――光が見えた。今にも消えそうな、けれど淡く優しい光。

 光の輝きに、わたしのなかのなにかが揺れる。

 忘れ、潰れ、消され、塗りこめられていた、内にあったはずのなにか。

 わたし自身ですら、忘れかけていたものを想い出させる、そんな輝き。

……?

 ゆっくりと、わたしは瞳を開く。
 久しく忘れていた、眼をこじあけるという動作。
 重いまぶたを上げて、闇の中から開けた視界には――。

あ、おはよーございます!

……お、おはよう?

 ――そこには、満面の笑みを浮かべる少女がたっていた。
 ぼんやりと小さい、だけれども確かに光る明かりに照らされて、少女はわたしをしっかりと見つめている。
 彼女の手元にある、小さな光。それが、わたしと少女を照らしているようだ。

光が……

はい、スーさんはいつも光ってます!

 少女はわたしの声に、元気すぎるくらいの明るい声で受け答えた。周りが静かなせいなのか、とても澄んで通る声だ。
 ただ、スーさんという言葉の意味が、ちょっと把握できないのだが……。

……わたし、話せる?

 そこでわたしは、違和感に気づいた。話せるのだ、言葉を。
 眼と同様、こちらも黒く重いフタをされていたはずなのに。

スーさんが照らしているからですね~

 わたしの疑問に答えるような口調で、少女が話す。スーさんとは、もしかして彼女の手にある光のことか?

その光……マッチみたいなの?

はい! スーさん、まだ形がある人は元に戻せるみたいですよ

 なんでなのかはわからないんですけど、と続けて、少女はわたしに言った。
 驚きながら、わたしは自分の身体に触れる。――あの日と同じ、スーツとブラウスを着た、ややぽっちゃりとした自分の身体が感じられる。

わたし、あの闇から……出られたの?

 その事実に、わたしはどう対応すればいいのかわからなかった。

 あの日――世界が闇に呑まれてしまい、光も影も全てが亡くなってしまったあの日から、わたしも同じように闇の一部となってしまっていたはずだった。

 なのに、眼の前の少女は、その闇に取りこまれることなく、ほがらかに笑って立っている。
 ――わたしは今更ながら、彼女がなぜこの世界に光を持っているのか疑問にとらわれた。

あなたの手にある光は、ええと……

スーさんです、元気なんですよー

ああ、スーさんね……

はい、スーさんは落ち着きがあって大人な光なんですよ!

……名前なんか、つけてるのね

 少女の言っている意味が把握できず、そう答えるのが精一杯だった。
 だって、そうだろう。彼女の手にあるのは、どう見ても――ただのマッチでしかないのだから。
 小さな木の棒のさきっぽに、赤い球体をつけた、発火用の道具。
 闇の世界に呑まれる前、もはや日常的には使う頻度も減ったマッチの姿に、少女の持った光は酷似していた。
 どうして、マッチなのだろう。懐中電灯や、ランタンなどではないのか。

その、マッチ以外の……

スーさんですよ~

 ちょっと頬を膨らませて少女は言う。細かい。それだけ、彼女はこのマッチに愛着があるのだろうか。

ああ、ごめんなさい。スーさん? 以外のなにか、照らすものとかないのかしら

う~ん、少なくともわたしは会ったことはありませんねぇ。であれば、スーさんも寂しくないのですが

 心底残念そうにつぶやく少女に、わたしは違和感を感じた。――やはりこの少女も、この闇の世界のなかでおかしくなっているのかもしれない。
 ただ、彼女の受け答えから、他の発光機材はないのだと知れた。残念ではあったけれど、ただ、マッチの光がこんなにもありがたいだなんて、今みたいな状態でなければ想うことはなかっただろう。
 彼女の手元を見ていると、そういえば出会った時から、同じマッチを持ち続けているように見える。

ねえ、そのマッチは熱くないの?

ほえ? 熱くありませんよー。スーさんは、光っているだけなのです

 にこにこと微笑む彼女の言葉に、わたしは苦笑する。
 マッチはただ、彼女の手で揺らめき続ける。熱くないだなんて――やっぱり、彼女はかわっている。もしくは……。

……あなた、そのマッチをどこで拾ったの。というより、どうやってここに来たの? この、なにも見えない世界で

もちろん、歩いてきたんです!

 ……そういう意味ではないのだが。

ええ、とね……周りを、よく見て

周りですか?

 少女をうながし、わたしは周囲へぐるりと、視線と指先を巡らせる。
 そこにあるのは――。

 どこまでも続く、闇、闇、闇。
 一面、びっしりと黒く塗りつぶされた、暗黒の世界だった。

……!

