―盗賊団のアジト―
―盗賊団のアジト―
洞窟内は、肌を刺すような冷気があった。
一歩一歩進むたびに、土が軋みを上げている。
大雑把に並べられた松明が、侵入者である勇者一行の影を長くさせていた。
なぁ、交代の時間なのに門番たちまだ来てねぇぞ?
なぁに、その分俺たちは楽できるんだからいいじゃねぇか
そういうもんだろうか……
交代の時間ですよぉ
っち、来ちま――
交代ですよぉ――
生と死の、ですが〜
うぎゃあ……
て、てて――
はっ!!
見事。
さて、これからどうする?
姫さんがどこに隠れているのかが問題だぜ
門番の会話からしてぇ、奥ではないでしょうかぁ
まぁ、どうやったら奥に行けるかが問題ですけどね〜
一人捕まえて聞きたいところですが……
その前に叫ばれたら……な
これまで一本道だがよ……。
洞窟ってのはそれ相応に迷路になってるんじゃねぇか?
自然に出来た洞窟でしたらねぇ
何か人工的な気配がするんですよねぇ……
シュー、それは正解のようだぞ
見ろ……
シューは、ソートクが剣を突き出した前方を見る。
そこには鉄製の扉があった。
塗装が剥がれた扉は、年季が入っているというよりも、ただ単に手入れを怠り汚らしくなっているように見えた。
そんな粗暴な扉の奥から声が聞こえる。
扉と同様に汚らしく、罵声にも似た品の無い声だ
ぎゃーはっはっは!!
この壺一つで家が買えちまうぜ!
こんなのは老夫婦にゃもったいねえ!
殺してでも奪う価値がここにある!!
てめぇらにも見せてやりたかったぜ!!
「娘だけは、娘だけは!」って叫ぶ親父を!!
何にも増して傑作だ!!
……かなりの数が集まっている大部屋だな。
見つかる、見つからないという問題でもなかったな
これが魔物の言葉でないことが残念ですね……
いえ、この両耳に入る煩わしい声は、魔物のそれです
……
どうしたヴァルキリー?
いやよ、力加減はどのくらいだと思ってな
今は「容赦」を忘れたままでいい――
この扉は開けるものに非ずだ、ヴァルキリー!!
合点!!
馬鹿な剣闘士に単純なことやらしたら右に出る者はいないんだぜ?
シュー、開門したらお前も一丁魅せてやれ!
分かりましたぁ
ワレ……腕ガ……鳴ル!!
……
砕 け ろ!!
な、なんだ!?
扉が!!
手斧だけでこの威力か――
て、敵だ!!
迎え撃て――!!
―朱に染まりし神の落とし胤よ 汝に仇なす愚人に焦土を授けて裁きとせよ いざや嗤い狂え 堕天使の紅き牙――
業火殻<ヒグゥン・インフェルノ>!!
うああああ!!
詠唱魔法だと……!?
クソ、一気にもってかれた!!
これ以上やらすんじゃねぇ!!
勇者殿、乱戦は必至!!
御身の体を動かされよ!!
分かっている――!!
ソートク、ここは任せた!!
縦横無尽!端から端まで斬り捨てる!!
ならば私は姫を探しに!!
相分かった!!
ではこの広間はぁ、シューとソートクさんの二重奏舞台ですねぇ
……
どうしましたぁ?
いや、なに……。
その実力に驚いている
魔法の原理は知っているつもりだが……
こうも規格外の魔力を持っているとはな……
次々と襲い掛かる盗賊の群れを――
それを上回る量の魔法を以って撃退していくシューは、ソートクの言葉を理解した。
人間界ヘキサポリスはぁ、魔法を活用させる場所として不便ですからねぇ
魔法は主に二つの種類がある。
『含有因子魔法』
と
『不含因子魔法』
これらは、魔法を発動させる際に消費するものの違いで区別される。
術者や対象者の魔力のみを消費して発動される魔法が『不含因子魔法』と呼び。
外気に溢れ出る不可視の魔力、『魔因子』に術者側の魔力を流し込むことで発動される魔法を『含有因子魔法』と呼ぶ。
例えば、対象者が秘めた魔力を身体強化に促す『俊足』や『拡声』などは不含因子魔法に分類され――
例えば、魔因子に詠唱などで魔力を流し込んで超常現象を起こす『雷針』や『火殻』などは含有因子魔法に分類される。
対象者の傷を癒やす『治療』は、魔因子を対象者の魔力に変換させる必要があるため高度な技術を要する。
魔因子を必要としない自己強化魔法はヘキサポリスでも比較的容易にできる。
問題は、魔物との戦闘を筆頭に大きく役立つ含有因子魔法だ。
その理由は至極単純である。
ヘキサポリスでは魔力が乏しいですからねぇ
魔因子の絶対量が圧倒的に少ないのだ。
強力な効果をもたらす魔法はそれ相応の魔因子が必要になる。
さらに、こと『深緑の大地』は外気中に含まれる魔因子が皆無と言っていい。
だから、殆どの魔法使いがこの地に長居することは無い。
ただぁ、精霊さんがいれば別なんですよぉ
その背中に隙がある!!
