―盗賊団のアジト―

洞窟内は、肌を刺すような冷気があった。

一歩一歩進むたびに、土が軋みを上げている。

大雑把に並べられた松明が、侵入者である勇者一行の影を長くさせていた。

なぁ、交代の時間なのに門番たちまだ来てねぇぞ?

なぁに、その分俺たちは楽できるんだからいいじゃねぇか

そういうもんだろうか……

交代の時間ですよぉ

っち、来ちま――

シュー

交代ですよぉ――

シュー

生と死の、ですが〜

うぎゃあ……

て、てて――

パッフ

はっ!!

ソートク

見事。
さて、これからどうする?

ゼリィ

姫さんがどこに隠れているのかが問題だぜ

シュー

門番の会話からしてぇ、奥ではないでしょうかぁ

シュー

まぁ、どうやったら奥に行けるかが問題ですけどね〜

パッフ

一人捕まえて聞きたいところですが……

ソートク

その前に叫ばれたら……な

ゼリィ

これまで一本道だがよ……。
洞窟ってのはそれ相応に迷路になってるんじゃねぇか?

シュー

自然に出来た洞窟でしたらねぇ

シュー

何か人工的な気配がするんですよねぇ……

ソートク

シュー、それは正解のようだぞ

ソートク

見ろ……











シューは、ソートクが剣を突き出した前方を見る。

そこには鉄製の扉があった。

塗装が剥がれた扉は、年季が入っているというよりも、ただ単に手入れを怠り汚らしくなっているように見えた。

そんな粗暴な扉の奥から声が聞こえる。

扉と同様に汚らしく、罵声にも似た品の無い声だ

ぎゃーはっはっは!!
この壺一つで家が買えちまうぜ!
こんなのは老夫婦にゃもったいねえ!
殺してでも奪う価値がここにある!!

てめぇらにも見せてやりたかったぜ!!
「娘だけは、娘だけは!」って叫ぶ親父を!!
何にも増して傑作だ!!

ソートク

……かなりの数が集まっている大部屋だな。
見つかる、見つからないという問題でもなかったな

パッフ

これが魔物の言葉でないことが残念ですね……

パッフ

いえ、この両耳に入る煩わしい声は、魔物のそれです

ゼリィ

……

ソートク

どうしたヴァルキリー?

ゼリィ

いやよ、力加減はどのくらいだと思ってな

ソートク

今は「容赦」を忘れたままでいい――

ソートク

この扉は開けるものに非ずだ、ヴァルキリー!!

ゼリィ

合点!!

ゼリィ

馬鹿な剣闘士に単純なことやらしたら右に出る者はいないんだぜ?

ゼリィ

シュー、開門したらお前も一丁魅せてやれ!

シュー

分かりましたぁ

シューの守護精霊

ワレ……腕ガ……鳴ル!!

ゼリィ

……

ゼリィ

砕 け ろ!!











な、なんだ!?
扉が!!

ソートク

手斧だけでこの威力か――

て、敵だ!!
迎え撃て――!!

シュー

―朱に染まりし神の落とし胤よ 汝に仇なす愚人に焦土を授けて裁きとせよ いざや嗤い狂え 堕天使の紅き牙――

シューの守護精霊

業火殻<ヒグゥン・インフェルノ>!!

うああああ!!

ソートク

詠唱魔法だと……!?

クソ、一気にもってかれた!!
これ以上やらすんじゃねぇ!!

パッフ

勇者殿、乱戦は必至!!
御身の体を動かされよ!!

ソートク

分かっている――!!

ゼリィ

ソートク、ここは任せた!!
縦横無尽!端から端まで斬り捨てる!!

パッフ

ならば私は姫を探しに!!

ソートク

相分かった!!

シュー

ではこの広間はぁ、シューとソートクさんの二重奏舞台ですねぇ

ソートク

……

シュー

どうしましたぁ?

