シャポリを出航してから数日が経った。
その間にはさすがに僕も
何度か船酔いというものを経験した。

あんなに気持ち悪くなるものだとは
思わなかったよ……。

それでもまだ僕は軽い方で、
タックやシーラはかなりグッタリしている。
見ていて可哀想になってしまうほどだ。
背中を優しくさすってあげることくらいしか
できないのが歯がゆい。

酔い止めの薬は
船舶会社が用意してあったものも
レインさんもストックがなくなっていて、
あとはひたすら我慢するしかない。

こんな中でも酔わないミューリエは
すごいと思う。
レインさんも何回かは
気持ち悪そうにしてはいたけど、
それでも普通でいられる時間の方が
長いみたいだ。
 
 

アレス

はぁ……。

ミューリエ

大丈夫か、アレス?

アレス

うん、今のところは……。
少しは慣れたし。

レイン

さすが勇者様ね。
大したものよ!

ミューリエ

私はこれからシーラとタックの
様子を見に行ってくる。
アレスはどうする?

アレス

それなら僕も行くよ。

レイン

あっ! あたしも行くっ♪

ミューリエ

そうか、では行くとしよう。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



船室を出た僕は
2人とともに通路を歩き出した。
そして甲板へ出ると、
やっぱりそこにいる乗客の多くは
疲れた顔をしている。


――早速、手前でシーラの姿を見つけた。
なんかゲッソリとしていて、表情も暗い。
 
 

アレス

シーラ。

シーラ

アレス様……。

アレス

大丈夫?

 
僕はシーラの背中を優しくさすってあげた。
柔らかくて温かな感触が手に伝わってくる。

これで少しでも楽になってくれれば
いいんだけど……。

彼女は少しだけ笑みを浮かべ、
じっとしたまま気持ちよさそうにしている。
 
 

シーラ

ありがとうございます。
アレス様にさすってもらうと、
すごく楽になります……。

アレス

ゴメンね、
僕にはこれくらいのことしか
できなくて。

シーラ

いえ……嬉しいです……。

ミューリエ

ふふっ。
アレスはシーラの介抱をしてやれ。
私とレインは
タックの様子を見てくる。

アレス

あ、それなら僕も――

レイン

こらっ!

アレス

痛っ!

 
僕はレインさんから頭にチョップを食らった。
彼女は眉をつり上げ、僕を睨み付けている。

ひどいなぁ、いきなり叩くなんて……。
 
 

レイン

アレス、
シーラを放っておくつもり?
お姉さんは感心しないぞっ?

アレス

う……。

シーラ

いえ、私のことはお構いなく……。

レイン

シーラ、
こういう時は甘えておきなさい。
それが仲間ってものでしょ?

レイン

それにぃ、
せっかくのチャンスじゃないの?
ねぇ?

シーラ

…………。

レイン

――そういうわけだから、アレス。
シーラのことは任せたからね?

アレス

うん、分かった。

 
僕が返事をすると、
レインさんはニッコリと微笑みながら
ウインクを返してきた。

そしてミューリエとともに
その場から去っていった。
 
 

シーラ

……アレス様、申し訳ありません。
ご迷惑をおかけして。

アレス

何で謝るの?
レインさんも言ってたけど、
仲間なんだから
遠慮せずに甘えていいんだよ。

シーラ

…………。

シーラ

……ですよね。
仲間……ですものね……。

 
シーラは少し寂しそうな顔をした。

どうしたんだろう?
僕はシーラの介抱をすること、
迷惑だなんて思っていないのに。

よっぽど気にしているんだろうなぁ……。
 
 

アレス

そうだっ! シーラ、
何かしてほしいことはない?
遠慮せずに言って!

シーラ

えっ?

シーラ

では、また背中を
さすっていただければ……。

アレス

分かった。

 
僕はまたシーラの背中をさすってあげた。
彼女はとても気持ちよさそうだ。
 
そのまま何気ない話をしながら、
今の海のように穏やかな時間が流れていく。
シーラも少しは
気分が良くなってきているみたい。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

アレス

なんだっ!?

 
天まで届きそうなくらいの轟音が不意に響き、
船全体が大きく揺れた。


――これは波の影響なんかじゃない。
何か巨大なものと船が
ぶつかったような感じだ。

でも周りには岩礁なんてなさそうだけど……。


船内はにわかに慌ただしくなり、
船員さんたちが
大声を上げながら走り回っている。

乗客たちも悲鳴を上げながら右往左往して、
パニックに陥っているようだ。
 
 

バラッタ

アレスッ!

