―盗賊団のアジト―







い、いやああああ!!

抵抗すんじゃねぇ!

なんでこうなっちまったんだ!!
てめぇだけでも連れて逃げてやる!!

は、離してください!
姫様、姫様ぁ!!

黙れ、大人しくしろ!!
こうなったらここでヤッてもいいんだぜ!?

痛っ!!
だ、誰か――

パッフ

私で良ければ――

なっ!?

パッフ

下がりなさい

ぐえ……

盗賊の一人が倒れる。

槍で心臓を、一突きで穿ったのだ。

もう二度と立ち上がることは無いだろう。



盗賊団のアジトは入り組んでおり、幾つもの小部屋があった。

部屋はどれも居住スペースか盗品の保管場所でしかなく、その都度、盗賊団を倒していた。

だが、未だにタニリタの皇女殿下が捉えられている部屋に辿り着けずにいた。

パッフ

北東の通路を選んで正解でしたね

だから、鉄格子が連なっており どうみても、誘拐した人間を捕縛した場所であるこの部屋を見つけた時、希望が見えた。

助けた女性が、こちらにぶつかる勢いで身を寄せてくる。

多少衰弱しているが、立てないほど痩せこけてはいない。

恐怖で足が覚束なかったのだろう。

パッフ

お怪我はありませんか?

……

はっ

ありがとうございます、
ありがとうございます!!

パッフ

いえ、礼には及びません。
怪我も見当たらないので良かったです

パッフ

ご自身で立てますか?

は、はい

!?

騎士様!!
どうか姫様をお救い下さい!!

パッフ

殿下は今どちらに!?

ここにはいません……
盗賊団の頭目の部屋に……

パッフ

やはり、最大の人質は手元に置いておくか……

パッフ

スグにでも助けに行きたいですが――

こ、こっちも助けて!

……

パッフ

この人たちを見捨てるわけにはいかない!!

見れば、牢屋内に何人もの女性が捕えられている。

今助けた女性のように比較的元気な者もいるが、牢屋内は痛々しい光景だった。

麻縄の猿轡を加えられている者、ロープでキツく拘束されている者

中にはほぼ全裸の状態で項垂れている女性もいた。

パッフ

なんと惨い。
死体がいないだけマシと思うしかないですね……

パッフ

これが血の通う人間が成せることですか!?

パッフ

鍵など不要!
錠くらい穿てずして何がランスか!?

た、助かったわ

……

パッフ

さ、皆々様!
一緒に脱出を――

ちっ、やっぱり逃がそうとしてやがる!!

ふざけんな!!
ぶち殺せ!!

パッフ

新手か!?
有象無象が虫のように這い出てくる――!!

パッフ

ならば斬り捨てます!!

パッフ

皆々様は我が身の後ろに

……騎士様

パッフ

安心してください

パッフ

騎士の護りは、いかなる敵でも崩せません

パッフ

今しばらくお待ちください

パッフ

我が武の真髄は攻めにあらず、護りにあり!!

パッフ

この方々には指一本触れさせません。
醜い腕を伸ばそうとしたものから命を絶つ!!

うおおおお!

パッフ

はっ!!

うご……

ぎゃっ……

数人の女性の前でパッフは立ち回る。

扇状に広がり、一気に距離を詰めてくる盗賊団を薙ぎ払う。

決して自分が抜かれることはない。

自分が抜かれるときは死んでいる時だけだ。

生きている限りパッフの奥に怯える女性たちを、盗賊たちの卑しい腕が届くことは無い。

パッフ

せぃっ――

振るう右手には剣を――

薙ぎ払う左手に槍を――

両手に掴む得物で敵を削ぐ。

戦場におけるパッフに利き手は無い。

それぞれが忠実に脳の要求に答えてくれる。

パッフは盾を持たない。

その理由は一つだ。

パッフ

盾とは己の身を守るもの――

パッフ

私が真に護りたいものは、己では無く、助けを乞う か弱き人だ!

