―タニリタ城下―

夜の帳が降ろされる頃。


幻想的な月光に照らされ淡くなったタニリタの城壁の横を通る四匹の馬がいた。

その内の二頭はそれぞれ一つの人影を乗せ、一頭は誰も乗せていない。

一頭は二人の女性を乗せていた。


手綱を握る女性が、しがみついている女性に振り返り声をかける。

馬の速度はゆったりとしており、前方に注意を払う必要はない。

ゼリィ

じゃあ、姫さんは頭目の顔を知らねぇのか?

はい……。頭目の部屋にいましたが、見張っていたのは、手下かあのゴーレムだけでしたので……。

頭目がいるときは目隠しをされていましたし、声だけは聞いたのですが……

ソートク

監禁した美少女の世話を任された手下はさぞ満ち足りた気持ちであろう――

ソートク

痛っ

ソートク

なにをする?
口外していない、これ即ち罪に非ず!

パッフ

思った時点で死罪です

ソートク

というか、なぜわかった?

え?今、殴打音が……?

パッフ

お気になさらず。ええ、お気になさらず

パッフ

それより、頭目の不在も気になりますが、魔物がいたというのが問題です

ゼリィ

ああ。あの魔物共はどう考えても偶然現れましたってもんでもないぜ?

ゼリィ

協力体制こそ取っちゃいなかったが、ねぐらを一緒にするなんてありえねぇ

ソートク

魔物が出現するには、意図せず生まれる空間の歪みが必要だったな

パッフ

ええ。将軍位などはある程度操作できるとは聞きますが……

パッフ

あそこにいたのはどう見ても一般兵レベル……。そも、魔界軍とも思えませんでした

あの……それなのですが

ソートク

あの魔界の者共は、どうやら人が呼び寄せているようなのです

ゼリィ

!?

パッフ

!?

ソートク

わ、私も未だに信じられませんが……

ゼリィ

まぁ、可能性がゼロじゃねぇとは思うが……

ゼリィ

しかし、どうやって呼び寄せたんだ?
暗黒儀式の間なんてなかったぜ?

それが……ある石を使っていたと記憶しています

パッフ

石?

はい。昨日のことなんですが……
















頭目。昼にタニリタに攻め込んだのですが、想像以上に数が減っちまって……

なに?あの国王が援軍でも呼んだのか……?

いえ、旅の者らしいのですが……

旅の者……だと?
ひょっと知たら勇者かもしれんな。
タイミングが悪いな

なに、すぐ確かめられる

して、損害は?

およそ百は……

ちっ、仕方ない。新たに呼ぶしかないか

ど、どうやって呼ぶんですか?

なんだ、気になるのか?

だって……魔物を呼ぶんですよね

いいだろう教えてやる

見ろ、この石を使うのだ

こ、こんな小さい石を?

ああ。これに少量の血を垂らせばいいだけだ

こうすれば……

げへへ。人間界だぁ

多少気怠いが、悪くねぇな

ほ、ほんとに魔物が、たくさん……

うん?

ぎゃあ!!

へっへっへ

おい、ここにいる人間には手を出すなと言われなかったのか?

ああ。だからテメェには何もしてねぇだろ?

まったく……お前たちの上司は話が通じるというのに
















ということがあったんです

ソートク

石……か

ええ……

その石は『口笛石』と呼ばれ、今も頭目の手にあるかと……

ゼリィ

ちっ、てことはやっぱり頭目を捕まえねぇと話になんねぇか

パッフ

みたいですね

……

ソートク

何、これ以上姫が案じられることは何もない

え?

ゼリィ

だな。城門が見えてきたぜ

ゼリィ

夜遅くになっちまったけどな

いえ、構いません

故郷に五体満足で帰れたのです。
これ以上何を望めましょう……

パッフ

どうします?
城門は閉まっているみたいですが……

おお!姫殿下!!

皇女殿下!!

兵士長!

パッフ

お迎えが来てましたか。
シュー殿が送った女性たちが報告したんでしょうか

よくぞご無事で!

皇女殿下、皇女殿下ぁ

し、心配かけましたね

ゼリィ

あのメイド……

勇者様御一行も一人も欠けることなく、無事ですな!