 自分から指さしておきながら、わたしは胸中で後悔する。
 ぞくり、とわたしの背中が震えた。
 あの日の記憶とともに、さっきまで全身を覆っていた冷たい感触がよみがえってくる。
 ――想い出すだけでも、震えてくると言うのに。

ひっ!?

 怯えた声が想わず漏れてしまう。まるで、背中を暗闇になでられているように感じたからだ。
 そう、わたしはまだ――背中には、怖くて振り向けていない。少女の持つ淡い光は、わたしの後ろまで伸びていないからだ。

……わかったでしょう?

 恐怖に怯えているであろうわたしの表情を見て、彼女が言った言葉。

はい、まさに一寸先は闇ですね! 足下には気をつけてます!

 ――いや、ある意味そのとおりなのだが、そうではない。

いや、だから……

 どうしてそんなことわざを知っていて、そんなに前向きなのか。
 そして、こんなにも周囲は闇に覆われ潰されているのに、彼女はほがらかに笑っていられるのか。
 ――やはり彼女は、すでにおかしいのかもしれない。わたしは、またそんな考えを浮かべてしまう。

あなたの服や、手の中のマッチ、それに……この闇。わかるかしら? どうしてあなたは、この世界で無事にいられるの?

 光に灯されているわたしは、実のところだんだんと不安になってきた。
 今までは、形作るマッチの灯火に安心感を感じていたけれど。
 ただ、照らされているだけ。
 この世界の状態が、なにも変わっていないということに気づいてしまったからだ。
 あのわずかな光が消えてしまえば、わたしも、少女も、この闇に取りこまれる。
 話すことも、動くことも、考えることも、喜ぶことも、悩むことも、笑うことも、苦しむことも、いっさいできない闇の世界へ。
 ――ふっと、わたしは、あることを想いそうになり。

わかりません!

……はい?

 彼女の元気すぎる声に、その考えを吹っ飛ばされた。
 わからないの意味がわからず、あいづちしか打てなかったわたし。
 彼女は、手元の光に視線を移しながら、言葉を続ける。

わたし、スーさんと出会う前の記憶がないんですよー

 あはは、と彼女は朗らかに笑う。

でもでも、わかるのです。今まであった方達も、わたしとスーさんとの関係、聞いてくる人ばかりでしたから、わかります!

 力強くわたしにそう語りかける少女に、わたしは少し驚く。
 ――そして、彼女の視線がずっとまっすぐにわたしを見ていることに気づいた。だからわたしも、彼女を改めてよく見てみることにした。
 表情がよく変わる少女だった。年相応、というにはちょっと無邪気すぎて。けれど、それが嫌みにも恥ずかしさにも見えない素直さがある。子供のように愛らしく、まっすぐで、前向き。
 ――この闇の世界にあって、彼女の微笑みは、それ自体が輝いているようにも想えてきて。

でも、なぜなんでしょう? リンにもスーさんにも、なんでこうやって光っているのか、ぜんぜんわからないのですよ

……今まで? みなさん?

 少女の言葉に、わたし以外の人間もいたのか、そう聞き返す。

はい。みなさん、リンとお話ししてくれました。いっぱい、たくさん

 嬉しそうに言う少女に、わたしは問いかける。
 彼女の言葉で――想い出してしまったから。

ねえ、あの……そのなかに、こんな男の子はいなかったかしら?

 彼に対しての特徴を、わたしはざっと上げる。
 髪型、服装、体格、口調、性格……想いつく限りの彼の特長、全部だ。
 だが、彼女の顔に浮かんだのは、困ったような表情だった。その表情から、わたしはなんとなく察したのと――彼女は、たぶん嘘をつくことはできないことを知った。

んんん……ごめんなさい、ちょっと想い出す方はいませんねー

 少女は、ちょっと待ってくださいね、と言って手元のマッチへと視線を向ける。

スーさんスーさん。スーさんには、心当たりはありますか?

 真剣に手元へと語りかける少女の様子は、奇妙ではあるがふざけているようには見えなかった。
 だから、わたしは妙な気分になってくる。彼女に感化されたのか、わたしもおかしくなってきたのか。
 まるで、彼女の手元のマッチが、本当に意志がある相手のように見えてくるのだ。
(まさか……)
 それくらい、少女の様子は真剣なものだった。
 だから、スーさんという存在はともかく、ありがたくは感じていた。彼女を信じてもいい、と想えるくらい、彼女はわたしの問いかけを考えてくれているのだから。

ごめんなさい。スーさんも、心当たりはないそうです

そう。なら……いいのよ

 わたしのなかで、気落ちがないと言えば、嘘になる。けれど、この闇の中で、彼女が彼と出会う確率なんて、期待する方がかわいそうだろう。

あ……!

