僕たちの乗った船は
大海原の真ん中を進んでいた。

シャポリを出航してから数時間。
どの方向を見ても陸地や島らしきものの
影はない。
ひたすら海が続いているだけだ。

空には白い雲と輝く太陽。
風は涼しいんだけど、
日差しが強くて焼けるような感じがする。
 

レイン

アーレスっ!

アレス

あ、レインさん。

レイン

元気そうね?

アレス

えぇ、まぁ……。
どうしてそんなことを
聞くんですか?

レイン

船酔いをしないのかなぁって
思ってさ。

アレス

船酔い?
僕、お酒なんか呑んでないので
酔っぱらいませんよ。

レイン

船酔いっていうのは、
船の揺れによって気分が悪くなる
症状のことよ。
だからお酒とは関係ないの。

アレス

そうなんですか?
僕はなんともないですよ。

レイン

……ほら、
あそこを見てみなさいよ。

タック

…………。

 
レインさんが指差した先には、
真っ青な顔をしたタックの姿があった。
彼は船のへりから海の方へ頭を出して、
定期的に嘔吐いているようだ。

よく見てみると、
同じような格好をした人が甲板にたくさんいる。
 

アレス

もしかして、みんな船酔いなの?

レイン

えぇ、そうよ。
船に乗り慣れている人なら
船酔いしにくいって
言われるけどね。
まっ、ダメな人は
とことんダメみたいだけど。

アレス

レインさんは平気?

レイン

あたしは旅で船によく乗るから
慣れてる方だし、
今は酔い止めの薬を飲んでるもの。

アレス

へぇー、
そういう薬もあるんですね……。

レイン

さぁて、
タックをからかって遊ぼっと!
今なら弱ってるから、
悪戯しても抵抗できないだろうし。
ウププププッ♪

 
レインさんは口を手で押さえて
笑いをかみ殺しながら、
楽しげにタックへ近付いていった。

スキップまでしちゃって、かなりご満悦そうだ。
 

アレス

レインさん、
あまりタックを
怒らせるようなことをしたら
ダメですよっ?

 
そう叫んではみたものの、
きちんと聞いてくれたかは疑問だ。
やれやれ……。



しばらくは景色も代わり映えしなさそうなので、
僕も船を見て回ろうかな。
まずはバラッタさんのところへ行ってみよう。

僕は船体の後方にある船長室へ
向かうことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

アレス

失礼しまーす。

バラッタ

おっ、アレスか。
まだ元気みたいだな?

アレス

はい。おかげさまで。

バラッタ

今のところ、航海は順調だ。
風向きもいいし、
俺の日頃の行いがいいおかげだな。

 
バラッタさんは機嫌良さそうに大笑いした。

周りの船員さんたちは、
一様に苦笑いをしているみたいだけどね……。
 

アレス

あっ、それはもしかして……。

 
 


その時、僕の目はテーブルの上に
置かれているものを捉えた。

――導きの羅針盤だ!
 

アレス

それ、
僕が見つけてきたヤツですよね?

バラッタ

おう、そうだ。
コマは魔法力によって
回転をしている。
そこに発生する力のおかげで
磁気に左右されず、
方角を正確に知ることが
できるわけだ。

アレス

なんか難しいですね……。

バラッタ

もっと驚きそうなことを
教えてやろうか?

アレス

なんです?

バラッタ

この世界は丸いってことだ。

アレス

っ? どういう意味ですか?

バラッタ

つまり世界は
ボールみたいな球形で、
しかも常に回転している。
導きの羅針盤は
その力を利用してるわけなのさ。

アレス

ちょっ、
ちょっと待ってくださいよ!
地面が動いているわけ
ないじゃないですか!

アレス

そりゃ、
たまには地震みたいなことも
ありますけど、
いつも動いてはいませんよ。
それに動いていれば
分かるはずですし。

バラッタ

はははははっ!
最初はみんなそう言うわなぁ!
船乗りの中にだって、
それが信じられないって
ヤツもいる。

バラッタ

だが、それでも世界は丸い。
アレス、
窓から水平線が見えるだろう?

アレス

はい。

バラッタ

向こう側から船が近付いてきた時、
どう見えると思う?

アレス

点みたいに小さい影が、
どんどん大きくなっていくのでは?

バラッタ

確かに船が近付いてくると
大きく見えるようになる。
でもな、
例えばこの船みたいな
大型帆船だと、
マストの先端が最初に見えたあと、
水平線を昇るように見えてくる。
つまり世界が球形だという証拠だ。

バラッタ

山のある島なら
山頂から見えるようになるわけだ。

アレス

そうなんですかぁ!

アレス

じゃ、
地面が動いているというのは?

バラッタ

マストの先から甲板近くまで、
長い振り子を吊すとするだろ?
もし地面が動いていないなら、
同じ方向を
行ったり来たりするはずだ。

アレス

違うんですか?

バラッタ

あぁ。
時間が経つとその位置がズレる。
それは地面が
動いている証拠なワケさ。

アレス

へぇーっ!
面白いですねぇっ!

