探偵は窮地に陥っていた。
初夜でいきなり、この非常事態に託けて馬鹿が女を犯しに行くとか宣い出して、案の定ルール違反で死にやがり、読みの良い殺人犯に頼れそうな仲間を殺され、一人きりになってしまった。
正に孤立無援。
特殊ルールで探偵の全滅でクリアになるが、それは自分が死ねばの話だ。
今此処で名乗りを上げても、間違いなく殺される。
村人の仲間のハズが、村人すら敵に周り誰も助けてくれる人がいない。
クソ野郎、と死んだバカを罵る。奴のせいだ。
勝手な奴のせいで、全てが狂い出した。
狼の有利な流れを生み出してしまった。
どうすればいい。
人狼ゲームなどやったことのない素人の自分が、生き残りつつクリアするには。
あの取り仕切る二人によると、どうやらゲームマスターは全てを明かしていないという。
なら、まだグレーの部分もあるということか。
手探りでやらないといけないと?
これでは調査しても、誰にも伝えられない。
伝えなければ、探偵の意味などない。村人と同じだ。
どうする、どうする。
その考えだけが、窮地の探偵の頭の中にリフレインしていく……。

真澄

昼間の投票を分散させよう

私は、打ちひしがれる彼らにそう提案をした。

真澄

昼間に、追放せずに済む方法はそれしかない

……どういう意味?

速水が怪訝そうに私を見る。
その目には折角の有利な空気をどうするつもり、という懐疑的な色が混じっている。

真澄

昼間、絶対に投票しないといけないのは間違いないんだ
でもこの手探りな状態で、選べる?
黒幕が誰だかわからない状態で、誰かを率先して追放するなんてコト
もし違えば、余計な死人が増えるだけ
しかも選んだのは私達で、嫌がる本人を数の暴力で押し流すのよ?

それは……まぁ……

彼女は私の目論見を、見抜いたようだ。
先程から熱心に書いていたメモを見下ろし、逡巡する。
それはきっと、動いても大丈夫かどうかだろう。
他のメンツは、したくないとか、出来る訳がないと否定的な意見が多い。

真澄

ルールではゲームを妨げる行動は禁じられている
でもこの分散は、余程回数を重ねない限りは、違反行為にはならないと思う
何故なら、必ずこの手のゲームではあるでしょう?
手詰まりの状態で膠着することが

私は微笑みながら言う。なるべく、穏便に進めないと。
悟られないように、みんなのことを考えていると思われるように。

真澄

大人数のゲームにはありがちなのよね
誰かがバカして進めなくなるとか
……死人を悪く言うつもりはないよ
だけどルール違反で死んだ奴のせいでこうなったんだから
特に探偵のやつが生きていればまだマシだったはずだよ
だから、今回は分散をして様子を見ない?

……んー……

神妙な面持ちで速水は悩んでいる。
如何に有利なこの状態を崩さないようにするか、で。
他のメンツは大まか、私の案に乗ってくれている。
賛成がもう数人、手を上げてくれた。

優作

そういうことなら、俺は住吉の提案に乗るぜ

愛衣

わたし、先輩達に賛成!

能天気な甘ちゃん二人が賛同した。
これでまず、うっさい奴を黙らせる。

和樹

悪くねえ
それ以外手立てはなさそうし、俺も乗っかる

俊介

……仕方ありませんね

孤立の木島平、中立の不動も確保した。
問題は……。

海音

……

あや

……

――狼の小田、村長の文月だ。
他の狼や内通者は私の思惑に悟っているのか、何も言わずに賛成してくれているのに。
ここで下手に刺激すれば、均衡を壊してどこに流れるか分からないから、上手くやろうとしているのに。
どの道こっちの陣営が勝っているのだから多少余裕を見せてもいいはず。
それを理解していないのだろうか。
小田は、嫌そうな顔をして何も言わない。
不貞腐れた文月はそっぽをむいて黙っている。

俊介

住吉さん、速水さん
そこの人殺しの意見は聞かなくても良いかと思いますが

露骨に人殺しと文月を罵り、睨み付ける木島平。
そのことに関しては、奴のふてぶてしい態度も相まって誰も助けない。
速水も、諦めているようだ。

村長は相手するだけ無駄だからね
どの道クリアには何の障害にもならないからほっときましょう

村長はゲームマスターの考えではもっとこう、中身を引っ掻き回す役目のはずだったのかもしれない。
が、早い段階で奴を無価値と見出した私と速水の助言により、文月は相手をしないという暗黙の了解ができている。

あや

別に……意見なんて無いし……

あの態度も拍車を掛けている。
彼女は役職に合わない人格だったということだ。
彼女は完全に悪者であり、謝罪もなければ後悔も自責もない。
だから他の人間の不快感を買って、相手されなくなるのだ。
自業自得だ。私も助ける余地はない。

海音

……!