死ねぇ!!
我ト……主……決シテ侮ルナ!!
守護精霊とは、魔法生命体であり魔力の塊でもある。
彼女、もしくは彼らたちは、個体差はあるものの魔因子を創造する力を持つ。
契約し、共存することは至難であると言われているが、ひとたび使役できれば、魔法使いにとってこれほど頼れる仲間はいない。
まぁ、ちょっとは誇れますねぇ。
それ相応の努力もしましたしぃ
本当に底が見えない美少女たちよ
ゆえに……ですよぉ
ちょっぴりイジワルな笑みと、人差し指を口に持ってくるポーズを作ってソートクに答える。
頼もしい……
な!!
ぐえ……
魔法のような派手さは無いですけどぉ、ソートクさんも中々ではぁ?
は!?
どうされましたぁ?
パッフでもヴァルキリーでもない、美少女の悲鳴が聞こえた!!
聞えなかったですけどぉ……
悲鳴を媒体に、顔面逆探知開始!!
カタカタカタ……
何か始めましたねぇ……。
何が凄いって、「カタカタカタ」って自分で言ってるのとぉ、目を閉じたまま敵の攻撃を避けてることですがぁ……
キュピーン!!
間違いない――
美少女だ!!
わかるんですかぁ……
この勇者ソートク、美少女ハーレムを豪語する男である――
これくらいわかって当然!!
凄いですねぇ……。
捕らわれのお姫様ですかねぇ?
いや、この悲鳴は侍女服に身を包んでいる女性の声であると判断できる――
美少女メイドが助けを呼んでいる!!
なぁんで、聴覚から視覚的情報が浮かんでくるんですかねぇ
シュー!
この場は任せる!!
頼んだぞ!!
行ってしまいましたねぇ
主ノ主……理解……デキヌ!!
ですねぇ
男が逃げたぞ!!追え!!
させませんよぉ
くっ……
確かに、少し理解できない勇者さんではありますぅ……
ただぁ、理解できないまま信じてみるのも悪くない相手だと思いますよぉ
何にしても〜、「頼んだぞ」と言われたんですぅ――
魔法使いはぁ、魔法を以って答えるだけですよぉ〜
片手に炎を――
片手に雷を――
無詠唱の初級クラスの『含有因子魔法』だが、相手は人間だ。
魂を悪魔に売り払った外道だが、所詮は人間の体。
身体の機能を奪うにはこれで良い。
行きますよぉ
迫り来る盗賊団の刃が届く前に魔法を当てる。
一撃必殺。
一発当たれば無力化される。
大広間の中心に立つ魔法使いは、豊富な魔力を駆使して一歩も動かず盗賊団を撃退していた。
!?
だが、動いた。
それも前ではなく、後ろ。
回避行動としての後退だ。
攻撃を放ってきた相手は、砂埃が舞った今確認できない。
主!?
ビックリしましたねぇ
近づく敵には例外なく魔法を当てていたはずですがぁ……
人間相手ならぁ、十分すぎるほどの威力ですよぉ
ってことはぁ……
おりゃおりゃおりゃ!!
只今命名『アックスチャリオット』
説明しよう、この技は全力疾走しながら『氣』を込めた手斧を無秩序に回転させることで敵を蹂躙しつつ――
ってシューがいるってことは、戻ってきちまったか……
おかえりなさいですぅ
ところでぇ、今シューはあることに気付いたんですがぁ
あーそれ多分、オレも。
走ってたらあることに気付いたんだけどよ……
このアジト……
ゼリィの言葉が終わるより早く、砂埃が収まる。
魔物がいますねぇ……
――……