アレス

バラッタさん!

 
バラッタさんは船長室から
駆けてきた様子だった。
手には味わいのあるモリを握りしめている。
 
ということは、これはもしかして……。
 
 

バラッタ

モンスターが出やがったらしい。
手を貸してくれ。
今は若いヤツらが
船首で応戦している。

アレス

分かりました!

アレス

シーラはここにいて。

シーラ

……いえ、私も戦います。

アレス

でもその状態じゃ……。

シーラ

行きます。
微力かもしれませんが、
アレス様のお役に立ってみせます。
お願いです、
足手まといにはなりませんから。

 
シーラは意思の光を瞳に輝かせ、
僕を見つめた。
船酔いで辛いはずなのに、
それでも一緒に
戦おうとしてくれるなんて……。


――シーラ、ありがとう。
それなら僕はシーラを絶対に守らなきゃ!
 
 

アレス

……分かった。
その代わり、
絶対に僕のそばを離れないで。

アレス

シーラは僕が守るから。

シーラ

あ……。

バラッタ

よしっ!
2人とも、行くぞっ!

アレス

はいっ!

シーラ

はいっ!

 
僕たちは甲板で逃げ惑う乗客たちを
避けながら、
走って船首へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ギュワァアアアアァッ!

 
 
 

タック

くっ……!

船員

ちくしょう!

 
船首に着くと、
そこではタックや船員さんたちが
矢やモリを放ってモンスターに攻撃していた。

でもそれらが近づくと
モンスターは海に潜ってしまい、
ダメージを与えられていない。

しかも攻撃が当たったとしても、
表面の皮膚は硬いらしく、
弾かれてしまっている。
 
 

アレス

ミューリエ!

ミューリエ

おぉっ、アレスか!

 
タックや船員さんたちとともに、
ミューリエとレインさんも船首にいた。

ただ、相手が海の中を動き回っているせいか、
攻めあぐねているようだ。
 
 

タック

うっぷ……。

 
今まで矢を放っていたタックは
不意に口を右手で塞ぎ、
船のへりに左手を付いて体重を
預けてしまった。

ものすごく辛そうだ……。
 
 

アレス

タック、大丈夫?

 
背中をさすってあげると、
タックは薄笑いを浮かべながら
顔をこちらに向けた。

呼吸は激しく乱れている。
 
 

タック

……すまねぇ。
正直、オイラはいっぱい一杯だ。
本調子なら
水系の召喚獣を呼び出して、
簡単になんとかできるんだが……。

アレス

無理はしないで。
あとは僕たちに任せて。

バラッタ

おいっ、アイツは
シップキラーじゃねぇかっ!
こりゃ、ちょっとヤベェぞっ!

 
バラッタさんが
海中を泳ぎ回るモンスターを見て
驚愕したような声を上げた。

大抵のことには動じないバラッタさんが、
激しく動揺している。

つまりそれだけの相手ってことっ!?
 
 

アレス

なんです、それはっ?

バラッタ

ヤツは体当たりして船を沈め、
俺らが溺れているところを襲って
捕食するって厄介なヤツだよ!
しかも動きは素速いし、
タフでもある!

バラッタ

普段は海の深い場所にいて、
滅多に出てこないんだが……。

 
 
 

 
 
 

バラッタ

うおぁっ!

 
再び船体が大きく揺れた。
こんなことを繰り返されたら、
いつ船が壊れてしまうか分からない。

泳いで逃げられそうな陸地は
近くに見当たらないし、
このままだと僕たち全員が
アイツのエサになっちゃう!
 
 

バラッタ

お前らの中で、
誰か電撃系の魔法は使えないかっ?
致命傷を与えられるほどで
なくていい。
痺れさせられれば、
その間に逃げられる。

ミューリエ

すまん、電撃系は専門外だ……。

レイン

ふっふーん♪
ここはあたしの出番みたいね。
それなら任せておきなさいよ。

ミューリエ

では、
モンスターはレインに任せる。
私は船体に
防御結界を張るとしよう。

アレス

シーラは誰かの怪我に備えて、
待機してて。
でも無理はしないでね?
苦しかったら休んでていいから。

シーラ

ありがとうございます……。

タック

アレスはどうするんだ?

アレス

僕は力を使ってみる。
通用するかどうか分からないけど。

 
こうして僕らはそれぞれの役割を持って
シップキラーと対峙した。

この場は何としても切り抜けなきゃ!
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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