それは、己の命を軽視している訳ではない。

現にパッフは、自分が死ねば護るべき人を護れないことを知っている。

自分も護りか弱き人も護る。

それがパッフの信条であった。

そして、その身に、その武に盾は不必要としていた。


敵の攻撃は受け止めるものではない。

捌くものである。

受け止め、流し、隙を衝き倒すよりも、

防御と流すことを同時に出来る捌きの方が圧倒的に決着を早めることが出来る。

決着を早めればそれだけ早く、護るべき人を狙う次の敵に移れる。

捌くことは盾の本懐ではない。だから持たない。

捌くには敵と同じような武器が必要だ。

もちろん、強引に受け流さねばならないから相応の膂力と技量が必要になる。

パッフ

盗賊団よ……。
今の私にそれが不足していると思わないことだ!!

元騎士である。

幼いころから戦いに明け暮れていたのだ。

それも粗暴な戦い方ではない。

人を護るための戦い方を叩きこんできたのだ。

盗賊団後ときに後れを取るわけがない。


今もまた、敵の突きを捌こうとしていた。

己からみて左側からくる敵は左手に持ったランスで対処する。

パッフの持つ円錐型の馬上槍には、バンプレートと呼ばれる鍔が付いている。

バンプレートは半円の形を取っている。

パッフは、ランスを敵に突き出しながら、バンプレートで敵の攻撃を受けようとする。

パッフの全力を授かったバンプレートが突き出された剣に直撃する。

半円状の形をし、パッフの力を載せた鍔を、剣は破壊することが出来なかった。

剣はバンプレートの上を走りあらぬ方向へ刃先を向ける。

そこに勢いや速度は残らない。

弾かれた剣の持ち主が体勢を戻すことは叶わない。

弾いた勢いをそのままにバンプレートの先、穂の刃に穿たれる。

右側から来た敵には剣で応じる。

パッフは身を捩り、伏せ、跳躍させることはあっても、位置をずらすことは無かった。

人を護るための戦い方の基本だ。

パッフ

我が身は動かず、敵を動かす――

パッフ

我が身を殺さず、敵を殺す――!!

な、なんて強さだ……

パッフ

残るは貴様一人のようですが……?

ふざけんな!!
ま、まだ仲間がいらぁ!!

パッフ

手癖も悪ければ諦めも悪いようですね

うるせぇ!
その女どもは高値が付くんだ!
おいそれと、見逃すわけにもいかねぇんだ!!

パッフ

高値だと……。
女性に値段を付けるのですか……

パッフ

女性は――

ソートク

品ではないと言っているだろうが!!

げっ……

パッフ

勇者殿!?
どうしてここに!?

ソートク

おお、パッフか

ソートク

美少女の叫び声が聞こえたのでな

ソートク

叫び声から姫ではないと分かってはいたが、止むに止まれず来てしまった。

パッフ

どうして叫び声が皇女殿下のものでないと分かったのでしょうか?

ソートク

しかし来て正解だったようだな

ソートク

こんなにも美少――

……

ソートク

!?

ソートク

……

ソートク

こんなにも女性が捕まっていたとはな

パッフ


え、ええ

パッフ

美少女と呼ばず、女性と呼んだ……?

ソートク

パッフ(ヒソ)

パッフ

どうされました?(ヒソ)

ソートク

このマントをあちらの美少女に……

大丈夫よ、もう助かるわ

……

パッフ

わ、分かりました。
ですが、御身が渡せばよろしいのでは?(ヒソ)

ソートク

バカ者。
誰が彼女の服を脱がせたと思っている?(ヒソ)

パッフ

それは盗賊団の――(ヒソ)

パッフ

……男

ソートク

同じ男であり、今来たばっかりの俺が渡せると思うか?(ヒソ)

パッフ

だから「美少女」という呼称も避けたのですか……。「美少女」であるがゆえに心に傷を負った彼女を気遣って……

ソートク

さ、早く(ヒソ)

パッフ

え、ええ(ヒソ)

パッフ

さ、これを掛けてください

……

パッフ

口もきけないほど、心に傷を負ってしまいましたか……

ソートク

しかし、ヴァルキリーとシューが戦ってはいるものの、肝心の姫の居場所が分からないな……

あ、あの!

ソートク

どうした……?