 少女が驚いたような声を上げたので、不思議に想って視線を向ける。
 心なしか、このあたりの光の様子が、ちょっと暗くなったように想えた。

え、と……どうして、その男の方のことが、知りたいんですか?

 少女は、少しあたふたとしながら、わたしに話をふってきた。なぜそんなに焦るのかはわからないが、彼女の言葉に、わたしは過去を振り返る。

あの日……

 世界が闇に呑まれた、あの日。

……わたしは、それでもいいか、と考えていたの

 先行きが見えない仕事、その仕事に身を費やした人生、適齢期を過ぎた身、周囲は円満の笑みで満ち、わたしは独り残されてしまった。
 ――あの日、世界は闇に包まれていった。だから、闇はわたしを誘いにきたのだろうかと、自虐的に受け止めていたことも想い出した。

わたしは、けれど、逃げたの

 闇に呑まれることが死へとつながるのか、誰にもわからなかった。
 けれど、死かもしれない、という感覚を受け入れるには相応の強さが必要だった。
 自分を哀れむ程度のわたしには、闇から逃げる程度の強さしかなかった。

逃げる途中で、そう。彼が、助けてくれたの

 今でもはっきりと想い出せる。
 しっかりと握りしめてくれた、彼の腕の温もり。力強い言葉。抱き上げ、上階へと逃がしてくれた、たくましい身体。
 ――するりと抜け落ちていった、彼の腕の温もり。
 闇に包まれ、逃げて逃げてさまよっていた、わたしと彼。
 後輩の子で、わたしとよく仕事をしていた子。
 失敗もしたけれど、わたしの言うことを良く聞いてくれて、しっかりと成長してくれた子だった。

……彼、どうしてか逃げてる途中……こんなことを言ったのよ

 ――先輩、今だからいいますけど……笑った顔が、好きなんですよ。

 その言葉の意味が、あの恐怖のなかでまったくわからなかったけれど。

想い出せば……彼、いつも、わたしの笑顔を褒めてくれていたのよね

 ほのかに灯る、淡い想い出。
 彼がわたしをどう想っていたのか、もうわかることはないのだろうけれど。
 ――少なくともわたしの胸に灯るこの想いは、この闇の中で消えてほしくはないと想えた。

あぁ、よかった……!

 わたしがそう語り終えると、少女が嬉しそうな声を上げる。
 そして、今度はその言葉の意味が、なんとなくわたしにも察することができた。

……わたし自身が、光っている?

 周囲を満たす光が、さきほどよりとても強い。少女が持つマッチの光より、むしろ輝いているくらいだ。
 そしてその発生源は、他でもない、わたし自身だった。
 わたしの内から、闇に負けないような光が漏れ出ているのだ。

わぁ、とてもきれい! 純粋な光……

 わたしを見つめる少女の姿が、さっきよりもはっきり見える。
 全身を時代がかった服装でまとめたその姿は、まるでおとぎ話に出てくる外国の少女のようだった。
 そして、わたしの光を優しい瞳で見つめる彼女の姿は、さきほどよりもどこか落ち着いたものに感じられた。

……ごめんなさい、お話があるんです

お話?

 さきほどまで明るい表情を浮かべていた少女に、影が差した。
 その落差に、わたしの胸が重くなる。
 ――そして彼女の話も、わたしにとって、とても重い話だった。

あなたの光は、このままだとまた闇に飲まれちゃうんです。ずっと、輝いていられるものじゃなくて

なん、ですって?

でも、あのままだと消えてしまいそうだったから……

 ――わたしが落ち込んだ時に、わたしという存在が弱くなっていたから、彼女は声を出したのだろうか。
 少女は言いにくそうに、言葉を続ける。

それと……あなたを照らすスーさんの光も、いつか消えちゃうものなんです

消えてしまう、の?

 むしろマッチだと考えれば、今まで輝き続けている方が異常ではあるのだが……。
(……マッチでは、ないのね)
 ここまできたら、わたしは認めざるを得なかった。
 だが、疑問はある。
 それでは少女は、この闇の中をどうやって歩いてきたというのだろうか。いつ消えてもおかしくない、か細い光に寄り添いながら、彼女はこの闇しかない世界をただ歩いてきたというのだろうか。
 マッチのような存在である光と、心中する気なのか。そう考えていると、彼女はその答えを話してくれるために、口を開いた。

だから……お話です

 少女は、一瞬口を閉じてから、再び言葉をつむいだ。
 迷いのない瞳を、わたしの視線に合わせて。

あなたの光を、スーさんにください

……え?