ゼリィ

なぁに、こんなもんよ。アジトも壊滅状態だぜ?

お見逸れしました。
これで国王様も安心出来ますな

パッフ

いえ、まだ頭目を捕まえてはいません。
警戒を解くべきではないかと

なんと、しぶとい奴……

しかし、今は姫殿下の無事を王に報告しなければ!

私が責任持ってお届けいたします。お疲れでしょう。皆様は一度宿に戻られては?

ソートク

そうさせてもらうか

パッフ

え……?

ゼリィ

ま、夜中に城へ入るのも悪いし、これからドタバタするだろうしな

パッフ

それもそうですが……

ソートク

兵士長、くれぐれも美少女を――

パッフ

――

ソートク

ひ、姫様をよろしく頼む

分かりました。
私が責任持って王城へ届けます

ゼリィ

頼んだぜ、宿まで馬は借りてくからよ!

あ……

さ、姫様行きますぞ

労いの言葉を……

大丈夫ですよ皇女殿下

そうですな。明日にでも城へ招待しましょう

はい。貴方にも苦労をかけましたね

いえいえ。
では行きますぞどうぞ、馬にお乗りください

どうしました、姫様?

いえ、城へ向かう道では無いような……

城下町に盗賊団がいるかもしれませんからな。

ここは兵士しか知らない秘密の通路を通ります

……そうでしたか

なら安心ですね、皇女殿下!!

……本来ならば門外不出の場所。メイドであるお前が来てしまっては秘匿性に欠けるのだが……

何言ってるんですか!?
傷心なされている殿下の世話をメイドがしなくてどうするんですか!

ですよね、皇女殿下

え、ええ

そうね

ちっ……
















こ、ここが秘密の通路ですか?

な、何やら不気味なところですね……

……

へ、兵士長?

な、なんで黙ってるんですか?

……

つけられてはいないな?

へへ、バッチリです!

!?

!?

まさかゴーレムまでやられてしまうとはな……

また、魔物を呼ばなければな

っつ!?

あ、貴方まさか!?

こ、皇女殿下……

え……!?

おーっと動くなよ?
動くとこのメイド服が赤く染まるぜ?

兵士長!これは一体どういうことです!?

やれやれ、賢しい小娘と思っていたが、やはり小娘か……

この声に聞き覚えはありませんかな?

ま、まさか……

ええ。私が盗賊団の頭目ですよ

そんな……!?

この国を奪うには当然ながら国王が邪魔でしてな

兵が少ないのに しぶとい故、魔物の力を借りなければならないとは

で、では貴方が魔物を!?
悪魔に魂を売ったのですね!?

まぁそうともとれますな。しかし存外、話がわかる連中でしたよ、魔物どもは。

ソーリヨイの駐屯兵を退去させよという命令には苦心の思いでしたがね

なんてことを……

それはこちらの台詞だ。
もっとも、言ってやりたいのは勇者連中だがな

奴らのせいで計画が大きく失速してしまった

――まぁいい

わたしにはこの『口笛石』があるのだからな

そ、それは……

これがあれば、魔物たちは意のままよ!
それにこうして人質も取り戻した!
ふははははっ――

おっと……。
人質は二人もいらないな。
そのメイドを殺せ!

な、なりません!!

……

どうした?早く殺せ

ぐふっ……

なに!?

これがあれば再起可能ですか……

な、『口笛石』が!?

なら、これで再起不能ですね

お前たち!何をしている、取り返せ!!

……

無駄です

『やれやれ、賢しい小娘と思っていたが』――

――あたりから意識はありません

き、貴様何者だ!?

……

あららぁ、国の兵士さんならぁ〜知ってると思いましたけどぉ?

シュー

『テッテレー!!』ですねぇ
しがない魔法使いですよぉ〜?

ま、魔法使いさま……?

シュー

ええ〜。
カツラとメイド服お借りしただけなんですけどねぇ

ソートク

だから言ったはずです

ソートク

これ以上姫が案じられることは何もない、と

勇者様……!?

なっ、どうしてここが……!?