ソートク

叫び声を上げたのはこの美少女か。
俺の顔面逆探知の精度のこの高さよ――

ひ、姫様は頭目の部屋にいます!!

頭目の部屋は、広間から延びるこの北西の通路の四番目の扉の奥です!

どうか、どうか姫様を……。
無力な私に代わって……

ソートク

もちろんだ。

ソートク

安心しろ姫は助け出す。
それに、お前は無力ではない

え?

ソートク

であろう?
パッフ

パッフ

ええ。
貴女が恐怖に支配されず、頭目の部屋を覚えていた――

パッフ

我らでは決して成し得なかったことであり、皇女殿下救出に大きく貢献しております

ソートク

タニリタの姫は、素晴らしきメイドを侍らしているな。
だから胸を張れ

は、はい!

ソートク

パッフ、彼女たちを安全なところに!

パッフ

分かりました!
彼女たちの安全が確保できましたら、戻ります!

ソートク

うむ!
頼んだぞ!!

パッフ

皆々様!
あと少しの辛抱です。
急いで脱出しましょう!

はい!

い、急ぎましょう

……

パッフ


どうされました?

……の…は?

パッフ

え?

――あの男の人は……?

パッフ

!?

パッフ

心の傷が癒えつつある……

パッフ

勇者殿……。
よからぬ野望を秘めた女たらしの勇者殿……か

信用……していい、の?

パッフ

安心してください

パッフ

彼は勇者ソートク

パッフ

信用に足る勇者です
















シュー

あららぁパッフさんじゃないですかぁ

パッフ

シュー殿!!

シュー

たくさん、女性が捕まってたんですねぇ

シュー

でもぉ、お姫様はいないみたいですね〜

パッフ

皇女殿下は頭目の部屋にいるとのことです

パッフ

勇者殿が向かっております

シュー

あららぁ、ソートクさん見なかったですけどぉ

シュー

相当速く走られてるようですねぇ

シュー

ゼリィさんも向かってますよぉ

パッフ

え?
場所ご存知だったんですか?

シュー

北東と北西の通路以外〜、全部突貫したみたいですがぁ、ハズレだったようでぇ。

シュー

最後の〜、二分の一は当たったみたいですねぇ

パッフ

はあ……

パッフ

で、ではシュー殿は何故ここに?

シュー

新手が来ないかと思いましてぇ

シュー

でもぉ、パッフさんと一緒にぃ、その方々を送るのを手伝いますねぇ

シュー

気が抜けない相手もいるみたいなのでぇ

パッフ

はい?
シュー殿が盗賊相手に、後れを取るとも思えませんが……?

パッフ

ま、まさか、魔物――!!

シュー

そのまさかですよぉ

シュー

ほら、来ましたよぉ

なんだぁ?
女がたくさんいるぞ?

へっへへ、上物ばかりだなぁ

シュー

まぁ魔物相手でも遅れは取りませんがぁ、護りながらとなるとぉ少々面倒ですねぇ

パッフ

え、ええ

シュー

あららぁ、ちょっと腰引けてますぅ?

パッフ

牛頭の方にちょっとしたトラウマがありまして……

パッフ

武器は弾かない 武器は弾かない 武器は弾かない――

↓↓     

あ、あんなにたくさん……

騎士様……

パッフ

は!?

パッフ

安心してください

パッフ

敵が変わろうとも、我が身が優先するのは皆々様の命であり、それは不変――

パッフ

手は出させませんので、我が身が傍にいる限り、死を思い浮かべなくて大丈夫です

パッフ

行きましょう、シュー殿

シュー

はいですぅ

敵の攻撃を捌き、民を護る――

それを成せる両手に携えた剣と槍。

共に戦うは信頼を置いた、秀でた魔法使い。

パッフは静かに目を閉じ、大きく息を吸い込み、長く吐いて精神統一の時間とした。

目を見開けば魔物が武器を構えて突貫してくる。

だが慌てない。

冷静に敵の武器を見極め、パッフは動き出す。

天空騎士が護るべき者のため、飛翔した――。

――……

25、 パッフ か弱き民を護り抜く

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