目に映るのは、重なり合っているソートクの左手と、姫の右手だ。
まじまじと見なくてもわかる。
女性の手は総じて柔らかく、絹でしつらえた上品な民芸品のようである。
加えて今回ソートクが握っているのは、花よ蝶よと大事に育てられてきた一国の姫だ。
これが血が迸り、一瞬の気の緩みも許されない場でなかったら、その感触を永遠と楽しむだろう。
アックスチャリオット。
アックスチャリオット!
アックスチャリオット!!
はぁはぁ……
……
肺活量が疲れる!!
必殺技っぽい名前なだけで特殊効果とか皆無だからなぁ……『氣』も込めちゃいねぇし
だが、てめぇらには もったいねぇ!!
ヴァルキリー!
おお、ソートク。
こっちはあらかた片付いたぜ
姫の救出に成功したぞ!!
おっしゃ!!
流石だぜソートク!!
姫様、怪我は!?
は、はい、無事です!!
よしっ!
って、おいおいおい
手ぇ握っちゃってんじゃねぇか
目に映るのは、重なり合っているソートクの左手と、姫の右手だ。
まじまじと見なくてもわかる。
女性の手は総じて柔らかく、絹でしつらえた上品な民芸品のようである。
加えて今回ソートクが握っているのは、花よ蝶よと大事に育てられてきた一国の姫だ。
これが血が迸り、一瞬の気の緩みも許されない場でなかったら、その感触を永遠と楽しむだろう。
勇者冥利に尽きるじゃねぇか、ソートク!
何のことだ?
いや、何でもねぇ
……
オレの手も、誰かに握られる日が来るのかねぇ……
清潔感のある手。しなやかな手付き。
全ての女性の手がシルクのなめらかさを持っているとは限らない。
例えば自分がそうだ。
昔っから武器しか持ってなかったからなぁ
手のひらは肉刺ができて、筋肉によって木片並に硬い。
この両手に繋がせたのは異性の手ではなく、粗暴な武器だけだ。
おおよそ「可愛らしい」や「美しい」とはかけ離れている。
ま、その分できることはあるか……
頭目はここにはいないらしい
戻ってこられたら面倒だ。急いで脱出するぞ
おうよ!
む?
!?
!?
あ、あれは……
ありゃゴーレム系か?
『深緑の大地』じゃまず 見られねぇ
姫を護っていた番人だ
頭を貫いたというのに、復帰が早いな
はぁ……はぁ……
ソートク!!あいつはオレがやる!
姫様をこれ以上疲れさせんな!
……わかった!
姫殿下!
ご無礼を承知で、失礼いたします
キャッ
お姫様抱っこ!?
って、姫様抱えるんだから何の問題もねぇか……
両の手が塞がったまま逃げる――
急いで追って来い、ヴァルキリー!
だが、決して無理をするなよ!!
心配すんなよ!
頼もしいな……
行きます、姫様!
え、ええ
無理するな、か……
へっ――
無理するような相手じゃねぇよ
ソートクの足音が遠ざかる。
姫を抱え上げているのというのに、失速せず、迷いのない足音だ。
お姫様抱っこか……。
様になってるじゃねぇか、ソートク
邪魔立てを許すわけには いかねぇなぁ、石っころ!
ゼリィは手斧を持つ右手を振り上げた。
ゴーレムを倒すためではない。
ちょっと本気出してやるよ!
そう言って手斧を思い切り大地に叩きつける。
踏み鳴らされて硬くなった土をいとも簡単に抉り、地面に手斧が刺さる。
そうすることによって、両手がガラ空きになった。
ゴーレム系の動きを止めるには、頭をかち割ればいい
そして、確実に仕留めるには首をもぎ取るのがセオリーだが……
セオリーが通りが全てじゃねぇぞ……?
『深緑の大地』で使うとは思っても見なかったがな――
ガラ空きになった右手を背後に持っていく。
異性と繋いだことのない手に、巨大な斧を掴ませる。
ずっしりとした重量感や、使い古されたなめし革の感触が手によく馴染む。
オレの手は男の手を知らねぇ――
それでも掴ませるモノに困ったことはねぇ!
右手で掴んだ斧を勢いよく眼前へ。
ゼリィの身長を優に超す斧は大斧と呼ばれる種類の斧だ。
長大ゆえに、扱いは至難だが威力は手斧の数倍である。
手斧と同じく、配色や装飾といった意匠は雷燕を模っている。
こちらには羽飾りが無いが、それでも存在感は揺るがない。
長年愛用している大斧だ。
一撃必殺が得意なのは てめぇだけだと思うなよ!
大盤振る舞いだ!
『氣』を使って相手してやる!
見た目だけ必殺技のさっきの(アックスチャリオット)比じゃねぇぞ
双子になりな、石人形!!