シューの守護精霊

我ト主……心ガ一緒!

ゼリィ

魔法生命体って便利だなぁ

くっ……

ソートク

兵士長、お前は最初から怪しかったな

ソートク

天空騎士の存在を知っていながらシューのことを知らなかったのは、城壁防衛の時アジトにいたからか?

ソートク

試しに会議に全員で来るという約束を破ってみたが、貴様は我らに何も言わず、馬も三匹しか寄越さなかったな

シュー

シューのことは初めて見ましたか〜?

ソートク

まぁ、だから変装してもばれずに済んだのだがな

ゼリィ

会議にも出なくて正解だったな

シュー

やっぱり黒幕がいましたねぇ

ちっ……

パッフ

往生際が悪いですね見苦しい

パッフ

動かないことを薦めますが?

く……

ソートク

姫はこちらに

はいっ!

くそっ!!

パッフ

大人しくなさいっ!

ゼリィ

なんかパッフ高圧的じゃね?

ソートク

メイドがシューだと分かってなかったからじゃないか?

ゼリィ

なーる

パッフ

ち、ちちち違います!!

シュー

大丈夫ですよぉ。
皇女殿下も分からなかったみたいですしぃ

パッフ

慰めになってません!

私は分かってましたけど……

パッフ

え……

メイドは私のことを「姫様」としか呼びませんから……

シュー

あららぁ、初歩的なミスですねぇ

パッフ

ぐぬぬ……

ゼリィ

ま、それもいいけどよ……

ゼリィ

ソートク、さっさと姫様をお連れしろ!

シュー

パッフさんもですよぉ〜

シュー

兵士長さんはぁ、シューたちが何とかしますからぁ

ソートク

相分かった!

ソートク

姫、今一度失礼します!!

は、はい!

シュー

お姫様――

パッフ

――抱っこですと!?

ソートク

行くぞ!
パッフ!!

パッフ

は、はい!!

ゼリィ

……

シュー

どうしましたぁ?

ゼリィ

似合ってたなぁってよ

シュー

確かにぃ、ソートクさんも勇者って感じですねぇ

ゼリィ

ちげぇよ、シューのメイド姿がだよ

シュー

あららぁ、転職しちゃいますぅ?

ゼリィ

いいかもなぁ。
毎日オレに紅茶淹れてくれよ

シュー

そんな未来もいいですねぇ

ゼリィ

……

シュー

……

ゼリィ

さて、と

くそ!
私の計画が……!!

ゼリィ

それだけ吼えれれば大したもんだ

シュー

国盗りを計画するだけはありますねぇ

シュー

兵士長さん〜。色々聞きたいことがあるんですよねぇ

シュー

主にぃ、この事ですがぁ〜

ゼリィ

『口笛石』だっけか?
どこで手に入れたんだ、こんな物騒なもん

はっ!
貴様らに話すことなど無いわ!!

ゼリィ

何もタダで聞こうとは思ってねぇよ

シュー

ですねぇ

シュー

ただぁ――

シュー

黙して語らずは、想像以上の痛みが伴いますよぉ?

ゆ、勇者一行が拷問でもするつもりか

ゼリィ

あっはっはっは

ゼリィ

「つもり」じゃねぇよ「する」んだよ

ひっ――

ゼリィ

ここにはソートクも、穢れを知らないパッフもいねぇ

シュー

ここにいるのは、心が穢れてる人たちだけですのでぇ

シュー

幸い、秘密の通路ですしぃ

ゼリィ

ま、城の兵士が来るかも分かんねぇからな。
急ぎはするぜ?

シュー

では早速――

こ、こけおどしが!
勇者の仲間がするわけ――

ゼリィ

爪を剥ぐ――

シュー

その後、片目を火であぶりますぅ

や、やめ――

その後、「ギャ」とも「ガ」とも聞こえる悲鳴が響き渡った。

悲鳴はしかし一瞬しか続かなかった。

死んだわけでも、痛みによって失神したわけでも無い。

ただ、指の爪を剥ごうとした剣闘士が近づいただけで、兵士長は屈服したのだった。

――……

28、 シュー パッフと兵士長を騙す

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