そんな文月をじっと見ていた小田が、不意に小さく目を見開いた。
まるで何かを思いついたように。

真澄

あの目……
何かよくないことを思いついたのかも……

見ていて気付く。
あの瞳と似た色をした人間を病院で見かけたことが数回ある。
澱んだ泥に酷似した目を持つ人間は、心の中で何か他人に対してアクションを起こす前、あんな目をする。
たとえば、無理やり女性を襲おうとしたりとか。
たとえば、他人を残酷に殺そうとしたりとか。
決まって、ろくなことがない。
何か、あいつは文月を使って誰かにしようとしている?

目配せして、視線に気付いた速水が僅かに顎を引く。
進行は任せる、ということだ。速水は本当に賢いと思う。
私は彼女程頭は良くないが、死を望んでいる故、何も恐れることがない。
速水は高い知性と精神力を武器に、私は怖れを知らない事を武器にしている。
速水はまとめに掛かり、私は文月を見ている小田を見る。

海音

……

あや

……?

海音

!!

あや

海音

……

文月が見られていることに気付いて小田を見るが、小田は寸前のところで気付いて視線をそらした。
首を傾げる文月は、キョロキョロと周囲を見回す。
小田はその様子を、一瞥して、明後日の方向を見る。
まさか、と思う。私は一つの可能性にたどり着いた。

真澄

……まさか文月を、あいつ…………?

それは先ほど、速水はできないと断言したばかりだ。
そして、周囲も相手するだけ無駄という空気になっている。
なのに、あいつは。
この空気を利用するつもりか?
仲間を説得するだけの何かを持って?
いや、今だから出来ることかもしれない。
村長は身代わりがいる限り、ほぼ無敵。
だがそれはあくまで自分で身代わりを設定していないと意味がない。
明かされていないルールの裏側を、あの女はもう見破ってるのか。
身代わりが自動設定ではないとすれば。
このゲームにおいて、一番の敵は『油断すること』。
設定先がなければ身代わりは失敗し、攻撃は貫通する。
きっと、役職がバレた文月はもう、身代わりを設定しないだろう。
あれだけ周りからアレコレ言われたのだ。もう、嫌なはずだ。
と、いうことは、だ。逆を返せば。
今が、厄介な村長という無関係の役職を殺す、最大のチャンスなのだ。
今の空気は村長は狙うだけ無駄。時間の浪費に過ぎない。
勝負には関係の無い第三陣営を、小田は積極的に仕留める気か!?

真澄

やばいわね……

気付いてしまった。どうでもいい事を。
間違いの可能性だってあるけど。
一番殺しやすい油断している奴は誰か。
この糾弾ムードの矛先である、村長だろう。
今晩の獲物はきっと、文月だ。
初夜で私の襲撃を失敗したから、確実に射抜ける相手を探すはず。
結末に関係あろうが無かろうが、狼の存在を誇示するには、死人が必要になる。
忘れがちだが、狼も人を殺せる。初夜は失敗しているが。
探偵一人狙うよりも確実に殺せる相手の方が、周りを怯えさせるという意味では、いいだろう。
なにより役職が判明しているなら、仲間割れの可能性もない。
そして、今晩に身代わりを差し出す程、文月は図太くない。

あや

……

文月をよく見る。そして、私も気付いた。
……無表情を装っているが、よく見れば肩が震えている。
眉だって、下がりそうになっているのを必死に堪えている。
今にも、泣きそうなのだ。
自分のせいで、人が死んだから。
人を殺してしまったその感触が、彼女には残っているのから。
建前があっても、目の前で死んだ人に、そんなことを言えるわけがないから。
だから今朝。
その罪悪感で堪え切れなくなって、20の部屋を見に来たんじゃないのか?