斧の最も得意とするところは、重量に任せた振り下ろしによる切断だ。
しかし、ゼリィは大斧を振り上げた。
振り下ろされたゴーレムに真正面から対抗するようにだ。
雷燕色の大斧が飛翔するかのように振り上げられる。
ゴーレムの右腕は、雷燕の上昇を止められない。
紙や布のようにスーっと切込みが入っていく。
ゼリィは石の腕を裁断しながら跳躍。
腕だけでなくゴーレムの全身を裂くために。
四氣――!!
『一 刀 両 断』
大斧の片刃である、雷燕の翼がゴーレムの中心を駆ける。
ゴーレムの石の境目を狙ってなどいない。
魔界の石であろうと、一刀の元に両断する。
それが氣を込めた斬撃『一刀両断』である。
完全に真っ二つにされたゴーレムは音を発することも許されず崩れ落ち、白炎に包まれた。
力勝負じゃ負けやしねぇよ
ビシ……?
何かが軋む音が入ってきた。
それは上から。
洞窟の天井だ。
見れば音とともに、黒い線が天井に描かれている。
パラパラと土埃が降ってきている。
天井に描かれた黒い線の正体に気付いた。
あー、亀裂だな。
ヒビ入っちゃったのか。
威力が高すぎるのも参ったもんだぜ
……
やっちまったぁあああ!!
キャッ!
またゴーレムですか!?
いえ、これは地鳴りでしょう
じ、地鳴り……?
理由は知りませんが、洞窟全体が揺れています
ソォオオトクゥウウ!!
おおヴァルキリー、もうゴーレムを倒した――
走れソートク!!
洞窟が崩れるぞ!!
なんだと……
え……
走れ走れ!
急がねぇと生き埋めだ!
ゴーレムめ……小癪な真似を!!
ワリっ!
小癪な真似したのオレだ……
きゃああ!
後ろはもう崩れてますわ!
後ろは振り返られるな姫!
間に合えぇ!!
だああ!
あんぐらい耐えろよ!
軟弱洞窟!!
!?
ソートク!あれ!
あ、あれって……
見えている!!出口だ!!
あと少しだ!!
よしっ!!
なんとかぁあ!!
ゼリィ殿!
御無事ですか?
間に合ったか!!
勇者殿!
土埃が舞います!!
姫!
目を瞑ってください!!
は、はい!!!
皇女殿下!?
見事救われたので――
パッフ!
マズいぜ!!
え?
はぁはぁ……
流石に肝が冷えたな……
ソートク、姫さんは!?
姫……お怪我は?
だ、大丈夫です……
ぃよしっ!!
救助成功だな!!
ああ!
ケホっ……げほっ、く、口の中に大量の砂が……
お?
大丈夫かパッフ?
だからマズいって言ったのに……
『マズい』という情報だけでは、対処しきれません!!
『離れろ』とか『崩れるぞ』とか色々あったでしょう!!
まぁまぁ
――
そう睨むな。
そう凄むな。
パッフ、他の女性たちはどうした?
そ、そうでした……
シュー殿が、一足先にタニリタまで送っています
幸い、盗賊団が使っていた馬車がありましたので
そうか。
なら俺たちも急ぐとしよう
頭目の首を討ちとっていないからな……。
まだ壊滅したとは言えない。
頭目がいなかった……?
みてぇだな
だが、まずは良しとしよう。
とりあえず、馬を隠した場所に行くか
アイツも驚くだろうぜ
ゼリィ殿……。
それが……。
そっか……行方不明か……
ええ。
馬はこうして全匹無事だったのですが……
血痕だけがあったと……?
はい……。
盗賊団に見つかってしまったのか……。
あの方はもう……
姫さんの前だ。
それ以上は言うな
失礼を――
いえ……。
その兵士だけではないのですから……。私のせいで亡くなったのは……
く……
姫さんよ、幸い今は馬上だ。
手綱もオレが握ってる――
多少の涙は、風が拭う。
今は存分に泣きなよ
しかし、次に国民に顔を見せるときは、毅然とした態度で元気を装いな
身体は無事。心の傷も無し。そんな姫さんの姿が死んでいった者たちへの手向けになるだろうよ
……え、、えぇ
う、うぁ――
少女のむせび泣く声が馬の蹄の音と重なって、やがて霧散していく。
ゼリィは馬の手綱の操作に夢中になることでそれを聞かないことにした。
恐らく、ソートクもパッフもそうだろう。
流す涙が涸れるまで、三人は沈黙を守り続けた。
その沈黙の最中、ゼリィは思案する。
頭目の不在……。
あり得ない魔物の往来……
こりゃあ、まだ終わりそうもねぇな……
しかし……
あ、あんた……後生だ……。
か、彼女に……愛してくれと、伝えてくれ……
自分で言え。
三日後には治る傷だろそれ。
アイツ、彼女に言えたのかな……?
くそ……
クッッソたれ!!
――……