 少女の言葉の意味が、わたしには把握できない。
 慣れているのか、少女はスーさんと呼ばれる光をわたしに向けながら、説明を始めた。

スーさんは、あなたの光と同じなんです。だから、スーさんも、いつか消えてしまうの

闇に呑まれて、しまう?

はい

……それで、どうしてわたしの光が?

 すっと、少女はわたしへと光を近づける。
 すると――わたしの光が、スーさんと呼ばれる光に惹かれるように道を造り、流れていくのが見えた。

……なるほど、ね

はい。スーさんには……みなさんの光を、取りこむことができるんです

 吸うように光が移動するのを確認しながら、わたしは納得し、少女へと視線を移した。

こうして、旅を続けているの?

はい

わたし達の、残り香を灯しながら?

……はい

 神妙な少女の表情は、さっきまでの明るさと比べるには、とても大人びていて。
 ――あぁ。この子は何度もこんなことを繰り返して、それでもああして、笑っていようとしているのだと気づいて。
 わたしは、過去の自虐的な自分を想い返しながら、そんな少女のように微笑む方法を考えた。

あなたとともに旅に出れば……彼にもう一度、会えるのかしらね

 わたしの想いつきに、彼女は首を左右にふった。

ごめんなさい。お約束は、できないです

いいのよ。そう、願いたいだけなの

 どちらにしろ、この闇に飲まれてただ消えるだけならば――少女を照らす光になるのも、悪くない終わりなのかもしれない。
 わたしは微笑んで、少女に言った。

大切に使ってね。わたしの、光を

……!

 少女の表情に、輝きが戻った。最初に見たときと同じ、満面の微笑みだ。
 ――やっぱり彼女には、笑顔が似合う。

もちろんです! あなたの光で、あなたの彼を探します! それに……わたしもスーさんも、旅を続けられます

そう。よかったわ

ありがとうございます

 お礼を述べると少女は、手元の光をわたしへと近づける。

よろしくね、ええと……スーさん

ありがとうって、スーさんも言ってます

 少女は、わたしからの光を受け取りながら、わたしへと話しかけるのを続けてくれた。
 けれど、わたしの意識は――光とともに、少しずつ曖昧になっていった。

同じ言葉ばかりでごめんなさい……でも、ありがとうございます

 少女の言葉が、遠くになっていく。まるで、道の向こうから声をかけられているかのような、薄い声に。

だから、祈っていてほしいんです。『永遠の光』……わたしたちが、それを見つける日を

 彼女の言葉がなにを指しているのか、わたしにはさっぱりわからなかったけれど。
 ――この胸に暖かさを灯してくれた彼女には、それを見つけてほしいと願った。

『――ありがとう』

 ……最後に聞こえた声は、彼女のものか、それとも……。

 ***

『……ふむ』

 かすかに意識を灯していた部分を含め、闇に眠らされていた彼女の光は、私のなかへと移り住んだ。
 ここまで素直に同意してもらい、しかも希望も持っている。私は、自身のなかの光が、暖かく灯るのを感じていた。彼女の光は、長い時間をともに歩むことができるだろう。

どう、スーさん? 彼女の光は、キレイでしょう?

 笑みを浮かべながら、少女――リンは私へ問いかける。彼女の言うとおり、受け入れた光はとても上品で美しいものだった。だから、リンもそう願いたいのだろう。
 リンの言葉を受け、私は内心へと想いを馳せる。ゆっくり、優しく、穏やかに、さきほど吸ったばかりの彼女の光を、味わい巡る。

『とても新鮮で、輝いている。しばらくはこの光で旅を続けられそうだ』

そう、それはよかったわ

 リンの安心する表情を見て、私の心と光も一安心する。
 ――私は、スーと呼ばれている。この闇の世界で、リンの姿を彼女として照らすことができる、唯一の存在だ。リンの手にあるマッチ棒から淡い光を放っているのが、私。私という光の、意識だけの存在だ。

……っ!

 リンは機嫌を良くしたのか、私を持つ手をぐるぐると軽くふって、頭上へと大きく振り上げた。表情はなんとも表現しがたいが、機嫌がとてもいいことだけはわかる。――私は、酔いもしないし消えもしないが、ちょっと乱暴ではあるなぁと揺らめきながら想ったりする。
 だが、リンのまっすぐな視線と笑顔を見ていると、微笑ましくも受け入れてしまう自分がいるのを感じていた。

さあ、旅を続けなきゃ。スーさんのためにも、みんなのためにも、『永遠の光』を見つけないと!

