私は既に票を投じた。
後は朝を待つだけ。
自らの意思で人を殺した。
この手を血で汚したのだ。
実に呆気なかった。
人生初の人殺しは、特に感動することもないし、特に何か罪悪感が湧き出るわけも出ない。ただ、普通であった。
……そんな私への罰なのだろうか。
狼の相談を盗聴していて、私は投げやりに聞いていた。
我に帰った狼たちは誰に投票するかを相談して――18番に入れよう、という決定を下して合意した。
その前に、内通者からの最初の通信がきていた。
それによると、11番は黒――こっち側の人間であるのだ。
私は全ての狼の番号を知っている。あと速水も知っているから、知らない陣営は内通者。
狼同士は互いの番号を知っているから……ああ、なら違うか。
私は全部知ってる。全部透けていた。
多分11、内通者だ。
まっ先に自分の身を安全にしたようだ。
11番は確か……いや、それはどうでもいい。
今重要なのは。
18番、それは私だ。
狼は、私を殺そうとしている。

真澄

……まあ仕方ないか……

私は目立つことをしてきた。
あんな危険な言動をしておいて生きていられる訳ない。
私は案の定、初夜で死ぬらしい。

真澄

まあ仕事はしたし……
そういや死にかたきいてないや……

――別に、死が確定したことが怖いわけではない。
こちとらいつ死ぬかわからない身体、他者の悪意だろうと、自分の毒だろうと、大差ない。
死は、死だ。
死に方が残酷なものでないことを精々祈るぐらいしか、今の私に未練はない。
狼の場合は、このブレスレットの火薬が爆発して爆死?
何はともあれ、これが最後の夜となるのは間違いない。
私を、護衛が守るとも思えない。
ノーガードでは私は死ぬのは間違いない。
抗うだけ無駄だし、何よりこれは私の望みだったはず。
漸く、漸くだ。晴れやかな気分。
安らかな夜を迎えられたのは、初めてかもしれない。

真澄

やっと……楽になれるんだ……
長かったなぁ……

真澄

ありがとう……狼、ゲームマスター……

私はこの時、ひさびさに人に感謝した。
これで、終われる。楽になれる。
どんな死にかたでも構わない。
クソみたいな人生が閉じるなら、なんでもいい。
死ぬ前に人殺したけど、それがどうした。
私にはもう、関係ない。
これが人生最期の、穏やかな夜。
私に朝は……永遠に来ない。

真澄

それじゃあ……オヤスミナサイ

私は……そうして最高の気分で、自分におやすみと言って、ベッドに横たわった。

真澄

……

こないと思っていた朝が、訪れた。
私はベッドの上で上半身を起こして呆然としていた。

真澄

私……生きてる……?

これは、どういうことだ?
昨晩狼たちが相談して、私を殺す相手として投票をしたはずだ。
なのになぜ生きている?
まさか、私の盗聴を……いや、それこそおかしい。
私の盗聴に気付いていたとしても、私は同じ陣営だ。
黒なら、殺す理由がまずない。
私はましてや、何でもすると言っている。
黒なら人を殺してでも生き残る為に狼と協力するはずだ。

真澄

――くっ!

私は飛び起きた。ほかの連中の動きを行くため。
バカな、とは思う。
だが、生きている私自身が証拠だ。
まさか私を護衛が――狩人が守ったとでも言うのか?
何の為に? 
私を餌にして出方を見ていた? 
ならわざわざ私を守らなくてもそれは成立するだろう。
私が死んでも、彼らには何の利益もないのに。
むしろ敵が減って、死んだほうがいいに決まってる。

真澄

私を守った理由はなにっ!?

私はこの時怒りと焦りで周りが見えなくなっていた。
ようやく訪れた終焉を誰かのせいで奪われた。
それが許せなかった。
私の救いを――私の願いを奪ったのは誰だ!?
許せない。確実に見つけて、殺してやる。
私を守ったやつを、私は決して、許しはしない!
朝の分の薬を飲もうとして飲むのをやめてやると思った。
だが、不意に馬鹿なことをしている場合じゃないと思い出す。
……私は、周りに生きたいとアピールをしている身。
生きている事を喜ぶならまだしも、なぜ相手を探すような動きをする?
その理由を説明できるか? 納得させられるか?
……沸騰していた頭が一気に冷却した。

真澄

……落ち着こう……

初夜に死ねなかった。それだけだ。
死ぬ方法なんていくらでもある。
たまたま一度のチャンスが潰れただけ。
このゲームの中に入れば、いくらでも、何度でも訪れる。
だから今は……。

真澄

……大丈夫、まだ機会はある……

憤る自分を宥めて、私は冷蔵庫を開けて、薬を口に放り込む。
そのまま水で流し込み、保存食の中から適当に見繕い、簡単に調理して食べようと考えて……思いとどまる。
そういえば、ゲームマスターが死人が出ていると言っていた。
狼と探偵がルール違反で、そして私は一人殺している。
……死体、残ってるのかな。
腹に何か入っていると、見たときに吐きそう。
病院通いだった私は特殊な場所で治療を受けていた。
その所以か、死体は見慣れているが、きっと血腥いであろうそれを見ても吐き気を堪えることは無理だと思う。
まあ、すぐに慣れて食べられるようにはなると思うけど。