 
すごい!
世界には僕の知らないことが
こんなにもたくさんあるなんて!

まだまだ色々な何かがあるんだろうなぁ。


もっともっと世界を見てみたい!
色々なことを知りたいっ!!
 

船員

――船長、
少し風向きが
変わってきたようです。

 
その時、船長室に船員さんが報告にやってきた。
表情が曇っていて、
ソワソワしているのが見て取れる。
 
風向きが変わったということだけど、
帆船だから航行に支障があることなのかも
しれないな。
 

バラッタ

ん?
ロック爺は何か言ってたか?

船員

いえ、今のところは何も。

バラッタ

そうか……。
それなら大丈夫だとは思うが。

 
バラッタさんは腕組みをして
「うーむ」と唸った。
そして海図に目を落として、再び唸る。


……僕がここにいると邪魔になるかもしれない。
 

アレス

あの、そろそろ僕は失礼します。
色々と教えてくださり、
ありがとうございました。

バラッタ

――悪いなアレス、
またあとでな。

アレス

いえ、
こちらこそお邪魔しました。

 
そう言って僕は船長室を出た。

――次はどこへ行こうかな?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

アレス

あれ?

クレア

…………。

 
僕が甲板の方を見ると、
そこにはシャポリで
ミューリエと一緒に歩いていた
お姉さんの姿があった。

1人で座ったまま、本を読んでいる。


声をかけたらマズイかなとも思ったけど、
いつの間にか僕は吸い寄せられるように
その人に歩み寄っていたのだった。
そのまますぐそばに座り、
ちらちらと横目で様子をうかがう。


すごく綺麗な髪をしていて、
目鼻立ちも整っている。
そして凛としていて大人びた感じ。
僕は美人だと思う。
雰囲気はミューリエと似ているかも……。
 

クレア

……何か用?

アレス

えっ!?

 
急にお姉さんに声をかけられ、
僕はビックリして心臓が止まりそうになった。

彼女の視線は依然として本に向いたままで、
誰に向けて言ったのか分からない。
でも近くには僕しかいないんだよなぁ。

でも独り言という可能性も……。
 

クレア

お前、さっきから私のことを
チラチラと見ているだろう?
ナンパならお断りだぞ?

 
お姉さんは顔を上げ、
僕へ視線を向けながら言った。
表情はややムスッとしている。

やっぱり僕に対して言ってたのか……。
 

アレス

いえ、ナンパじゃありません。
その……
ちょっと気になることが
あって……。

アレス

シャポリでミューリエと一緒に
歩いていましたよね?

クレア

……ミューリエ?
誰だ、それは?

アレス

えっ?
僕と一緒に旅をしている仲間です。

クレア

私はそんなヤツ、知らない。

アレス

で、でもっ!

ミューリエ

――アレス、どうしたのだ?

 
お姉さんを問いただそうとしていると、
その場にミューリエがやってきた。

彼女は僕とお姉さんの顔を見て、
キョトンとしている。
 

ミューリエ

アレス、ここで何をしている?

アレス

えっとね――

クレア

この子が
ワケの分からないことを言って
私に付きまとってくるの。

ミューリエ

何っ?

アレス

ち、違うよっ!

アレス

ねぇ、ミューリエ。
シャポリでこのお姉さんと一緒に
歩いていたよね?
僕は見たんだよ。

ミューリエ

いや、私は初対面だが?

アレス

そんな……。

ミューリエ

アレスの見間違いだろう。
私はシャポリでは
ずっと1人で行動していたぞ?

 
直後、ミューリエはお姉さんに向き直り、
小さく頭を下げた。
 

ミューリエ

連れの者が失礼したな。
悪気があったわけではないと思う。
どうか許せ。

クレア

……いえ、私は別に
なんとも思ってませんので。
ちょっとイラッとはしましたけど。

ミューリエ

私はミューリエ。この者はアレス。
共に旅をしている。
お主の名は?

クレア

……クレア。

ミューリエ

クレアよ、しばらくは同じ船で
旅をすることになるのだ。
よろしく頼むぞ。

クレア

こちらこそ。

 
そう言うとクレアさんは本に目を落とし、
静かに読書を再開させた。

そして僕らの存在を認識していないかのように、
自分だけの世界に入ってしまう。
一切口を開かず、大きな動きも見せない。
 

ミューリエ

アレス、読書の邪魔をしては悪い。
向こうへ行こう。

アレス

う、うん……。

 
僕はミューリエに優しく背中を押され、
その場をあとにした。

……やっぱりシャポリで僕が見たのは、
気のせいだったのかなぁ?


でも僕はクレアさんのことについて
何も知らない。
見たのもあの時が初めてだ。
単なる気のせいで、
あそこまでハッキリとした記憶が
残るだろうか?

それに気になるのは、
クレアさんからは普通の人と違う
何かを感じること。
でも今はそれがなんなのかは分からない。


――僕は心にモヤモヤとしたものを抱えつつも、
ミューリエと一緒にそこから離れたのだった。
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

第40幕 バラッタ船長の授業

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