない。
 
 

アレス

……ゴメン。

ミューリエ

アレス、お前の気持ちは嬉しいし、
私たちのことを
心配してくれているのも
よく知っている。
だから無理はしないでほしい。

ミューリエ

それにもしどうしようもない時は、
遠慮なく頼る。
それでどうだろうか?

タック

オイラたちの仲間なら、
聞いてくれるよな?

アレス

でも……僕だって……
守られてばかりいる
わけには……。

アレス

みんなを助けたいんだよ……。

レイン

アンタ、何か勘違いしてない?

アレス

えっ?

レイン

自分は旅で役に立っていないとでも
思ってるの?
お荷物だって意識があるから、
そういうことを言うんじゃない?

アレス

それは……。

レイン

あたしはアレスと一緒に旅をして、
楽しいって感じてる。
それだけで
アンタは旅に必要な存在なのよ。

アレス

っ!?

レイン

旅に加わったのは
アンタが勇者様だからって
理由だったけどさ、
今は仲間として
守りたいなって思ってるの。

レイン

一緒に旅をした期間の短いあたしが
そう思うくらいだもん。
みんなはもっと強く
そう思ってるんじゃないかな?

レイン

だから素直に守られてなさい。

アレス

レインさん……。

レイン

その代わり町に着いた時には、
スイーツでも奢ってよ。ねっ?

ミューリエ

なかなか良いことを
言うではないか。
その通りだ。

ミューリエ

それにアレスがいなかったら、
このメンバーで
旅をしていないだろう。
少なくとも
私とタックがともに旅をするなど、
絶対にありえないことだからな。

タック

ミューリエ、テメェ!
その言葉、
そっくりそのままお返しするよっ!

シーラ

アレス様、
もっと私たちを信頼してください。
そして危機を乗り越えたら、
微笑んでありがとうと
言ってくれればそれでいいんです。

シーラ

自分で戦うのも必要ですが、
仲間を信頼して任せるのも
必要なのではありませんか?

アレス

シーラ……。

 
あれ?
なんか涙が勝手に溢れてきた……。

みんなの気持ちが嬉しくて……
うれし……くて……。
 
 

アレス

う……うぅ……。

アレス

わぁあああああぁん!

 
……みっともない。
本当に僕は涙もろくなった。

いくら仲間だからって、
こんなに泣いてる姿を見せてばかりじゃ
ダメだ。



――でも止まらないんだ、涙がっ!

うっ……うううううっ……。
 
 

アレス

わ……かった……。
みんなに……
頼らせてもらう……。

 
僕は服の袖で涙を拭った。

そして笑みを浮かべて、
みんなの顔を1人ずつ見つめていく。
 
 

アレス

でも……約束して……。
本当にピンチだと思ったなら、
遠慮なく僕を頼るって。

アレス

みんながどう思っていようとも、
僕だってみんなを助けたいんだ。
その気持ちは変えられない!

アレス

だからそれを守ってくれるなら、
みんなの言うことを聞くよ!

ミューリエ

あぁ、約束する!

タック

オイラも約束する!

シーラ

はいっ!

レイン

分かったわ!

アレス

じゃ、1人ずつ指切りしよう。

レイン

えーっ?
なんかアレス、子どもっぽい……。

アレス

そうかな……。

レイン

でもそういうところも含めて、
気に入ってるのよねっ♪

アレス

あはははっ!

 
そのあと、僕は1人ずつ指切りをした。

今回のことでは
みんなに心配をかけちゃったけど、
僕たちの結束は
より深まったんじゃないかと感じている。



……でも、僕はちょっとだけ嘘をついた。

もしもの時、
僕はみんなのためなら
迷うことなく力を使うと思う。

みんなもきっと同じじゃないかな?
無理をして僕を守ろうとするに違いない。

だからこそもっと経験を積んで、
力をコントロールできるように
ならなきゃいけない。

――僕はそう強く思った。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第43幕 そこにいるだけで……

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