真澄

見に行くか……

私は外に出てどうなっているかを見に行くことにした。

廊下に出ると、既にそのニオイは充満していた。
思わず鼻を摘む、おぞましいニオイ。

真澄

血のニオイが……凄い……

近くの部屋だろうか?
生臭い鉄のニオイがぷんぷんする。
私が投票したのは、7番。
探偵と思われし番号に入れている。
7番の部屋と私の部屋はかなり離れているし……ここまで臭うはずもない。
番号の近い人間が、死んだか……。

廊下を見回すと、私よりも後列の部屋二箇所。
19、20の部屋のドアが……不自然に開いている。
まさか……。

私は、その部屋に向かって歩き出す。
まずは、19番の部屋に侵入した。
物音もしなければ、人の気配もない。
不自然な玄関。一歩足を踏み入れると。
そこには……地獄が広がっていた。

真澄

うわっ……こりゃ酷いなぁ……

予想をしていた、というか……腹をくくっていたので、私はそれを見たとき、目を背けることもなかった。
そこにあったのは……元、人間だったもの。
現在は……肉片? だろうか。もう細切れのようでさっぱり分からない。
肉体が跡形もなく粉々に吹っ飛んだような室内だった。

真澄

ああ、こいつルール違反したんだ……

これは間違いないだろう。粛清の後だ。
室内に入った私が見たのは、あらゆる場所に飛び散った血痕。
右も見ても左を見ても血しかない。
まるで爆撃を至近距離で巻き込まれたような、身体が原型を留めていないほどの一撃で吹っ飛ばされたようだった。
大腸、小腸やら、胃袋やらの大小様々な内臓がちぎれて床や壁に散乱して、もげている右腕が骨が見える。
それがナイフを持ったままベッドの上に放置され、顔と思われるグチャグチャに潰れた頭部が窓際に吹き飛び、家具は全て真紅に統一されていた。窓まで血だらけだ。汚いにも程がある。
若干焦げ臭いニオイもするし、おそらくはブレスレットの爆破により爆殺されたのだろう。
こいつ――19番は、狼だったようだ。
物理的に殺そうとして、粛清されていたと言っていた。
何より、部屋のテレビ。
そこには真っ黒な画面の中に血文字を模したエフェクトでこう書かれている。
19番――中村友穂はルール違反のために粛清されました――と。
これが、死因を移すメッセージだというのか。
ついで、そこには彼が狼である証拠の爪のシンボルも浮かんでいた。

真澄

こりゃ無いわね……こんな風に死にたかないよ……

思ったことは、この死にかただけは絶対に嫌だ。
こんな想像しやすい雑なグロさを撒き散らす死に方は、ない。
改めて思う。あいつに刃向かうとこうなるのだと。
……取り敢えず私は19の部屋を出て、隣に――20の部屋に向かう。

20の部屋はそこまでではなかった。
こっちは、首チョンパされた20の首が机の上に飾られていただけ。
額には血つきのナイフが一本、突き立てられていた。
首のない身体は、磔刑のごとく壁に手足をで打ち付けられていた。
こいつはどうやら、ルール違反の粛清ではない様子。
ってことは、侵入された誰かに殺されたか。
多分殺したのは、速水だ。テロリストの仕業に違いない。
私たちはルール上直接殺せないので、票を入れられたら、代理で誰かが殺しに来て、殺していくのだろう。
投票という方法で殺人を頼む、ということだ。

真澄

何ともまぁ……

芸術的に殺したもんだ、と私は逆に感心してしまう。
綺麗すぎて、ドラマの撮影風景でも見ているかのような気分だ。
要するに、現実味が余りにもかけている。
テレビには、20番――加藤博信は、村長に身代わりになりました――と浮かんでいる。
役職は……シンボルが何もないから村人か。

私は奴らの死を確認して廊下に出た。
そこで、思いがけない人物と鉢合わせした。

あや

……

ドアの向かい合う壁に寄りかかり、仏頂面を晒して腕を組んでいたのは……昨日議論を放棄していた、文月とかいう女子。

真澄

あんた……

あや

20のヒト、死んでたの?

率直に短く、彼女はそう私に問う。

真澄

……ええ
死んでた

あや

そっか……
これでハッキリした

真澄

は?

あや

あやを、誰も殺せない
あやは、誰も殺さない
正当防衛、緊急避難
あやは、何にも悪くない

彼女は、そう言って立ち去ろうとする。
彼女の言葉。殺せない、殺さない。自分は悪くない。
要約すると、だ。

真澄

……あんた
シンボルは王冠……?

あや

……別に……

こいつは、村長だ。
誰も殺させないのは投票無効化の役職だから。
正当防衛と緊急避難なのは、襲われたら身代わりにしたりするから。
第三陣営がもう行動を起こしているのか。

真澄

……そう
それは肯定と受け取るよ、人殺しさん

あや

あやは悪くない

真澄

いいや
あんたの悪意のせいで20は死んだ
誤魔化しても無駄だよ
あの子を殺したのは……あんたよ

あや

あやは悪くないっ!

真澄

わざわざ確認しにきたのは間違いだったね
私と鉢合わせしたせいで、役職がもうバレた
あんたみたいなクズ、殺す価値もないけど

あや

……っ

真澄

そうやって自己正当化してればいいよ
……あんたは、みんなを敵に回した
私含めてね

痛烈な皮肉を投げておく。
これで言外に彼女はここで顔を合わせたことを言わないだろう。
身を守らないといけないから。
みんなに責められるのを回避したい奴は、こそこそする。
こいつもそのたぐいだ。きっと。

私が部屋に戻る途中、彼女は何も言わなかった。
こうして死人を出したデスゲームは開始されたのだった。

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