ソートク

いや、なに……。
その実力に驚いている

ソートク

魔法の原理は知っているつもりだが……

ソートク

こうも規格外の魔力を持っているとはな……

次々と襲い掛かる盗賊の群れを――

それを上回る量の魔法を以って撃退していくシューは、ソートクの言葉を理解した。

シュー

人間界ヘキサポリスはぁ、魔法を活用させる場所として不便ですからねぇ

魔法は主に二つの種類がある。



『含有因子魔法』

『不含因子魔法』


これらは、魔法を発動させる際に消費するものの違いで区別される。

術者や対象者の魔力のみを消費して発動される魔法が『不含因子魔法』と呼び。

外気に溢れ出る不可視の魔力、『魔因子』に術者側の魔力を流し込むことで発動される魔法を『含有因子魔法』と呼ぶ。


例えば、対象者が秘めた魔力を身体強化に促す『俊足』や『拡声』などは不含因子魔法に分類され――

例えば、魔因子に詠唱などで魔力を流し込んで超常現象を起こす『雷針』や『火殻』などは含有因子魔法に分類される。


対象者の傷を癒やす『治療』は、魔因子を対象者の魔力に変換させる必要があるため高度な技術を要する。


魔因子を必要としない自己強化魔法はヘキサポリスでも比較的容易にできる。


問題は、魔物との戦闘を筆頭に大きく役立つ含有因子魔法だ。

その理由は至極単純である。

シュー

ヘキサポリスでは魔力が乏しいですからねぇ

魔因子の絶対量が圧倒的に少ないのだ。

強力な効果をもたらす魔法はそれ相応の魔因子が必要になる。

さらに、こと『深緑の大地』は外気中に含まれる魔因子が皆無と言っていい。

だから、殆どの魔法使いがこの地に長居することは無い。

シュー

ただぁ、精霊さんがいれば別なんですよぉ

その背中に隙がある!!
死ねぇ!!

シューの守護精霊

我ト……主……決シテ侮ルナ!!

守護精霊とは、魔法生命体であり魔力の塊でもある。

彼女、もしくは彼らたちは、個体差はあるものの魔因子を創造する力を持つ。

契約し、共存することは至難であると言われているが、ひとたび使役できれば、魔法使いにとってこれほど頼れる仲間はいない。

シュー

まぁ、ちょっとは誇れますねぇ。
それ相応の努力もしましたしぃ

ソートク

本当に底が見えない美少女たちよ

シュー

ゆえに……ですよぉ


ちょっぴりイジワルな笑みと、人差し指を口に持ってくるポーズを作ってソートクに答える。

ソートク

頼もしい……

ソートク

な!!

ぐえ……

シュー

魔法のような派手さは無いですけどぉ、ソートクさんも中々ではぁ?

ソートク

は!?

シュー

どうされましたぁ?

ソートク

パッフでもヴァルキリーでもない、美少女の悲鳴が聞こえた!!

シュー

聞えなかったですけどぉ……

ソートク

悲鳴を媒体に、顔面逆探知開始!!

ソートク

カタカタカタ……

シュー

何か始めましたねぇ……。
何が凄いって、「カタカタカタ」って自分で言ってるのとぉ、目を閉じたまま敵の攻撃を避けてることですがぁ……

ソートク

キュピーン!!

ソートク

間違いない――

ソートク

美少女だ!!

シュー

わかるんですかぁ……

ソートク

この勇者ソートク、美少女ハーレムを豪語する男である――

ソートク

これくらいわかって当然!!

シュー

凄いですねぇ……。
捕らわれのお姫様ですかねぇ?

ソートク

いや、この悲鳴は侍女服に身を包んでいる女性の声であると判断できる――

ソートク

美少女メイドが助けを呼んでいる!!

シュー

なぁんで、聴覚から視覚的情報が浮かんでくるんですかねぇ

ソートク

シュー!
この場は任せる!!

ソートク

頼んだぞ!!

シュー

行ってしまいましたねぇ

シューの守護精霊

主ノ主……理解……デキヌ!!

シュー

ですねぇ

男が逃げたぞ!!追え!!

シュー

させませんよぉ

くっ……

シュー

確かに、少し理解できない勇者さんではありますぅ……

シュー

ただぁ、理解できないまま信じてみるのも悪くない相手だと思いますよぉ

シュー

何にしても〜、「頼んだぞ」と言われたんですぅ――

シュー

魔法使いはぁ、魔法を以って答えるだけですよぉ〜

片手に炎を――

片手に雷を――

無詠唱の初級クラスの『含有因子魔法』だが、相手は人間だ。

魂を悪魔に売り払った外道だが、所詮は人間の体。

身体の機能を奪うにはこれで良い。

シュー

行きますよぉ


迫り来る盗賊団の刃が届く前に魔法を当てる。

一撃必殺。

一発当たれば無力化される。

大広間の中心に立つ魔法使いは、豊富な魔力を駆使して一歩も動かず盗賊団を撃退していた。

シュー

!?

だが、動いた。

それも前ではなく、後ろ。

回避行動としての後退だ。

攻撃を放ってきた相手は、砂埃が舞った今確認できない。

シューの守護精霊

主!?

シュー

ビックリしましたねぇ

シュー

近づく敵には例外なく魔法を当てていたはずですがぁ……

シュー

人間相手ならぁ、十分すぎるほどの威力ですよぉ

シュー

ってことはぁ……

ゼリィ

おりゃおりゃおりゃ!!
只今命名『アックスチャリオット』

ゼリィ

説明しよう、この技は全力疾走しながら『氣』を込めた手斧を無秩序に回転させることで敵を蹂躙しつつ――

ゼリィ

ってシューがいるってことは、戻ってきちまったか……

シュー

おかえりなさいですぅ

シュー

ところでぇ、今シューはあることに気付いたんですがぁ

ゼリィ

あーそれ多分、オレも。
走ってたらあることに気付いたんだけどよ……

ゼリィ

このアジト……

ゼリィの言葉が終わるより早く、砂埃が収まる。









シュー

魔物がいますねぇ……

――……

24、 シュー 詠唱を用いた魔法を唱える

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