さてはて、感傷に浸っている場合でもないんだ

 ムードなどお構いなしのセイさんは、にこにこと笑いながら宙に座る。

サンザシがいない間に、話しておかなければね。彼女のことを

……お願いします

 サンザシについて、俺が知っていることなんてほんとうに一握りのことしかなかった。

 焼きもちやきの、明るい子。

 これだけ一緒にいるというのに、好きな食べ物ひとつ知らない。
 過去も、未来も、何も知らない。

といっても、彼女の過去を語るとか、そういったことはしないよ。

それは僕が話すことじゃないからね

 俺の心を読んだかのような発言に、俺は思わず顔をしかめてしまう。

ハッハー、まさかここからサンザシちゃんの過去編が始まると思った? 

残念、まだ君は、そこまでのレベルに到達してはいないんだなあ

 久々の明るいセイさん。調子が狂う。

 俺ははいはいとうなずいて、続きを促した。

大丈夫です、なんでもいいんです。

俺は彼女について、本当に何も知らないから

彼女はサポーターだ。
しかし、それだけではないことは、薄々君も感じているだろう

 セイさんが足を組む。俺は、ひとつだまって頷いた。

 セイさんが、うっすらと目を細める。少しだけ焦らしているようだが、気にしない。

 この人の術中にはまってはだめだ。辛抱強く、次の言葉を待つ。

 やっと口を開いたセイさんは、微笑みを携えながら言う。

彼女は、君の過去を知っている。

知っているどころか、過去に君と出会ったことがある

それくらいは、察しています

待ちなよ、ここからが重要だ。

そのことを、君はよく彼女に問い詰めているだろう

 セイさんが意地悪く、笑う。

これ以上、そういったことをしない方がいい。

それは、彼女の消滅を意味してしまう

な……!

 サンザシが死んでしまう?


 あっけにとられている俺を見て、セイさんは満足げにうなずいていた。なにが、うんうん、だ。

どうして?

わからない?

わかるはずありません、なんで、俺が彼女に俺自身のことを聞くと、彼女が消滅してしまうんですか!

そりゃあ、筋道通りじゃないからさ

 さらりと、セイさんは言って、俺の目をじっと見つめた。
 ますます訳がわからない。

セイさんの……セイさんの思い描くストーリーでもあるんですか?

僕の思い描くストーリー、も、確かにあることはある。

でも、そうじゃないストーリーもある

 頭の奥の方がシンシンと痛む。

 セイさんが何を言いたいのかを整理するが、しようとすればするほど、思考が頭の中でこんがらがっていく。

……とりあえず、ご忠告ありがとございます。

彼女に、いろいろ訊かない方がいいんですね

そう。彼女のためにも、君のためにも、そして、僕のためにも。

彼女の正体を、こっそり暴こうとするのもやめておいたほうがいいよ。

わかっちゃったが最後、やっぱり彼女は君の前から姿を消さなくてはならなくなるから

……彼女の正体は、わからない方がいいのですね

そう。彼女に問い詰めるのをよしたほうがいい理由も、あのままだとうっかり彼女が自分の正体を言っちゃいそうだから……その流れは筋道通りではない。

あ、でも、正体はいずれわかるよ

それが、筋道通りなんですか?

そう

 勘弁してくれ。それって、つまり。

いずれ、彼女は死ぬってことですか?

3.5 知らない彼女と物語のこと(1)

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