真澄

……あぁ、もうっ

彼女は、苦しんでるんじゃないか。
自分のせいで死んだ人に対して、後悔してるんじゃないか。
20の部屋に来たことを知っているのは、私だけ。
どうせ彼女は言わない。言えば、木島平あたりが絶対に責めてくる。
言えない。言える訳がない。
彼女は決して死なない代わりに、終わるまでずっと誰かに詰られる。
責められる。糾弾される。謗られる。
それは、きっと地獄だろうと感じる。

真澄

……

どうする? 私は自分に問う。
今ならまだ間に合う。
多くを知る彼女に助言すれば、彼女は助かる。
同時に。
彼女を助けても、私には何の特にもならない。
言うとおり、村長は相手するだけ無駄なのだ。
……私は自分の生命なんていらない。
死にたいと本気で思ってる。
でも。私は死にたいと思うように、彼女は生きたいんじゃないのか?
生きたいから、必死になって、誰かを犠牲にするしかなかったんじゃないのか?
ここにいる人は、他人を殺してでも、生に縋り付きたいと。
誰もが思っているんじゃないのか? 
――私以外のみんなは。

真澄

……クソッ!!

何度でも言う。
私は生命なんていらない。
自分の為なら人だって殺す。
だけど。
私は、誰かに殺されそうになっている人間に見つけてしまったら、放っておけるほど、悪人にも成りきれない!
エコヒイキであることは分かってる。
自分で人を殺すのに、他人が殺すのを邪魔するのか?
そう問われれば返す言葉もない。
私は完全な悪人になれると思っていた。
どうせ死ぬ。
後腐れもなく、完全な真っ黒になれると思ってた。
だけどこのざまだ。
彼女だって人だ。あの泣きそうな顔を、私は見てしまった。
勝負からドロップアウトして、もう関係ないであろう文月が死んでも意味なんてない。
なのに殺そうとして狙うかもしれない奴がいる。
全部、無駄ならそれでいい。私の考え過ぎなら。
一人相撲なら死ぬ前に黒歴史が一つ増えるだけ。
でももし。
小田が、仲間を説得して弱っている文月を狙っているとすれば。
それで明日の朝、文月が死んでいたら。
……私は、絶対に未練ができる。
出来ることをしなかった自分への情けなさを感じてしまう。
正直、死んでも死にきれない!!

真澄

上等だ……
ゲーム、盛り上げてやろうじゃん……
文月を狼には殺させはしないッ!

完全に、客観が主観にシフトチェンジしてしまっている。
それでいい。私はもとより、自分勝手な人間だ!
あの泣きそうな顔が、血で真っ赤になるところを、見たくない。
決して、あいつのためじゃない。私のためだ。
全部、自分の為。死ぬ前に、思い残しがないようにするだけだ。
私は、一人で隅っこに逃げていた文月にさり気なく近づいた。
他の連中は、どう昼間の投票を分散させるかで総出で相談し合っている。
こっちを、見ていない。
速水が上手くやってくれているようだ。

あや

……

真澄

文月

あや

私が小声で声をかけると、警戒したように眉を釣り上げる。
挑むように睨むが、私が小さく叱咤すると怪訝そうに見つめる。

真澄

今夜も、ちゃんと身代わりを用意して
……番号は16番の西郷よ

あや

はぁっ?
な、何であやがまたそんなことしないと……

真澄

今晩は、きっとあんたが狙われる
……死にたくないんでしょ? 
私の早とちりかもしれないから、そこは勘違いしないで
こんなこというとアレだけど、やっておいて損はないわ
……保険なら、仕方ないわ……

私の言葉に、私の意思が通じたのか、ふにゃっと文月の仏頂面が崩れた。

あや

や、やだよ……
もう、あやの代わりに無関係な人が死ぬなんて……

真澄

大丈夫、16の西郷は……黒よ
無関係じゃないから……

私が言うと、ますます酷い顔になる文月。

あや

な、何で知ってるの……?

真澄

そりゃ……ね?
察してくれると嬉しいわ

私が含み笑いをして、それだけ言った。

あや

まさか……真澄……
……探偵なの?

真澄

いきなり名前呼び捨てか……
まあ、ご想像にお任せするとしようかな

後輩に呼び捨てにされる。何年ぶりだろう。
否定もせず、曖昧な情報だけ与えておく。
あとは、どうするかは彼女次第。

真澄

警告はしたよ?
……死なないようにね、お互いに……

あや

あっ……

私はそれだけ言うと、話し合う彼らのもとへと戻る。
これで、彼女がどうするかは、彼女が決めること。
私ができることは全部やった。あとは任せるだけにしておこう。
取り敢えず昼間は、投票を分散させて様子見をすることにしたのだった。

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