 ゆっくりと手元へ私を持っていきながら、リンはそう語りかけてくる。
 ちなみに、私の声は闇の世界に響くことはない。私が鳴らす声は、私の支え棒を持っているリンにのみ聞こえるだけだ。

『……『永遠の光』、か』

そうだよ! どんな場所なのかな~

 想像するのすら楽しい様子のリンを見ながら、私は言葉の意味を考える。
 ――『永遠の光』。それが、私とリンが目指している、あるかもわからない理想の場所。

この暗闇を全部払ってくれるのは間違いないよね! あ、もしかするとスーさんみたいな光がいっぱいいてくれるのかも。やったねスーさん!

 リンの無邪気な笑顔は、その理想を信じて疑っていない。
 私も、心のなかで彼女にうなずきながら、しかし怪訝な気持ちで考えてしまう。
 ――単語以上の内容を、リンも私もまったく知らない。むしろ、その場所が本当にあるのかさえ、わからないのだ。
 どこにあるのか、今もあるのか、そもそもそれがなんなのか。私達は言葉を知りつつも、それがなにを指すのかを、まったく知ってはいなかった。
 私とリンがはじめて出会った時から、それは変わらない。二人ともなぜかその単語を知っていたのだが、それに関する知識は、まったく持ち合わせていなかったのだ。

元気出していこうよ、スーさん!

 リンの元気な声が私にかけられる。
 長い付き合いとなってきた彼女には、私が無口になる理由を悟られてきているらしい。注意しなければならないな。

『ああ、すまない。確かに、早く見つけなければな』

うん。『永遠の光』があれば、みんないっぱいになって、光でいっぱいになる。スーさんも、もう消えそうにならなくてすむし……みんなも、闇に怯えなくてもいいんだから

 リンの言葉に、私はその身を輝かせながら言う。内にとりこんだ彼女の光は、しっかりと根付いて安定してくれたようだった。

『準備はいいか?』

うん! あぁ、早く見つからないかなぁ、『永遠の光』……

 ――スーと呼ばれる私は、気づいている。
 謎の暗闇によって閉ざされてしまった、かつて人間や様々な生命が住んでいた世界。
 かつての世界の残り香を探し、吸収し、燃やしながら旅を続ける。我々二人は、かつての世界とも今の世界とも相容れない、狭間の存在だ。
 私は、ふと、この身の灯火に考えをはせる。リンと自分の存在こそが、本当はイレギュラーなのではないか。わずかに残った光を食い尽くしていく自分たちこそが、本当の暗闇なのではないかと。そう、自問してしまう時がある。

『――リンは、本当に『永遠の光』を見つけたいのだな』

当たり前だよ! スーさんだって、そうでしょ?

『そう、そうだな……』

 私はリンの言葉にうなずきながら、今も光を絶やさない理由を想い出す。
 世界が闇に喰われ、光が射さないと知った時、私の心は闇に包まれそうになった。ふみとどまり旅を続けても、私の光は有限であることを知り、消えそうになったこともある。その途中で、リンが見つけた同胞の光を奪い、苦悩することもあった。
 そんな私が、今でも彼女と旅を続けるのは、なぜなのか。

世界が照らされれば……ずっと、みんなとお話できるの。わたしは、そんな光のある場所に行ってみたい

 彼女は、本当は、出会った全てを照らしたいのだろう。
 しかし、それが自分にも私にもできないのだと知って、今は、この闇を歩くことを決めている。
 動けない私のために、リンは微笑みながら前を歩き続けるのだ。

 ――みんなを光で照らせる存在が、どこかにあると信じて。

『では、行こう。我々だけではない、みなを照らす存在を求めて』

 そんなリンのために、わたしは、その身を輝かせる。
 熱くもなく冷たくもなく燃えることもない、ただ闇を払うだけの光として――私は、今日も魂を灯らせる。

うん、行こうスーさん!

 そして、私の輝きで――彼女の笑顔も、また灯るのだ。

 暗闇が満ちる世界のなか、わずかな目覚めを消灯へと導く、かすかな光。
 狭間をさまよう存在を知るのは、その光を持つ少女と、光を喰らうその光自身の意志。
 我々は、今を歩く。
 かすかな光がつなぐと信じる、果てのない闇の道を。

あるOLの淡い想い

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